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Episode1 極東支部――ウィル

Episode1 極東支部――ウィル


 手荷物を背負って、知らない土地を歩いている自分は、やけに浮足立っていた。

 若葉が目立つ木々の並ぶ通りは薫風が吹いており、若干汗でべたついているシャツの間に入ると心地よかった。

 ただ冬はとうに過ぎてしまったのに、手足がやけに冷たく感じるし、微かにだが足が震えている。異国まで左遷されたせいで、体が緊張しているのだろう。これまで自国から出たことのない俺にとって、海外は新鮮であるが、同時に強烈な不安も圧し掛かってきている。

 周りはどこを見ても日本語だらけだ。アルファベットはところどころに見当たるが、まとまった文章になっているものは見当たらない。特に街中を歩いていると、どこもかしこも東洋人と日本語の嵐で、気が狂いそうになった。もうここは本部のある旧北米領ではなく旧日本領、つまり極東支部なのだと痛感させられる。

 空路から鉄道に乗り換え、近くの駅で降りてからは徒歩。欲を言えば迎えが欲しかった。しかし極東支部からは労いの言葉すらなく、ただ予定日に支部へ来てくれと、指示されただけだった。

 そして十時間ほどの移動を経て到着した場所は、国際連邦軍(IFF)極東支部ならびに極東基地。旧日本国領地にあるIFF支部の一つだ。仕方のないことだが、基地ということもあって訓練機による騒音がよく聞こえる。今更慣れた話なのだが。

 ゲートを抜けて真っ直ぐ進んだ先にある巨大なビルは、その極東支部の中枢。本部の大きさには劣るが、元々は大国の領地だったこともあり、見上げる程度の高さはある。本部や支部にはそれぞれこういった中枢となる施設があって、作戦や兵器の開発、上層部の会議などは全てその建物の中で行われる。

 一度深呼吸をして体をリラックスさせてから、ビルのエントランス突っ切って受付に向かう。国と言う概念が統括され、本部や他の支部から様々な人種が派遣されて行き交っている今日日、肌や瞳の色、それに国籍が違う俺が入ってきたところで、周りは誰も気にしていないようだ。

 受付に赴くと二人の女性がカウンターで待機しており、そのうちの一人に話しかける。

「すみません、IFF本部から派遣されたウィルクリス・アンガードですが」

 首にかけているICカードを見せる。

「ウィルクリス・アンガードさんですね」

 そう言って手元に置いている端末を操作し、ICカードを見ながら何かを確認する。確認が終わったのか、端末の操作を止めて再びこちらに向き直した。

「はい、お話は伺っております。アンガード准尉。少々お待ちください」

 丁寧な仕草で一礼した黒髪ショートカットの受付嬢は、いかにも日本人らしい顔立ちだ。良く言えばアジアン・ビューティー、悪く言えば地味であまり目立たなさそうな容姿をしている。軍で働いているのだから、こういった下手に小奇麗にせず、清潔感のある方がいいか。

 受付嬢は内線でどこかへ連絡し始め、しばらく待ち惚けを食らう。

 なんとなしにふと周囲を見回してみるが、これといって際立つ物もない。ただエントランスの人通りは多く、IFFの軍服を纏う軍人たちが、忙しそうに歩き回っている。やはり見慣れない東洋人ばかりが見当たるが、これから命を預け合うような仕事仲間になるのだ。彼らとは上手くやっていかなければならない。

 人の流れを呆然と眺めていると、一人の少女に気付いた。

 胸に押し付けるようにして書類を抱えているその少女は、黒く長い後ろ髪と、垂らしている前髪の片方だけをリボンで束ねている。気になったのは、表情を曇らせ、俯きながら上官らしき人物の後に続いていることだ。客観的には、怯えながら付き従っているようにしか見えない。彼女とは対照的に、上官らしき中年男性は、つかつかと怒っている様子でエントランスを歩いている。そんな彼の様子に周りも引いているらしく、モーセの海割れのように、さっと道が出来てしまう。上官らしき人物はそれに気にする様もなく、ずんずんと進んで行く。

 何かトラブルでもあったのだろうか、そんなことを考えながら眺めているうちに、彼女たちは見えなくなってしまった。

「あの、アンガード准尉?」

「すみません、別の事に気を取られていました」

「大槻伍長のことですか。いつものことですよ。今回はあの()がターゲットみたいですね」

「ターゲット?」

「部下をこき使うことで有名なんです。それだけならまだよくある話ですが、気に食わないことがあればすぐ部下に八つ当たりをしたり、厳しい言い方をしたりするから、あまり好かれていないんですよね。あの娘、新人だったと思いますから、心が折れないといいんですけど」

「はあ……」

「出過ぎたことを言ってしまいましたね。お待たせいたしました、アンガード中尉。六階の第三会議室で葛西大尉がお待ちしているとのことです。これからの生活や任務についての説明は、そちらで行うとのことです」

「判りました」

 互いに一礼して、エレベーターのある方へと向かう。それにしても、どこの軍でも嫌味な上官はいるものだな。一瞬しか確認出来なかったが、大槻伍長の後ろにいた少女の階級章は、確か一等兵だった。まだ入隊したばかりなのに気の毒だ。

 名も知らぬ少女に憐れみを密かに送りつつ、エレベーターで六階に行く。エントランスは広々としていたが、エレベーターから降りると、階上はいくつもの狭い廊下が見当たる。

「本部がだだっ広かったってよく判るな」

 極東支部の家や街は狭苦しいと聞いていたが、まさか支部の中枢ビルの中まで狭くなっているとは思ってもいなかった。まるで狭い空間に部屋を敷き詰めるために、その他の空間を出来るだけ縮めてしまったような構造をしている。

