第7章
「ここよ姉さん!ここ!」
チカの住むタワーマンションの玄関に近づくとチカが手を振って待っていた。
車を停めるとサッと助手席にチカが滑り込んでくる。
「チカ、何よそれ!」
「何って何が?」
「その格好!」
アヤカは目を見張った。
チカの格好ったら!どこから引っ張り出してきたのだろう。
白のノースリーブの膝上のワンピース。
大きなゴールドのイヤリングに、首からは何連ものネックレス。
黒の某”C”のブランドのチェーンバッグを持ち、靴は・・・何センチヒールなの!?
「ああ、これね。OL時代のを出したの。まだ着られたわ」
チカはなぜかウキウキとしている。
「早く出してよ!」
チカが急かすので、アヤカは車をスタートさせた。
「ミッキーが私の格好を見て喜んでたのよ。チカは変わらないねって」
ああ、そうですか!
もともと小柄で細かったチカはアンを産んでもすぐ体型が戻った。
本人曰く努力したのよということだったけど。
私は少しの努力じゃ全然変わらないのに・・・なんて不公平なの!
「姉さんはこういう服持ってる?」
持ってるわけないじゃない!
「ん~無い・・・かな?」
アヤカは頭の中で自分のクローゼットの中の服を思い浮かべた。
出版社に勤めていたころはスーツばかりだった。
客先への急な訪問や、来客に備えて。
たまにあるパーティでも、私たちは裏方ばかりだったし・・・。
ネイビーのワンピース・・・は地味か。
黒のワンピース・・・でもいいかな。
結婚式のワンピースは・・・もう着れない?
「少し派手な格好をしないとホストクラブじゃ逆に浮くわよ!私の服だと姉さんとはサイズが合わないじゃない?だからとりあえずアクセサリーだけ持ってきたわ」
見るとチカは小さな紙袋も持っていた。
そこから手を入れるとジャラっとした3連のパールのネックレスを取り出した。
「これ付けて・・・これもっ!」
なんて大きいイヤリング!
これ私が付けるの!?
「このドロップ型のパールのイヤリングもセットね」
もう・・・どうにでもなれ!
夜8時少しを回った頃、アヤカの家から車でダイヤモンド・ヘッドに向かった。
家に着いてから、急いでチカとクローゼットの中身をかき回し、
結局結婚式用のワイン色のロングドレスを選んだ。
胸あたりにレースの透かしが入ってて、ちょっと露出もある。
背中のジッパーはなんとか上がったが、少し曲がった姿勢を取れば破れてしまう危険性がある。
チカが持参したアクセサリーも身につけ、鏡に映した姿は・・・痛いアラフォーに見えた。
「姉さん、決まってるわよ」
チカは褒めてくれたが、本心だろうか。
髪もアップにし、1つだけ持っているサングラスをかけた。
靴も結婚式用の黒のビジューが付いたバックストラップのサンダルを引っ掛けたが、
車の運転には不向きなのでアヤカが唯一持っている”D”ブランドの黒の小さいバッグとともに
後部座席に投げ出し、今はドレスにスニーカーという姿である。
この格好では家から出たくない気持ちだったが、目的は母さんの救出である。
とにかく急がなくちゃ!
