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第6章

ヨウコさん達のテーブルを片付け終えて時計を見るともう2時半。

しまった、ミナにまかせっきりになってしまった。

慌ててカウンターに入る。

「ごめん、ミナ、一人で応対させて」

「大丈夫よ、それよりどうだった?」

「あのね・・・」

ちょうどお客様の来店が途切れたので、アヤカは小声でヨウコさんとキクさんが持ってきた話をした。

「じゃあ、そのシルバーの車が怪しいってことね?」

「そうみたい。・・違うかもしれないけどね」

それと一之瀬刑事との電話の話もした。

「ふーん・・・じゃあその目撃時間しだいね」

そう、死亡時刻が夜8時だとすれば、車が来た時間が重要になる。

8時以降なら犯人の乗った車だった可能性は高い。

「じゃあ、とりあえず、長谷川さんの報告待ちと、刑事さんがこれから来るってことね」

「そう・・・あ、いらっしゃいませ!」

女子大生と思われる3人組がキョロキョロと店内を見回しながら入ってきた。

「わあ、美味しそう!」

「どれにする?」

「選べな~い、コレとコレ・・・あ、コレも美味しそう!」

思わずニッコリしてしまう。

とりあえず、カフェ・ヴェルデに賑やかさと楽しさがもどってきてよかった。

今は本来の仕事に戻らねば。

それからはアヤカもミナも仕事に精を出して働いた。

ミナは追加でお菓子を焼き続け、アヤカは戻ってきたチカとともにオーダーを取り、接客し続けた。


そろそろ日が傾いてきた午後5時半。

ちょっと前までの時間は会社帰りのOLさん達のラッシュだった。

家に帰る前に一息カフェブレイクされていくお客様、

焼き菓子をテイクアウトして家でゆっくりしようと買い求めていくお客様。

そんな忙しい時間も終わり、カフェ・ヴェルデの営業時間終了まであと30分。

お客様もかなり少なくなり、アヤカ達は少しづつ後片付けを始めていた。

ヨウコさんからの連絡はまだない。

チカはもう30分までに帰っていた。

刑事さん達が来るというので残りたがっていたが、アヤカは無理やり帰した。

せっかくチカの夫が店に来ることを許してくれたのに、その信頼を裏切ることは出来ない。

でも、そろそろ来てもいいのにな~とアヤカが考えていると玄関のベルが鳴った。

入り口には一之瀬刑事の姿はなく、背が高い久保刑事だけだった。

「遅くなりました」

久保刑事が小さくボソッと挨拶した。

素っ気無いなあ・・・アヤカがそう思っているとさっさと空いた席に座る。

あわててアヤカが近づくともう警察手帳を持ってペンを構えている。

「では、さっそくですが・・・」

「あの・・・何かお飲み物でも・・・」

「いえ、自分はけっこうです。どうぞ、座ってください」

そう言って、正面のソファを指す。

ここウチの店なんですけど・・・なんとなく・・・不愉快。

そこへミナが珈琲2つを持って現れた。

「どうぞ」

そのままテーブルにカップを置く。

お客様用ではなく、スタッフ用のマグカップだ。

「いえ、俺は・・・」

「疲れていらっしゃるようです」

ミナが一言ボソッと言う。

少し驚いた顔をしてミナを見つめ、久保刑事は手帳とペンをテーブルに置きおもむろに珈琲を手に取った。

「ありがとうございます・・・美味しいです」

一口ゴクリと飲んだあと、アヤカを見た。

「・・・すいません、無愛想な態度をとってしまって」

「いえ・・・事件、大変なんですね」

久保刑事ははふーっと息を吐いて、片手でこめかみを押さえた。

「そうですね・・・。この事件、なかなか進展していなくて」

「というと?」

「・・・手がかりがとにかく少ないんです。お二人には話していいと思うんですが、被害者は・・その覚せい剤を持っていました。ホストをしているということでその方面の背後に組織があるんじゃないかと捜査を始めてみたんですがまったくないんです。それと一番不可解な点、殺害現場がまだ不明ということなんです」