 そんな中を無作為に歩き回っても迷うだけだろう。案内板で第三会議室を確認して廊下を歩いて行くと、目的の部屋はすぐに見つかった。

「ここで間違いないな……」

 さて、この扉の向こうに待っている葛西大尉とやらが、さっきの大槻伍長のような上官でなければいいが。深く息を吐いてからノックをすると、すぐに「入って来い」と返事があった。

「失礼します。本日付でIFF本部から派遣されました、ウィルクリス・アンガード准尉です」

 敬礼をしながら挨拶をすると、部屋の奥に座っていた葛西大尉と思われる、男性の軍人が立ち上がる。

「初めまして、アンガード准尉。葛西(かさい)憲史(のりふみ)大尉だ。立ち話もなんだ、かけるといい」

 待っていたのは短髪の男だった。年齢は見たところ、十離れているかいないかくらいで若々しい。ただし相手も軍人と言うこともあり、屈強そうな顔立ちをしているし、腕っ節の強そうな体格をしている。

「失礼します」

 促されて葛西大尉とは対称の位置の席に座り、向かい合うって座る。大尉も席に着くと、腕を組んで話し始める。

「長旅ご苦労だった。疲れただろう」

「いえ、そんなことは。極東支部でのこれからの生活に思いを馳せていれば、あっという間でした」

「なら結構なことだ。だが、話はきちんと聞いているぞ」

「……何のことでしょう」

「ここに異動させられた理由だよ。本部からこんな辺境の支部に飛ばされたんだ。相応の理由がなければ、滅多にない話だぞ」

 やはり例の話は聞いているか。さすがに理由もなくここに飛ばされるのは不自然だしな。

「上官のアームド・ドール(AD)操縦技術にケチ付けたらしいな。しかもそれだけの理由で左遷。これは傑作だな。本部の人間の考えることは判らん」

 皮肉なのか、ただの冗談なのか、どちらなのか判断しがたいリアクションで話を振ってくる。上官なだけに、どう対処すればいいのか判らない。准尉と言っても、こっちはまだ軍に入って寝二年目の二十歳だ。

 俺がここに左遷させられた理由は、本当に馬鹿馬鹿しいものだ。

 本部にいた頃、俺はADと言う人型兵器に搭乗して戦闘する部隊に配属されていた。そして所属していた隊で演習訓練をしていたある日、訓練が終わってから上官の操縦に不備があったことを俺が指摘。すると、それが事の発端になってしまった。

 隊の中でも、優れた操縦技術を持っていることに誇を持っていた上官は、部下から操縦技術について指摘されたことで激高。プライドを傷付けられたのか知らないが、すぐに異動と言う名目の左遷を上層部に提案し、その案件は通されてしまった。結局俺は命令に従うしかなく、その異動先こそがこの極東支部だったわけだ。

「でも、言わなければいけないこともあると思ったんです。命が懸かっているんですから、上官だからと指摘しないのは間違っています。それが本来の訓練というものだと思っているので」

 饒舌に喋ってしまってから「しまった」と思った。

 いくらこちらが正論を並べても、目の前にいるのはこれから上官になる人間だ。生意気な口を利けば、また更なる辺境に左遷されるか、ここで不利な立場に置かれるに違いない。あまりに軽率だった。

 しかし葛西大尉の反応は予想していたものと違った。

「なるほど、いい答えだ」

 腕を組んだまま鋭い視線でこちらを見据えると、にやりと口の端を吊り上げて白い歯を見せる。まさか肯定されるとは思わなかった。

「そう、ですか」

「お前くらい骨のある奴がもっといれば、ここも安泰なんだがな」

 冗談めかして笑う。上官ではあるが、案外接しやすい人なのかもしれない。

「さて、本題に入ろうか。まずはこれから准尉にやってもらう任務についてなんだがな。現状、極東支部から准尉へ与える任務らしい任務は、今のところないんだ」

「任務がないって……待ってください。レコンズの件は、こちらで扱っていないんですか」

「最近特に活動的になってきている、月面のテロ集団か。あれはうちの管轄外だな。今のところこっちに被害が及んでいないのと、本部や他の支部が中心になっていて、俺たちが出る幕はないんだ」

「そう、ですか……」

「准尉はレコンズとの実戦経験があるのか?」

「何度かあります」

 目立った作戦でもないが、地球圏に潜伏している月面のテロ組織、レコンズの拠点の制圧といった作戦なら、何度か経験している。その際の戦績や操縦技術が評価されて、ここまでの階級を得られた。

「まあ本部の頃みたいに、そう血走ることはない。そっちも出来るだけ平和で穏便な方がいいだろ」

「確かに、それに尽きますね」

 他の支部の連中には申し訳ないが、無茶な任務をさせられるよりはマシだろう。

「しばらくは訓練と演習ばかりになるだろう。まあ、本部よりは気を張らなくて済むかもな」

「判りました」

「それとこれからの生活についてだ。生活は寮でしてもらう。この辺は本部でも同じだろう」

「ええ」

 狭くなければ文句は言わないが、どうだろうか。まだ室内を見ていないので、部屋の様子は全く知らないのだが。

「本来はバディと一緒に住むのが決まりなんだが、生憎まだ決まっていなくてな。こっちも誰かいないか探している途中だ。それまでは個人部屋になる。よかったな」

「はあ」

 気を遣う相手がいないのであれば、それに越したことはない。だが、ADパイロットであれば、いずれ誰かとバディを組むことにはなる。

「風呂とトイレはそれぞれの部屋に完備してある。食堂や娯楽室なんかもあるから、気が向いたら確認しておくといい。詳しい施設の紹介はこれに書いてある」

 大尉は手元に置いていた、コピー用紙をまとめた資料を渡してくる。受け取ってぱらぱらと捲ってみると、寮の施設がいろいろ載っている。大尉がさっき言っていた食堂や娯楽室、トレーニングルームに各種売店などの施設の名前と、場所や施設の説明が簡単に説明されていた。

