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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

不沈の屍人 ーシズマズのデッドマンー

作者: 生際防衛隊
掲載日:2016/12/24

 夕闇に染まるひと気のない街道で。

 商隊と思わしき者達の馬車が襲われていた。

 馬車を襲っているのは人間だ。

 その身なりはお世辞にも良いとは言えず、はっきりと言うならば悪い。

 所謂ところの盗賊という存在だ。

 奴等は非道だ。

 奪える物は全て奪う。

 貴金属だろうが、金銭だろうが、お構いなしに。

 例えそれが人であったとしても、奴等にとっては奪える物なのだ。


 護衛と思われる傭兵達も必死に戦ってはいる。

 盗賊達の個々の戦闘力は大した事はない。

 1対1であれば、傭兵達の敵ではないし、商人達でもそれなりに渡り合える。

 だが、如何せん多勢に無勢に過ぎた。

 前方から襲い掛かる盗賊は30を軽く超えており、更に倍近い人数が周囲を包囲しようとしていた。

 それに対する商隊側の傭兵は10程度。

 守られている筈の商人達までもが、剣を手に応戦しているが、それでも20に届かない。

 贔屓目に見たとしても旗色は悪い。

 数に任せて攻め掛かられなし崩し的に1対多数の乱戦に持ち込まれ、一人、また一人と兇刃に屠られていく。

 

「カルミラ! お前だけでも逃げなさい!」

「そんな! お父さんや皆を置いて行けないよ!」


 商隊長らしき男が叫んだ。

 今はまだ何とか凌いでいるが、この劣勢は覆せないと判断したらしい。

 完全に包囲されてしまったら、あらゆる希望が消え失せる。

 その表情には、ある種の覚悟が浮かんでいる。

 命に代えても、娘だけは逃がして見せると。


 その覚悟は、カルミラと呼ばれた少女にも伝わったのだろう。

 伝わったが故に、カルミラは逃げるという選択を選べない。

 それはカルミラにとって。

 否、女という生き物にとって致命的と言っても良い判断ミスだった。

 そのツケは即座に彼女自身へと降りかかる。


「うぇっへっへっへ! 逃がさねぇよ、お嬢ちゃん!」

「いやぁ! やめて!」


 逡巡(しゅんじゅん)の隙を突き、盗賊の一人がカルミラに飛び掛かる。

 必死に抵抗を試みるカルミラ。

 どれだけもがいてみても、盗賊の身体はピクリともしない。

 大の男と、あどけなさの残る少女とでは、力の差は歴然だった。

 

「フヒヒヒ!

 まだまだ小便臭ぇガキだが、それだけにまだ咥え込んだ事は無ぇだろう?

 この俺様が最初の男になってやるよぉ!

 もっとも、最後の男になっちまう可能性もあるがなぁ!

 ギャッハッハッハッハァ!」


 盗賊は下種な劣情を隠しもしない。

 まだ戦闘中にも関わらずカルミラを組み敷き、その未熟な肢体に、手、そして舌が這いまわる。

 

「いやああああああ!

 やめて! やめてよぉぉ!!」

「カルミラ!? やめろおおおお!

 積み荷は全てくれてやる! だからやめてくれぇ!」


 無造作に(まさぐ)られ、舐め回され、悲鳴を上げるカルミラ。

 父親である商隊長も叫ぶが、盗賊の動きは止まらない。

 下卑た笑みを浮かべ、乱暴にカルミラの衣類を剥ぎ取る。

 娘に訪れるであろう残酷な光景に、思わず目を伏せる商隊長。


 何秒経っただろうか。

 5秒?

 10秒?