家から香椎のダイヤモンド・ヘッドまでは車でおよそ20分くらいだろう。
アヤカが着替えている間にチカがスマホで調べて地図を用意していてくれた。
「そう、それを右ね・・・」
チカがナビを引き受けてくれる。
香椎は益戸と同じ路線続きの地方都市だ。
益戸よりも都会的でデパートやショッピングセンターが多く、駅前は買い物客でいつも賑わっている。
サッカークラブのホームでもあり、街全体が活気づいている。
香椎駅前近くにあるというダイヤモンド・ヘッドはすぐ見つかったが、駐車場を探すのに少し手間取った。
ようやくパーキングを見つけて車を入れる。
「行くわよ、チカ」
車内で靴を履き替え、勇ましく香椎に降り立った。
ここから店までは歩いて2分くらい。
なのに・・・。
行くまでの道ですれ違う人の視線が刺さる。
(う・・・)
サングラスを持ってきて良かった・・・でないと耐えられない。
ちなみにチカもバッグからサングラスを取り出してかけていた。
アヤカは周りを見ないように少し顔を上げて歩いていたが
「姉さん、なんかどっかの悪そうな女ボスみたいよ」
チカがなぜか嬉しそうに囁く。
「黙っててよ!歩きにくいんだから」
たまにしか履かないヒール靴なのでうまく歩くことができない。
足元でカツカツという音が響く。
やっと店の前に来た。
頭上を見上げると英語で「ダイヤモンド・ヘッド」の派手なネオンサインが光っている。
入り口横の壁にはたくさんの顔写真が飾ってある。
どうやらここのホストの一覧写真らしい。
田中カズキの写真を探してみたが・・・もう外してあるようだ。
一番人気は・・・『仁』って人ね。
「とにかく母さんを見つけたら、すぐ店の外に連れ出すわよ」
「え~どういうものか少し体験したいな~」
「あんた、夫と娘がいるのよ!?」
そう言って扉を開けた。
ドアを開けた途端、音量を押さえたダンスミュージックが流れ、『いらっしゃいませ!』という大合唱に迎えられた。
大手のホストクラブなんだろうか、店内はかなり広い。
アヤカの家の広さが55平米くらいだからその倍ちょっとくらいの120平米くらい。
フロアの真ん中はぽっかりと空間が空いていて、そこを中心にいくつものソファとテーブルのセットが置かれている。
店は全体的に照明を落としていて少し暗いが、各テーブルにキャンドルが置かれていてロマンチックな雰囲気を演出しているようだ。
店は客でかなり埋まっていた。
水曜日ということを考えると繁盛しているらしい。
若い女性グループや、母くらいの年齢のマダム達もいる。
みな、煌びやかに装っていて一様に楽しんでいるようだ。
アヤカは自分の姿を見下ろし、チカの忠告を聞いてよかったと思った。
すぐに母を捜そうとしたが2人のホストに迎えられ、フロアの真ん中近くの4席のソファ席に案内されてしまった。
「ご来店ありがとうございます。・・・お姫様方は初めての来店でいらっしゃいますか?」
金髪で髪裾が長く細身のホストが言う。
どうしよう、何を話せば・・・。
「あのね、私たち、このあたりのホストクラブをいろいろ見て回っているの」
チカが甘い声を出す。
「最近このあたりによく遊びに来るからお気に入りを見つけようと思って。この店、かなりイケメン揃いね」
ナイス!チカ!
「そ、そうなのよ・・・」
アヤカもやっと声が出た。
「そうなんですか。このダイヤモンド・ヘッドはこの香椎界隈じゃサービスもホストの揃いも質もいいんですよ。あ、僕は『雅』と申します、お見知りおきを」
大げさなお辞儀をして雅がアヤカとチカ、両方に名刺を手渡す。
「俺は『ケンタロウです』」
もう一人の黒髪でガタイがいいホストも名刺を差し出す。
雅は黒のスーツに白の開襟シャツ、胸にワイン色のポケットチーフを差している。
ケンタロウは黒のスーツに薄グレーのシャツ、首には金のコインネックレス。
二人とも20代前半くらい、もしかしたらまだ学生なのかもしれない。
「あら、あなた、ケンタロウだなんて、ずいぶんと男らしい名前なのね」
チカがサングラスを外し、口に手を当ててクスクス笑う。
「ほ、ほんとね・・・ホホホ」
アヤカもそれに合わせた。
さて、これからどうしよう・・・。
「お飲み物はいかがなさいますか、お姫様方」
どうやら雅のほうが先輩らしくリードして聞いてくる。
というか、今度はお姫様か・・・お嬢様の次はお姫様。
忙しい日だ。
チカが口に人差し指をあてて、首を可愛らしく傾げた。
「ん~そうね~。まずはお試しのパックコースでいいわ。気に入ったら今度ボトルを入れるわね」
「かしこまりました」
一瞬少しがっかりしたようだったが、2人とも笑顔で接している。
「ねえ、チカ、こういうの何処で覚えたの?」
ホスト2人が飲み物を用意する間にアヤカがこそっとチカに囁いた。
「テレビとか、あとさっきネットで調べたのよ。・・・姉さんはこのあとどうするか考えてよ」
そうだった、まずは母さんを探さないと・・・。
アヤカがキョロキョロしていると
「どうしたの?誰か探しているの?」
ケンタロウが聞く。
彼はどうやらこういうフレンドリーな接客がウリらしい。
「ええ、その・・・知り合いがいないかと思って」
「知り合い?」
「ええ、そう・・・・古川さんが来ていないかと思って・・・」
「ああ!古川様のお知り合いですか?」
雅が聞き返す。
しめた!
