「いいえ。私はご主人様とご一緒出来ればそれでいいのです。……それとも、お邪魔でしたか?」
……誠の元に戻り、彼らは昼食を取り始めた。
「私、焼き蕎麦貰うわね」
「私たこ焼き。ほら、虚露ちゃんも」
「う、うん……」
呈が買ってきた料理に、女性陣たちが次々と手を伸ばす。……因みに、買ってきた呈に対する感謝の言葉は全くなかった。
「ありがとうございます、ご主人様」
と思ったら、さすがに契だけはちゃんと礼を言っていた。……この場合、彼女の性癖が特殊なことより、他の子たちに性格上の問題があるからという面が大きい気がする。
「……ああ」
そんな彼女に安心したのか、呈は頷きながら焼き蕎麦を食べ始める。彼も案外、ちゃんと感謝されるのは嬉しいのかもしれないな。
「ご主人様、私のたこ焼きも召し上がりますか?」
「いや、いい。俺はたこがあまり好きじゃないんだ」
「あ、そうなんですか……」
契が自分のたこ焼きを差し出すが、呈はそれをあっさり断ってしまう。折角彼女が気を回してくれたのに、生憎と呈はたこ嫌いだったのだ。じゃあなんでたこ焼きを買ってきたのかというと、他に料理が売ってなかったからだろう。
「お姉ちゃん、私欲しい」
「結は自分の分があるでしょ?」
「うっ……」
ならば自分がと名乗りを上げた結だったが、残念ながら断られてしまった。まあ、当然だろうな。自分も同じのだし。
「全く。あれほど好き嫌いしちゃ駄目だって言ったでしょ?」
「そういう姉貴だって、たこは苦手だろ?」
「苦手じゃないわよ。嫌いなだけ」
「おい」
そして、こちらの姉弟は相変わらず喧嘩ばかりだ。……どうにかならないものか。
「大体、私は大人だから、好き嫌いしても平気だし。あんたはまだ子供だから、好き嫌い禁止」
「……俺が物心ついたときからずっとそうだっただろうに」
「細かいことはいいのよ」
しかも、言い争いが幼稚すぎる。それも毎度のことだが。
「……ふぅ。それと、午後からはあんたが荷物番だからね?」
「そうだな。俺も、ちょっと休みたいと思っていたんだ」
しかしまあ、さすがは姉弟というべきか、最後はあっさりと終わってしまう。お互い、引き際は弁えているということか。
「じゃあ、お願いね」
そんな風にして、昼食の時間は終わった。
◇
……さて、午後からは。
「……契」
「はい、ご主人様」
「お前は別に、ここに残らなくても良かったんだぞ?」
昼食を取った陣地にて。呈と契は、一緒にビニールシートの上で座り込んでいた。設置してあるパラソルが日差しを遮っているし、海辺なので風も吹いているが、それでも夏の暑さは少々堪える。折角海で泳げるのだから、そうしたほうがよっぽど涼しいはずだ。しかし、契は主の傍を離れようとしない。
「いいえ。私はご主人様とご一緒出来ればそれでいいのです。……それとも、お邪魔でしたか?」
「いや、いい」
笑顔で答える契に、呈は諦めたように視線を逸らす。相変わらず、彼女は一途だな。
「だが、ここにいてもやることないぞ?」
「ご主人様と同じ空気を吸えるだけで幸せですから。あ、勿論、調教してくださっても構いませんよ? 寧ろしてください」
「しない」
「ですよね。ですから、このままでいいです」
そうして、二人は暫し、何をするでもなくぼんやりとしていた。そんなところを描写しても仕方がないので、少し時間を進めるとしよう。
◇
……十分後。
「……ご主人様」
「何だ?」
なんだかんだ言って沈黙に耐えかねたのか、それとも単に話したいことが出来たからなのか、契が不意に口を開いた。
「ご主人様は、前にもここへ来たことがあるんですか?」
契の問いは、何気ないものだった。恐らくは、ここへ来る途中の車内で、呈の反応を見てそう思ったのだろう。
「……小学生のときに、一度だけな」
それに対して、呈は躊躇いがちに答えた。まるで、そのときのことを思い出したくないかのように。
「そうだったんですか」
そんな主の心情を察したのか、それとも単純に興味が失せたのか、契はそれ以上言及してこなかった。
「……ああ」
そんな彼女に、呈はそう頷いて、そのまま口を閉ざすのだった。
◇
……一時間後。
「……お姉ちゃん。ずっとそうしてるの?」
あれからずっと会話もなく、ただ呆けていた二人の元に、結が戻ってきた。遊び疲れたのか、それとも姉が心配になったのか。その両方だろう。
「あ、結。結も一緒にぼーっとする?」
「しないよ。虚露ちゃん待たせてるし」
結は荷物の中からクーラーボックスを引っ張り出し、中からジュースを取り出した。……まさかの第三の可能性、水分補給がしたかったからなのか。
「……さすがにないと思うけど、お姉ちゃんに変なことしたら承知しないから」
「しないし、するとしたら忠告が遅すぎる」
結に釘を刺されて、呈は不機嫌そうに反論した。のんびりしていたのに邪魔されて、怒っているのだろうか?
「そうだけど……ま、いいや。お姉ちゃんに変な男が寄って来ないように、ちゃんと見張ってなさいよ」
しかし意外にも、結は呈に噛み付かず、そのまま立ち去った。……やはり、なんだかんだ言っても信頼しているのだろうか。
「……なあ、契」
「はい?」
結の姿が見えなくなって。呈は不意に、契に声を掛けた。
「お前、今日ここへ来て、楽しかったか?」
「はい。とっても楽しかったです」
主の問いに、彼女は間髪入れずにそう答えた。……そのときの笑顔はとても眩しくて、呈は不覚にも、見惚れてしまいそうになった。
「……そうか」
だが、呈はそれに惑わされず、ただそう返すのみだった。
◇
……夕方。
「さ、帰るわよ」
誠たちが戻ってきて、着替えを終えた彼らは、再び車に乗り込んだ。これから帰宅するのだ。
「……って、みんな寝ちゃってるわね」
帰りの車内では、運転手の誠以外は、殆ど眠ってしまっていた。遊び疲れたのだろう。
「……ご主人様も、お疲れのようですね」
誠の他にもう一人だけ、契も起きていた。しかし、契の主である呈は、彼女の肩に体を預けて眠ってしまっている。
「珍しいわね。この子、警戒心が強いから、人前で寝たりしないのに」
バックミラー越しに弟を見やる誠は、意外そうにそう漏らした。……確かに、彼が他人に無防備な姿を見せるのは意外かもしれない。
「そうなんですか?」
「ええ。家族相手でもなかなか隙を見せないのよ? 虚露ちゃんには優しくしてるみたいだけど、彼女の前でもそうそうないと思うわ」
意外そうな契に、誠はそう答えた。だとすれば、呈が契に体を預けて眠っているのは、彼女を信頼しているという証なのだろうか?
「あ、そうそう。忘れるところだったわ」
「はい?」
すると誠は、思い出したように声を上げて、こう言ったのだった。
「明後日、夏祭りがあるのよ。みんなで一緒に行きましょう」