「大抵の設備はICカードがあれば使えるようになっている。食堂も同じで、カードを端末にかざせば無償で食事が支給される」

 IFFに所属する人間は、全員が身分証明書代わりのICカードを持っている。どうやらカードは他の支部でも使い回せるらしい。確かに大本は同じなのだから、使えてもおかしくはないか。

「本来ならきちんと案内するのが筋だろうが、この後すぐに会議があってな。案内係にと部下に声をかけたんだが、生憎先約が入っていたらしく、時間が取れなかったんだ。すまない」

「いえ、お気になさらず」

「准尉の部屋についてもそこに書かれているから確認しておいてくれ。明日からの職務については、後で連絡する。長旅で疲れているだろうし、今日のところはゆっくり休んでおくといいだろう」

 葛西大尉は一言「それでは」と先に立ち上がって、会議室から出て行くのを敬礼で見送った。あの様子だと随分忙しい身なのだろう。

 腕時計で時間を確認すると、まだ昼を過ぎたばかりだ。一度自室に行って荷物を置いてから、昼食を食べるついでに寮や敷地の中を見て回れば、時間が潰せるに違いない。

 大尉がいなくなってから少しして、部屋の照明を切ってからビルの外に出る。幸いにも天気は晴れていて過ごしやすい。むしろ、初夏の晴天が目にはきついくらいだ。

 正直なところ移動時間が長かったのと、時差の関係もあって、体はくたくたなのだ。しかし生活リズムを整え治すためにも、ここで寝てしまってはしょうがない。

 手渡された資料に目を通しながら、手荷物を置くために自室のある寮の場所を確認する。敷地はそれなりの広さがあるが、人の利用頻度の高い建物は密集しているから、そう遠くはないようだ。

 ただ、敷地内を移動出来る乗り物のあった方が、やはり便利だ。向こうにいた頃は敷地が広すぎて、よくジープで移動をしていた。もしこっちでも使えるのであれば、その辺りの話を今後訊いておいていいだろう。

「ここか」

 到着した寮は、二十階建てのマンションをいくつも引っ付けたような巨大な建物だ。IFFで働くほとんどの人間は、ここで生活するという決まりになっている。ここで生活していないとすれば、この支部にいる上層部の面々か、もしくは用務員や清掃員の人たちくらいだろう。

 資料には様々な施設が中にあると書いてあるし、何千人もいる職員や軍人を収容するのだから、これだけ建物が大きいのも納得だ。出入りする人もいいからか、出入り口はさっきのビルと同じくらいに堂々としていて大きい。

「えっと……俺の部屋があるのは東棟か」

 東棟とわざわざ書かれているのだから、東西南北それぞれあるのだろう。それに、目の前にそびえ立つようなこの規模を見れば、それも納得出来る。

 与えられた部屋の番号は428号室。とりあえず中に入って四階に上がろう。

 まだ昼間だからか、エントランスホールは閑散としていて、ほとんど人が見当たらない。普通に考えれば、職務中だろう。見かける人たちは休暇か非番かのどちらかだろう。

 四階に上がり、東棟の428とやらを目指して進むが、一向に到着しない。この寮、どれだけ広いのだろうか。どこも同じ形や色をした扉が続く廊下で、延々と歩き続けているせいか、ゲシュタルト崩壊でも起こしそうだ。

「やっと見つけたぞ……」

 歩き続けていると、ようやく「428」と印字されたプレートが見つかった。ここに着くまで五分。これから住んで暮らすには地味に距離があって、不便にも思えてくる。

 扉の横にはICカードリーダーが設置されており、代わりに鍵穴らしいものはない。カードが鍵代わりだ。首にかけているカードを端末にかざすと、間もなく電子音と同時に解錠される音が静かに聞こえる。

 ドアを開けて入ってみると、一人で暮らすには十分な広さのワンルームだった。キッチン、トイレ、バスはあるし、清潔感があって、目立つ汚れや傷などはない。二段ベッドベッドやデスクといった家具に、冷蔵庫、エアコン、洗濯機などの電化製品は備え付けで置かれているらしい。どうせ狭苦しい部屋だろうと思ったが、予想よりは大きめの部屋だ。

「けど、バディを組んだらこの部屋を二人で暮らすのか……」

 そう考えると、途端にさっきまで湧き立っていた興奮が半減した。こんな狭い空間の中を二人で暮らすのだから、相方は出来るだけ気を遣わないような奴の方が良い。大尉曰くまだ決まっていないとのことだったが、どうなるのだろう。

 ずっと背負っていた手荷物をベッドの横に置いて、ベランダから外の景色を眺めると、寮の裏にある中庭が見下ろせた。建物に囲まれるようにして、整備された青い芝生の広場があり、簡単なランニングコースやベンチが設置されていて、公園のようになっている。ただし、やはり使っている人はあまりいないらしく、閑散としている。

 そのまま視点を眼下の中庭から空へと移し、手すりに肘を置いて頬杖をついた。去年の今頃の俺なら、こんなところに左遷されてしまうなんて考えもしなかっただろう。あの頃の俺に会って、迂闊に上官へ口出しをするなよと注意しておきたい。黙っていれば、本部で出世街道まっしぐらの人生だって出来たかもしれないのだから。