アヤカとミナがうなずいた。

「こちらに死体が持ち込まれたとき、ブルーシートを引きずった跡が庭へ入ったところから続いていました」

それはアヤカも気づいていた。

「しかし、道のアスファルトにはその跡が全くありませんでした」

「つまり、車か何かでブルーシートを運んできて裏門で降ろした、ということかしら」

アヤカの隣に座ったミナが言う。

アヤカが店の中を見回すと、残りの2席の客はまだのんびりしているようだ。

大丈夫、こちらの声は聞こえないみたい。

「そうですね。我々もそう考えています」

「運ばれたのは夜と考えていらっしゃいますか?」

アヤカはヨウコさん達からもたらされた情報を頭に思い浮かべた。

久保刑事は一瞬驚いた表情をした。

「はい。朝だとさすがに人目を惹くでしょう。このあたりはお年寄りが多いですから、朝早く起きる方が多いでしょうね。おそらくこのあたりの地理や事情に詳しいヤツが犯人でしょう」

「でも・・・それならどうして空き家とか人目につかない場所じゃなく、人がいるウチに捨ててったのかしら」

ミナが思案顔でぽつりと言う。

「それが・・・わからないところなんです。犯人は用意周到だったと思います。ブルーシートを用意したり、睡眠薬で眠らせてから殺害するところとか、計画的犯行です。凶器も今のところ出先が不明のままです」

久保刑事が悔しそうな顔をする。


そのとき、時計が6時を告げる音を奏でた。

朝10時開店と夜6時の閉店のときに鳴るようにしてある。

残っていた女性の一人客と老夫婦が腰を上げる。

「ありがとうございました」

ミナがさっと席を離れ、玄関でお見送りをした。

「またいらして下さい」

アヤカも立ち上がって挨拶をする。

女性は軽くお辞儀をし、老夫婦は微笑んで手を振って出て行った。

ミナもそのまま外に出て行ったので、最後まで見送り、『CLOSED』の札を掛けて戻ってきたのだろう。

戻ってきたミナは自分用の珈琲をマグに入れてまたアヤカの隣に座った。

「刑事さん、アヤカの話を聞きにきたんでしょう?」

「そうでした。・・・お話を聞かせてもらってもいいでしょうか?」

久保刑事が再び手帳とペンを取る。

アヤカは昨日の朝イングリッシュガーデンに侵入した古川マサコ、その夫の話をした。

それにチカのママ友から聞いた恋人らしき女性の話。

ヨウコさんが近所で聞き込んだ話はまだ伏せておいた。

これはまだ確かな情報かわからないし。

「恋人ですか・・・。・・・実は今日その恋人に午前中から話を聞きに行ったんです。益戸の聖マリア女子大学の生徒で・・・名前は滝川マナミ。別れ話は田中カズキからしたようです」

「別れた原因はなんだったんですか?」

「それが・・・好きな人ができたとかで。一方的に振られたそうです」

「じゃあ、それを恨んで・・・とか」

「我々もそう思ったんですが、どうもそういうタイプではないようです。何が原因かわからなくてその時は泣いたそうですけど・・・もう田中カズキのことは吹っ切れたと。訪ねたときは事件をもう知っていて・・・憔悴した様子でしたね」

ミナと思わず顔を見合わせた。

憔悴していたからってお芝居かもしれないじゃない。

女性はそういうのうまいんだから。

男性ってそういうことで騙されるのよね。

「それに彼女にはアリバイがありました。死亡時刻の夜8時には大学の実習で保育園でバイトしていました。専攻が児童学部だそうで」

「抜け出すことは出来ないんですか?」

ミナが聞く。

「無理ですね。保育園で夜9時まで母親のお迎えがくるまで、数人の園児と保育園の先生とずっと一緒にいたそうです。・・・その間、トイレで一度部屋からいなくなったようですがすぐ戻ったそうです。それに彼女は車の免許も持っていないようです」

久保刑事が珈琲に手を伸ばしたのでサッとミナが引き取り、アヤカの分も新しい珈琲を入れてきた。

「すいません・・・・。うん、美味い。俺、普段は紅茶派なんですよ」

少し気を許してもらえたのか、口調が優しくなった。

「じゃあ、紅茶を入れましょうか?」

ミナが聞いた。

「いや、いいんです。たまには珈琲もいいですね」

「では今度で。ウチは紅茶も厳選していろいろなものを揃えていますから」

表情を変えずにミナが言う。

「・・・ありがとうございます」

久保刑事が表情を崩した。

おや?今、何かがあったような・・・・っと話の続きと。

「それで刑事さん、ホストクラブのほうは?」

「ああ、ホストクラブの盗難の件ですね。あれは香椎署が捜査したんですが、今回の件で捜査資料を貰い、担当刑事にも話を聞きました。あれは内部犯ではないということですが、もちろん、従業員も調べられました。防犯カメラが店の入り口と従業員用の入り口の両方につけられていたんですが、どっちとも怪しい人物の出入りはありませんでした。盗難があった日の最後の退店者は店長ですし、翌日一番に開けたのも店長です」