 ひょっとしたら、1秒も経っていないのかも知れない。

 しかし、聞こえて来る筈であろう娘の悲鳴が、商隊長の耳に飛び込んで来ない。


 恐る恐る目を向けてみれば。

 商人の目に映ったのは、泣き叫ぶ娘の姿ではなく。

 紅き噴水と、人のようなナニカ。


 噴水に見えたのは、カルミラを嬲らんとしていた盗賊と、その周辺にいた盗賊達。

 首はねじ切られ、その傷口から撒き散らされた血液が、あたかも噴水のような光景を作り出していた。

 その傍らに立つ、人のようなナニカ。

 人のようなナニカと表現した理由は単純だ。

 その姿が人だと判断出来ない程度には異様だったのだ。

 形は、まぁ、人型と言って良いだろう。

 膝下まであるコート。

 黒っぽくくすんだ色の長ズボンに草臥れたブーツ。

 ファッションセンスの有無はともかくとして、ここまでは良いとしよう。

 だが、次に挙げる一点が。

 それこそが、人だと断じる事が出来ない最大の理由だった。

 人のようなナニカの全身には包帯が巻き付けられていたのだ。

 辛うじて目と口の部分は開いてはいるが、それ以外に生身の部分が見えるのは頭部の包帯の隙間から無造作に飛び出している髪の毛くらいだ。

 それがまた一層その存在の不気味さを際立たせていた。

 冥府の底から、彷徨い出て来た屍人(デッドマン)

 そんな印象だ。

 その存在感は圧倒的。

 商人達どころか、護衛の傭兵や襲っていた筈の盗賊達でさえも、見とれて呆けてしまっているのだ。

 屍人(デッドマン)は、そんな周囲の視線を気にする様子はない。

 カルミラの上にて息絶えた盗賊の体を軽々と持ち上げ、投げ捨てる。

 そして再びその視線はカルミラへと注ぐ。


「ひっ」


 恐怖に思わず声を漏らすカルミラ。

 そんなカルミラをふわりと暖かい物が包み込む。


「え?」 

 

 それはコートだった。

 屍人(デッドマン)が纏っていたコートだ。


「貸してやる。羽織っとけ」


 カルミラにそんな言葉を吐き出す屍人(デッドマン)

 人であるのかはともかくとして、声色から察するに性別は男であるらしい。


「人…… なんですか?」


「人? いいや、違うな。

ここに居るのは人間だった物の成れの果てだ」

 

 カルミラの無礼とも言える問いかけに対して、屍人(デッドマン)は答える。

 自身への皮肉を滲ませながら。


「あ、あの!」

「ちょいとばかり待ってろ」


 尚も問いかけようとするカルミラを制する屍人(デッドマン)

 次の瞬間。

 カルミラの視界に飛び込んで来たのは、己へと降り注ぐ矢の雨。

 カルミラは盗賊達にとって、積み荷と同じく奪うべき対象だ。

 盗賊達は戦利品が多少減ったとしても、諸共、屍人(デッドマン)を始末する事を選んだらしい。

 それ程までに、屍人(デッドマン)の存在感、そして異常性は飛びぬけていた。

 


「ひっ」


 襲い来る矢の雨に、思わず悲鳴を上げるカルミラ。

 だが、矢はカルミラに届かない。

 屍人(デッドマン)がカルミラを庇う様に矢面に立ったのだ。

 弾く、弾く、弾く、弾く。

 無造作に巻き付けられた包帯が、(なび)き、揺らめく。

 屍人(デッドマン)は、その常人ならざる動きで襲い来る矢を退け続ける。

 しかし、それでも全ての矢を退けるには至らない。

 幾つかの矢が屍人(デッドマン)の体に突き立つ。

 

 腕に。


 大腿に。


 胸に。


 その(たび)に鮮血が零れ落ちる。


 されど。


 屍人(デッドマン)不沈(シズマズ)



 決して軽傷ではない。

 胸元に突き刺さっている矢もあるのだ。

 むしろ致命傷と言っても良い。

 それでも。

 屍人(デッドマン)は止まらない。

 沈まない。

 足元に血の池を作りながらも、カルミラの前から一歩たりとも退く事はない。


「あ、あああ……」


 その壮絶な光景に、カルミラの口から呻き声のようなものが漏れる。

 無理もない。

 この様な光景など見た事もなければ、想像した事すらなかったのだから。


「大丈夫だ。確かに痛ぇ。

 死ぬほど痛ぇ……が、死にやしねぇ。

 もう一度、幼馴染(アイツ)を抱きしめるまでは。

 そして――――」


 屍人(デッドマン)の脳裏に幾つもの映像が浮かんでは消える。

 無邪気に笑う幼馴染の少女の笑顔。

 時に喧嘩をしながらも、戦場では背中を任せあった親友の少年。

 血だまりに転がる自分と幼馴染の首。

 そして、血に濡れた剣を手に、それを見下ろす親友(うらぎりもの)