 ここに飛ばされた時点で、お先真っ暗とまで言わなくても、出世街道からは外された。おかけで大通りから、薄暗い怪しげな路地を歩く羽目にはなった。表にこそ出さないが、我ながら浅はかなことをしたとは後悔している。

 そのうち向こうに戻るための機会があれはいいのだが、そんな都合のいいことがあるだろうか。

 初日からマイナスなことを考えて、気を落としながら空を眺めていると、妙な物が見えてくる。

「……なんだ、あれ」

 飛行機にしては形が違いすぎるし、まるで流星のようにこちらへ直下してきているようだ。こちらとの距離は次第に縮まっていき、それが飛行機ではなく、人型をしたものだと判った。

「ADの訓練でもしているのか……?」

 見たところ、急降下の練習でもしているのだろうか。しかし向かって来ている三機のADは見覚えのない形をしている。確かここで使われているADは、本部の使っている量産している汎用型と同じだったはずだ。それならシルエットを見ただけですぐに判るはず……。

 ――待て、あの機体の形は、以前どこかで見覚えがある。確かあいつは……!

 直後、突然部屋の壁に設置されているスピーカーから、緊急警報が鳴り響く。この部屋だけではない、寮の全体から緊急警報を伝えるブザーが流れ、鼓膜を(つんざ)くような大音量が一斉に空気を震わせた。音に刺激されたせいか、ようやくさっき見たADのことを思い出した。

 あれはIFFの所有する機体じゃない、三機のうち二機はレコンズが所有していたものと同じだ。以前の作戦で交戦した際に、敵が乗っていたものに違いない。残る一機だけは見覚えがないが、この状況下、それに他の二機がいることを考えれば、恐らくあれもレコンズの機体に間違いない。

 三機のうち二機は量産機のグリンカ。しかし残るもう一機は見覚えがない。ただ他の二機と確実に違うのは、背中にあるいくつもある羽、巨大な翼だ。陽の光を遮るような巨大な人工の翼や四肢は神々しく、同時に畏怖を覚えるほどの性能差を感じてしまう。直感的に判る、あれは『特別』だ。恐らく指揮官機だろう。

『総員へ通達! レコンズの所属機と思われる三機のADが本基地に接近! 繰り返します! レコンズと思われる三機のADが本基地に接近! 屋内にいる職員は避難シェルターへ移動してください! 各ADパイロット、及びは航空部隊パイロットは、発進準備に取り掛かってください! 繰り返します……』

 権幕の籠った声でアナウンスが流れ、各員への指示が放送される。

「やっぱり当たっていたか……!」

 ともかくここから脱出しなければと、出入り口のドアの方に振り向いた瞬間だった。激しい揺れと同時に、警報に紛れて爆発音が窓から聞こえてくる。間違いない、奴らは攻撃してきた。訓練や演習などではない。これまで、レコンズがこちらの基地を攻撃してくるという話は、一度たりとも聞いたことがない。よりにもよって、自分がこちらに着任した日に攻撃されるとは、どこまでも運に見放されている。

 寮にいた他の人たちに紛れるようにして非常階段を降り、どうにか寮から出ると、爆発音のした方から煙が上がっているのが見えた。あの方角には確か格納庫があったはずだ。さっきの爆発はあそこからだったのだろうか。

 ともかく、まだ正式な配属は決まっていないとは言え、自分も歴としたADのパイロットだ。自慢じゃないが、士官学校時代にはパイロットコースを上位で卒業している。出来ないことはないはずだ。

 避難している人々の喧騒の中を逆走して駆け抜けていると、途中で何度も爆発音や衝撃が襲ってきた。その都度地面や建物が揺れて、足元が不安定になる。また同時に、上がっている黒煙の量も増えており、さっきまで晴れ渡っていた空に、火の子や煙が広がっていく。着実に被害が拡大している証拠だ。

 時は一刻を争う。このままでは被害は甚大なものになるだろう。

 息を切らせながら全力疾走してADの格納庫に辿り着くと、やはり攻撃されたらしく火事が起きている。それだけでなく、誘爆によって何機かのADが破壊されてしまっており、炎上していた。使えそうな機体は何機かしか残っていない。うち数機は既に他のパイロットによって発進準備がなされている。

 不運なことに、敵機の三機のうち一機はまだ近くに残っていた。他の建物に隠れてよく見えないが、AD用のマシンガンを片手に、依然として周囲の格納庫への攻撃を続けている。こちらの動きに気付かれると攻撃されかねないし、AD用の兵器を人相手に向けられたら一溜りもない。

 危機的状況というのもあって、格納庫内は整備士や他のパイロットたちの怒号が飛び交っている。その中で一人だけ、じっと立ち止まって戸惑っている人がいた。しかも受付で大槻伍長の後ろにいた新人の少女だ。あんなところでどうして突っ立っているのか。

 駆け寄って行くと、ようやく俺に気付いたらしい。

「あんた、どうしてこんなところにいるんだ!」

 いきなり近付いてきた上に怒鳴られたせいか、少女はビクリと体を震わせ、怯えたような顔でこちらを見た。驚かせてしまったことに、罪悪感を覚えてしまう。

「ADパイロットは来るようにと放送を聞いて来たのですが……どうしたらいいか判らなくて……」

 おどおどとした様子だし、どうしたらいいのか判らないようだ。階級章を見ると一等兵だし、やはりさっき見かけた新米軍人か。

「何だ、あんたもADパイロットだったのか。……って、こんな悠長に話している場合じゃないな……。格納庫で使えそうなADを探す。パイロットならあんたも来い。少し急ぐぞ!」

