「ペットショップ……ということは、畜生の様を見学して、より畜生らしくなれということですね」
◇
……翌日。
「あ、ご主人様」
「……早いな、おい」
九時半。約束の三十分前だが、二人は駅前広場に集合していた。広場といっても、殆ど駐車場で、待ち合わせに適しているとは思えないのだが。そういう意味では、早すぎるほうがいいのかもしれない。
「ご主人様とのお出掛けですもの、万が一、億が一、遅れでもしたら大変です」
春物の白いワンピースを身に纏った契は、このデートを心の底から楽しみにしているようだ。っていうか、契の私服姿は今回が初めてか? それなりに気合が入っているようなのだが、事前の命令のせいか、服装自体は比較的大人しい。
「……まあ、その分予定を進められるからいいか」
純粋な気持ちを向けられて、呈は居心地悪そうにそう呟いた。……これから、主従のデートが始まるのだった。いや、お散歩と言うべきか?
「……お姉ちゃん。お弁当だけじゃなくて、デートまで」
早速目的地へ向けて歩き始めた呈と契。そんな二人を、陰からこっそり覗き見る人物が……契の妹、結だ。
「あんなゴミ虫と、ゴミ屑と、ゴミ粕と……って、もうどっか行ったし!」
二人の後を追いかける結。追いかけて、それからどうするのかは全く考えていない。ただ、湧き上がる衝動に突き動かされるまま、彼らを尾行するのだった。
「……さて。まずはここだな」
二人がやって来たのは、近所にあるペットショップ。ペットそのものだけでなく、ペット用品まで幅広く取り揃えている店だ。ここに用事が?
「ペットショップ……ということは、畜生の様を見学して、より畜生らしくなれということですね」
「そういうことにしてやるから、外では口を慎め」
店の前で堂々と気違い発言している契だが、幸い近くには他の客がおらず、彼らの会話を聞く者はいなかった。
「さ、入るぞ」
「はい」
二人で仲良くご入店。まあ、アニメとかだと定番だよな、デートスポットとしては。
入ってすぐのところはペット用品コーナーになっており、右側がペットコーナー、左側が犬小屋などのペット用家具コーナーになっている。呈は契を連れて、真ん中のペットコーナーを進んでいく。
「ご主人様。何をお探しなんですか?」
「ん? ああ、お前の首輪をな」
「く、首輪ですか……!? ご主人様が、私のために首輪を選んでくださるのですか!?」
主の言葉に、契は歓喜の声を上げた。……そんなに首輪が嬉しいか。
「とはいえ、お前がつけてても違和感のない首輪はそうないからな……」
「ご主人様! この首輪は如何でしょうか!?」
契が手にしたのは、大型犬用の首輪。黒い皮製で、太いベルトにはごつい棘がいくつもついている。……って、選んでもらえるとは言いながら、結局自分で選んでるし。
「そんなの、目立つ上に色々と不便だろ。チョーカーみたいなのだといいんだが……」
「ではこれはどうでしょうか!?」
しかしそれは却下されてしまったので、次に彼女が示したのは、子猫用の小さな首輪。赤いフェルト製で、確かにチョーカーと言われれば、そう見えなくもない。
「サイズが合わないだろ。窒息したいのか?」
「それも魅力的ですが……では、こちらは?」
そんな感じで、ペットショップデートはそれなりに楽しめたようだ。尤も、肝心の首輪は決まらなかったのだが。
「……お姉ちゃん。どうしてペットショップなんかに?」
首輪選びで楽しそうにしている二人。そんな彼らを盗み見る、一人の少女。言うまでもなく、契の妹、結である。ペットショップの外から、ガラス越しに姉の様子を窺っている。
「男とペットショップ……なんか、嫌な予感がする」
嫌な予感……まあ、傍目には割とまともなデート(首輪選びがまともかはさておき)してるし、彼女からすれば面白くないだろう。
「……あ、出てきた。隠れないと」
すると、呈たちが店から出ようとしていた。よって結も、彼らに見つからないように動く必要があった。
「……結局、買ったのはこれだけか」
呈は店を出ると、先程購入したばかりの品物―――新品の猫じゃらしに目をやった。結局、契の首輪は丁度いいものが見つからず、買ったのはその猫じゃらしだけだったのだ。
「ご主人様、それは私を調教するためにご購入なさったのですか?」
「一応、近所の野良猫と遊ぶためだったんだが……まあ、機会があればこれで遊んでやる」
「本当ですか? ありがとうございます」
会話の内容は相変わらず異様だが、幸いにも周囲には聞こえていない様子。彼らを尾行する怪しい少女にも、恐らく聞かれていないだろう。
「ま、首輪は必ずしも首輪の形でなくてもいいしな。首に掛ける装飾品なら、ネックレスもあるし。……そして、丁度目の前にアクセサリーを商っている露店もあることだし」
なんともご都合主義な展開だが、二人(三人?)の前方に、風呂敷を広げただけの簡素な露店があった。店主は中年の男性で、売っているのはアクセサリー。多分、彼の手作りなんだろう。
「お、見てくのかい? あんたら若いね。高校生?」
「……ああ」
呈たちに気づいた店主が気さくに話しかけてきたので、呈は適当に頷いて売り物を眺めた。指輪、ネックレス、ブレスレットなどが、今ではあまり見かけない風呂敷の上に並べられていて、それぞれ手書きの値札がついていた。
「ははぁん、ってことはお前さんたち、カップルかい? いやー若いねー。こういうの、リア充って言うんだろ?」
「……」
店主の話を無視して、呈はネックレスに目を向けた。十字架やハートのペンダントなどが多い中、彼の目に留まったのは、鎖状のネックレス。通常使われるものより鎖が大きく、手錠を模したペンダントトップが取り付けられた、かなり悪趣味な―――しかし、呈の目的から言えばある意味ぴったりなデザインだった。
「お、それかい? あんた、案外そっちの趣味があるのかい? それを気に入る奴はそうそういないんだ」
店主の言葉に、呈は思わず、「いえ、こいつのほうがそういう趣味なんです」と言いそうになった。契なら、呈に手錠を掛けられれば、泣いて喜ぶかもしれない。首輪で結構喜んでたし。
「いくらだ?」
「んー? そいつは売れ残ってたからな……あんたらもまだ学生なわけだし、特別に三百円でいいや」
手作りとはいえ、アクセサリーにしてかなり安い値段を告げられ、呈はすぐに代金を支払った。それから商品を受け取り、契と向き合う。
「ほら」
「あ、ありがとうございます……! ご主人様から頂いた首輪、一生の宝物に致します!」
「さ、最近の高校生は凄いんだね……」
呈はネックレスを、契の首に掛けてやった。すると、契は感激した様子で頭を上げる。そして、彼らを見て、店主は苦笑するのだった。……店主、完全に蚊帳の外だな。
「……お姉ちゃん。プレゼントで喜んでるし」
無論、そんな光景も結は見ていた。電柱の陰に隠れているので、通行人からは奇異の目を向けられているが、彼女はそんなこと気にしない。姉に対するストーキングは正当な権利、というのが結の持論だ。
「そんな簡単に懐柔されて……あんなもの、後で私が処分してあげるからね」
大切な人からのプレゼントが、妹の手によって抹消されようとしている。契、気をつけろよ。