15話
僕らは遊んでいられない。魔王を倒しに行くんだ。
それには僕のレベルを上げることが最重要。というわけで今日は城下町の総合ギルドへ来てみた。レベルを上げるには戦うのが一番だが、お金はどうしても必要だ。魔物と戦ってお金が貰える仕事を探そう。
退治や討伐なら衛兵ギルドの掲示板だ……ん?
「どうしたの? ナル」
ナルが見ているのは魔術ギルドの掲示板だ。そういえば先日、魔術ギルドのギルド長がナルの母親であるという本来ならば衝撃的な事実を知らされたわけだが、あのときは大変でさらりと流してしまったという事件があった。
「実は魔術ギルドの掲示板って、衛兵ギルドの討伐よりもいいのがあったりするんですよ」
ふーん……ああそうか、素材的なやつか!
よくあるパターンだと、強い魔物のほうがいい素材を手に入れられる的な。買取り値も含まれているから売りはぐれることなく金が手に入る。いいね。
「なにかいいのある?」
「ちょっと古いですけどナイトワインダー狩りがありますね。剥がしていないということはまだ達成していないのでしょうけど……」
「強いの?」
「戦闘値は2200前後らしいです」
2200と聞いたら以前の僕ならびびっていた。しかし今の僕からしたらちょっと強い雑魚程度だろう。よし、これにしよう。
「ねえみんな。これ────」
言う前に3人娘は首を横に振りまくっていた。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ! 2200よ2200! 無理に決まってんじゃない!」
「大丈夫、僕の戦闘値は2600だから」
ぶびっという音と共になにかを吹き出し、ローティは慌てて口元を手で隠した。そしてハンカチで拭うと上目遣いになった。
「た、倒せるの?」
いつもと違うローティの雰囲気に、ちょっとドキッとした。これがギャップ萌えというやつか。恐ろしい。
「まずー、武器がー、もたないと思うのー」
ラッティから言われてハッとした。そういや僕の武器はニミから借りた短剣じゃないか。
「ご、ごめんよニミ」
「ううん、ちゃんと使える人が使った方がその『勇者の短剣』も嬉しいと思うよ」
えっ、勇者の短剣!?
名前からして凄そうなんだけど。これがあれば大抵倒せるんじゃないの? とりあえず調べてみよう。
『勇士の短剣 耐久値:13/880』
惜しい、惜しいよニミ! ちょっと違う! しかも壊れそうじゃん!
非常に残念だが気付いてよかった。よし、まずは武器を買いに行こう。
「みんなちょっと待ってて。武器屋行ってくるから」
「────僕、待っててって言ったよね」
みんなぞろぞろとついてくる。僕の知っている限り武器屋は狭いんだ。まあ僕が行ったことがあるのは鎌倉にある山◯堂だけどね。
で、みんなもこの町の武器屋に興味があるらしい。ギルドで聞いたところによると、武器屋は何軒もありかなり性能が高いものまである。さすが城下町だね。
「すみませーん」
武器屋に入ると、いろんな武器が飾ってあった。いいねこういうのワクワクする。武器はロマンだよなぁ。
「いらっしゃ……ちっ、ガキか」
あっ、今あからさまに嫌そうな顔をした。荒くれ感のある店の店主、ちょっといいね。
「武器が欲しいんですけど、僕にも使えるような武器ってないですかね」
「おう、ちょっと待ってろ」
そう言って奥へ引っ込んだ。なんだ、ちゃんと商売を────
「おらよ」
戻ってきた主人が投げ渡して来たのは……ナイフとフォーク。
これ武器じゃなくて食器だよ!