「はい!」

 ともかく使えそうなADを探して、あの三機を対処しなければならない。

 炎上を始めている格納庫の内部では、強烈な油や何かの焦げる臭いが漂っていて、鼻を衝いてくる。待機していたADも何機かは誘爆しており、それに巻き込まれた整備員の一人が、炎に焼かれてもがいているのが視界に入った。

「……っ!」

 あまりの衝撃的な光景に、少女の血の気がサッと引いていくのが判った。俺でも直視しがたいものだ、彼女の反応には納得出来る。特に実戦経験の少ない新人であれば、まだこういった光景に慣れていないだろう。

「見ない方がいい。残念だが、もう手遅れだ」

 長居すると俺たちも危険だ。同じ目に遭う前に「急ぐぞ」と言って、まだ誘爆していない機体を探して回る。整備士に訊ねた方が早いが、見たところ手が空いていないらしく、残っている誰もが忙しそうにしていてそれどころではない。自力で使えるものを見つけるしかなかった。

 それにしても手際が良すぎる。敵の拠点に侵入し、格納庫を優先的に狙って攻撃してくるなんて、十分な情報がなければ不可能だ。高度な情報戦を基に練られた作戦だったのか。

 二人して煙を吸い込まないように服の袖で口元を覆い、炎に囲まれた中を急ぐ。格納庫の中の温度は徐々に上がってきており、汗が噴き出してくる。

「あの、この機体なら使えると思います!」

 少女が指先を向けているのは、まだ被害が及んでいないADだった。機体名はマクラウド、IFFの主力量産型だ。見たところ引火もしていないし、損傷らしいものも見当たらない。これなら使えるはずだ。

 ただしこの一機だけしか使えそうなものはなく、周りの機体は明らかに整備中だったり、壊されていたり、誘爆したのか燃えていたりしているものばかりだ。

「やむを得ないか……乗るぞ!」

「二人で乗るんですか!?」

「緊急時だ。そうしないと、どちらかが乗れないだろ。いいから急げ。窮屈だが、二人分乗れるだけのスペースはあるはずだ」

 困り顔で俺と発見したADを交互に見ている。

「蒸し焼きと炙り焼き、死ぬならどっちがいい?」

「それは……どちらも嫌です」

「だったら早く乗るぞ」

 順番に横倒しになっているADに飛び移り、ハッチの横のスイッチを操作すると、きちんと開いてくれた。よし、回路は生きているらしい。あとは思い通り動いてくれるかが問題だ。

「俺が操縦する。あんたはどこかに掴まっていてくれ」

 俺が操縦席に座り、新人の少女が空いたスペースに入る。しばらくは我慢してもらうしかない。どちらか片方が犠牲になるよりはいいだろう。

 ハッチを閉じ、手動で装置を操作しマシンを起動させると、OSが自動的に起動シークエンスに入る。様々な文字列やウィンドウが、次々とディスプレイに表示されては消えていく。システムにも異常はない。

 正面モニターも起動して、今にも崩れそうな天井が映った。

「コックピット内酸素濃度と残量は……よし」

 計器を確認しながら各部の電源を入れ、稼働状態にしていく。

「そういえば、名前を聞いてなかったな。俺はウィルクリス・アンガード准尉。そっちは?」

 作業の片手間で名前を訊く。

築城栞那(ついきかんな)一等兵と申します」

「築城一等兵か、覚えておこう」

 OSの起動が完了し、備え付けの小型コンソールで操作しながら、ディスプレイ各部チェックを行っていく。そこでようやくこの機体の問題点が出てきた。

「ステータス情報に武装が表示されないか」

 このマクラウドの本体には何ら問題はないが、一切武装がされていない。唯一腕の部分に装着している、鋼鉄製シールドだけが残されている。これではほぼ丸腰と変わらない。恐らくメンテナンス中で、武装は解除していたのだろう。

 こちらの異変に気付いたのか、横にいる築城が画面を覗き込む。ディスプレイに表示されている「No Armed」のエラー表示に気付いたのか、黙ったまま息を呑む声が聞こえた。

「状況を確認しよう」

 レーダーと無線を開くと、さっき見かけたクリンカがまだ近くに残っているのが映り、他のパイロットたちと司令部との無線のやり取りが流れ始める。

『クレーン2、クレーン3、未確認機体との交戦にて大破!』

『未確認機体の識別は出来ないのか!』

『ダメです、出来ません! データにないADです!』

『こちらホーク5、司令部付近にいるクリンカと交戦中! 応援を頼む!』

『ホーク5、聞こえるか。こちらクロウ6、すぐにそちらへ向かう』

『司令部より通達。格納庫付近にいるクリンカの対応を早急に行え! このままでは基地のADが壊されつくすぞ!』

『格納庫より連絡! 数機のADを発進させたが、発進前に半壊したのがほとんどで対応出来るADが少ない!』

 聞こえてくる音声はノイズの中に銃撃の音やブザー音が混ざっている。混線状態で、中には聞き取ることすら出来ないものも含まれている。他のポイントはともかく、格納庫の近くにいるクリンカを優先的に倒さなければいけないだろう。こいつで出来れば、の話だが。

