「頂きますっ! 寧ろ積極的に餌付けされたいですっ!」
◇
……昼頃。
「……ちと、ふざけすぎたか?」
リビングに戻って来た呈は、契の様子を―――その凄惨な状態を見て、そんなことを呟いた。それもそのはず、亀甲縛りで放置されていた契は、その快楽によって大変なことになっていた。口からは涎、目からは涙、皮膚からは汗と、全身から様々な体液を噴き出した彼女は、お茶の間に見せられない状態だったのだ。尤も、文字媒体では描写するのが限界だが。
「あ、ご主人様……亀甲縛り、堪能致しましたぁ~」
「そうか……」
そんなこんな―――大半は快感―――で表情が緩みきった契が、ゆっくりと顔を上げる。その姿は最早、違法な薬物の使用を疑いたくなるレベルだった。ちゃんとした描写も省きたくなる。
「……いい加減解くか」
「あぁん……!」
そんな彼女に辟易したのか、呈は鋏で荷作り紐を切り、契の拘束を解いた。契は少し残念そうに、自由になった体を存分に伸ばしている。
「とりあえず、この映像は大切に保管しておいてやる」
「そして私の痴態でご主人様はじ―――」
「ないからな」
ビデオカメラも回収し、調教タイムは一旦終了。もうそろそろ、昼食の時間だしな。
「まだ家に帰らないなら、昼飯くらいはご馳走してやるが、どうする?」
「頂きますっ! 寧ろ積極的に餌付けされたいですっ!」
呈が昼食に誘うと、契は間髪いれずにおねだりする。……こんなことまで調教に結びつける、その変態性には驚かされる。普通にご馳走になればいいのに。
「なら、落ち着くまでそこで待ってろ。今用意する」
「はいっ! ハチ公の如く待ってますっ!」
「そこまで長くはならんが……」
犬のように「お座り」をして宣言する契に、呈は呆れながらも昼食を用意するのだった。
◇
「頂きます」
食事の用意が終わり、契は呈の手料理を食べていた。……言うまでもなく、料理が犬の餌皿に盛られている、なんてことはない。呈が適当に作った炒飯は、普通の皿に盛り付けてあった。
「おいしいですぅ~!」
「そうか……」
炒飯を一口食べ、感激したように感想を漏らす契。……別にうまくなんてないだろうと思うのだが、本人からすれば「餌付け」というシチュエーションがおいしいのであって、料理そのものは関係ないのだろう。呈はそう解釈した。
「これに毒薬か媚薬が混入していれば、もう言うことなしなのですが」
「そんな物騒なもんは持ってない」
契の妄言に、呈は炒飯を口に押し込めながら突っ込む。……っていうか、毒薬でもいいのかよ? 命懸けのドM少女なだけはあるな。
「中毒性のある危ないお薬でも―――」
「いいから黙って食え」
妄想駄々漏れ状態となった契を黙らせて、それから呈は黙々と食事を続けたのだった。
◇
「ご馳走様です」
「ああ」
食事を終えて、呈は二人分の食器と調理器具を片付けることにする。……にしても。てっきり、契は出された食器を執拗に舐め回すと思っていたのだが、しなかったな。さすがに食器は舐めないか。
「手伝いましょうか?」
「いや、いい。手伝われると、なんだか新婚夫婦みたいな絵面になるからな」
契の申し出も、呈は妙な理由で突っぱねた。しかし、それは確かに言えてるかもしれない。普通の恋人同士ならそれでもいいのかもしれないが、生憎と彼らは主従なのだから。その辺のけじめはちゃんとするべきなのだろう、きっと。
「そうですか……」
合法的にご奉仕出来るチャンスだったのだが、にべもなく断られてしまい、意気消沈する契。一応、ご奉仕禁止と言われているからな。マゾとしては辛いのだろうが。
「では、ここで待ってますね」
しかし、そんなことでめげないのが契の持ち味。すぐさま忠犬モードになって、主の作業が終わるまで大人しくしているようだ。
「……」
慣れなのか、ある程度扱いやすくなってきたと思う呈であった。
◇
「……さて。午後からはどうするか」
昼食の後片付けも終わり、呈は新たな課題に直面した。……益田呈(十六歳)は、はっきり言って無趣味だ。休日にやることなど、家事を除けば、精々適当な漫画やラノベを読んだり、アニメやドラマを見たり、一人用のゲームをしたりするくらいだ。要するに、友人が遊びに来たときにすることが何もないのだ。今は正確に言うと友人ではないのだが、この状況では同じものだろう。かといって、今からまた彼女を調教する、というのも面倒だ。となると、本格的に契を持て余すことになるのだった。
「……録り溜めしたアニメでも消化するか」
となれば必然、主という立場を存分に利用して、自分のしたいことをする、という結論に至る。
「一緒に見るか?」
「是非ご一緒します!」
邪魔だから帰れと言わないのは、呈が優しいからではなく、ある程度サービスをしておかないと何をしでかすか分かったものではないから。……これでは、どちらがペットか分からないな。
「ほら、そこ座れ」
「はい、ご主人様」
テレビの前にあるソファへ促されて、契は大人しくそこへ座る。やや遅れて、呈もソファにやって来た。……必然的に、二人は隣同士で座ることに。
「さてと……とりあえずこれにするか」
リモコンを操作し、目当てのアニメを再生する。呈が選んだのは、ラノベが原作の学園ラブコメ。女子校に男の主人公が転校してくるというハーレム物で、主人公以外の男がほぼ出てこないという、男女比が偏りすぎた作品だ。……尤も、そういう特殊なシチュエーションなのだから、男女比自体は別におかしくはないのだが。寧ろ、共学なのに女子ばかり出てくる作品のほうが、変と言えば変だ。
◇
《お兄~ちゃん♪》
ヒロインの一人が主人公に甘える―――悪い言い方をすれば媚びる―――シーンにて。契はふと、気になったことがあった。
「ご主人様。もしかしてご主人様は、「お兄ちゃん」と呼ばれたいのでしょうか?」
「……何故そう思う?」
アニメ鑑賞を邪魔されたものの、呈は特に気分を害することもなく契の問いに応じる。……まあ、今回は妹キャラがメインの回みたいだから、ここから見始めたらそういう感想を抱くのかもしれない。
「いえ、主人公の男の子が、「お兄ちゃん」と呼ばれて嬉しそうにしていましたから。男の人はこういうのが好きなのかと」
「人に寄るだろ。俺は別に年下趣味などないし、呼ばれたいとも思わない」
「そうですか」
呈の答えに満足したのか、契はそれから口を挟むこともなく、黙ってアニメを見続けていた。
◇
「……ふぅ。このくらいにするか」
数時間後。アニメを一通り見終えた呈は、テレビの電源を切って立ち上がる。
「はぅ~! 凄く面白かったです~!」
一方の契は、感激したように声を上げていた。どうやら、最後に見たアニメがとても気に入ったらしい。
「そんなに気に入ったなら、原作本くらいなら貸してやるが?」
「本当ですかっ!?」
呈の言葉に、契が食いついた。……ほんと、どっちが主なんだか。