「盗まれたお金は金庫に入っていて大金だったそうですね」

アヤカはユキコに貰った資料を思い出しながら言った。

「・・・よくご存知で。店の1階の事務所に金庫が置いてあったんですが、事務室のドアは施錠されたままで、窓から侵入したみたいですね。窓ガラスは割られていませんでした・・・防犯のために針金が入った頑丈な窓だったんですが無意味でしたね。金庫も傷つけられることなく開けられていて、事務所のカギも社長と店長だけ、暗証番号も社長と店長しか知らなかったようです」

なるほど。

「その夜は店のナンバー1ホストの誕生日だったみたいで、営業終了後、全員で近くの居酒屋で飲んでいました。抜け出した者もいません。朝7時まで飲んでいて、店長が帰る前に店の事務室に寄ったところ、金庫が開けられていたのを発見しました。・・・えーと、通報時刻は7時半だということです」

久保刑事が手帳をめくる。

「つまり、暗証番号を知っている店長にはアリバイがあるということですね。社長はどうなんですか?」

アヤカが聞く。

「・・・社長にはアリバイはありません。その夜は家に恋人といたということでした。しかし・・・その社長には不可能なんです」

「というと?」

ミナが促す。

「社長は・・その、ふくようかな体型をしてましてね、窓からの侵入は無理なんです。それに2人とも事務所のカギを持っていますからわざわざ窓からじゃなくても・・・」

店の入り口から入ったら、防犯カメラに映る。

暗証番号を知っていて、事務所のカギを持つ2人は犯人ではないということ。

「共犯者がいるってことは?」

アヤカはふと思いついて聞いてみた。

「例えば・・・店長や社長が帰る前に窓を開けておいて、そこから共犯者が盗みに入る。そうすれば、社長や店長には疑いがかからない」

「その可能性もちろん調べました。しかし、盗難事件が起きてから社長、店長を含め、急に金遣いが荒くなった店の従業員はいませんでした」

「ほとぼりが冷めるまで使うのを待っているとか・・・」

ミナがつぶやいた。

ん?もしかしたら・・・。

「久保さん・・・本人じゃなくても別の人のために使ったとしたら?」

「というと?」

アヤカは田中カズキの両親が借金をしていたこと、それにより留年してしまったこと、ホストで稼いだお金を生活費や学費にしていること。

久保刑事は初耳だったようだ。

「そんな・・・。田中カズキのゼミ仲間や教授はそんなこと一言も言っていませんでした。派手な格好をしていて、ホストのバイトもしていて裕福なんだろうと。留年したのもホストの仕事で朝起きられず、授業に出られなかったからじゃないかと話していました」

田中カズキの見かけやホストのバイトから周りの人たちは金持ちだと思っていたらしい。

「その教授はたぶん何も知りません。両親が借金を負ったのは2年前らしいです。私達は前の担当教授から話を聞いたんです」

アヤカは千花大学の佐原教授から聞いた話をした。

「なるほど・・・自分達は今のゼミの・・・えーと、宮井教授と学生達からしか話を聞いていませんでした。田中カズキの家は神奈川県警が調べに行ってくれたんですが、立派な大きい家だったと言っていました。まさかそんなに借金があったとは・・・。両親とは、本人確認のときにお会いしたんですが、息子が毎月バイト代を送金してくれていて感謝していたとは言っていましたが・・・」

久保刑事が手帳をめくりながら言う。

「ご両親は、もしかしたらその盗難事件のことは知らないんじゃないでしょうか?」

「確認します」

「それともうひとつ」

ミナが人差し指を立てる。

「田中カズキの毎月のホストの給料と両親への送金の額を調べてみるとひょっとして・・・」

「それも確認してみます」

そう言って久保刑事は急いで帰っていった。

テーブルに千円を置いて。

「スタッフ用の珈琲だし、お金を貰うつもりもなかったのにね。しかもこんなに。意外と律儀なのね」

アヤカがテーブルを片付けながら言う。

「そうね」

玄関を見ながらポツリとミナが答えた。


夜7時半、店を閉め、ミナと駐車場で別れてアヤカは自宅へと車を走らせていた。

自宅までもうすぐ。

はあ・・・疲れた。

こんなに忙しかった日は帰ってゆっくりシャワーを浴びよう。

たくさん作っておいたミネストローネとロールパンで夜ご飯を取り、

みんなが持ってきてくれた情報を整理してみなくちゃ。

アロマを炊いてリラックスすれば何かいい考えが浮かぶかもしれない。

そうだ、それに前田コウキにも連絡してみよう・・・この時間ならまだいいわよね。

チラっと助手席の紙袋を見る。

中には4つのナッツスコーン入っている。

これは明日の朝食分にしよう・・・合わせるなら珈琲かな。

そんなことを考えながら車を運転していると、スマホの着信音が流れた。

(誰だろう・・・もう)

