「ですがご主人様。時の権力者は妾を何人も抱えていたといいますし」
◇
……翌朝。
「……ねぇ、呈君」
「……ん?」
朝食の場にて。呈が用意した食事に手をつけながら、絆は彼に話し掛けた。……絆が来てから、二人は必要以上の会話をしない。無論、食事中も無言でいることが多い。居心地の悪さを解消するためにテレビをつけていることが多いのだが、今朝はたまたまつけていなかった。
「私も―――契ちゃんと同じ、「ペット」にして欲しいの」
「……とうとう狂ったか?」
彼女の懇願を聞いて、呈はそう吐き捨てた。……いや、彼でなくともそう思うだろう。そんな酔狂な願いを持つのは、契のような希少種だけだ。少なくとも、絆がその希少種には到底思えない。彼女の過去を考えれば、余計に。
「……私ね。お姉ちゃんのお陰で、多少はトラウマも軽減できたんだけど、やっぱりまだ駄目なの」
すると絆は、俯きながらそう呟いた。そうして、自らの胸の内を、語っていく。
「今でもまだ、男の人が怖くて……でも、昨日、契ちゃんを見てて思ったの。契ちゃんみたいになれば、男の人が平気になるかもって」
要するに。男に暴行されるのがトラウマになっている絆は、男に暴行されて悦ぶ契を見て、彼女を見習うことにしたのだ。……最悪だが、案外一番スマートな方法かもしれないな。
「……お前、昔から悪い影響ばかり受けるタイプだったよな」
「え? そうだった?」
「ドラマの影響で、下半身丸出しで学校を駆け回ったのはどこのどいつだ?」
「ぁぅ……その話は駄目だよぉ」
呈の指摘に、絆は涙目になりながら抗議した。彼女の中でも、その件は黒歴史と化しているのだろう。……にしても、どんな影響を受けたらそんな奇行に走るんだ? そう考えると、今回の申し出はまだマシなほうなのかもしれない。
「そ、それで……駄目、かな?」
話を逸らしたいのか、それとも催促しているのか、絆はそう尋ねてきた。……暴走癖を自覚しながらも、考えを改めようとはしない。つまり、それほどまでに強く決心しているということだろうか。
「……駄目だ」
「えー?」
しかし呈は、彼女の申し出をきっぱりと断った。だが、絆は彼の決定に不服の様子。頬を膨らませて、不満を露にしている。
「「えー?」じゃない。……契は救いようのないド変態だったから仕方なく受け入れたが、本来ならあんな面倒なのは御免だ。だというのに、お前の面倒まで見てられるかっての」
「……幼馴染の癖に」
「都合のいいときだけ幼馴染面するな」
「うっ……ごめん」
食い下がろうとすれば、今度は墓穴を掘ってしまうことに。長い間音信不通になって、この前ようやく戻ってきたのだ。とても、幼馴染だと威張れる扱いではなかっただろう。……つまり、呈も寂しかったということか?
「で、でも、それには事情があったわけだし……」
「そんなん知らん。俺の都合を考えない奴に、俺が都合を合わせてやる義理もない」
「うぅ……」
まさに取りつく島もない。呈は一歩も譲る気がないようで、それからは絆がどれだけ懇願しようと、絶対に首を縦に振らなかった。
◇
……そして、登校途中。
「ご主人様、絆ちゃん、おはようございます」
「ああ」
「おはよー」
登校中の呈と絆は、契と合流して、そのまま学校へと向かう。夏休みが明けてから続いている登校スタイルだ。
「……ねえ、契ちゃん。契ちゃんからも何か言ってよ」
「何のこと?」
契を挟んで呈の反対側に陣取った絆。彼女は契に対して、例の話をするつもりらしい。
「私ね、呈君の「ペット」になりたいの」
「……ご主人様」
「おいこら、そんな期待に満ち溢れた目で見るな。駄目なものは駄目だ」
絆の言葉に、契は速攻で彼女の味方になった。……そういえばこの子、前に妹を自分の性癖に巻き込もうとしたよな。そういうのはウェルカムなのか?
「ですがご主人様。時の権力者は妾を何人も抱えていたといいますし」
「俺は時の権力者じゃないし、お前だって妾でも正妻でもないだろ」
「はい。私は畜生のつもりですから。ですが、「ペット」を二匹以上飼うことも珍しくはないですし―――」
「お前一人で十分過ぎるっての。これ以上面倒ごとを増やすな」
「そうですか……」
とはいえ、契も呈に絶対服従している身。主にここまで反対されてしまえば、どうすることも出来ない。
「絆ちゃん、ごめんね……ご主人様、どうしても駄目だって」
「ううん、私のほうこそ、無理言ってごめん……」
「でも大丈夫。「ペット」になるのは、頑張り次第でどうとでもなるから」
「どうとでもならねえよ」
それでも懲りない彼女たちに、呈は頭痛を堪えるので精一杯だった。
◇
……学校にて。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「うん」
休み時間にて。契は用を足しに教室を出て、絆は一人で次の授業の用意をしていた。
「逢沢さん」
すると、クラスの女子数名が絆に声を掛けてきた。絆がようやく名前を覚え始めた、級友の一部だ。
「逢沢さん、犬飼さんと仲が良いの?」
「えっ……う、うん。そのつもり、だけど」
唐突な質問を受けて、絆は若干しどろもどろになりながらもそう答えた。まあ、彼女でなくても戸惑うだろうな。
「やめときなよ」
「え……?」
すると、女子の一人がそう言ってきた。突然そんなことを言われて、絆は虚をつかれたような表情になる。
「あの子に関わると、変な奴に目をつけられるよ」
「そうそう。あの子の彼氏、ちょっとやばい奴だから」
女子たちが口にするのは、契の―――というか、恐らくは呈の陰口。どうやら、彼の悪評が学校中に広まっているみたいだな。……そもそも、この女子たちは契とあまり仲が良くなかった。その上で呈のことがあれば、こんな嫌がらせもあり得るだろう。
「ご、ごめんね……契ちゃん、知り合いの親戚で、こっちに来たら彼女を頼るように言われてるの」
その辺の事情を察した絆は、即興の嘘で誤魔化すことにした。まあ、知り合い(つまり呈)の親戚(ペットは家族)という点では合ってるし。契は事前に、誠から絆のことを話されていたらしいから、事実無根というわけではないだろう。
「そうなんだ……」
「じゃあ、くれぐれも気をつけてね」
そう言われれば納得せざるを得ないためか、女子たちはそう言って立ち去った。
「……ふぅ」
「どうしたの?」
すると丁度、契が戻ってきた。今の会話は聞かれていないようだな。
「え、ううん、なんでもないよ」
「そう?」
彼女に余計なことを言いたくないのか、絆はそう答えておいた。……けれど、それだけでは駄目だということも気づいていた。
「……何とかしないと」
そう、自分の幼馴染に悪評が立っている。それは由々しき事態であった。