「そうなの。ココも古川さんの紹介で、可愛い男の子が多いって聞いて」
いいぞ、なんとなく慣れてきた。
「私たち、古川さんと・・・マサコさんとパーティで知り合ったのよ。そうしたらこのクラブでよく遊んでいるって聞いて」
古川マサコの名を出すと、二人のホストのビジネス的な笑顔が満面の笑みに変わった。
古川マサコはたくさんのお金を落としていく上客なのだろう。
その知り合いとなればお金を持っていると思ったのかもしれない。
もう少し過剰にしてみようかしら?
「私たちの父も不動産関係のビジネスをしていて、マサコさんとは度々都内のパーティでお会いするのよ。私達もよくホストクラブに遊びに行くから、このあたりでもお気に入りを見つけておこうと思って」
明らかに笑顔から恭しい態度になった。
「それでマサコさんが、このお店にお気に入りのコがいるっていうから私達もお会いしたくて・・・」
そう言った途端、二人の顔に緊張が走ったようだ。
「どこなの?そのマサコさんの可愛いコは・・・確か・・・ランマルって言ってたかしら?」
チカも話を合わせてきた。
ホスト二人が黙った。
「ねえ、連れてきてくれないかしら・・・?」
アヤカが少し微笑んで促すと雅がやっと口を開いた。
「蘭丸は・・・もうこの店にはいません」
「あら!じゃあ別のお店へ行ったのかしら?」
アヤカが驚いてみせる。
「いえ、そういうわけじゃないんで・・・」
ケンタロウが口を濁す。
「あら、じゃあ、どうして?」
チカが無邪気に聞く。
「実は・・・蘭丸は・・その、先日亡くなったんです」
雅が重い口を開いた。
「ええ!?」
「そんな!」
アヤカとチカが大げさに驚いたフリをした。
「残念だわ・・・ぜひお会いしたかったのに・・・。マサコさんがすごく気に入っていたみたいで、イイコだって褒めていたから。・・・ねえ、病気で亡くなったの?」
「いえ、そうじゃなく・・・実は・・・こんなこと言ってもいいのか・・・殺されたんです」
アヤカが聞くと雅が小さく答えた。
「まあ!!怖いわ!」
チカは自分の身体を抱いて、肩を細かく震えさせた。
どうやらチカは演技の才能もあるらしい。
「じゃあ、このお店で・・・?」
アヤカがフロアをぐるりと見回すと
「いえ、ここじゃあないんです。どっかの・・・喫茶店で死んだって」
雅の丁寧な態度が消えた。
「そうなの・・・・それは皆さん、さぞ驚いたでしょうね」
「そうですね。・・・蘭丸さんは・・・俺達、下っ端のホストにも優しかったんスよ。知っているかもしれないけど、俺たちホストってなかなか上位に上がらないと給料も安くて。だからよく自分のテーブルのヘルプに呼んでくれて・・・」
ケンタロウがそう言うと雅も堰を切ったようにしゃべった。
「蘭丸さんは、俺よりひとつ年上だったけど、すごく面倒見よくて。ここのホストはみんな慕ってました。ナンバー2にもなると偉ぶる人が多いのに、全然そういうところも無い人で・・・。マサコさんもそうでしたけどファンも多かった」
「そうなの、みんなに慕われて・・・大勢ファンもいたでしょうね」
アヤカがしんみり聞くと、
「そうですね・・・特に古川様はずっと蘭丸さんを指名していましたね。他にも熱烈なファンはいましたが、古川様はほとんど毎日のようにいらして蘭丸さんを指名していたので・・・時々お客様同士で取り合うくらいでした」
他にもファン多数・・・。
じゃあ、その女性達の中にもしかしたら・・・?
