「益田君は、この世に二人もいない素敵な方なんだから! 私の生きる意味……ううん、私の存在意義と言っても過言じゃないよっ!」
◇
……翌日。
「ご主人様。おはようございます」
「……ああ」
通学路の途中にて、呈は契に出くわした。学校の敷地外なので呼称が「ご主人様」なのだが、周りには同じ学校の生徒も多数いて、そのため彼らはとても目立っている。とはいえ、昨日の内に噂が広まりきったからなのか、それとも他人のスキャンダルには興味がないのか、別に人だかりなどは出来ていないが。
「早く行くぞ。それと、人目ある場所ではあまり余計なことは言わないように」
「はい、ご主人様」
その呼び方が既に「余計なこと」なのだが、彼女がそれに気づけるのなら、呈はここまで苦労していない。
「……はぁ」
しかし、一々指示を出すのが面倒になったらしく、呈はそのまま契を連れて登校したのだった。
「……ん?」
「どうしたんですか? 益田君」
校門を潜ったところで、呈が突然足を止めた(因みに、校内なので契も呼称を改めている)。彼の視線は、校庭に佇む一人の人物に向けられている。そいつは呈の姿を認めると、つかつかと彼らのほうへ歩いてきた。
「……どうした? お前が態々俺を待っていたのか?」
「馬鹿か。待ってたのはお前じゃない」
呈はやって来た男子生徒―――クラスメイトの谷口に、皮肉めいた口調でそう言った。だが、その谷口は呈のことなど眼中にないようで、その隣にいる契に目を向けていた。
「おはよう、犬飼さん」
「お、おはよう……」
挨拶をされて、契は少しオドオドしながらも挨拶を返した。……彼女と谷口はクラスが違うから、彼女にとって谷口は「知らない人」なのだろう。契も割と人見知りをするのかもしれない。
「早速だけど犬飼さん、僕と付き合ってくれないか?」
「ごめんなさい」
「え……?」
そんな彼女の様子に気づかず、谷口が放った突然の告白。それを契は、間髪入れることなく断ったのだった。
「ど、どうして……? 僕は成績優秀で、親は弁護士で、お金だって沢山―――」
「私、恋人とかよく分からなくて……それに、今は益田君がいるし。だから、ごめんなさい」
訳:「私、マゾだから、対等な恋人同士よりも、誰かに跪きたいの。それに、今は益田君というご主人様がいるから、間に合ってるし。正直、あなたには興味ないの」。大体こんな感じだろうか?
「そんな奴なんかより、僕のほうが断然いいに決まってるでしょ?」
「そんなことないっ!」
それでも食い下がってくる谷口の言葉を、契は叫ぶように否定した。彼女の大声に、谷口も驚いている。
「益田君は、この世に二人もいない素敵な方なんだから! 私の生きる意味……ううん、私の存在意義と言っても過言じゃないよっ!」
……うん。この台詞だけ聞くと、いかに呈が契に愛されているのか、ということになるな。実際は全然違うけど。「最高のご主人様です」って意味だけど。
「……契。行くぞ」
「あ、はい、益田君」
このままだと爆弾発言が飛び出しかねないからなのか、呈は契を連れて校舎へと向かう。周囲の注目を集めすぎているしな。
「益田……! よくも―――よくも、僕をコケにしたなっ!」
一方、残された谷口は、恨みがましい口調でそう呟くのだった。
「……全く、面倒なことになったな」
校舎に入った呈たちは、教室へ向かうために廊下を歩いていた。その途中、呈はそんなことを呟く。……無論、先程の出来事、つまり谷口のことだ。
「契、さっきの奴と会っても口を利くなよ。言ってることも無視しろ。あいつはお前を狙ってるんだ。反応すると相手の思う壺だぞ」
「畏まりました、益田君」
あの様子なら問題ないとは思うのだが、呈は念のため、契にそう言いつけた。これで彼女は、谷口とは絶対に口を利かないだろう。
「それから、昼休みは昨日と同じ場所に集合だ。飯の用意は?」
「はい。益田君の分と私の分、両方用意しました」
まだ朝なのに、もう昼食の話をしだした二人。昼食の待ち合わせ場所を指定したのは、彼女が自分のクラスに来て、また谷口と会うことのないようにするためだ。……案外気が回るんだな。
「それだけだ。自分のクラスに行け」
「はい、益田君」
命令されて、契は自分の教室へと急ぐ。呈も、自分の教室へと向かうのだった。
◇
……昼休みになった。あれから、呈と谷口は同じ教室にいたものの、目を合わせることすらなかった。潔く諦めた……なんてことはなく、呈もそれは分かっている。しかし、現状ではどうしようもないので、とりあえず待ち合わせ場所である裏庭までやって来たのだった。
「あ、益田君。こちらです」
呈が待ち合わせ場所に来ると、昨日と同じベンチの前で契が待機していた。……正しく忠犬だな。
「今日のお弁当はハンバーグです。さ、どうぞ」
「ああ」
契から弁当を受け取り、早速食べてみる呈。今日の弁当も、出来は中々のものだった。……呈にとって、契を従えたことによる最大のメリットはこれかもしれないな。
「……うまいな」
「ありがとうございます」
思わず出た本音に、契は笑みを浮かべてそう言ったのだった。
「……お姉ちゃん、あんな男とお弁当だなんて。っていうか、もしかして手作り弁当? だから、お弁当作るとき、あんなに楽しそうだったのね」
そんな彼らを、覗き見している者がいた。契の妹、結だ。校舎の陰から、二人の様子を窺っている。
「男なんてゴミ虫同然の相手に、お姉ちゃんの手作り弁当なんて、勿体無いにも程があるって……それに、お姉ちゃんも何であんなに嬉しそうなのよっ!? 噂じゃあ、お姉ちゃんが下僕のように扱われてるって話じゃないっ!」
呈と契の噂は、既に学校中に広まっている。当然、契の妹である彼女の耳にも入ってきているのだ。故に、シスコンな結が憤慨するのは当然の帰結である。
「お姉ちゃん……絶対、騙されてるよ。私が、お姉ちゃんを救ってあげる」
姉の本性を知らない結は、密かにそんな決意を固める。相当余計なお世話だと思うのだが、突っ込み不在のこの状況では、妹の暴走を止められる者はいない。……なんだが、かなりややこしい方向に話が進みそうだな。
「お姉ちゃんに纏わりつくゴミ虫は、私が全部駆除してあげるから。……お姉ちゃん、ちょっとだけ待っててね」
下僕少女に、横恋慕少年、ヤンデレ妹……呈を取り巻く環境は、修羅場の気配しかしないな。
◇
……放課後。
「……契。帰るぞ」
「あ、はい。益田君」
昇降口にて。授業が終わった呈は、待たせていた契を拾って家路に着く。……谷口対策の一環としてここで待ち合わせしたのだが、彼もここを通るのだから、あまり意味がないような気もする。
「……明日、休日だよな?」
「はい、そうですよ」
校庭を歩きながら、言葉を交わす二人。というか、今日は呈が積極的に話しかけているようだが。
「明日、午前十時に駅前集合な」
「はい、畏まりました」
呈の指示に、契は間髪入れずにそう答えた。……それって、デートの誘いか? 或いは、散歩なのか。
「念のため言っておくが、変な格好するなよ。友達と出掛けるような服装で来ること」
「畏まりました」
ともかく、明日は二人で出掛けるようだな。