「……絆ちゃんが転校してくることについては、聞いていました」
◇
……それから呈は、絆から細かい経緯を尋ねた。どうやら、絆の転校に際して、彼女の荷物は誠が手配したらしい。ということは、荷物をここに送ったのも彼女ということになるだろう。
「……おい」
《あら、どうしたの? 容姿端麗で頭脳明晰な完璧お姉ちゃんが恋しくなった?》
「寝言は寝て言え」
そんなわけで、呈は誠に電話を掛けた。言うまでもなく、この件について問い質すためだ。
「うちに大量の段ボール箱が送りつけられてるんだが、この宅配テロはお前の仕業か?」
《人聞きの悪いことを言わないで頂戴。私はただ、絆ちゃんの荷物を彼女の新居に送っただけよ》
「……新居?」
そう弁明する誠の言葉に、呈は一抹の不安を覚えた。そして、それは見事に的中する。
《そうよ。今日から絆ちゃんは、うちに住むの》
「……は?」
しかしながら、呈はそれを即座に理解できなかった―――いや、理解を放棄したくなった。それでも、間抜けな声を出しながら、その意味を受け入れようとする。
《じゃあ、そういうことでね》
「あ、おいっ……!」
そうしている間に、誠はさっさと通話を切ってしまった。っていうことは、つまり―――
「……契」
「はい?」
「姉貴から、何か聞いてないか?」
「……絆ちゃんが転校してくることについては、聞いていました」
主の問いに、契は素直に白状した。恐らく、夏祭りのときだろう。絆の過去と一緒に、彼女の転校についても聞いたに違いない。
「……そうか」
呈はそれを咎めず、諦めたように溜息を吐く。その溜息と共に、こんな台詞を漏らした。
「……姉貴が言ってた。こいつは、うちで預かるらしい」
「え……?」
呈の言葉に、絆は暫し呆然としていた。……要するに、その意味を理解できなかったのだ。或いは、呈と同じで、受け入れたくなかったのかもしれないが。
「……ったく」
再び溜息を吐く呈。それは、これからの生活に対する不安から来るのだろうか?
◇
……それから、契が早々に帰宅し、残されたのは呈と絆の二人だけになった。
「……」
「……」
リビングにて、互いに向かい合って座る二人。しかし、彼らの間に会話はない。あるのは、重苦しい沈黙だけだった。
「……」
呈は絆と目線を合わせず、ただ話しかけられるのを待っているような状態だ。……自分から歩み寄ろうという気は毛頭ないらしい。
「……」
絆も呈とは目線を合わせていないが、先程からチラチラと様子を伺っている。……話し掛ける意思はあるようだが、切欠が掴めないのだろう。
「ね、ねぇ……」
「何だ?」
意を決した絆が声を掛けると、呈は意外にもあっさり返事をした。……案外、こちらも切欠が見当たらないだけなのかもな。
「その、えっと……契ちゃん、良かったの?」
「ああ……いたらいたで、結構邪魔だからな」
「そ、そうなんだ……」
呈のぞんざいな扱いに、絆は苦笑するしかない。だが、当人が聞いたらさぞかし喜んだだろうな。ドMだから。
「で、でも、仲良いんでしょ……?」
「あいつのほうから寄って来るんだ。面倒だから侍らせてるが」
……というか、絆と会話したくないから、適当なことを言っているのか? だが、それだと会話に応じているのは変だな。うーむ―――ま、男心は複雑ってことで。
「じゃ、じゃあ、もしかして……その、え、えっちなこととか、したの?」
「してない」
顔を赤らめながら、存外ストレートに放たれた絆の問い。しかし呈は、それをあっさりと否定した。まあ、事実だしな。
「そうなんだ……意外かも」
「お前は俺を何だと思っているんだ?」
なのだが、絆には「意外」と言われてしまった。とはいえ、契の性癖を考えれば、そう思うのも無理ないかもしれないが。呈としては心外以外の何物でもないのだろう。
「っていうか、お前は平気なのかよ? 男と二人、同じ屋根の下なんて」
すると今度は、呈が絆に問いかけた。……それはつまり、「男性恐怖症なのに、男と一緒に生活しても支障はないのか?」ということだろう。彼女の過去と事情を考えれば、そう思うのも当然だ。
「あ、うん、大丈夫。お姉ちゃんが色々特訓してくれたから、男の人も大分平気になってきたの」
「姉貴が……?」
しかし、絆からはそんな答えが返ってきた。突然姉が話に出てきて、やや困惑する呈。
「去年一年間くらいは、お姉ちゃんに手伝ってもらって、男性恐怖症を克服してたの。……って言っても、ようやく普通に口を利けるようになっただけで、触るのはまだ怖いんだけど。今回の転校だって、リハビリの一環だから」
なるほど……実家を空けている間、誠はそんなことをしていたのか。しかし呈は、驚きよりも不安のほうが大きいのか、頭に浮かんだ疑問を口にする。
「……具体的に、何やってたんだ?」
「うーんとね、まず、男の人に慣れるために、びーえる漫画を読んで」
「……」
「男の人の好みを理解するために、漫画やラノベを読んだり、深夜アニメを見たり。あ、お姉ちゃんから呈君が好きな作品を教えてもらったりもしたよ」
「……姉貴の奴、何考えてるんだ?」
聞かされた内容は、彼にとっては案の定であったようだ。……っていうか、そんなんで克服できるのかよ?
「……まあいい。とりあえず、この荷物をとっとと運ぶぞ」
「うん、分かった」
呈は嘆息しながら立ち上がると、段ボール箱の処理を開始することにした。……いつの間にか、普通に会話してるな、こいつら。さっきの会話で、ある程度は気まずさが緩和されたのだろうか。
◇
……その日の夜。
「……はぁ」
風呂から上がった絆は、ベッドの上に寝転がった。……ここは彼女に宛がわれた部屋で、元々は誠の自室だった。絆はこれから、この部屋で生活することになる。
「……呈君、変わってたな」
そんな部屋で、考えるのは幼馴染のこと。彼の変貌に、今更ながら―――というか、今になってやっと、その余裕が出来た―――驚いたのだ。
「前は、あんな感じじゃなかったのに……」
思い出すのは、在りし日の、彼の姿。気弱で、臆病で、でも優しくて、いざというときは頼りになる。そんな、幼い少年の面影。
「……でも。それも、私のせい、なんだよね」
彼が変わったのは、自分の件が切欠だと聞いていた。だから、呈の変化を彼女が嘆くことなど、筋違いだろう。絆自身もそう思っている。
「……これで、良かったのかな?」
まどろみの中で、絆はふとそんなことを考えた。……呈には、彼の生活があった。自分の事件で傷つけてしまったのだとしても、ある程度は立ち直っていたのだろう。それを、自分が台無しにしてしまったのではないか? そう思ったのだ。
「……呈君」
けれど、いくら思いを巡らせたところで意味はなく、というか睡魔には勝てなくて、絆は眠りに就くのだった。