「そんなに人気があったのね・・・お会いしたかったわ。お顔は存じないけど、きっと中身も素敵だったのね、そうしないと皆さんに慕われないでしょうしね。・・・敵なんかいなさそうだったの?」
アヤカがさりげなく聞くとケンタロウが眉を寄せた。
「そう・・・いや、仁さんはどうだったのかな・・・」
「ケンタロウ!お前・・・」
「だってそうだろ、雅さん!仁さんは明らかに蘭丸さんを目の敵にしてた。ナンバー1の座を奪い取られるんじゃないかって」
「仁さんって・・・?」
アヤカが聞くと、
「あの人ですよ、あの騒いでるボックスの・・・」
ケンタロウが親指で指した方向を見ると、アヤカ達から左方向に賑やかな一角がある。
一人の背の高いホストが両手で頭上にワイン瓶を掲げていた。
「ドンペリ・ピンク!入りましたーーー!!」
大きな声で叫んでくるりとその場で一回転した。
それを合図に店内のあちこちからホストの歓声が上がった。
ドンペリを持っているのは、明るい茶色の髪に青いメッシュが入った、銀の上下の三つ揃えのスーツを着た男性だ。
暗い照明でもスーツが光っているのでスパンコールも付いているのだろうか。
黒いシャツに、胸元には赤いバラを一輪挿している。
店の入り口の写真で見たナンバー1ホストの『仁』だ。
顔は・・・さすがに整っている。
仁の隣には同じような格好の2人のホスト、それに向かい合っているのは・・・母さん!!
アヤカは思わず叫び出しそうになったが、こらえてチカに目線で合図を送る。
サインに気づいたチカも驚いているようだ。
母さん・・・一体なんて格好をしてるの!?
母が着ているのは紫のチャイナドレスだった。
銀の刺繍が施され、暗い店内でも煌き・・・スカート部分には・・・あれはドラゴンの刺繍??
耳には大きなドロップ型のダイヤのイヤリング。
(ホンモノじゃあないわよね?)
母も顔を隠すためかサングラスをかけている。
肩下まである髪はまとめて首元でまとめてあり、かんざしのようなものが刺さっている。
普段フィットネスで運動しているおかげで母は60才近くにしてはムダな肉がなく、
背もスラリとしているので、似合わないということはないけど・・・それにしても。
母の隣にはこれまた2人のチャイナ娘。
おそらく母の歯科医院のスタッフだろう。
こちらは双子のように髪型を揃え、母に寄り添ってキャーキャー騒いでいる。
しかし・・・チャイナドレスとは。
悪夢のコスプレ、それともハロウィーン・・・見た目は架橋の女ボスだ。
「あの人が仁さんです。・・・隣の二人は取り巻きで、よく蘭丸さんの悪口を言ってましたよ」
ケンタロウが吐き捨てるように言う。
「ケンタロウ!」
雅が注意した。
「だってあいつら、陰で他のホスト達に蘭丸さんの悪口を吹き込んで・・・俺達は信じなかったけど、店の入り口の写真をナイフで切ったのもきっとアイツらだ」
ナイフ!
