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女の子(ペット)を飼います  作者: 恵/.
第四話 幼馴染と再会です
46/46

「……そうしますね。素直になれないご主人様」

  ◆◆◆



「ていくーんっ!」

 それは、昔の話。絆という少女―――当時はまだ幼児だったが―――の、古い記憶。

「きずなちゃん、どうしたの?」

「あのね、あのね、きずなね、ていくんのおよめさんになるのー」

 それは、無垢な頃の話。幸せな結婚―――その意味すら理解していなかったのだが―――を、夢見ていた。

「ていくん、だいすきっ!」

 けどそれは、大切な思い出。誰にも―――彼女自身にすら―――穢すことの出来ない、宝物だった。



  ◇◇◇



「……呈君」

 驚き、嬉しさ、感激、興奮。唐突な言葉に、絆の心には様々な感情が渦巻いていて、今にも破裂しそうだった。どうすればいいのか分からなくて、それでも何とか笑顔で、愛しい人の名前を呼ぶ。それから深呼吸。気持ちを落ち着け―――しかしそれに失敗して、それでも言葉を紡ぐ。

「……うん」

 頷いて、でも足りなくて。それだけでは物足りなくて。彼女は想いを形にする。言葉という、形に。

「大好きだよ、呈君」

 幸せだった。人生で一番、そう言えるくらいには。―――だから、見落としていた。それは別に、愛の告白でもなんでもない、ただの確認だったことを。

「俺はお前が大嫌いだ」

「……え?」

 故に。そんな返答も、別におかしくない。だが、絆はそれを理解できない。そんな機能は最初からなかったかのように、シナプスが全て死んでしまったかのように。脳が、心臓が、自分の体が消滅してしまったかのような、そんな喪失感に支配された。

「お前は嘘吐きだ。俺のことなんか好きじゃないのに、俺を好きだと言う大嘘吐きだ。だから嫌いだ」

「え、そ、そんな……わ、私、そんなこと―――」

「お前は俺に負い目を感じているだけだ。それを好意と、恋愛感情と勘違いしているだけだ。そんな奴、正直顔も見たくない」

 反射的に出てくる言葉すら封殺され、精神を完膚なきまでに叩きのめされる絆。そんな彼女を、呈は冷たい瞳で見下ろしていた。

「醜美は問わない。能力も、肩書きも、性格だって気にしない。例え体が穢れようと、心に錦があればそれでいい。……だが、お前は逆だ。どれだけ見てくれが良くても、どれだけ優秀で人が良くても、心が穢れている奴は御免だ」

「え、あ、う……」

 反論の余地も、糸口も、その気力もなく。絆はただ、呈の罵倒を黙って聞くしかない。大切な想いを踏みにじられて、それでも耳を塞ぐことが出来ないでいた。

「悲劇のヒロインを気取るな。お前の幻想に付き合うほど暇じゃない。自分の気持ちすら騙す奴に纏わり疲れると迷惑だ」

「……ひ、酷い。酷いよ、呈君」

 どうにか。やっとの思いで、絆はようやく、恨み言を口にすることが出来た。それだけのことに、残された気力を使い切りそうだった。

「じゃあ聞くが。今日、俺と過ごして、どう思った?」

「……え?」

 しかしながら、突然そんなことを言われて、絆はまたもや思考停止に追いやられた。

「俺と一緒に過ごして、どう思った? 楽しかったか?」

「う、うん……」

 問い直されて、絆はようやく返事が出来た。……しかし、呈は「だったら」と言い、こう続けた。

「それは、俺を友達としか思ってない証拠だろ。俺のことが好きなら、ドキドキして、まともに楽しめないはずだろ?」

「そ、そんなこと―――」

「長年連れ添った夫婦じゃないんだぜ? 好きな男と一緒にいて、楽しむ余裕があるなんて、俺のことをただの男友達としか見ていないからだろ。違うって言うのか?」

「わ、私は……」

 呈の言葉は暴力的で、身勝手で、一方的で、絆の心を容赦なく打ち砕いていく。拳を防ぐ盾も、反撃のための矛もなく。気づけば、絆は両目に涙を浮かべていた。

「反論がないなら、俺の言ったことは正しいんだろうな。……先に戻ってる」

 そんな彼女に居たたまれなくなったのか、それとも単に言いたいことを言い終えたのか、呈は立ち上がって、絆の前から立ち去った。……残されたのは、絆一人だけだった。

「……う」

 彼の姿が見えなくなって。まだ辛うじて原型を留めていた彼女の心。そのダムが、今、崩壊した。

「うわぁぁぁん……!」

 日が傾きだした頃。夕方の公園に、絆の泣き叫ぶ声が響き渡った。



「……契。出て来いよ」

「ご主人様……気づいていましたか」

「当たり前だろ」

 公園を出たところで。呈の後ろから、契が姿を見せた。……二人をこっそり見ていたのだろうか?

