「え? え、えっと、その……わ、私だったら、ご主人様に冷たくされると興奮しちゃうし」
◇
……翌朝。
「あ、ご主人様。それに絆ちゃんも。おはようございます」
登校途中。絆と一緒に登校していた呈に、契が声を掛けた。
「……ああ」
「あ、契ちゃん。おはよー」
彼女に対して、呈と絆はどこか安堵したようにそう返す。……もしかしたら、二人っきりで登校するのは気まずかったのかもしれない。
「……契」
「はい?」
「絆を頼んだぞ」
すると唐突に、呈はそう言って、契たちを置いて先に行ってしまった。……って、おい。
「ご、ご主人様……!?」
「て、呈君……!?」
この態度に、さすがの契たちも驚きを隠せなかった。……そんなに絆と一緒が嫌かよ?
「……呈君」
「だ、大丈夫っ! 大丈夫だからっ!」
そんな彼に、今にも泣き出しそうな絆。そして、彼女を必死に励ます契。
「……大丈夫って、何が?」
「え? え、えっと、その……わ、私だったら、ご主人様に冷たくされると興奮しちゃうし」
「契ちゃんと一緒にしないでっ……!」
しかしながら、それもうまくいかなかったらしい。……その理屈が通用するのは、契みたいなドMだけだろうな。
「うぅ……」
「え、えっと……」
とりあえず、学校行けよ。遅刻するぞ。
◇
……契たちが教室に入り、最初の授業が終わった頃。
「……」
夏休み明け最初の授業が終わった途端、絆は机に突っ伏した。朝の精神的ダメージが抜け切っていないのだろう。そのためか、クラスメイトも彼女に声を掛けようとしない。
「き、絆ちゃん……まだ、落ち込んでるの?」
「だってぇ……」
契が話し掛けると、絆は泣き声で顔を上げた。いや、実際に泣いていた。
「大丈夫だからっ! 幼馴染属性は古くから愛されてきたんだからっ!」
「そういう問題じゃないと思う……」
相変わらず、意味不明なことを言い聞かせている契。絆も呆れている。
「ふーん、だ。契ちゃんは可愛い「ペット」だもんねー……私なんて、勝手にいなくなった、最低最悪の幼馴染ですよーだ」
おまけに、とうとう絆がいじけてしまった。……全く、なんて面倒なことをしてくれたんだ、呈の奴は。
「私なんて、清純なんかとは全然違うしー。見た目ビッチの中古だしー。我儘で根暗で面倒な女だしー。呈君だって迷惑だよねー。契ちゃんみたいに、清楚で従順な子のほうがいいよねー」
「ちょ、絆ちゃん……?」
投げ遣りに呟き始めた絆に、契は心底焦った。……下手をすれば、彼女の過去がクラスメイトに知られるかもしれない内容なのだ。余程ショックだったのだろうが、不用意な発言なのは間違いないだろう。
「あー、もー、死のーかなー。生きててもいいことなんて何もないしー。呈君にまで嫌われて、これ以上生きてても意味ないしー。ここの屋上から飛び降りちゃおうかなー」
「絆ちゃんっ!」
ついには自殺を仄めかし出した絆に、契は声を張り上げた。
「な、何……?」
これには、さすがに絆もたじろいた。困惑したように、契に視線を向けている。
「お昼ご飯、一緒に食べよ」
「……まだお昼じゃないけど」
契の提案は、そんな当然の突っ込みを受けることとなった。
◇
……昼休み。
「……で? これはどういう趣向なんだ?」
いつもの中庭にて。呈の前にいるのは、契と絆。……どうやら、契は前言通り、絆を昼食に連れてきたらしい。
「どういうもこういうもありません。今日からは、絆ちゃんも一緒にお昼ご飯を食べるんです」
主の問いに、契はやや強めの口調でそう答えた。従順な彼女にしては、やけに独善的というか……普段、自分の欲望と関係ないところで我侭は言わないのだが、これだけは譲れないのか。
「あの、えっと、その……」
一方、絆は契の背後に隠れて、怯えるように縮こまっていた。そこまでしなくてもいいだろうに……。
「ちゃんと絆ちゃんの分も用意しましたから。さ、食べましょう」
契はベンチに弁当を広げると、二人を自分の両隣に座らせる。さすがに、呈と絆を隣り合わせにはしないんだな。
「……」
「い、頂きます……」
彼女の強引さに戸惑っているのか、二人は特に抵抗しなかった。渡された箸を手に、弁当を食し始める。
「……おいしい」
食事が始まってすぐ、絆が感嘆の声を漏らした。彼女が契の手料理を食べるのは初めてだからな。その腕前に驚いているのだろう。
「気に入ってもらえて良かった」
「お前はもう少し、自分のスペックを自覚したほうがいい」
絆のリアクションを見て、安堵している契。対して呈は、まるで契を褒めるかのようにそう呟いた。……確かに、契は自分のことに、特に自身の魅力に対して無頓着な傾向がある。謙遜は美徳だが、彼女の場合はただの無自覚だからな。
「呈君は、こんなおいしいご飯を毎日食べてるの?」
「毎日ではないがな。学校のある日だけだ」
食事が良ければ、自然と会話もスムーズになるらしい。さっきまでギクシャクしていたにも拘らず、絆と呈が普通に喋っている。
「いいなー。私も料理はそこそこできるけど、ここまでちゃんと作ったことはないし」
「良かったら、今度教えてあげよっか?」
「いいの?」
「うん。といっても、私に出来ることなんて限られてると思うけど」
「そんなことないよっ! 是非教えてっ!」
更には、契と絆のほうも盛り上がっていた。ほんと、楽しそうだな。青春が羨ましい。
「……ふふっ」
こうして、昼食の時間は賑やかに過ぎていった。それこそが、契の狙いだったのだろうか。
◇
……放課後。
「絆ちゃん、一緒に帰ろっ」
「うん」
帰り支度を終えた契と絆。二人は一緒に帰るようだ。契は呈の家に寄るのが日課だし、絆も彼と同居しているのだから、そうなるのは自然な流れである。
「途中でご主人様と合流して、三人で帰ったほうがいいよね?」
「う、うん……」
契の提案に、絆は控え目に頷く。……昼はそれなりに良好な感じだったが、まだ緊張しているのだろうか?
「まだ気まずい?」
「そういうわけじゃないんだけど……ただ、迷惑じゃないかなって」
「迷惑?」
絆の懸念に、契は首を傾げた。呈が、絆を迷惑がっているということだろうか?
「……だって、その、付き合ってるんでしょ?」
「え? 何の話?」
躊躇いがちに出てきた絆の言葉に、契はきょとんとしていた。惚けているのではなく、本気で意味が分からないようだな。
「呈君と契ちゃん、付き合ってるんでしょ?」
「ううん」
絆が分かりやすく言い直すと、契はあっさりと首を横に振った。その反応に、絆は目を丸くする。
「……そうなの?」
「うん。私はご主人様の「ペット」だもん。恋人じゃないよ?」
「そう、なんだ……」
驚く絆だったが、契がさも当然のようにそう言うので、複雑な心境のまま納得するしかないのだった。