車をゆっくりと路肩に止めた。

バッグから取り出して表示を見ると”チカ”

チカ?

「もしもし、チカ?」

「姉さん、大変!」

チカの切羽詰った声が車内に響いた。

もう、これ以上大変なことなんてあるの!?

「どうしたの、チカ・・・アンに何かあったの?」

前にもチカからアンが高熱を出したと夜中に電話が掛かってきたことがある。

ちょうどチカの夫が出張中だったので、アヤカに電話してきて一緒に夜間病院へ行ったのだ。

「違う、違うのよ!ママのほう!」

母さん?

「どうしたの、母さんに何かあったの?」

一瞬母が倒れた姿が頭をよぎる。

もう(もうと言ったら怒られるだろうが)60才近いし、何かあっても不思議じゃない。

「ママがあのホストクラブに行ったのよ!」

「あの?・・・歯科医院のスタッフと行った?」

「違うってば!田中カズキのホストクラブ!」

なんで!?

あの母の様子・・・・まさか!?

「もしかして母さん、田中カズキのホストクラブに調べに!?」

「そうなの!私、アンの幼稚園のことでママに話したいことがあって電話したの。その、病院のほうにね。もうすぐ祖父母会があるから行くかどうか聞くために。そうしたら、遅番のスタッフの人がママが2人のスタッフを連れて田中カズキがいた”ダイヤモンド・・・・なんとか”に行ったって言うのよ。電話に出たスタッフは羨ましがっていたけど、・・・姉さん、どう思う?」

このタイミングでわざわざ”ダイヤモンド・ヘッド”に遊びで行くわけがない。

あの母のことだ、田中カズキのことを調べるためにとしか考えられない。

「それはいつ?」

「電話したのは今だけど、出て行ったのはえーと、1時間前くらいみたい・・・姉さん、どうしよう」

電話の向こうでチカが不安がっている。

「大丈夫、私が連れ戻してくる」

「待って!私も行く!」

ええっ!?

「姉さん、今どこ?何着てる?」

「何、急に。今家に帰ってる途中だけど・・・」

「今日の格好じゃ店に入れてくれないわよ!」

自分の格好を見下ろしてみる。

今日は水色のコットンブラウスにベージュのチノパン、足元は白スニーカーだ。

一応耳元に耳元にパールのイヤリングをしてそんなに変な格好ではないが、

とてもホストクラブに入れる格好ではない。

カフェではアヤカとチカは同じ格好をしている。

店の制服として、某ファストファッションで買い入れたものだ。

白のシャツに黒のクロップパンツ、足元は黒のバレエシューズ。

これに緑の腰で巻くエプロンを付けている。

これがカフェ・ヴェルデでのアヤカとチカのスタイルだ。

ちなみにミナはパティシエなのでコックコートを着ている。

「私、これから支度するから姉さん、迎えに来て!」

「迎えにって・・・家はどうするのよ!」

「大丈夫、もうミッキーは家に帰っているから。ミッキーは母さんの暴走を大笑いしているけど・・・」

チカの夫は義母の無謀で大胆なところを気に入っているらしい。

「でも、あんた、危険かもしれないのよ!?」

そんなことはないはずだが、一応脅しをかけてみる。

「何が危険なのよ?ママを連れ戻しに行くだけじゃない。それに、姉さんホストクラブなんて入ったことあるの?」

「う・・・」

そう言われるとアヤカも黙るしかない。

「でしょう?私も入ったことないけど・・・。2人で行くほうがいいでしょ?」

チカの見透かしたような言い方はくやしいが、確かに一人では心許ない。

「じゃあ、迎えに来てね」

「・・・わかった」

アヤカは車を再発進させ、少し行ったところにあるファミレスの駐車場に入り、今来た道をUターンした。

安心できる我が家でのささやかな夜のプランを振り切って。

チカのマンションまではここから20分くらい。

どうやら長い1日はまだ終わりそうもない。


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