「絆ちゃん。ご主人様の調教を受けたら、ご主人様との距離がぐっと縮まるよ?」
◇
……契たちは呈と合流し、一緒に下校していた。
「ご主人様。提案があるのですが」
「ん?」
帰宅する途中、契が呈にそう申し出た。何だろうか? ろくなことじゃない気がするのだが。
「今日の調教、絆ちゃんも参加させて頂けないでしょうか?」
「……は?」
「……え?」
案の定、彼女の提案とやらは意味不明なものだった。呈と絆は揃って、頭に疑問符を浮かべる。
「絆ちゃんとの親睦を深めるためにも、一緒に調教を受けたいんです」
「……契ちゃん、ちょっと待ってっ! 何言ってるのっ!?」
ようやく理解が追いついたのか、絆は全力で突っ込み始めた。うん、確かにそう言いたくなるな。外野ですら思っているんだから、当事者である彼女は余計にだろう。
「絆ちゃん。ご主人様の調教を受けたら、ご主人様との距離がぐっと縮まるよ?」
「え……」
だが、契の放ったこの一言で、絆も一気に大人しくなってしまった。呈と良好な関係を築きたい彼女にとって、その誘いは魅力的に見えたのだろう。……実際は、良好を二段くらい飛ばした関係になりそうだが。
「……とりあえず、見学からな」
「分かりました」
こうなったら中々止まらない契なので、呈は妥協点を提示することにした。契もそれを受け入れ―――結局、当人の意思とは関係なく話が進んでいく。
「……え? 今、どうなってるの? ねえ? ねえ?」
絆……この二人と関わるつもりなら、これくらいは諦めろ。
◇
……というわけで、益田家に着いて。
「それで、今日はどのような調教をしてくださるのですか?」
「そうだな……今日は見学者もいるし、軽いのでいいか?」
「はい、ご主人様」
そんなこんなで、呈と契は調教の相談をしていた。最近は誠の目があったのだが、彼女が色々と煽ってきたためか、調教のレパートリーも増えている様子。ソフトからハード、バイオレンスやサイケデリックまで何でもござれ状態のようだ。
「じゃあ、ハエ叩きでいいな」
「勿論ですっ! はぁ……! はぁ……!」
呈が出した単語に、契は即座に発情し始めた。……要するに、ハエ叩きで引っ叩くのか? どこが軽いんだよ? 契も興奮しすぎ。
「じゃあ、着替えて来い」
「はいっ!」
というわけで、契は一時退室する。恐らく、体操着に着替えるのだろう。ある種の調教服と化しているわけか。
「……いつも、そんなことしてるの?」
そんな彼らに、絆は少々辟易している模様。それが普通の反応です。
「まあ、ちゃんとしないとあいつが煩いからな」
「「する」……?」
「変な意味に取るなよ」
しかも彼女の表情が怪訝なものになったので、呈は先制してそう注意した。とはいえ、調教自体が既に変なことなんだが。
「お待たせしました」
そうこうしている内に、契が着替えを終えて戻ってきた。予想通り、学校指定の体操着を着ている。準備万端だな。
「よし、そこで四つん這いになって尻を突き出せ」
「はい」
「え……?」
呈の指示を受け、契は言われた通り、床に這いつくばった。そして尻を持ち上げ、主に向けて突き出す。一方の絆は、その光景を呆然としながら眺めていた。
「……よし、行くぞ」
「お願いします、ご主人様」
呈はどこからともなくハエ叩き(プラスチック製)を取り出すと、静かに振り上げる。
「……ふんっ!」
「あぁん……!」
そして、何の躊躇もなく振り下ろした。パチン、と景気のいい音を立てて、契の尻を弾く。それと同時、契の喘ぎ声が辺りに響く。
「……はっ!」
「はぁん……!」
「……せいっ!」
「ひゃぁん……!」
それを二回、三回と続けていく。その度に、契の顔は歓喜に満ち、悦びの声を上げていた。
「……」
それを眺める絆は、恥ずかしいような、照れるような、何ともいえない気分になるのだった。
◇
……十分後。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
熱い吐息を漏らし、ぐったりとしている契。全身が快感に支配されていて、まともに動けないのだろう。
「ふぅ……今日はこのくらいでいいだろ」
「は、はいぃ~……」
本日の調教が終了した。契は力尽きたのか、床にへたり込んでいる。
「……」
そして、そんな彼らを眺めていた絆は、顔を赤らめながら呆けていた。どうやら、今回の調教は少々刺激が強かったようだな。
「……と、まあ、こんな感じだ」
「……へ? あ、うん、そうだねっ!」
それ故に、呈に声を掛けられて、絆は過剰反応してしまった。完全に上の空だったからな。
「……くれぐれも、こいつに感化されて、変な気を起こすなよ」
「う、うん……」
呈に釘を刺されて、絆は頷きながらも、快楽に溺れる契を凝視しているのだった。
◇
……その日の夜。
「……はぁ」
自室にて。絆は今日のことを振り返っていた。
「……契ちゃん、気持ち良さそうだったな」
思い出すのは、本日の調教。ハエ叩きで尻を叩かれ、悦びに震えていた契のこと。ただひたすら暴力を受けて、主に服従し、恍惚とした表情をだらしなく晒していたのだ。
「……っ!」
そんな彼女の姿が脳裏に映って、絆は首に痛みを覚えた。それは、彼女の古傷―――トラウマだった。
「……やっぱり、まだ、駄目だ」
かつて、彼女が男に暴行されたとき。彼女は男に殴れ、首を絞められ、生命の危機すら感じた。それが未だにトラウマで、絆は度々、首元が苦しくなる。首を絞められているような錯覚に陥るのだ。
「……はぁ」
精神を落ち着けるために、深呼吸。吐息と共に、余計な体の力も抜けていくようだった。
「……契ちゃんが、羨ましい」
一度冷静になって。絆の口から漏れ出たのは、そんな言葉。……自分は男の暴力で今も苦しんでいるというのに、彼女はそれを嬉々として受け入れている。皮肉ではなく、本気でそれを羨んでしまうくらい、絆の心はボロボロだったのだ。
「……あ」
そんな思考を続けていたら、ふと、ある考えが頭を過ぎった。……それは、絆にとってはこの上ない妙案だった。だがそれは、我侭以外の何物でもない。自分勝手に周りを振り回して、他の人間を貶める行為だった。
「……」
絆の中で、葛藤が生じる。自分のために周囲を犠牲にするか、周囲のために自分を犠牲にするか―――否、自分のために周囲を犠牲にする、その行いを正当化するための理由を探しているのだ。
「……うん」
そして、決意した。自分が悪役になって、それでも自分が幸せになるために。……自分だけが、幸せになるために。
「……そうだよね。それしか、ない、よね」
だからこそ、言い訳がましい台詞が零れ出したとしても、致し方のないことだろう。




