「夏休みの間も、ご主人様とはずっと一緒だったのに……こうして一緒に登校するが、待ち遠しくて仕方なかったんです」
◇
……そして、夏休みが明けて。
「おはようございます、ご主人様」
「ああ」
朝。登校途中の契と呈が顔を合わせる。授業日であれば、いつものように見られる光景だ。
「……不思議ですね」
「何がだ?」
二人で学校に向かっていると、契が不意にそんなことを口にした。
「夏休みの間も、ご主人様とはずっと一緒だったのに……こうして一緒に登校するが、待ち遠しくて仕方なかったんです」
「……そうか」
呈の隣を歩く彼女は、はにかみながらも率直な気持ちを伝える。一方、呈は照れくさそうに頬を掻いているだけだった。
「そういえばご主人様、お姉様がお戻りになったというのは本当なのですか?」
「ん? ああ。……昨日の夜、急にな」
話は変わって、誠について。……彼女は昨日、両親の元へと帰っていったのだ。元々は呈が夏休みの間を狙って帰省していたみたいだから、夏休み明けに戻るのは当然な気もする。
「そうですか……寂しくなりますね」
「うるさいのがいなくなって清々したけどな」
姉が家を離れて、呈はまた一人暮らしとなったわけだが、彼は相変わらずだった。ずっと一人だったのだから、今更心細くはならないのだろう。
「……ご主人様」
「ん?」
しかし、契はそうでもないようだ。一人になった主を気遣っているのか、思い詰めたような表情でこう言った。
「私は、ずっと……ご主人様のお傍にいますね」
「……ああ」
どこか不安げな契に、呈はただ頷くだけだった。
……その頃、結は。
「虚露ちゃん、おはよっ」
「あ、結ちゃん。おはよう」
通学路にて。結と虚露が合流して、一緒に登校する。こちらも平時ではよくある光景だ。
「あーあ。とうとう夏休みも終わっちゃったね……」
「そうだね……」
長期休業が終わって、少々憂鬱気味な二人。まあ、学生の本分は勉強だから、頑張れ。
「ま、いっか。これから毎日、虚露ちゃんと一緒にいられるんだし」
「そう、だね……」
そう言ってくれる結の気持ちはありがたいのだが、そろそろ彼女の粘着具合に疲れてきた虚露。……結ちゃんや、そんなにくっついてばかりだと、友達なくすぞ? 適度な距離感が大切なのです。
「あ、そういえば……」
「どうかしたの?」
すると虚露は、不意に何かを思い出していた。結に尋ねられたので、詳しく話すことにしたらしい。
「さっき、綺麗な人を見かけたんだけど」
「綺麗な人?」
「うん。同じ制服着てたから、同じ学校の生徒だと思うんだけど……見覚えなくて」
なんでも、ここへ来る前に美少女を見かけたらしい。しかも、同じ学校に通っている、と。
「ふーん。でも、在校生全員の顔なんて覚えてるわけないんだから、当然じゃないの?」
「でもね、その人―――金髪だったんだよ?」
「金髪?」
しかも、その美少女は金髪らしい。……確かに、そんな派手な格好をしていれば、嫌でも目立つだろう。
「じゃあ、転校生じゃないの?」
「そうかもね」
そんなことを話しながら、二人は登校するのだった。
◇
……数十分後。
「お待たせ」
校内にある応接室にて。女性―――この学校の校長が入ってきた。
「とりあえず、来てくれるかしら? 後のことは担任の先生に任せるつもりだから、私に出来るのはここまでだけど」
「いえ、それだけでもありがたいです」
どうやら、部屋には客がいたらしい。彼女は校長の後に続いて、応接室を出て行く。
「この度は、無理を聞いて頂いて、本当に申し訳ありません」
「いいのよ。事情が事情だし、別に疚しいこともしてないんだから」
彼女の言葉に、校長は努めて明るくそう返す。……見たところ五十代ほどのようだが、歳の割りに若々しい口調だな。
「それに、あの子は私の教え子でもあるんだし。頼られたら、無下には出来ないわ」
「そうだったんですか?」
「ええ。私がまだ教鞭をとっていた頃にね。あの子達が卒業して、その翌年から校長になったから、最後の教え子なのよ」
そんな話をしながら歩いていると、やがて二人は職員室に辿り着く。中に入ると、真っ直ぐに、ある女性教師の元へと向かった。
「先生」
「あ、はい。……あなたが逢沢さん?」
「は、はいっ! これからお世話になりますっ!」
女性教師に対して、彼女は頭を下げた。すると女性教師は、微笑みながらこう言った。
「こちらこそ、よろしくね。それと、何か困ったことがあれば遠慮なく言って頂戴。慣れない環境で、色々戸惑うこともあるだろうし」
「あ、ありがとうございます……」
