「遅くなって申し訳ありません、ご主人様」
◇
……あの後、契たちはすぐに教室へ戻った。絆は大層ショックを受けていたようだが、戻った頃には平然としていた。―――平然と振舞っていたが、内心ではかなり動揺しているだろう。
「……絆ちゃん」
「契ちゃん……ちょっといい?」
「う、うん……」
そして放課後。絆の様子が気になった契は、彼女に付き合うことにした。その旨を主にメールで伝えてから、契は絆の正面に座る。
「……契ちゃんは、呈君と、どういう関係なの?」
「え、えっと……」
最初の問いに、契はうろたえた。……さすがに彼女も、いつも通り「主従です! 勿論私が従のほう!」とか言える雰囲気でないことくらいは察しているのだ。
「調教師と駄犬みたいな感じかな? 勿論私が駄犬ね」
と思ったが、違った。どうやら、どんな表現にするべきかで迷っていただけらしい。……あんまり婉曲な表現には思えないが、態とだろうか?
「……え?」
しかしながら、絆はその例えを理解できなかった。……当然だ。まさか、幼馴染が同級生をペットにしているとは思わないだろう。
「それって、そういうプレイなの?」
「うん。ご主人様には色々な調教をして頂いてるの」
「ちょ、調教……」
と思ったが、意外にも即座に理解した上で、普通に会話している。さすがに、「調教」という単語に顔を赤らめているが。……っていうか、もうちょっと突っ込めよ。色々と。
「呈君、そんな趣味があるんだ……」
「っていうか、私が半ば強引にそうしてもらってるんだけどね」
「そ、そうなんだ……」
とはいえ、話がすいすい進んだお陰か、絆はこの数分で契の性格を把握しつつあった。……幼馴染に変な性癖がなくて嬉しい反面、折角出来た友人が変態だと分かり、心中複雑だろう。
「じゃあ、私のこととか……何か、聞いてない?」
「あ、うん……お姉様から、大体は」
「そう……お姉ちゃんとも会ったんだ」
今度は、二人の間を沈黙が支配する。……やはり絆は、誠が話していた「呈の幼馴染で、暴漢に襲われた」子だったんだな。名前が同じだからすぐ気づいたけど。
「……それだったら分かると思うけど。私、呈君とはあれっきりなの。だから、こっちに戻ってきたら、まずは呈君に会いたかった」
その沈黙を破ったのは絆。胸の内を、契に打ち明け始める。
「……だけど、彼はそうじゃなかったみたい。私のこと、憎んでた。突然いなくなったから? ―――それとも、私が穢れたから?」
「そ、そんなこと―――」
「ないって言えるの?」
不安に押し潰されそうになっている絆。契が言葉を掛けても、冷たく切り捨てられてしまう。
「だったら、どうして? どうしてあんな、酷い言葉を浴びせてきたの? ……やっぱり、私のこと、嫌ってるんじゃない」
「……ご主人様は、後悔してるんだよ、きっと」
「……え?」
自分を追い詰めるように言葉を重ねる絆。そんな彼女を見ていられなくて、契は、自分の知っている呈を話すことにした。
「ご主人様は、独占欲の強い方なの。……ううん、独占欲っていうより、失うことを恐れてるの。多分、絆ちゃんがいなくなったことがトラウマなんだと思う」
「トラウマ?」
「うん。……二度とあんな思いをしたくない。そう思っているはずだよ。―――私が襲われかけたときも助けてくださったんだけど、凄い剣幕だったし」
「襲われかけたって……?」
それは、まだ呈と契が出会って間もない頃の話だ。谷口とその仲間に、契が襲われてしまったことがあった。あのときは、呈がすぐに駆けつけて、谷口たちを屠ったんだったな。
「そう……契ちゃんにもそんなことがあったんだ」
詳しい話を聞かせると、絆はどこか安堵している様子だった。……未遂とはいえ、似たような境遇の子が見つかったからなのか? それとも、幼馴染の行動に、何か肯定的なものを見出したのか?
「うん。それに、ご主人様の後輩も似たようなことがあって……」
「そうなの!?」
さすがにそれで終わりだと思ってたところに更なる情報を告げられ、絆は大声を上げてしまった。
「うん。中学のときの話らしいんだけど」
そして契は、虚露のことも話した。無論彼女の名前は伏せておいたが、それ以外については、自分が聞かされたことをそのまま伝えた。
「……呈君」
「ね? ご主人様は、絆ちゃんのことがトラウマになってるだけだよ。だから大丈夫、嫌われてないよ。ただ、どう接したらいいのか分からないだけで」
絆を宥め、慰める契。そうしてようやく、絆は落ち着いたようだった。
「契ちゃん……ありがと。お陰で、気持ちが少し楽になったかも」
「そう、良かった」
お互いに腹を割って話したことで、二人の距離は大分縮んだようだ。……さて、後はもう一人だな。
◇
……話を終えた契と絆は、二人で呈の家へと向かっていた。契は勿論日課だからなのだが、絆もついて来たのだ。
「やっぱり、あのままなんて嫌なの。ちゃんと呈君とお話したい」
絆はそう言って、益田家まで押し掛けようとしていた。会わせないように言いつけられている契だったが、絆のほうが勝手に来ているという建前で押し切ることにした。……誠から細かい事情を聞いていた以上、放っておけなかったのだ。
「お姉ちゃん、いるかな?」
「あ、お姉様ならもう戻られたみたいだよ」
「そうなんだ……まだいるかと思ったんだけど」
そんなことを話しながら、二人は歩く。そして、目的地には案外早く辿り着いた。
「……どうしよう、緊張してきたよ」
「遅くなって申し訳ありません、ご主人様」
「えっ……!?」
久しぶりにやって来た幼馴染の家を前に、心の準備していた絆。しかし、そんな彼女には一向に構わず、契は玄関の扉を開けた。……変なところでマイペースなのも、平常運転の証なのだろうか?
「っていうか、勝手に入ってもいいの?」
「最近はずっとこうしてるよ?」
「そ、そうなんだ……そういえば、私も昔はそうしてたかも」
というわけで、二人は無遠慮に屋内へと侵入する。そこで最初に見えたのは、玄関に置かれた大量の段ボール箱であった。
「……なんだろ?」
「あ、これってもしかして……」
何故か置かれていた段ボールを、契と絆は不審に思っていた。まあ、普通はそうなるだろうな。
「もしかして何だ?」
「……呈君」
するとそこへ、家主である呈が現れる。契が絆を連れてきたためなのか、やや不機嫌そうであった。だが、半ば予想していたのか、その件には特に触れようとしない。
「帰ってきたら、急に届いたんだ。引越し業者からな」
「引越し業者……じゃあ、やっぱり」
「心当たりがあるの?」
突然送られてきたという荷物に、絆は思い当たる節があるようで、少々躊躇いがちにこう言った。
「それって多分……私の荷物」
「……は?」
絆の言葉に、呈は思考をフリーズさせてしまうのだった。