「授業は?」

「もう終わりました」

「ああ、もうそんな時間か……。っていうか、授業が終わって真っ直ぐここに来たのか?」

「鹿山さんに、GPSを借りましたから」

「……あいつ、いつの間にそんなものを」

 実は携帯にそういうアプリが仕込まれていたのだが、呈は気づかなかったようだな。さすがは専属エンジニア。抜け目ない。

「……ご主人様。よろしかったのですか?」

「何の話だ?」

「絆ちゃんのことです」

 というわけで、本題へ。契は、呈が絆を振ったことに対して、酷く憤慨している様子だった。

「絆ちゃん、いい子ですよ?」

「そうかもな」

「可愛いし、胸も大きいですよ?」

「胸以外はお前も負けてないだろ」

「あんな言葉、私なら喜んで受けましたよ?」

「だろうな」

「お二人はとってもお似合いだったのに……どうして、ですか?」

「お前にはお似合いに見えたかもだが、普通の奴にはそうじゃないんだ」

 ペットからの質問に、一つ一つ答えていく呈。それが義務だとでも言うつもりなのだろうか。

「俺と一緒にいると、あいつにも悪評が立つ。お前から今日のことを聞いて、いい加減にしないと駄目だなと思っただけだ」

「……それで、本音はどうなんですか?」

「そういう綺麗な建前の元に、厄介払いをした」

 と思ったが、実際はそうでもなかったようだな。実に呈らしい。っていうか涙を返せ。一気に冷めたぞ。

「まあ、俺といないほうがいい、って部分は本心だ。ただでさえハンデがあるのに、余計な手間は掛けないほうがいいだろ。―――それより、あいつのことが心配なら、慰めて来いよ」

「……そうしますね。素直になれないご主人様」

「おい」

 契の口調が気に入らなかったのか、呈は咎めるような声を出す。しかし彼女は、既に絆の元へと向かっていた。

「……ったく。お前はほんと、手の掛かる「ペット」だな」



  ◇



 ……それから暫く経って。


「おはようございます、ご主人様」

「ああ」

 朝。呈と契が一緒に登校している。いつもの風景だが、一つ違うとすれば、他に誰もいない点か。絆が一緒にいないのだ。

「絆ちゃんの引越し、昨日で終わりでしたよね?」

「ああ。今日からはあっちのアパートから通うことになってる」

 それもそのはず。絆は呈の家を出たのだ。彼との決別なのか、それとも別に理由があったのか。ともあれ、彼女は近所にアパートを借り、そこから通学するらしい。

「お陰で姉貴に嫌味を言われたぜ」

「大変でしたね」

 誠は、絆を自分の実家に住まわせた張本人だ。目論見が外れて不機嫌なのだろう。彼女が何を狙っていたのか、大体の予想はつくが。

「あ、呈君、契ちゃん。おはよー!」

「絆ちゃん。おはよー」

「朝からテンション高いな……」

 噂をすれば何とやら。絆も合流して、三人で一緒に登校することに。

「絆ちゃん、どう? 一人暮らしは」

「うーん、片付けも大体終わったし、今のところは至って普通かな。元々寮生活だったし」

「そうなんだ。じゃあ、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってね」

「うん。っていうか今度遊びにおいでよ」

「是非そうさせてもらうね」

 契と絆は楽しそうに会話している。だが、呈とは最初の挨拶だけで、後は目を合わせようともしない。……やっぱり、まだ引き摺ってるのか。

「……呈君」

「ん?」

 と思ったら、突然呈に顔を向けた。そして、臆することもなく、こう言った。

「私、頑張るからね。男性恐怖症も克服して、呈君が悔しがるような、素敵な彼氏を作って見せるから」

「そうしてくれると助かる。お前なら選り取り見取りだしな」

「うん。後で泣きついても遅いんだからね」

 それは、宣戦布告だった。自分を振った男に対する、ささやかな復讐だ。それと同時に、彼との完全な決別の意でもあった。……失恋からは、無事に立ち直ったようだな。それとも、そもそも呈の言うように、彼女には恋愛感情などなかったのかもしれないが。それについては想像するしかないだろう。

「あ、そういえば、今日の英語は単語テストだっけ……?」

「うん、そうだよ」

「うわー。単語覚えないと……」

 気が済んだのか、絆は契との会話に戻る。……そんな彼女を、呈は感慨深そうに見つめていた。

「……」

 実を言うと。絆を振ってから、呈も色々と考えさせられていたのだ。彼女に対する蟠りを、どうにかして解きほぐそうしていた。そうして無事に、自分の気持ちに折り合いをつけたのだ。

「……ちゃんと後悔させてくれよ」

「え? なんか言った?」

「なんでもない」

 となれば次は、互いにとって丁度いい距離感を掴むことに努めよう。呈はそう考えながら、二人の少女と登校するのだった。

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