「どうしますか、准尉」

 築城は答えを待っている。無論、それは逃げ出すための選択をする言葉ではない。

「やるしかないに決まっているだろう。やらなきゃ、やられる!」

 起立動作モーションを選択し、コックピットのレバーを手前に思いっきり引っ張って立ち上がらせる。

「頼むからしっかりと立ってくれよ……」

 ついでに頭上にある無線の装置を操作して、回線を繋いでみる。直接本部に繋ぐための周波数は知らないから、予め設定されていた回線だ。

「聞こえるか。こちらはウィルクリス・アンガード准尉だ。格納庫に発進可能と断定出来るマクラウドが一機あった。これで発進し、付近にいるグリンカとの戦闘態勢に入る」

 返事はない。まだ回線が混雑しているのか、こちらの無線が聞こえているのか不明だ。このまま応答を待っていても埒が明かないし、こちらで単独行動するしかないか。

『ホーク5の撃墜を確認! 翼のADに……うわあああああああッ!』

『こちら司令部、どうした!? 状況を報告しろ!』

 戦況は芳しくないままらしい。片手で無線の音量を下げる。

 そうしている間にも、仰向けになっていたマクラウドが徐々に起こされ、コックピットも垂直になっていく。

「築城一等兵、きちんと掴まっておけよ。頭を打つぞ!」

「出来れば慎重にお願いします!」

「了解だ!」

 がくん、と機体が大きく揺れる。眠りに就いていた機体が、目覚めていく。

 見えていた天井の景色は次第に地面の方へと移っていく。立ち上がるまでのモーションは、レバーさえ引いておけば、あとはプログラムが自動的にやってくれる仕様だ。操縦席横の空いたスペースにいる築城はじっとシートにしがみ付いていながらも、目を見開いて覚悟を決めていた。

 やがて姿勢が真っ直ぐになり、ゆっくりと機体を立ち上がらせる。コックピットの正面モニターには、一面が炎に包まれた景色が広がっていた。炎の海の中に取り残されたようだ。

 格納庫の横に置かれていたドラム缶に引火して、火の柱が天井まで上がる。ここが崩れるのも時間の問題だ、脱出も急がなければ。

「どこもぶつけちゃいないか?」

「ええ、准尉の操縦のおかけです」

 ほんの少しだが、顔を緩ませている。

 築城は先程鉢合わせた時より、随分落ち着きを取り戻していた。横から聞こえる彼女の呼吸も、幾分落ち着いている。これだけ適応力があるのなら、軍人として十分な素質があるだろう。

「コンソールや操縦レバー、ペダル、各部スイッチなどのハードに問題はない。OSやUIにも異常は見当たらない。武装がないことを除けば、全て良好……。いくぞ」

 燃え盛る格納庫の中で、約十五メートルの頭身を持つ巨体が意を決したように、最初の一歩を踏み出した。やがて、ゆっくりと機体が歩き始める。手元にあるのは耐久性に乏しいシールドだけだ。

 格納庫の入り口に立って、熱されて歪んでしまったシャッターに指をかけると、すぐに引き剥がせた。また一斉に酸素が入ってきたのもあって、格納庫内の炎の勢いは更に増す。

「十一時の方向に敵のクリンカがいます!」

 隣でレーダーを見ていた築城が報告してくれる。モニターからも物陰に隠れたクリンカが一体見切れているが視認出来る。幸いにもこちらに気付いてはいないようだ。今なら奇襲をするには絶好の機会だろう。

「准尉、武器がありませんが……」

「いや、武器がなくても戦えないことはない」

「もしかして素手で戦うつもりですか?」

「それでも戦うことは出来るが、気付かれたら蜂の巣になるだけだ」

「では、どうすれば……」

 困惑した顔向けてくる。スペースとの問題もあって、必然的に距離まで近くなってしまうのが気になるが、気にしても仕方ない。

「シールドを使えばいい」

「シールドだけで戦えるんですか?」

「こいつにだって自己防衛の他に、いくらか使いようはあるんだ」

 腕に装着されたままだったシールドを前に構えて、ペダルを思いっきり踏む。

「舌を噛むなよ!」

 走って加速して駆け出した機体は激しく揺れる。それはコックピットの中でも同じだ。そもそもこのマクラウドはAD開発にまだ慣れていないIFFが開発したもので、パイロットの乗り心地など一切考えていない。

 助走をつけてから一気にレバーを引き上げると、スラスターで機体が空中に上昇する。建物の影に隠れていたクリンカの全貌が明らかになると、同時に敵もこちらに気付いたらしく、直上にいる俺たちに気付いた。

「さすがに奇襲は無理か……!」

 次の標的を見つけたと、敵の顔部分がこちらへ向けられる。

「准尉! 敵の攻撃、下から来ます!」

 こちらに気付いたクリンカがマシンガンを構える。

「判っているさ!」

 敵がトリガーを引く前に、シールドを体の前に構えたままで、敵機に向かって突進する。スラスターと重力によって、飛んでいた機体が一気に加速して落下する。命中こそすれば致命的なダメージを与えられるが、外れた場合は脚が折れかねない。半分賭けのような攻撃だ。

「このままじゃ、墜ちます!」

 築城が悲鳴を上げる。正直自分でも上手くいくかは判らない。

 そうはさせまいと言わんばかりに、クリンカはこちらに目がけて弾丸の嵐が向けた。残弾に余裕があるのか、敵は躊躇いなく次々と撃ってくる。シールドからは弾丸が衝突する甲高い金属音が聞こえると共に、所々が凹んでこちらに貫通しそうになっている。庇いきれない部分の装甲は被弾し、アラートとメッセージが危険色でディスプレイに表示される。

