「はい。ご主人様ご所望のスク水です」
◇
……呈は着替えを終えて、再び車のところまで戻ってきた。女性陣はまだ出てきていないようなので、その辺に座り込んで待つこと十分。
「……ご主人様?」
すると、車の中から契が出てきた。彼女が最初に着替え終わったらしい。
「……スク水か」
「はい。ご主人様ご所望のスク水です」
契が着ていたのは、学校指定のスクール水着。通称スク水だった。尤も、指定されているのは有名メーカーの競泳水着なので、コスプレ感はあまりないが。海水浴で着るのはどうかと聞かれたら返答に困るな。
「所望してはいないが……似合ってるぞ」
「ありがとうございますっ!」
主に褒められて、ご満悦の契。……なんか、尻尾とか、変なものが色々見えてきたんだが。
「ちょっと、海に入る前から水着を濡らさないでよね」
「……そういうお前はなんて格好してるんだ?」
続けて出てきたのは誠。ただしその姿は、契とは比べ物にならないくらい酷いものだった。
「どう? セクシーでしょ? これで浜辺の男たちを誘惑しちゃうわ♪」
「というかただの痴女だな」
誠が身に着けていたのは、面積が極端に少ない白のビキニ―――いわゆるマイクロビキニだった。局部を申し訳程度に隠す水着は、寧ろ全裸よりも卑猥に見えた。
「ちょっと、それはいくらなんでも失礼じゃない?」
「当然のことを言ったまでだ」
薄い布からも見える体の凹凸も、張りのある白い肌も、圧倒的な質量の胸も、必死な努力で得た腰のラインも、脚線美も、弟である呈には何の情動も与えない。まあ、そうでなければ色々と問題あるが。
「警察呼ばれないようにしてくれよ。後、俺たちに近づくな。知り合いだと思われたくない」
「うるさいわねっ! あんただって、契ちゃんにスク水を着せてる癖にっ!」
「そうよっ!」
次に出てきたのは結。ピンク色のセパレートタイプ水着を着用した彼女は、腰に手を当てて、胸を張っている。
「お姉ちゃんに変な格好させないでよっ!」
「変な格好て……お前だって、同じ水着を授業で着てるだろ」
「う」
威勢良く言った途端に突っ込まれて、結は顔を引き攣らせている。……そうだよな。同じ学校だから、水着も同じなんだよな。授業で着てるんだから、変な格好というのは適当でないだろう。
「結ちゃん……」
最後に出てきたのは虚露。身に纏う水着は水色で、結のものとは色違いの同型だった。
「う、虚露ちゃんも何か言ってやってよっ!」
「え……で、でも、学校の水着だし、別に変じゃない、と、思う」
「……そ、そういうことにしておいてあげるわっ!」
親友にまでそう言われては、さすがの結も引き下がるしかない。顔を真っ赤にして、ヤケクソ気味にそう叫ぶのだった。
◇
……そんなわけで、一行は砂浜へと向かった。
「……にしても、相変わらず人がいないわね」
誠の台詞通り、砂浜にはあまり人気がなかった。彼ら以外の客は、家族連れとカップルが二組ずつだけだ。
「所帯持ちと彼女持ちばっかなんだから、少しは自重しろよ」
「分かってるわよ」
誠は―――否、女性陣は皆、水着の上にTシャツを着ていた。お披露目を終えて、泳ぐ前に必要以上に肌を晒したくない乙女たちのため、呈がそうするように促したのだ。……尤も、誠に対しては、露出を抑えるためでもあったが。
「全く……これじゃあ、折角のセクシー水着が無駄になるじゃない」
「そもそも、ここを選んだ時点で気づけよ」
前にも言った通り、ここ夕雲海岸は、人が少ない場所なのだ。そんなところで男漁りをしようとするのが間違いだろう。
「仕方ないでしょ? 久しぶりに来たかったんだから」
「……はぁ。もういいから。とにかく、泳ぐなら人のいないところにしてくれよ」
「あ、私は泳がないわよ? 日焼けするし」