田中カズキの体にはナイフが刺さっていた。
こういう人達は常にナイフを持ってたりするのかしら・・・。
「すいません・・・こんな話を。・・・とりあえず、楽しく飲みましょうよ、お姫様達」
やっと気を取り直した雅が酒を勧めた。
「そうですね・・・・すいませんでした。せっかく楽しむために来ているのに」
ケンタロウも仕事モードに戻ったようだ。
(まずい!)
運転の私も夫が待っているチカにもお酒を飲ませるわけにはいかない。
「あ、あれは!・・・マダム?」
アヤカは急に仁のいるテーブルを指して大声を出した。
さっと席を立ち、母のいるテーブルに向かった。
チカは一瞬どういうことかわからなかったようだが、すぐにアヤカの意図を察した。
「あら、ホント!」
チカもアヤカに続いた。
テーブルに残った二人のホストは呆気に取られていた。
母のテーブルの前に来たアヤカが声をかけた。
「まあ・・・マダム。お久しぶりですね」
名前は言うわけにはいかないだろう。
アヤカは少しサングラスを下に下げて母に顔を見せた。
母は驚いたようだったがそれは一瞬だった。
「あら、お嬢さん方。偶然ね」
アヤカの後ろにいるチカを見て察したようだ。
「マダムこそ・・・横浜のパーティ以来でしたかしら?」
「あら、六本木ヒルズのパーティ以来よ!ホホホ・・・」
むむ・・・母もなかなか。
「なかなか・・・楽しそうですわね」
アヤカはチラッと仁のほうを見た。
「そうね・・・今ちょうど追加のシャンパンを頼んだところなのよ・・・。でもそろそろ引き上げようかしらね。どう?あなた達」
母は両隣のチャイなドレス2人組に話しかける。
「えーまだいたいですぅ」
「せっかくのドンペリなのにぃ」
すでにかなり飲んでいるようで酔っ払っていることは明らかだ。
「さあさあ、あなた達、明日は香港で大事な商談があるのよ・・・そろそろ・・・ね」
そう言って、女性2人を立たせた。
「お嬢さん方も一緒に参りませんこと?」
アヤカとチカを見て母が言う。
「そうですわね、ホテルで飲みなおしましょうか?」
慌てたのは、アヤカ達と母達に付いていたホスト達だ。
もっと飲ませて売り上げを上げようとしていたに違いない。
「リン様・・・もうお帰りになるんですか?これからもっと盛り上がろうとしていたのに・・・」
「残念ね、坊や達。・・・また寄るからそのときにね」
母が仁の顎をクイッと持ち上げて言う。
うう、娘として見てられない。
「ああ、会計はそちらのお嬢さん方と一緒でね」
今度はアヤカ達に付いていた雅とケンタロウに向けて言った。
「かしこまりました、マダム」
雅が恭しくお辞儀する。
母は持っていた銀色のクラッチバッグから、テープで止めてある札束(ということは百万円ってこと?)を2つ(!)わざと見せつけてから会計を済ませ、やっと店を出ることができた。
「またのお出でをお待ちしております」
ホスト一同の大袈裟なお見送りとともに。
5人は店をゆっくり離れたが、死角に入ると急ぎ足になった。
と言っても母の2人のスタッフはもうベロベロだったので、アヤカとチカが手を引っ張っていた。
母は2人のために駅前でタクシーを止め、お金を運転手に渡し、行き先を告げてそれぞれ帰らせた。
ちゃんと帰れるかしら・・・とアヤカが考えているとそれまでずっと黙っていたチカが口火を切った。
「ママ!その格好どうしたの?」
「ああ、これね、もちろんレンタルよ。どうかしら、これ」
そう言って母がクルッと一周回って見せる。
なんと、足元は銀のピンヒール!