「……ここ、食器屋だっけ?」
「おめーみたいなガキにゃそれで充分だ」
「子供だとおもってバカにしないでよ! てか見た目は相応じゃないかもしれないけど、これでも17だよ! こんなんじゃナイトワインダー狩れないよ!」
「あ? 17? まじかよ。だがどんなに武器が良くったってひ弱そうなヤツじゃ勝てねぇよ。そこの斧を試しに持ってみろ」
……でかっ! なんだこの斧! 柄が手首くらいの太さがあるし、斧の本体自体も僕の胴体くらいある。
「そいつがナイトワインダー用の武器、グレネードアックスだ。もし片手で振れたらタダでくれてやるよ」
マジで!? さすが荒くれ、気前がいい。僕は店内のニミたちに合図を送る。こらこらローティ、渋らないでおくれ。
みんなの応援を受け取ったところで斧を片手で掴む。ぬっ、ちょっと重いかな。まあでも振れないことはない。でもあまり店内じゃ振り回せない。それに重いから体が持っていかれる。こればかりは物理的にどうしようもない。
店長は目を見開き、口を開けたままポカンとしている。
「じゃあ片手で振れたんでもらっていきますね」
「…………はっ、いやいやいや! 待て! いや待ってくれ!」
言い直してきた。これはいい感じだ。
「だって片手で振れたらタダでくれるって」
「そ、そりゃあれだ、ジョークだ」
「僕はジョークでバカにされたの? 見ず知らずの人に」
「勘弁してくれよ……」
「嫌です」
この荒くれを屈服させる感じ、いいね。
「てっめぇ、ひとが下手に出てりゃつけ上がりやがって」
「僕の戦闘値は2600です」
「ぶっ!?」
ちょっと脅してやろうと思っていたのだろうが、そうはいかない。そもそもこの斧を片手で持ち上げられる力はあるんだ。
「もしそれを店から出してみろ。衛兵を呼ぶからな!」
「僕は詐欺で訴えますよ」
「ぬぐっ……。はん、オレはここでずっと商いやってて信用はそれなりにあるんだ。お前みたいな流れのガキの言うことなんか……」
「僕の連れの子は魔術ギルドのギルド長の娘です」
圧倒的勝利。
「充輝さん、悪い人の顔をしてますよ……」
「えっ、まさかぁ」
慌てて顔をむにむにする。いけないいけない。
「さて、武器は手に入ったし、依頼をこなしに──」
「ま、待ってくれ! そいつだけはマジで持っていかれるとマズいんだ! 勘弁してくれ!」
どういうことかわからないし、そう言っているだけだろうから無視。
っと、ふと斧が掛けてあったところを見た。1080万ウォルツ!? たっか! なにこれたっか!
確かにそんなもん持って行かれたら店が潰れかねない。
「これ持っていくの大変だからやめよう」
「そ、そうか……」
店主はほっと胸をなでおろす。
そして僕は店内を見渡す。うーん、剣とかって結構高いのね。
前の町で討伐を頑張ったのと、ギアラタウロスの報奨が出たからお金はそれなりにあるのだが、それでもやはり心許ない。せいぜい出せて50万かな。
「おっこれ良さそうだな」
「お、お買上げで?」
「まさか。別の店で同じようなものを買うよ」
僕はみんなを連れて店を出た。あの店主は悪い荒くれだ。そんなところでお金を使うつもりはない。
────で、結局どこでも買わなかった。この街の武器屋には悪い荒くれしかいない。なんてことだ。
みんなは呆れてギルドへ戻っちゃうし、ひとりは心細い。
「おい、貴様」
突然声をかけられた。声質からして女性。そして周りを見たところ、特にその人が呼ぶような人は……というか人がいない。僕に対して言っているのだろう。
フードを深く被っているから顔は見えないが、僕より背の低い女性。大きな剣を背負っている。
「なにか?」
「貴様、良質な武器を欲しているようだが」
どこかの店からつけられていたようだ。そして人が少なくなったところで話しかけようと思っていたといった感じかな。
「まあそうなんですけど」
なんだろう、なにかの勧誘とかかな。
するとフードの人は左手を前に出した。手に持っているのは鉄球のようなものだった。
「受け取れ」
そう言い、鉄球を投げよこしてきた。危ないなぁといっても山なりだし、避けるのも簡単だ。危害を加えようとしていないのはわかる。だから僕はそれをキャッチした。ずしりと重い。
「これがなにか?」
「そこに置け」
よくわからないが、地面に置いた。するとまた同じような鉄球を投げよこしてきた。
さっきより小さいな。錯覚で距離感を狂わせるため? 違うか。軌道は一緒だし。だからキャッチもしやすい。
「いっ!?」
重っ! さっきのより小さいのに重く、手元から落としてしまった。
足に落ちなくてよかったよ。危ないなぁ。
さっきの鉄球と比べてみる。やはり大きさは違うが、それ以外の見た目は一緒だ。そして重いと思っていた小さい方の鉄球だけど、実は大きいほうと同じくらいの重さだった。
「貴様、何故落とした」
「えっ、さっきのより小さいのに重たかったから、つい力の加減が……」
「──貴様、見た目で判断したな?」
…………ああああああああ!!
見た目で僕を侮っていた店主らに苦言を呈していた僕自身、見た目で侮ってしまった。なんということだ、まさにブーメラン。
僕は最近強くなりすぎて増長していたようだ。とても恥ずかしい。
「申し訳ありません! 僕は自惚れていました!」
平謝りだ。謝る必要なんてないことくらいはわかっている。だけどこの人は濁った僕の目を覚まさせてくれたんだ。頭を下げる意味はある。
「ふん、自らの過ちに気付き、頭を下げられるか。未熟ではあるが、ある程度ものをわかっているみたいだな」
いやはや、ほんとみっともない。これからは初心を忘れず真っ当に生きていこう。