「……よし、契、泳ぐぞ」
「はい、ご主人様」
姉に付き合いきれなくなって、呈は契を連れて海へと繰り出した。
「あ、待ってよお姉ちゃんっ!」
「む、結ちゃん、待って……」
契が動いたことで結が、結が動いたことで虚露が、それぞれ彼女たちの後を追う。……残されたのは、誠だけ。
「……え? もしかして、私一人で荷物番なの?」
誰にともなく問いかける誠に、答える者はいなかった。
「……とは言ったものの、具体的にはどうするか?」
姉を見限って波打ち際までやって来たはいいものの、呈はそこから先のことを考えてなかった。泳ぐと言ってもガチで競泳や遠泳をする気にはなれなかったし、契たちと水遊びするのもどうかと思ったのだ。
「泳がないんですか?」
「……まあ、適当に水と戯れるか」
契に問われて、呈はゆっくりと海に入った。といっても、浅瀬の辺りで、腰まで浸かって波に身を委ねているだけだが。
「癒されますね~」
主と同じように、海に漂う契。普段の、性的興奮によって弛緩したのとはまた違う、だらしのない表情をしていた。
「……このまま、何も考えずに浮かんでいたいな」
「そうですね~」
何をするでもなく、ただ無為に時間を浪費する。そんな贅沢を、主とペットは満喫したのだった。
◇
……そんな感じで時間が流れ、昼頃。
「……そろそろ上がるか」
「はい~」
皮膚がふやけるほどの間、ぷかぷかと浮いていた呈と契。彼らはいい加減、陸へ上がることにした。
「あ、やっと戻ってきた」
「あ、せ、先輩……」
彼らが戻ると、結と虚露はビーチバレーをしていた。二人は海に入らず、ずっとビーチバレーしてたのか? しかも二人だけで。
「もぅ……二人とも、ずっと溺死体ごっこしてたの?」
「溺死体て……まあ、あながち間違いでもないが」
折角、海という大自然を体中で満喫してきたのに、それを溺死体と呼ばれて不満げな呈。溺死体が駄目なら土左衛門と呼べばいいと思う。
「っていうか、お腹空いたんだけど」
「……そういや、もう飯の時間か。その辺で食い物確保してくるから、先に姉貴のところまで戻っててくれ」
「了解しました。結、鹿山さん、行こっ」
「うん、お姉ちゃん」
「は、はい……」
女子たちが誠の元へ向かい、呈は昼食を調達しに行ったのだった。
◇
……十分後。
「……ん?」
浜辺にある海の家(客が少ないのに何故かちゃんと営業していた)で焼き蕎麦とたこ焼きを購入した呈は、姉のいる場所まで歩いていた。その途中、彼はふと足を止めたのだ。
「……契か?」
視線の先にいたのは契たち。呈より先に戻ったはずなのだが、何故かまだここにいた。
「……男?」
どうやら、男の三人組に絡まれているらしい。さっきまではいなかったから、呈たちが海で浮いている間にやって来たのだろう。
「おい、契」
「あ、ご主人様っ!」
呈が声を掛けると、契が振り返ってそう叫んだ。……彼女の台詞に、男たちが顔を引き攣らせているが。
「ちっ、男連れかよ……」
「行こうぜ」
呈が現れたせいなのか、男たちはそそくさと立ち去った。どうやらナンパのようだな。
「申し訳ありません、ご主人様。あの人たち、結構しつこくて……」
「……こんな貧相な奴らをナンパするとか、ロリコンなのか、よっぽど女に恵まれていないのかだな」
「そ、そんな、貧相だなんて……はぁはぁ」
「……お姉ちゃん。今更だけど、そこは怒るところだよ?」
「ひ、貧相……」
呈の呟いた言葉に、契はいつも通りの反応をしていたが、結と虚露は酷く傷ついた模様。……まあ、それが普通だよな。契が特殊なだけで。あと、別に貧乳だからといってロリってわけじゃないと思うし。
「さ、戻るぞ」
「は、はい……はぁはぁ」
「「……」」
そういうわけで、海水浴午前の部、終了。何事もなく終わったな。