(私じゃ、絶対歩けないわ!)
「似合うわ、ママ!まだ全然イケるじゃない!」
チカが小さく拍手して飛び跳ねた。
「ほら、私の病院この近くだから素顔じゃ来れなかったのよ。だからここに来る前に知り合いのレンタル衣装をやっている店に寄って貸してもらったの」
「あの2人も?」
「ええ、二人ともノリノリだったわよ」
そうね・・・さぞ楽しかったに違いない。
「リンって?」
今度はアヤカが聞く。
「本名じゃまずいと思って、ホラ、『鈴井』の鈴はリンって読むでしょ?リン・ショウにしたの」
鈴井ショウコ・・・リン・ショウ・・・なるほど。
「とにかくこんなところじゃなんだから、そうね、アヤカの家に行きましょ」
3人で駅前からアヤカの車が停めてあるパーキングまで歩いたが、先ほどよりもかなり注目を浴びた。
先頭切って歩くチャイナ系の女ボスに、ワイン色のドレスと白のミニワンピースの女性2人、
しかも3人とも揃ってサングラスをかけているという。
どう映っているか大体の想像はついたが・・・中には携帯電話で写真を撮る人もいた。
「やっと帰れた」
アヤカは家に入りながら一人呟いた。
「怖かったけど、面白かったわ」
「あら、チカったら、あなた夫がいるんだからあんなトコもうダメよ」
チカと母も靴を脱いで家に上がってきた。
「なにか・・・飲む?」
アヤカが聞くと二人揃って珈琲と答えた。
部屋に掛けてあるイケアで買った壁時計を見るともう10時近い。
店から母を連れてすぐ帰るつもりだったのに、思ったよりも手間取ってしまった。
しかしひょんな事からいろいろな手がかりが掴めた。
珈琲豆をコーヒーメーカーにセットする。
チカと母はソファに座ってそれぞれ聞いたことを話している。
テーブルに置いた紙袋を横目で見て
「ねえ、スコーンがあるんだけど・・・食べる?」と話しかけた。
「そうねぇ・・・」
母が時計をチラッと見た。
「こんな時間に食べたら太るわ・・・でもお腹がすいちゃったわね」
「あ、私も!」
チカが手を上げる。
やれやれ、ため息をひとつついてナッツスコーンをオーブンに入れて温めた。
トレイに全て乗せてソファ前の小さいテーブルに置く。
「それぞれ取ってね」
アヤカはもうクタクタだった。
このまま母もチカも放っておいて隣の部屋のベッドに直行したい気分。
でも、今のうちに情報を整理しておかないと。
「今、チカから大体聞いたの。田中カズキはみんなに人気があったってことね、ホスト仲間にもね」
母が珈琲を一口飲んでから言った。
「そう、例外はママに付いていた仁って人と取り巻き」
チカがスコーンをもぐもぐ食べながら言う。
「あの仁って人ねえ・・・実は最初に付いていたのは別の人だったのよ。それが私がお金持ちのフリをしていたら、急にそれまでのホストくんと交代したの。・・・どうやらお金で客を選ぶタイプね」
母も一応病院の経営者なので、人を見る目はあるとアヤカも思う。
「それに、コレ」
母が手を見せると大きなダイヤの指輪がはまっている。
「母さん!どうしたの、それ!!」
「もちろん、ニセモノよ」
母がニッコリ笑う。
「イヤリングと一緒にこれも貸してもらったんだけど、よく出来ているイミュテーションでしょう?これを見て目を輝かせていたわ。それだけで・・・人となりがわかるわね」
アヤカとチカが同時に頷いた。
「それで・・・どう?母さんから見て仁って人はその・・・田中カズキを殺しても自分のナンバー1の地位に固執しそうなタイプ?」
「そうね・・・。自分を大きく見せるタイプで中身が空っぽな感じね。話しててもちっとも知性も品性も感じられなかったわ。それだけに・・・短絡的になるかもしれないわね」