 愛していたのだ。


 少女の事を。


 信じていたのだ。


 親友の事を。


 だからこそ――――


「―――—親友(うらぎりもの)を殺すその時まで。

 絶対に死んでたまるかってんだ」


 吐き出すように言い放つ屍人(デッドマン)

 その声色には苦痛の色も現れてはいる。

 だが、それ以上に満ちているは揺るがぬ強き意志。

 衰える事のない体捌きが。

 何よりも包帯の隙間から覘く暗く淀んだその瞳が。

 彼の意志が本物であるという事を物語っていた。 

 しかし、カルミラという枷がある以上、その場から離れる事は出来ない。

 このままではジリ貧。 

 だがしかし、それは盗賊達にも言える事だった。

 不気味だった。

 矢を受けても死ぬどころか弱る様子すらない。

 迂闊に近づけば、首をねじ切られた連中の後を追って冥府へと旅立つ事になりかねない。

 だが、矢の数にも限りがある。

 屍人(デッドマン)が焦燥感を感じているかのは分からないが、盗賊達は確実にそれを感じていた。

 だからこそ、先に仕掛けたのは盗賊の方だった。


 不意に止まる矢の雨。


「おい! あれを見ろ!」


 盗賊の首領らしき男が叫ぶ。

 だが、屍人(デッドマン)は首領の言葉を意に介する様子はなく、首領の指し示す方向には見向きもしなければ、その場から動く気配もない。

 折角、身を挺してまでカルミラを守っているのだ。

 些細な油断からカルミラを殺されてしまっては、わざわざ身を挺した甲斐がなくなってしまう。

 その代わりに反応を示したのはカルミラだった。


「みんな!」

 

 カルミラの瞳に映ったのは、囲まれて刃を突き付けられている商隊側の者達の姿。

 勿論、そこにはカルミラの父もいる。

    

「状況は理解したか?

 抵抗はやめろ。大事な依頼人様が死んじまうぜ?」


 首領が脅しを掛ける。

 脅しが聞こえているのか、いないのか。

 屍人(デッドマン)はゆっくりと己の胸に突き立った矢に手を掛ける。


 次の瞬間。


 一気にそれを引き抜いてみせる。

 無造作に引き抜かれた傷口からは、ボタボタと鮮血が流れ大地の染みへと変わっていく。

 その光景を見せつけられた者達は息をのむ。

 特に間近で見せつけられたカルミラに至っては、蒼白を通り越して土気色の顔色にさえなっていた。

 気を失う事が出来たら楽だっただろう。

 だが、屍人(デッドマン)の纏うその存在感が、彼女の目を惹きつけ、意識を手放させる事を許さなかったのだ。

 屍人(デッドマン)の行動は矢を引き抜いただけでは終わらない。


 抜き去った矢をくるりと反転させ、矢のシャフト部分から、矢を番える為のフックへと握り替え、己の身体もその勢いのままに反転、そのまま投擲に移る。

 放たれた矢は寸分の狂いもなく、商人へと刃を突き付けていた盗賊の喉へと飛ぶ。


「あ゛!?」


 屍人(デッドマン)の動きに見惚れていた盗賊は、己の最後となる声に何の意味も乗せる事無く倒れた。


「て、てめぇ!」


 暫しの沈黙の後、ようやく状況を把握した首領が声を荒げる。

 

「くっくっく。好きにしろよ。

 俺の依頼人はコイツらじゃない」


 意地悪く笑う屍人(デッドマン)

 その言葉に思わず言葉を失う首領。

 身を挺してまで、娘を守っていた事から、首領は屍人(デッドマン)が商人達を守る護衛の一人だと思い込んでいたのだ。

 カルミラと屍人(デッドマン)とのやり取りが聞こえていれば、屍人(デッドマン)と商人たちには何の面識もないと分かったのだろうが、首領にはそのやり取りは聞こえていなかった。