 ここまま受け続ければ、築城の言う通りこちらが落とされかねない。敵の動きとこちらの操作に集中して、レバーを握り締める。

「いつまでも、攻撃していられると思うなあ!」

 前面に構えていたシールドを退け、姿勢を前屈みに変えて、シールドの装着されている腕を一度振りかぶり――。

「これで……いけえッ!」

 突き出ているシールドの端を鋼の拳の前に突き立てる。加速を伴った一撃が敵ADの顔面を抉り、破砕する。シールドによる打撃を受けたクリンカの頭部はスクラップにされ、首の根本からショートを起こした配線やフレーム、内蔵されている基盤などを剥き出しにし、胴体から切り離される。衝撃と頭部を破壊されたことでバランスを崩し、そのまま地面に倒れた。

 こちらも余裕でいるわけにはいかない。即座にレバーを前に入れ直し、スラスターの出力にして姿勢を戻す。あの勢いと姿勢でそのまま着地していたら、確実に頭から突っ込んでいた。

 慎重に着地をして、敵が立ち上がる前に落としたマシンガンを鹵獲する。

 マシンガンを拾い上げると、ADとデータが同期されて、残弾数がモニターに表示された。十分とは言い難いが、まだある程度残っている。

「まだ使える!」

 拾ったマシンガンを構えてトリガーを引き、倒れたままの敵に銃弾をお返しする。凄まじい勢いで弾薬が減り、被弾するクリンカの装甲も剥がされた。弾丸はクリンカの体に黒い穴を空けて内部に貫通すると、内部で爆発を起こし、次々と全体へ誘爆しながら炎上した。動かなくなった機体は、業火を上げながら黒煙を巻き散らしている。

「やった……やりました、准尉!」

「ああ……。とりあえず一機、だな」

 レバーを握り締めていた手の力を抜き、ゆっくりと一呼吸する。

「本当にシールドだけで、ここまで出来るとは思いませんでした!」

「いや、さっきのは運で勝ったようなものだ。敵に避けられていたら、今頃こっちが死んでいたのかもな」

 それにシールドの耐久性がマシンガンに負けていれば、コックピットに弾が当たっていたかもしれない。

「他の二機も追いますか?」

「そうだな。気になるのはさっき無線で聞こえてきた未確認機体だ。あいつはクリンカなんかと格が違う。そんな感じがするんだ」

「翼のADですよね」

「見たのか?」

 築城は「はい」と答えて頷く。

「ここに来る途中で見ました。明らかにクリンカとは違うタイプでしたし、何よりも翼が特徴的だったので」

「俺もあんなのは見たことがない。レコンズの新型かもしれないな。残っているのは……レーダーに一機か。恐らく、今話していた翼のADだろう」

 話しながらレーダーを操作して縮小すると、司令部の近くに一つだけ敵の機体が表示されている。もう一体いたクリンカは倒したのだろう。きっと残っているのは翼のADだ。そして同時に、司令部の近くにいた味方機が次々とロストしていることに気付く。そのスピードは尋常ではない。次々となぎ倒しておくように味方機を撃墜している。相当の手練れが乗っているのは違いない。

「そんな……確かあの未確認機と戦闘していたのはクレーン隊ですよ!?」

「クレーン隊?」

「もしかして存じていませんか……?」

 恐る恐る訊いてくる。そういえば今日初めてここに来たということは、葛西大尉以外知らないのか。

「すまない、極東支部には今日初めて来たばかりなんだ。ここについて、詳しい話はまだあまり聞かされていなくてな。よかったら教えてくれないか」

「なるほど、そうでしたか。クレーン隊と言うのは極東支部の中でも、最も優れたAD部隊です。全員が最高クラスのエリートパイロットだけで構成されている、と聞いたことがありますし。そんな簡単に撃墜されるような人たちではないはずです。だから……そんな人たちが一斉に倒されるなんてことは……」

「そうだな。格納庫と司令部を的確に狙う手際の良さに、エースパイロットのチームをここまで追いやれるんだ。只者じゃないのは確実だ」

 畏怖するべきは機体だけではなかったということか。たかがテロ集団と侮っていたが、ここまで腕が立つとは予想していなかった。

「准尉、応援に行かれるんですか」

 訊かれて、戸惑った。腕には自信があったつもりだが、相手の技量が違いすぎる。支部のエースパイロットどころか、IFF全体でのエースパイロットを集めても、たった一機でここまでの芸当をする人間はそうそういない。

 だがここで立ち尽くしていていいのだろうか。何も出来ないと諦めていて、本当にいいのだろうか。手元にあるのは鹵獲した残弾の少ないマシンガンと、穴だらけになってしまったシールド、そして何よりも自分の操縦技術だけしかない。

 勝てるかなどという確証はない。しかしやらなければこちらがやられる。遥々遠方から出向いてきた日に、新たな自分の家を失うだなんて、ふざけている。

「築城、死ぬかもしれないぞ。あいつは、今まで戦ってきた誰よりも強い」

 こちらは手負いだ。あちらとは性能と技量の差がありすぎると、考えただけで判る。あれは戦ってはいけない相手だ。下手をすれば、一発の弾丸さえ掠められるかすら怪しい。

「それは――」

 いくら軍人と言っても、わざわざ自分から死ぬために行くような真似はしない。エース集団のクレーン隊だって、ほぼ壊滅に追いやられている。実戦経験がある自分だって正直手が震えるような相手だ。

 だから彼女はきっと諦めると思っていた。だが――。

「もう覚悟しています。ADのパイロットになった時から、誰かのために戦って散る覚悟は出来ていますから!」

 呆気に取られた。彼女にではない、自分に、だ。まだ軍に入って間もない彼女が、いかに強敵かと判った上で戦う意思を見せている。それなのに自分は何を怯えているのだろう。彼女が諦めを見せると思っていたのは、予想などではなく、自分の恐怖心が生み出した幻想だった。