「つまり・・・」
チカがゴクリと小さく咽を鳴らした。
「暴力に走って、もしかしたら殺したかもしれないってこと。田中カズキを殺せば店での自分の地位は安泰だものね」
アヤカがずばりと言う。
「それともうひとつ」
母が人差し指を立てた。
「あの仁って人の取り巻き2人。あなた達見た?マッチョ系の。あのホストを崇拝しているみたいだし、何でもやりそうな感じ。ハッキリ言ってあの仁って人に人を殺すような度胸は無いと思うわ。だけどあの2人だったら・・・」
なるほど・・・その可能性もある。
それに3人だったら殺すことも人一人運ぶことも容易いかも。
でも・・・。
「今日久保刑事・・・あの若い刑事さんのほうね、と話したんだけど・・・」
「何それ、聞いてないわよ」
チカが珈琲が入ったマグを音を立ててテーブルに置いた。
「ああ、あの少しイケてる若い刑事さんね」
母が顔をツンと上げる。
どうやら母は先日の一之瀬刑事と久保刑事の尋問にまだ少し腹を立てているらしい。
アヤカは今日の夕方に来た久保刑事との会話を2人に話した。
「なるほどね・・・計画的犯行」
「姉さん、それじゃあのホスト達には無理じゃない?いかにも・・・頭が足り無そうだもの」
チカが言葉を選びながら仁と取り巻き達を表現した。
「そうなのよ・・・出来ないわけじゃないと思うんだけど何かこう・・・しっくり来ないのよね」
うーんと3人でそれぞれ考えていると
「あ、そうそう!」
母が急に声を出した。
「盗難事件のことも聞いたのよ」
「え、どうだったって?ママ」
チカが身を乗り出す。
「盗難事件の日があの仁の誕生日だって言ってたでしょう?だからまずあなたの誕生日は?って聞いたのよ。そうしたら12月25日のクリスマスなんですって答えたから、じゃあ今度は私がお祝いしてあげるわって言ったの。去年はどうだったのってことから聞き出すことができたわ・・・」
「ママすごい!」
「さすが母さん!」
母が少し得意気になる。
「まあ大したことないわ・・・。私はこれでも経営者ですからね。人を見る目はあるつもりよ。あの日は・・・」
「ちょっと待って!」
アヤカが手で母を制し、3人のカップを回収して新しい珈琲を入れて急いで席に戻った。
「それで?」
座った途端、アヤカは続きを促した。
「それはもう得意げに話してくれたわ。自分の武勇伝みたいにね。あの日は自分の誕生日でお得意様がたくさん店に来てドンペリとか高いお酒をバンバン注文してお祝いしてくれたんですって。あの・・・グラスを高く重ねてやる・・・なんて言ったかしら?」
「シャンパンタワー?」
チカが答える。
「そう、そのシャンパンタワーを5つも作ったんですって。その日の売り上げはほぼ俺が上げたんですよって。店始まって以来の最高売り上げだったみたいよ」
ということはクリスマスってこともあるけど、その仁の誕生日もあったからすごいお金が金庫にあったってこと?
犯人はそれを知っていた?
ということは泥棒は店の関係者か客ってことかしら。
アヤカは自分の疑問をチカと母に伝えてみた。
「そうよ!アヤカ、泥棒はそれを狙ったに違いないわ」
「姉さん、頭いい!」
「その事件もあって店を辞めた人もいたらしいわ。でも自分がいたからほとんどのホストが残ってくれたって言ってたけど・・・きっとそれは嘘というか見得ね」
母が新しく入れた熱い珈琲をゴクりと飲んだ。
「そうね。・・・盗難事件のあとじゃ、ホスト達も不安を感じるだろうし、給料も支払ってくれたかどうか・・・」
そうだそれも久保刑事に聞いてみよう。
田中カズキはその盗難事件のあともずっとクラブで働き続けていた。
そのまますぐ辞めたら、怪しまれる・・・?