 だからこそ、人質を取るという手段に出たのだが、屍人(デッドマン)に対して仕掛けるには余りにも見当違いな行動だったという事だ。

 だが、それで納得出来ないものがいた。

 カルミラだ。

 屍人(デッドマン)にとっては見当違いであったとしても、カルミラにとっては、この上なく有効な手段だったのだ。

 勿論、屍人(デッドマン)の言い分は理解出来る。

 屍人(デッドマン)と自分たちは赤の他人でしかないのだから。

 だからと言って、納得出来るかと言えば、出来る訳がない。

 懸かっているのは、父の命なのだ。

 だからこそ、カルミラは勇気を、そして震える声を振り絞る。


「あ、あの、たすけてください。

 私に、差し上げられるものなら、な、何でも差し上げます。

 この、か、体も好きにしてくださってかまいません。

 だから、お父さんを、た、たすけて」


 カルミラの決意。

 それはこの場を無事に切り抜けた後には、容易く揺らぐであろう決意でもあった。

 だが、本気だった。

 父を救いたい。

 少なくとも、その心に偽りはなかった。

 カルミラは視線を送る。

 縋るように送る。

 対する屍人(デッドマン)はじろりと、カルミラの肢体へと暗く淀んだ視線を這わせる。

 その視線を受け、ぶるりと身を震わせるが、それでも見つめ返すカルミラ。

 

「――――要らん」


 視線を外したのは屍人(デッドマン)の方だった。

 カルミラの気迫に気圧されたという訳ではない。

 その証拠に屍人(デッドマン)の言葉には、心底興味がないと言わんばかりに何の感情も込められていない。


「そ、そんな」


 取り付く島もない屍人(デッドマン)の態度に、絶句するカルミラ。

 だからと言って、諦められるものでもない。

 何とか、屍人(デッドマン)の興味を引くものが必死に思考を巡らせるが、もう彼女自身には何も差し出せるものがない。

 カルミラの視界が滲む。

 だが、屍人(デッドマン)の言葉はそれだけで終わらなかった。

 

「心配するだけ、無駄だ。

 どうせ奴らは、もう何も出来やしない(・・・・・・・・・・)

「え?」

「何だと!?」


 その言葉に、カルミラと首領が同時に反応する。

 どちらも屍人(デッドマン)の言葉の意味は理解出来ていなかったが、カルミラはその言葉に希望を見出し、首領はその言葉を嘲笑だと受け取った。


「化物が舐めやがって! 見せしめに全員ぶっ殺してやれ!」


 首領は激高し、人質である商人や傭兵を殺せと叫ぶ。

 短絡的で愚かな命令だった。

 殺してしまっては、人質の意味がない。

 首領にもそれ位は分かってはいるのだ。

 それでも、短絡的な衝動を抑える事は出来ないらしい。

 それが出来ないからこそ、人の道を踏み外し、盗賊団の首領などしているのだ。

 それに、いざとなれば、首領は自分一人だけでも逃げ出せば良いと思っているし、逃げ切れると思っている。

 だからこそ、何の躊躇いもなく人質を殺せなどと命じる事も出来るのだ。

 盗賊達は首領の命令を実行すべく刃を振りかぶる。


「ひ、た、たすけ」


 思わず命乞いをする商隊側の者達。

 そして鮮血が舞う。

 だが、それは商人たちの血ではない。

 刃を振りかざしていた筈の盗賊達の血だ。

 舞ったのは血だけではない。

 切り刻まれた幾つの肉片も一緒に舞っていた。

 切り刻む側だった筈の盗賊達が、何故か切り刻まれて肉塊と化していた。 


「な!? てめぇか!

 てめぇが何かしやがったのか!