 自分はどうして軍人になった。誰かを、大切な何かを、多くを守るためにいるのが軍人ではないのか。

 歯を食いしばる。ぎりっと、奥歯が鳴った。額に浮かんでいる汗を袖で拭って、深呼吸をする。

「やれるか……? いや、やれるかやれないかじゃない……!」

 レバーを握り、思いっきり手前に引っ張って空を飛ぶ。

「二時方向です!」

「了解だ!」

 全速力で翼のADのいる司令部へ飛ぶ。全速力で飛べば、そう時間はかからない。すぐにシンボルの翼が付いたADが見えた。ビーム兵器を使いながら戦闘を繰り広げており、クレーン隊の所属と思わしきADと交戦している。

 周囲の建物は随分と破壊されていた。幸いにも司令部のある建物はあまり被害がなさそうだったが、その近くには撃破された味方ADの残骸が生々しく煙と炎を上げている。破壊された機体の破片が施設の中に突き刺さっていたり、散らばっていたりもしている。

「こんなことが……ありえるのか……」

 司令部前に着地し、モニター越しに映る惨状はあまりにも衝撃的だった。翼のADはビーム兵器の銃と銀色のブレードを使って、応戦している味方機の部位を的確に一つずつ破壊し、撃破していく。その姿は猛々しく、そして神々しかった。まるで地上へ天罰を下しに来た神の使いのようだ。

 流線型と鋭利さが目立つその白い翼のADは、ブレードで味方機の頭部を切り落とし、コックピットの部分を突き刺す。その反対の手では銃からビームを発射して、両腕を落とされた別の味方機のコックピットを撃ち抜いている。撃ち抜かれたコックピットはドロドロに融け、空洞になった様子を見せると、その場に崩れ落ちて爆発し、炎上を始めた。司令部を守っていた味方機はそれが最後だった。

『クレーン隊全滅……繰り返します、クレーン隊が全滅!』

 見れば判る、もう近くに残っているのは自分しかいない。レーダーにあるADは自分と翼のADしかいない。

 同時に二機が落とされた。しかもたった一機のADに。あんな芸当が出来るパイロットは滅多にいない。

『聞こえているか、IFFの諸君。そして地球人たち』

 唐突に無線から流れてきたのは、知らない男の声だった。

『私は月面組織レコンズのパイロット、アーノイア・エリオット。いやはや、お前たちの脆弱さには驚いた。こちらの仲間が倒されたのは残念だが、ここまで計画が順当に行くとは思ってもいなかった』

「アーノイア・エリオット……もしかしてあのADのパイロットでしょうか。自ら名乗るなんて、何のつもりで……」

 演説でも始めるつもりだろうか。この状況下で?

『我々は月面の民を虐げて、暴政の限りを尽くしてきた愚かな地球政府を打倒するとここに宣言する。全地球人よ、よく聞くがいい。現時点を以て、我々月面組織「レコンズ」は地球政府及び、国際連邦軍に対し、全面戦争を申し込む。これは宣戦布告だ』

 燃え盛る灼熱の炎を背に、白い翼のADに乗った男は、政治家が民衆に対して公約を述べ、確約するように、躊躇いなく、はっきりと宣言した。

『もう一度宣言する。地球政府及び、国際連邦軍に対し、月面組織「レコンズ」は宣戦布告する。これはレコンズだけでなく、月面に住む民の総意である』

 目の前には敵がいる、それなのに操縦レバーもペダルも、何一つ動かせなかった。目の前に立つ機体の性能は、マクラウドとは比べ物にならない。それにレコンズと月面からの宣戦布告が行われた今、こちらでは対処しきれない問題が降りかかり、手足が凍り付いたように動けなくなった。

『ただし次の要求を呑めば、撤回しよう。要求は以下の通りだ。一つ目、地球政府は月面に住む全ての民衆が、五年間備蓄出来る十分な食糧を三ヶ月以内に月面まで輸送すること。またその際に護衛は付けないとする。二つ目は、月面との関係を断絶し、以降月面より千キロ圏内には侵入しないことを承認すること。三つ目は、地球政府大統領、地球政府議会議長、地球連邦防衛大臣、国際連邦軍陸軍、海軍、空軍各幕僚長の公開処刑を行う。これらの要求に対する返事を一週間以内にマスメディアを通じて返答せよ』

 白い翼のADは再び翼を大きく広げる。大きな翼に隠れていた小さな翼も露わになった。

『そこのAD、手を出すなよ。この機体であればお前を一瞬で鉄屑に出来る。周りを見れば判るだろう。それにここで攻撃すれば、我々の要求に反する意と受け取り、即時交戦状態に入ると思え』

 上の承認がない限り手出しは出来ないが、こんな無茶苦茶な要求を出されて即時に判断で斬るほど上も冷静でいられる状況ではないだろう。こちらが渋っている間にも、翼のADは浮上し続け、着々と射程外へと逃れていく。

『地球に住むお前たちの、賢明な判断を期待している』

 翼のADに乗るアーノイア・エリオットは、こちらを見下すように一瞥すると、急加速して一気に空へと駆け上がる。凄まじいスピードで、こちらのADではあの加速に付いて行ける機体はないだろう。

「准尉! 敵が……!」

「ダメだ、今手を出せば取り返しがつかなくなる……」

 ただ去っていく翼のADの姿を見送るしかない俺たちは、マシンの中で苦虫を噛み潰したような顔をして考えていた。

 ――これからどうなってしまうのか、と。

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