「あ、そうだ。結、あなたも一緒に、ご主人様に調教して頂かない?」
◇
……それから呈たちは、昼食を取るためにファストフード店へ来ていた。有名ハンバーガーチェーン店だが、安くて待たされることもないので、味に目を瞑れば丁度良いだろう。
「何が食べたい?」
「ご主人様にお金を払わせるわけには―――」
「ペットの餌代は飼い主持ちだ。いいからさっさと希望を言え」
「では、照り焼き鯖バーガーを」
順番待ちの間、彼らは注文を決めていた。契が選んだのは、新商品のバーガー。何故か鯖をメインにした商品で、地味に人気がある……らしい。
「ドリンクは?」
「紅茶でお願いします」
注文を決めて、二人はレジにやって来た。品物を伝えて代金を支払い、品物を受け取って店の奥へ。店内は空いていたので、隅っこのテーブル席を確保した。奥側を契、対面に呈と、二人で向かい合って座る。……ちゃんと女の子を奥に座らせるんだな。
「さてと……目的は達成したし、午後からはどうするかな」
呈はチーズバーガーを齧りながら、今後の予定について話していた。今日は契の首輪を買うのが第一目的だった。よって、次の目標を定めなければならないのだが。
「お前、どこか行きたい場所とかあるか?」
「いいえ。強いて言うなら、ご主人様に調教して頂きたいです」
「後で洗濯ばさみを顔につけてやるから、それで我慢しろ」
とりあえず、契にも希望はないらしい。そうなると、今日はこのまま流れ解散になりそうだな。
「……洗濯ばさみでも買いに行くか」
と思ったら、ちゃんと用事が出来た模様。契の調教用に道具を用意するとは……まあ、こういうデートもいいんじゃないだろうか。
「普段、買い物にはあまり行かないしな。今日の内に、必要なものは揃えておくか」
「では、私もお供します」
と思ったが、どうやら単に日用品の補充をしたかっただけのようだ。ちゃんと予定も出来て、彼らも食事に集中できるな。
「はむっ……」
「うまいか?」
「はいっ! ご主人様も一口どうですか? あっ、でも、これは餌ですし……」
「まあ、俺が金を出したんだからな。一口貰っても罰は当たらないだろう。というわけで少しくれ。俺のも一口やる」
「はいっ! ご主人様っ!」
……ただ、そうやってハンバーガーを食べる二人は、主従というよりも、ごく普通の友達、或いは恋人同士のように見えた。
「……お姉ちゃん。男と食事なんてしてるし」
同じ店の中にて。結は、姉が見える位置に陣取って、ストーキングを続行していた。注文したドリンクを啜りながら、姉に視線を向けている。
「あっ、しかも、食べ回しなんて……! 酷いっ! そして羨ましいっ!」
二人がバーガーを味見し合っているのを見て、結は思わず声を上げた。しかし、店内には少なからず客がいる。しかも客が少ないので、声がよく響き渡る。つまり、彼女は周囲の注目を集めてしまったのだ。
「……あっ! 結じゃない!」
「し、しまった……!」
となれば必然、同じ店にいる契にも見つかるわけで。妹のストーキングは、存外早くばれたのだった。
「……というわけで、この子は私の妹、結です」
「……どうも」
尾行がばれた結は、結局、姉によってホールドされ、呈に紹介されていた。本人はとても不本意そうだが。
「それでこちらは益田呈様。私のご主人様よ」
「ごっ……!?」
続いて呈を結に紹介したのだが、その妹は思わずドリンクを気管に詰まらせてしまう。まあ、当然だわな……普通、自分の姉が「この人が私のご主人様です」だなんて言い出したら、シスコンでなくても同じ反応をするだろう。
「お前……いくらばれてるようなもんだからって、そんなストレートに言わなくてもいいだろ」
ペットの思い切った行動に、呈は呆れ混じりにそう呟く。というか、その妹のほうには興味がないようだ。
「お、お姉ちゃんっ……! 何でこんな男と―――それも、何で「ご主人様」だなんて呼んでるのよっ! そういうプレイなの!? もうそんな仲なの!?」
フリーズから復帰した結が、契に食って掛かった。……事前に噂を聞いていて、ある程度は予想していたのだろうが。それでも、実際に目の当たりにすると、やはり違うようだな。
「そういう仲って言うか……私的には、もっときつく調教して欲しいなとは思ってるけど」
「ちょ、調教って……ちょっとあんた! 私のお姉ちゃんを穢さないでよ!」
「そう言われてもな……そもそも、これは全部こいつの要望だし」
契の発言がどんどん過激になっていき、結は呈に矛先を変える。けれども、契が服従しているのも、呈に調教されているのも、全ては彼女自身の意思だ。っていうか、調教といったって、未だに大したことはしてないが。
「あ、そうだ。結、あなたも一緒に、ご主人様に調教して頂かない?」
「はぁっ!?」
すると今度は、契がまた吹っ飛んだことを言い出した。……こいつ、自分の性癖に妹を巻き込みだしたぞ。
「うん、それがいいよ。結も、ご主人様の蔑むような視線に射抜かれたら、絶対にご主人様のものになっちゃうから。っていうか、なって。私と一緒に、ご主人様に調教されよう?」
「お姉ちゃんっ! お願いだから正気に戻ってっ!」
「……お前も大変だな。変な姉を持つと」
姉の暴走に巻き込まれそうな結を見て、呈は珍しく、同情するような言葉を漏らした。何か、共感できるものがあったのか。
「ちょ、ちょっと……! あんたのことを「ご主人様」だなんて、絶対に呼んであげないんだからね……!」
「俺もさすがに、妹のほうまでは要らん。嫌がってるのに無理矢理やったら、色々と面倒だしな」
「そうですか……残念です。ご主人様なら、結のことも幸せにしてくださると思ったのですが」
「お前みたいな異常性癖者が二人もいて堪るかっての」
……どうやら契は、本気で妹のことを考えていたらしい。自分にとって嬉しいからといって、他人も喜ぶとは限らないという良い例になったな。結はシスコンだが、マゾではない。だから、契のようにはならないのだ。
「後で亀甲縛りの練習台にしてやるから、妹を引き込むのは止めろ」
「はい、そうします。亀甲縛りのためですから」
「……っていうかお姉ちゃんっ! 亀甲縛りは駄目だよっ! いい加減目を覚ましてっ!」
「無駄だ。そいつの変態は筋金入りらしい。そんな簡単に、普通の人間に戻すのは無理だ」
……っていうかあんたら、ここがハンバーガーショップの中だということを忘れていないか? 今までの会話、周りの客に全部聞かれてたぞ? ちょっとざわついてるし。
「……ったく。契、それ食ったら妹連れて帰れ。洗濯ばさみと亀甲縛りは明日な」
「はい、ご主人様」
「え、ちょ、お姉ちゃんっ!」
さすがに騒ぎすぎたと思ったのか、呈は契たちを帰らせた。……っていうか、その罰ゲームみたいな調教はちゃんとやるんだな。
「……さてと。スーパー寄って帰るか」
というわけで、本日のデートは終了です。お疲れ様でした。