 一体何をしやがった!?」


 屍人(デッドマン)へと首領が喚く。

 得体の知れない何かが、配下をあっという間に葬ったのだ。

 それを成した犯人は、同じく得体の知れない屍人(デッドマン)しか考えられなかった。


 屍人(デッドマン)は笑う。


 心底愉快そうに笑う。


「くっくっく。良い表情になって来たな。

 何かしたかだと? したに決まってるだろう。

 特別サービスだ。お前等にも分かるように見せてやる」


 屍人(デッドマン)の言葉と共に短い悲鳴が上がる。

 悲鳴の方を見てみれば、地中から飛び出した白い何かが配下の一人を刺し貫いていた。

 それは、包帯だった。

 いや、本当は包帯ではないのかも知れない。

 だが、それは屍人(デッドマン)の全身に巻き付けられている包帯のように見えていた物だった。

 そこで漸く首領は気付く。

 屍人(デッドマン)の足元の地面に幾つもの包帯が突き刺さっていることに。

 先に仕掛けていたのは盗賊達の方ではなかった。

 現れた時から既に屍人(デッドマン)は仕掛けていたのだ。

 地中に包帯を張り巡らせていたのだ。

 その最中にその場から動くことは出来ない。

 カルミラを守る為にカルミラの前に立っていたのではない。

 仕掛けるついでにカルミラを守っていたのだ。

 いや、盗賊達の目を誤魔化す為に、カルミラを守るという行為で、その行動を迷彩していたという方が正解だろう。

 

「やっと気付いたか?

 これを地中に仕込むのはちょいとばかり手間が掛かるのが難点なんだがな。

 だが、この辺り一帯はもう俺の領域だ。

 喜べ盗賊共。

 殺戮の宴の開幕だ」

 

 屍人(デッドマン)の宣言と同時に盗賊達の足元から無数の包帯が地中から飛び出す。

 盗賊達の半数は切り裂かれ、貫かれ、抉られ、絶命する。

 残りの半数は包帯に絡めとられ拘束される。


「何しやがる! 放せ! 放しやがれ!」


 絡めとられた者の中には、首領も混じっていた。

 勿論、これは偶然ではない。

 殺すだけなら、わざわざ拘束する必要もない。

 屍人(デッドマン)の意図によって首領は生け捕られたのだ。

 首領や盗賊達は必死に抵抗するも、圧倒的な力によってじわじわと締め上げられていく。

 やがて、盗賊達の一人が絶叫を上げる。

 過度の締め付けによって骨が粉砕されのだ。 

 次々と盗賊達の骨は砕かれ、それでも尚、緩むことなく、むしろ圧力は増していく。

 盗賊達の口から次々と助命の懇願が紡がれる。

 それは、首領も同様だった。


「痛ぇ! 痛ぇ!

 や、やめっ! たすっ助けてくれぇ!」


 息も絶え絶えに叫ぶ首領。

 だが、締め付けが弱まる事はない。


「それは出来ん。依頼主の要望だからな」


 淡々と告げる屍人(デッドマン)