「さ、そろそろ行きましょう」
「は、はい」
そうして彼女は、女性教師の後に続くのだった。
……その頃、契は。
「転校生?」
「うん、そうみたい」
ホームルーム前の教室にて。契は瀬川と話していた。……契の趣味を知って、最初は戸惑って距離を取っていた瀬川だったが、今ではすっかり元通りだった。尤も、そっち方面のことには極力触れないようにしていたが。
「それも、女の子で、かなり可愛いんだって。だからほら、クラス中の男子がそわそわしてるでしょ?」
「そう?」
言われてみれば、確かに男子たちが浮き足立っているように思える。……っていうか、どっからそんな情報を手に入れたのやら。
「あ、チャイムが鳴った」
そんなことを喋っていたら、本鈴が鳴った。それに伴い、生徒たちが一斉に席に着く。数秒遅れて、担任である女性教師と―――もう一人、女子生徒が一緒に入ってきた。
「はーい、みんな注目。突然ですが、このクラスに新しいお友達がやって来ました」
担任の声に、生徒の注目が前方に……というか、件の転校生に集まった。
「さ、逢沢さん。みんなに自己紹介して」
「はい」
促されて、彼女は一歩前に出て、こう言った。
「逢沢絆です。よろしくお願いします」
金糸のように輝く髪を二つに結わえた彼女は、高校生にしては発育の良すぎる体を制服に包み、ゆっくりと腰を折ったのだった。
◇
「逢沢さんってどこから来たの?」
「得意教科は?」
「彼氏いるの?」
というわけで、転校生イベント恒例である、質問攻めのコーナー。男子女子問わず、クラス中の生徒が彼女を取り囲んでいる。
「え、えっと……」
それもそのはず、絆の姿は、それだけで目を惹く。染色の痕跡がない見事な金髪をツインテールにしているだけでもそうなのだ。更に、目はパッチリと大きく、鼻は筋が通っていて、唇はほんのり桜色と、化粧気はないが顔立ちは整っている。背は高く、体のラインは女性的―――特に、胸は年齢不相応なサイズにまで成長している。ここまでくれば、注目するなと言うほうが酷であろう。
「ねぇねぇ」
「どうなの?」
「その、えっと……」
その上、一度に迫られて困惑するその表情も可愛らしいときたものだ。しかも、あざとさや、態とらしさは見受けられない。それがより好印象をもたらしているのだろうか。
「逢沢さん」
「え?」
しかし、困惑しているのは事実だ。見かねた隣の生徒―――契が、彼女に助け舟を出す。
「今から、学校を案内してあげるね」
「え、ちょ、ちょっと……!」
戸惑う絆を半ば強引に、教室の外まで引き摺り出す。クラスメイトからはブーイングが起こるものの、契は全く気にしていない。
「ほら、これでもう大丈夫だよ」
「あ、え、えっと……ありがと」
唐突ではあったものの、助けてもらったことに礼を言う絆。対して契は、そのまま自己紹介をする流れに。
「私は犬飼契。下の名前で呼んで欲しいな」
「うん、ありがとう契ちゃん。私のことも絆って呼んでね」
「分かった。よろしくね、絆ちゃん」
「こちらこそよろしく、契ちゃん」
あっという間に打ち解け、互いを名前で呼び合う仲となった。二人とも、基本的な対人スキルが高いのだろうか?
「ねえ、絆ちゃんって―――」
「―――絆?」
するとそこへ、第三者の声が。そちらのほうを見やれば、そこにいたのは呈だった。
「あ、益田君。どうしたんですか?」
主の姿を認めて、契は嬉しそうに微笑んだ。……が、彼の様子に疑問を感じて、すぐに表情を曇らせる。
「もしかして……呈君?」
そして絆は、呈のことを知っているようだった。初対面でないのなら……まさか。
「……契」
「は、はい……」
しかし呈は、彼女たちに背を向ける。そして、こう言い放った。
「そいつを二度と、俺の前に連れてくるな」
「え……?」
「待ってっ!」
立ち去ろうとする呈を、絆が呼び止めた。彼女はとても必死な形相で、叫ぶように言葉を紡ぐ。
「呈君……! あの、あのね、私―――」
「失せろ」
「……え?」
だが、呈は一度だけ振り返り、光の灯っていない瞳を彼女に向けて、こう言った。
「失せろ。お前が生きてると俺が迷惑するんだ」
「……っ!?」
酷く底冷えする声に、絆は言葉を失う。それで話は終わったとばかりに、呈は今後こそ、この場から立ち去るのだった。
「……ご主人様」
そんな主の変貌に、契は戸惑いながらも、確かに快感を覚えていた。他人に向けられたものとはいえ、明らかな敵意があったのだ。ドMの彼女は、それだけで快感を覚えてしまう。……そんな自分の性癖が、このときだけは恨めしい。契はそう思うのだった。




