「お姉様に言われた通り、下着を着けずに来たのですが、これはなかなか……んっ!」
◇
……翌々日。
「……で? 何で俺は、ここにいるんだ?」
「何よ、今更?」
夜。人々の喧騒や祭囃子が辺りを包む中、呈と誠は神社の鳥居の前にいた。頭の上に疑問符を浮かべる弟に、誠は懇切丁寧に説明し始めた。
「それは今日が夏祭りだからで、その会場がこの神社だからで、ついでにここで契ちゃんたちと待ち合わせてるからよ」
「それは聞いた。俺が言いたいのは、どうして俺がそれに参加しなければならないのか、ということだ」
神社の前の通りも、境内も、祭りの出店で埋め尽くされていた。そんな独特の雰囲気に当てられたのか、呈は顔を顰めながらそう言った。しかし誠は、「何故そんな当たり前のことを?」と言わんばかりの口調でこう返す。
「あら。契ちゃんはあんたの「ペット」なんでしょ? だったら、「飼い主」が同行するのは当然じゃない」
「そういう意味じゃない。そもそも、何でこの祭りに参加するのかって話だ」
どうやら呈は、夏祭りに来たくなかった様子。夏祭りに対して、何か嫌な思い出でもあるのだろうか?
「大丈夫よ。あんなことはそうそうないわ。あれ以来、ここの警備も強化されたらしいし」
「そういう問題じゃないだろ」
「そういう問題よ。少なくとも、私はそう思ってる。―――ほら、ちゃんと来たじゃない」
誠は会話を打ち切って、遠くのほうへ視線を移す。そこには人混みがあるだけだったが、やがてそこから少女たちが―――契たちが現れた。
「お待たせしました。ご主人様、お姉様」
まずは契。紺色に紫陽花をあしらった浴衣を纏い、紅色の帯を締め、艶やかな黒髪を結い上げて、すっかり夏祭りモードだ。
「もぅ……せっかく、お姉ちゃんと虚露ちゃんと一緒に夏祭りなのに、何であんたが出てくるのよ?」
続いて結。黄色に団扇の柄が入った浴衣に、水色の帯を合わせて、いつものツインテールのまま、不満げに頬を膨らませていた。そんなに呈といるのが嫌か?
「む、結ちゃん、折角誘ってもらったんだから……」
最後に虚露。桃色にさくらんぼ柄の可愛らしい浴衣(帯は紫だが同じ柄入り)を着ているのだが、いつものように前髪で顔を隠しているので、ちょっと勿体無かった。
「……ご主人様。似合っているでしょうか?」
「馬子にも衣装だな」
感想を求められて、呈はしれっとそんなことを言った。……それ、褒め言葉じゃないからな。
「ちょ、女の子に言う言葉じゃないでしょ!?」
女性に対する扱いとしてはあまりに目に余るためか、誠は呈を怒鳴りつけた。
「あ、ありがたいお言葉です……! はぁ……、はぁ……」
「……」
だが、当の契は涎を垂らして喜んでいた。……誠も、この変態少女の言動には、まだ完全には慣れてないのだろうな。
「……さてと。じゃあ、行くわよ」
それでも気を取り直して、彼らは夏祭りへと繰り出した。
◇
……数分後。
「……おい」
「はい? どうかしましたか?」
「どうもこうも……思いっきり、はぐれたよな?」
祭りの屋台が立ち並んだ通りにて。呈と契は、誠たち他の面々とはぐれてしまった。見方によっては、迷子といえるだろう。
「ともあれ、姉貴と連絡を取らないとな」
呈は携帯を取り出すと、誠の番号を呼び出してコールした。……今の時代、迷子になっても携帯で連絡が取れるのだから、便利なものだな。文明の利器万歳。
《はいはーい》
「どこ行きやがった」
電話に出た姉に対して、呈は開口一番にそう言った。彼は、誠のほうが姿を晦ませたと思っているようだな。
《大丈夫よ。結ちゃんと虚露ちゃんはちゃんと一緒だから》
「居場所を聞いてるんだが?」
《な・い・しょ♪》
「しばくぞ」
しかし、姉のふざけた態度に、呈は激怒する寸前だった。……まあ、結たちも一緒みたいだし、何もなかったんだろう。そして、自ら姿を隠したのは辺りと見ていいな。
《いいから。あんたは契ちゃんと、楽しく夏祭りを満喫しなさい》
「……」
だが、誠は急に穏やかな口調になって、そう答えた。……もしかして、気を利かせたのか?
《契ちゃん、あんなんだけど、ちゃんと乙女なんだから。あんたと二人っきりでお祭りを楽しみたいのよ。それくらいやらないと、「飼い主」失格よ?》
誠は一方的にそう告げると、通話を切った。呈は仕方なく、携帯を仕舞って、契のほうに向き直った。
「……姉貴たちは、ばっくれたらしい」
「ばっくれた? ということは、つまり―――」
「あの阿呆共は放っておいて、俺たちだけで回るしかないな」
あまり気が進まない、という風を装って、呈はそう提案した。……つまり、彼も内心では賛成なのだ。
「……はいっ!」
それを察したのかは分からないが、契は満面の笑みで頷いたのだった。
◇
……というわけで、二人は屋台を巡っていた。綿飴や焼き蕎麦、人形焼などを購入し、射的や金魚掬いに興じる姿は、まるで恋人同士のようにも思えた。
「はぁ……、はぁ……」
「どうした? 顔が赤いぞ?」
しかしながら、そこで契に異変が生じた。顔を赤らめて、呼吸を乱している。どうやら、体調を崩したようだな。
「大丈夫か?」
「は、はい……。やっぱり、着物一枚だと、色々擦れて興奮しちゃいます~……!」
「……は?」
―――と思ったが、呈は考えを一転。恐らく、彼女は予想の斜め上の行動に出たのだと悟った。
「お姉様に言われた通り、下着を着けずに来たのですが、これはなかなか……んっ!」
「あの糞女っ……!」
色っぽい声で白状する契。なんと、犯人は誠だった。……ほんと、余計なことしかしないな。
「……言っておくが、それは迷信だからな。昔は知らんが、現代では着物でも下着を着ける」
「え……そうだったんですか?」
真実を知らされた契は、驚くというより呆然としていた。……っていうか、何か疑問に思えよ。まあ、彼女には服従癖があるし、根は素直でいい子だから、他人の戯言を信じてしまうのも無理ないか。
「ということは、これもある種の露出プレイ―――そうと知っていれば、もっと興奮できたのに……残念です」
真実を知らされた契は、呆然とするというより落胆していた。……そうだな。寝取り嫌いな癖に露出癖あるんだよな、この子。まだちゃんと露出したことはないけど。
「……お前、ほんとに逞しいな」
「そうですか? ご主人様の―――に比べれば全然ですよ」
「そういう逞しいじゃないし、そもそも何でお前は俺の―――を知ってるんだ?」
あまりにいつも通りな契を見て、呈は珍しく感心していたのだが、なんか変な方向に話が流れている。……ついでに言うと、「―――」の部分に何が入るかはご想像にお任せします。
「……とにかく、どうにかしないとな」




