「わ、態とではありませんよ……? それにそもそも、はぐれないようにしていれば、多少の接触は仕方ありません」
◇
……数分後。
「~~~♪」
「……」
結局、呈が取った行動は、大したものではなかった。そもそも、彼には根本的な解決など出来ない。新しい下着を用意することは不可能だし、出来たとしても着替える場所がない。そうなれば、後は被害を少なくするしかないのだ。
「ご主人様の体、温かいです」
契は、主の腕に頬ずりしながらそう呟いた。……今、彼女は呈の腕にしがみついている。恋人同士が腕を組むように―――というよりは、子供が親に甘えるかのように、だ。
「……おい」
「はい?」
「確かに、はぐれないようにしようとは言ったが……ここまでしろとは言っていないぞ?」
つまり、ガードが薄くなった契と離れないように、可能な限り一緒にいる。それが、唯一の対策だった。例えばこうして物理的に距離を縮めれば、人混みの中でもそうそうはぐれないだろう。
「ですが、こうすれば絶対にはぐれませんよ?」
故に契も、堂々と反抗することが出来た。当初の命令を忠実に実行しているだけなのだから、「ペット」の立場を大きく逸脱するものではないのだ。そういう理屈だろう。
「だったら、どさくさに紛れて、俺の腕に変なものを押し付けるな」
「はい? 何のことでしょうか?」
「胸を押し付けたり、手を股に誘導するなと言っているんだ」
「わ、態とではありませんよ……? それにそもそも、はぐれないようにしていれば、多少の接触は仕方ありません」
おまけに、こういう風に、自分の欲望を満たしに来る。……っていうか、いつになく積極的だな。普段なら、拒まれたらすぐに大人しくなるのに。
「……ったく。警察の厄介にならない程度にしておけよ」
「はいっ!」
最終的に、呈は折れるしかなかった。……せめて、補導されることがないようにと、祈りながら。
◇
……更に数分後。
「あっ、お姉ちゃんっ!」
「……結?」
雑踏と喧騒の中、聞き慣れた声に振り返ると、結が大きく手を振っていた。
「やっと見つけた……。もう、勝手にはぐれたら駄目でしょ?」
「えぇー? はぐれたのは、お姉ちゃんのほうでしょ?」
何の断りもなく離れたことを姉に咎められ、結は不服そうにそう返した。……誠は彼女に、契たちのほうが迷子になったと説明していたのだろうか?
「はろー。仲良くやっていたみたいね?」
「あの、えっと……」
続けて、誠と虚露もやって来た。これで全員合流したな。
「よく言うぜ。……何の真似だよ?」
「あら、何のことかしら?」
呈は呆れた様子で姉を問い質すが、彼女は惚けるだけだった。……この人は、一体何を考えているんだろうか?
「態と姿を消したのも、契に変なことを吹き込んだのも、何が目的なんだよ?」
「……さあね。強いて言うなら、あんたのためよ」
具体的に尋ねてもはぐらかされる。……しかし、誠にふざけている様子はなかった。案外、本気で呈のためにした行動なのかもしれない。どういう屁理屈なのかは知らないが。
「さ、行きましょ。折角のお祭りなのよ。とことん楽しまないと」
誠の一言で、彼らは再び屋台巡りを始めるのだった。
◇
「契ちゃん、ちょっといいかしら?」
「はい?」
射的の屋台で遊んでいた頃。誠は契にそう話しかけた。……因みに、呈と結は射的で対決していて、虚露は二人の勝負を見守っていた。誰も、誠たちに注意を向けていない。
「そろそろ話そうと思うの。……前に言った、呈の幼馴染について」
話題になったのは、呈の幼馴染。……確か、呈にそのことはご法度なんだったか。だが、何故にこのタイミングで?
「今話すのは、ちゃんと意味があるの。……一昨日、海に行ったでしょ? 呈とその幼馴染―――絆ちゃんっていうんだけど、二人が最後に会ったのが、あの海なのよ」
その理由について、誠はそう話した。先日の海水浴は、呈と幼馴染の、最後の思い出だったというわけか。
「そして、今度はこのお祭りで会おうって約束して、それっきり」
「……もしかして、行方不明になったんですか?」
「いいえ、違うわ」
契の疑問に、誠は首を横に振った。だが、お祭りで会う約束をしたのに、それから一回も顔を合わせていないというのもおかしな話だ。行方不明と考えるのが自然だと思うのだが……。
「六年前の今日。絆ちゃんは、呈と一緒にお祭りへ行くため、一人でこの神社に来て―――暴漢に襲われたの」
「っ!?」
しかし、誠が続けた言葉に、契は耳を疑った。そして同時に、自身の疑問も氷解していく。
「どうしようもないロリコン野朗に襲われて、犯されて……見つかったときには、相当酷い有様だったらしいわ」
その絆という幼馴染が呈と同い年なら、六年前は小五だったはずだ。……確かに、どうしようもないロリコンだな。
「そのまま病院に運ばれて、入院。理由が理由だけに面会謝絶で、退院直後に引っ越したの。……呈からすれば、大切な人を突然失くした……というか、奪われたような感じかしら」
……呈は、やたらと執着心が強かった。契が谷口に襲われたときは彼をコテンパンにしていたし、男子たちに乱暴されていた虚露を助けたりもしていた。それは、幼馴染のことがあったからなのか。
「絆ちゃんは全寮制の女子校に移って、彼女の両親はうちの親と一緒に会社を興したの。……強引にでも距離を取って、忙しい身分にすれば、少しは気が紛れるからって。実際、絆ちゃんは男性恐怖症になっちゃって、ご両親も精神的に参ってたから、それ以外の選択肢がなかったんだけどね」
「……それで、どうしてそれを私に?」
大体の事情は分かったが、契はそこだけが気になった。勿論、契が呈に信頼されているからというのもあるだろう。だが、それだけで話していい事情ではないはずだ。
「そうね。……実はね、ちょっとあれなことになったのよ」
◇
……彼らはそれからも祭りを楽しみ、やがて解散することとなった。
「送ってくださって、ありがとうございます」
―――のだが、呈が女子たちを送っていくことになったので、実際は誠が抜けただけだった。
「別に良いさ。……姉貴の命令だしな」
そう、この状況は誠が仕組んだのだ。というか、「女の子だけで夜道は危険」と彼女が言い出し、呈を強引に付き添わせたのだ。……自分は一人で先に帰ったが。
「それに、そんな薄着で夜道を歩くのは危険すぎる。そこは俺も同意だからな」
薄着……呈が指しているのは、契が浴衣一枚しか着ていないことだろう。そんな裸同然の格好では、確かに色々と危ない。―――先程聞いた話も合わせれば、そう思わざるを得ないだろう。
「それでも、ご主人様と一緒にいられるだけで嬉しいです」
そう言いながら、契は呈に寄り添うようにもたれかかった。まだ甘えたりないのか。
「おい……」
「はい、ご主人様」
「……あー、もう。いい加減にして欲しいんだけど」
「……」
そんな二人の様子を、結と虚露は胸焼けしながら眺めるのだった。