 屍人(デッドマン)は言っていた。

 俺の依頼人はコイツらじゃないと。

 それはつまり屍人(デッドマン)へと依頼した者が他にいるという事でもある。


 その依頼人は女だった。

 とある小さな村に住んでいた女である。

 決して裕福とは言えないが、優しい夫、可愛い娘、そして気心の知れた村人たちに囲まれて幸せだと言って良い生活を送っていた女だった。

 そのささやかとも言える幸せの日々は、ある日突然終わりを迎える。

 盗賊が村を襲ったのだ。

 夫は殺され、女と娘は嬲られ連れ去られた。

 女は盗賊達の慰み者とされ、娘は何処へとも知れない処へ売り飛ばされた。

 昼も夜もなく嬲られ続ける日が続いた。

 死ぬ事も考えたが、死ねなかった。

 生きてさえいれば。

 娘と再開できる日が来るかも知れない。

 妄想とも言える希望に縋りながら女は生きた。

 ある日、そんな希望ですら砕かれる事となる。

 娘が既に死んでいるという事を盗賊達から知らされたのである。

 売り飛ばした先へと移送している最中に、崖から転落して死んでいたのだ。

 既に希望などなかった。

 女は己を嬲る事に夢中で隙だらけな盗賊の一人の喉笛に食らいつく。

 女は一人でも道連れにしてやろうと思ったのだ。

 だが、監禁され、嬲られ続けた女には。

 既に盗賊の喉を嚙み千切る力は残っていなかった。

 女は切り刻まれ捨てられた。


 そして今際の際に出合ったのだ。

 屍人(デッドマン)と出会ったのだ。

 出会いは偶然だった。

 ただ、たまたま屍人(デッドマン)はそこを通りかかっただけだった。


 女は願う。


 奴等を殺して欲しいと。

 地獄を味わわせてから殺して欲しいと。


 死に逝く女が全ての事情を語れた訳ではない。

 むしろ、情報も報酬も不十分に過ぎると言っても良い位だ。

 それでも屍人(デッドマン)は報酬を受け取った。

 それは同情ではなかった。

 憐憫(れんびん)でもなかった。

 全てを奪われた。

 奪われてしまった女にほんの少しだけ共感してしまったのだ。

 それは同志という感覚に近いのかも知れない。

 そして契約は成立し、女は冥府へと旅立った。


「か、金か? 金なら、払う!

 3倍、いや、5倍払う! だから、だから頼む!」


 刻一刻(こくいっこく)と迫る己の生命の刻限に首領はなりふり構わず叫ぶ。

 ピタリと締め付けが止まる。


「お前に払えるのか?」

「もちろんだ! 早くこれを解いてくれ!

 骨が砕けちまってんだよ!」 


 思わぬ屍人(デッドマン)の反応に首領はここぞとばかりに食らいつく。 


「今すぐにこれが準備出来るというのなら、考えてやる」 


 それは指輪だった。


 それは女が夫からプロポーズをされた時に、貰った銀の指輪だ。

 高価な物ではない。

 凝った装飾もなければ、宝石も付いてはいない。

 どちらかと言わずとも安物の指輪だ。

 それでも、夫が精一杯の愛情を込めて送った指輪だ。

 勿論、盗賊達に見つかれば奪われてしまっていただろう。

 だから必死に隠していた。

 隠しきったのだ。


 それが、その指輪だけが。


 女に残されていた唯一であり。


 全てであり。


 そして屍人(デッドマン)への報酬だった。


「なんだ。あんた金に困ってんのか。

 ははは。それなら俺と組もうぜ。

 あんたが居てくれりゃぁ、怖いもんなんか何もねぇよ。

 そうなりゃ、俺達は無敵だ!

 そんなゴミみたいな指輪なんかよりも、もっとすげー指輪をくれてやる。

 純金でもプラチナでも幾らでもだ!」


 指輪を見た首領は饒舌に語り出す。


 指輪に込められた想いに。


 沁み込んだ絶望に。


 塗り込められた憎悪に。


 何一つ気付く事無く語り続ける。

 

「悪くない取引だろう!

 この商人どもも、あんたの好きにして良い!

 そのガキもあんたにくれてやる! だから、な?」


 首領の言葉に、カルミラ達の身体がびくりと恐怖に竦む。

 尚も首領は調子の良い事を並べ立て続けていく。


「だから、な? 早くこれを解いて―――――」


 唐突に血肉が舞う。

 握り潰された果実のように。

  

「は!?」


 戸惑い呆けた声を上げる首領。

 首領以外の盗賊達が一気に圧殺されたのだ。

 そして首領の全身に巻き付いた包帯が締め付けを再開する。


「なんだよこれは! 金を払えば助けてくれるんじゃなかったのか!」

「俺は、考えてやると言っただけだ。

 助けてやるとは一言も言っちゃいない」


 喚く首領に屍人(デッドマン)は答えた。

 悪意に満ちた答えだった。

 最初から助ける気などなかったと言わんばかりに。


「騙しやがったのか!

 この俺を! 俺様を騙しやがったのか!」

「くっくっく。騙しちゃいないし、嘘も吐いちゃいない。

 俺は考えたぞ。どうしたらお前に絶望を与えられるかってな。

 どうだ、俺の考えは。中々悪くないだろう」 

 

 屍人(デッドマン)は笑う。

 悪意に満ちた声で笑う。

 暗く淀んだ目で笑う。

 憎悪を振りまきながら笑う。 

 

「ふざけるな!

 殺してやる!