その時、アヤカのスマホの着信音がバッグから小さく聞こえてきた。
チカがカバンを取ってくれたので受け取りスマホの差出人を見る。
あれ、知らない番号だ。
こんな時間に誰・・・?
いぶかしげに電話に出た。
「・・・もしもし?」
「夜遅くにすいません。あの・・・鈴井さんですか?」
あ!
「はい、えっと前田さん?」
「そうです。・・・すいません、こんな時間に」
母とチカがこっちを見ている。
通話口から少し話して口パクで『マ・エ・ダ・さん』と伝える。
2人とも『ああ』とうなづく。
「いえ大丈夫です。どうしたんですか?」
「いえ・・・田中カズキのことを調べると約束しておいてまだ報告してませんでしたから。・・・少しわかったことがあるんです」
「そうなんですか?・・・じゃあ、明日店にいらっしゃいませんか?」
「店?あの・・・お店開けられることになったんですか?」
前田さんの少し戸惑った声が聞こえた。
「ええ、今日からまた営業できることになったんです」
「そうなんですか・・・。それは良かったです。じゃあ明日、・・・午前中は講義がないので伺います」
「はい、お待ちしています。あの・・・・調べて頂いてありがとうございました」
「いえ・・・その役に立つかまだわからないし・・・」
電話の向こうで少し照れている様子だ。
なんか・・・少し可愛い。
「いえ、とても有難いです。じゃあ明日」
「はい、明日」
そう言って電話が切れた。
ふぅ~電話を切って母とチカの顔を見るとニタニタ笑ってる。
「何よ?」
「なんでもな~い」チカはまだ顔がにやついている。
「・・・まあ、女性のほうが寿命が長いわよね」と母。
もう何よ!!
「あ、そうだ母さん!」
「何よ、アヤカ」
「今夜、店でお金たくさん使ったでしょう?ごめんね、いくら使ったの?」
すると母が声を上げて笑い出した。
「そんなことあなたが気にすることないわよ。私が勝手にしたことよ。これでも病院経営者なんですから少しはお金があるわ。それにね・・・」
母が真剣な顔でアヤカの顔を見た。
「それにあの場所は私が生まれ育った場所でもあるのよ。そこに死体を捨てていくなんて・・・許せない。・・・アヤカ、チカ、絶対私たちの手で犯人を捕まえるわよ!」
「もちろんよママ!」
チカが力強くうなずいた。
犯人を見つける手助けになればと始めたアヤカのささやかな調査だったが、いつのまにか『絶対犯人を捕まえる』になってしまっている。
素人のアヤカには何もできないと思っていたが、みんなのお陰で警察も知らなかった情報も手に入れられた。
こうなればアヤカも調査に協力してくれる人たちと同じ気持ちだ。
「ええ、母さん、必ずね!」
このあとすぐ、母娘の会はお開きになった。
母がタクシーを呼び、チカを送ってから家に帰ると言って出て行った。
アヤカは後片付けをしたあと、スウェットの上下に着替え、歯を磨き、化粧だけ落として、お風呂も入らずベッドにもぐりこんだ。
身体はクタクタですぐ眠れるかと思ったのに、頭はものすごい勢いで回転していた。
田中カズキは一体どこで殺されたのか・・・。
誰に?犯人候補は何人もいる。
動機は?
ホストの人間関係?盗難事件のお金?それとも女性関係?
アヤカの前にはいろんなカードが揃っているのに、まだ全然つながらない。
明日・・・明日になればまた何かわかるんだろうか・・・。
そんなことを考えながらいつの間にかアヤカは眠りに落ちていた。
その夜、アヤカは大きなシャンパンタワーの上で母とミナとチカがたくさんのスコーンと一緒に踊り狂う夢を見た。