 殺してやるぞおああああ!」


 騙されたと知った首領は喚き散らす。

 もはや、指一本動かす事は出来ないというのに。

 やがて、その喚きもただの絶叫へと変貌を遂げる。

 全身の骨が砕かれ、意味のある言葉を紡ぐ事が出来なくなったのだ。


「充分とは言い難いが、こんなものか。

 止めはあんたに刺させてやる。だから、それで我慢しとけ」


 屍人(デッドマン)は呟き、銀の指輪を握り込む。


 強く、強く、握り込む。

 そして力の限り投擲する。

 指輪は首領の眉間を割る。

 頭蓋を砕く。

 脳漿を大地へと撒き散らし、首領は息絶える。

 指輪は何処かに転がったのだろうが、屍人(デッドマン)にはどうでも良い事だった。

 ただ、ほんの少しだけ、共感してしまった女に。

 ほんの少しだけ、手を貸してやりたくなっただけなのだから。

 屍人(デッドマン)への依頼は成し遂げられたのだ。






「助けて頂きありがとうございます」

 

 商隊長が屍人(デッドマン)へと頭を下げる。

 商人達だけではなく、傭兵達も頭を下げている。

 だが、本当の意味で感謝しているのは身を挺して守られたカルミラだけだ。

 彼らの頭の中を占めているのは、屍人(デッドマン)への感謝ではない。

 いや、感謝の気持ちもなくはない。

 だが、それ以上に怖いのだ。

 包帯に隠され、顔が分からず得体も知れない。

 実力は今しがた見せつけられたばかりだ。

 その上、致命傷を負った筈なのに、ピンピンしている。

 彼らの命運は完全に屍人(デッドマン)に握られていると言っても過言ではない。

 だが、そういった感情は伝わるものらしい。


「上っ面だけの謝辞なんか要らん」


 屍人(デッドマン)は吐き捨てる。

 興味なさげに、背を向ける屍人(デッドマン)

 その背中がぐらりと揺れる。


「だ、大丈夫ですか!」

「気にするな。ちょいとばかり血を流し過ぎただけだ」


 慌ててカルミラが駆け寄るが、屍人(デッドマン)はそれを手で振り払おうとして、振り払えずに止まる。

 カルミラの瞳は、ただただ屍人(デッドマン)を案じていた。

 そこに幼馴染の少女の面影を重ねてしまったのだ。

 屍人(デッドマン)は振り上げた手の行き場をなくし、その手は暫く空を彷徨った後、くしゃりとカルミラの頭を撫で回す。

 カルミラは驚きに目を白黒させるが、その手を拒む事はなかった。

 やや、乱暴ではあったが、その手はとても優しく感じられたから。

 包帯塗れの手は不思議と温かくもあった。

 そして理解する。

 優しいからこそ。

 屍人(デッドマン)は復讐に囚われ続けているのだと。

 優しいからこそ。

 狂気にその身を焦がさずにはいられないのだと。


「あ、あの! ありがとうございました! この恩は一生忘れません!」

 

 去りゆく屍人(デッドマン)へとカルミラは叫ぶ。


「忘れちまえ。覚えていても得する事なんざ何一つない」


 振り向きもせずに言い捨てる屍人(デッドマン)


「嫌です! 絶対に忘れません!」

「……好きにしろ」


 呆れた響きを滲ませ吐き捨てる。


 屍人(デッドマン)は歩み続ける。


 復讐を果たすその日まで。


 親友(うらぎりもの)を殺すその時まで。


 例え、手足が千切れようとも。

 

 屍人(デッドマン)は沈まない。 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 殺戮企画、というものがあったと知って読み回っています。 でだし、少女が手込めにされかかるシーンはお約束なのですがドキドキし。 まさかの包帯? に驚きました。 カッコよかったです、デッドマン…
[一言] 他の方もおっしゃってますが、かっこいいですね、デッドマン。それと包帯が武器とは考えましたね。そこがまたデッドマンの異質さに拍車を掛けていると思います。
[良い点] かっちょいいぞデッドマン!王道展開にダーティなヒーロー、かっこいいのです。他の方も書いてますが、このネーミング、設定、とてもいいと思います。
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