「はふっ……!」
◇
……そして、夏休み初日。
「おはようございます、ご主人様」
「……」
朝早く。呈の自宅に、契が訪ねてきた。相変わらずの通い妻―――否、通いペット。
「夏休みに入りましたけれど、お変わりありませんか?」
「一日で劇的に変わって堪るか」
しかしながら、呈はどうにも不機嫌だった。寝起きだからなのだろうか?
「あら、契ちゃん来たの?」
すると、家の奥から誠が出てきた。エプロンを着用しているので、食事の用意でもしていたのか。
「あ、お姉様。おはようございます」
「おはよう。早いわね」
現在午前五時。日がまだ昇りきっていないため比較的涼しいが、起床には少々早いかもしれない。外出ともなれば、余計に。
「あ、もしかして朝御飯まだだった? 良かったら食べていかない?」
「え? えっと……」
そしたら、契は朝食に誘われてしまった。……しかし呈曰く、誠は料理が下手らしい。それを聞いていたからこそ、契は即答することが出来なかった。もしかしたら、呈が不機嫌そうなのもそれが原因なのか。
「止めてくれ。うちから死人を出すのは勘弁だ」
「ちょっと、それ、どういう意味よ~?」
「そのままの意味だろ。……契、そういうわけだ。明日からはもっと遅い時間に来てくれ」
「か、畏まりました……」
いつもは呈の命令を受けて生き生きとしている契だが、このときばかりは必死に頷いていた。……そんなに怖いか?
「あら、食べないの? 食べていきなさいよ。こいつは大袈裟に言うけど、別に普通の出来よ?」
「いや、だから―――」
「あんたは黙りなさい。さ、上がって」
「は、はい……」
しかし誠は、半ば強引に契を連れ込んでしまった。……ご愁傷様。
「さ、どうぞ」
「い、頂きます……」
そんなわけで、契は益田家の朝食にお呼ばれしていた。因みにメニューはカレーライス。朝から食べるにはかなり重いな。
「夕飯の残り物だけど、おいしいわよ?」
「は、はい……」
とはいえ、カレーであればそうそう変な味にはならないはずだ。契は半ば安心しながら、カレーを口に運んだ。
「……」
「どう? おいしいでしょ?」
「契、正直に言っていいぞ」
徐にカレーを咀嚼した後、契は主のほうを向き、目に涙を浮かべながらこう言った。
「ま、まずいです……」
「そ、そうか……」
なんと予想外にも、カレーはまずかったらしい。呈も同情的な表情をしていた。……っていうか、カレーをまずく作るなんて、ある意味才能だぞ?
「えー? おいしくない?」
「お前は味覚がおかしいんだっての」
誠は彼女の反応が解せないようだが、呈は呆れたようにそう返した。……そうか、味オンチなのか。それなら仕方ないな。
「契。今度こいつに、料理を教えてやってくれ」
「はい、ご主人様」
「ちょっと、そんなに……?」
弟たちの反応に、誠がちょっと涙目になっている。まさか、年下の子に教わらないといけないほど酷いとは思わなかったのだろう。
「……さて、このカレーはどうするか。俺は慣れているからいいとしても、契にはきついと思うが」
「……いえ、こういうプレイだと思えば、寧ろご褒美ですっ!」
「そうか。なら、少し協力してやろうか」
ここぞとばかりにドM根性を発揮しだした契を見て、呈は彼女のスプーンを分捕り、彼女の分のカレーを掬った。
「そのまま口を開けていろ」
「ふぁい」
命令通り口を開けているので、返事が若干可愛らしくなっている契。そんな彼女の口に、呈はカレーを突っ込んだ。
「はふっ……!」
それも、スプーンを何回も出し入れして、大量のカレーを彼女の口に押し込む。そろそろ気道が確保できなくなりそうな状態になって、呈はようやく手を止めた。
「さ、食っていいぞ。もがき苦しみ、窒息しながら、ゆっくりと味わうがいい」
「……鬼畜ね」
「はぐっ……はふはふ」
弟の行為に辟易している様子の誠に対して、契は生き生きとしながらカレーを頬張っていた。
「んぐっ……はぁ、はぁ、はぁ。まずくって、堪能しちゃいました~……」
「ほら、もっと食わせてやる。感謝しやがれ」
「は、はい~……。はふっ」
「……あんたたち、案外お似合いよね」
暴食プレイを楽しむ二人を、誠は何ともいえない表情で眺めるのだった。
◇
……朝食が終わって。
「それでなのですが、ご主人様」
カレーの押し込めプレイを終えた契は、ここへ来た当初の目的を果たすことにした。
「前に、海へ出掛けるという話をしたのは覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
彼女の目的は夏休みの予定について話すこと。確か、契が水着調教を希望した件だったか。
「実は、結も鹿山さんと海に行くつもりらしくて……折角ですから、四人で一緒に行くのは如何でしょうか?」
「……ふむ」
契の申し出に、呈は暫し思案した。……確かに、契は妹と一緒に海へ行きたいのだろう。結のほうもそれを望んでいるはずだが、彼女は呈の同行を良しとしないはず。そう考えると、簡単に了承できなかった。
「あら。あんたたち、海行くの?」
そんな彼らの会話に、誠が割り込んできた。もしかして、未成年者だけで海は駄目、とか言うつもりなのか?
「いいわね、海。私も行きたいわ。っていうか行くわ」
「は……?」
しかし、彼女の言葉は違っていた。自分も海に行きたいという、純粋な欲望だったのだ。
「私があんたたちの保護者兼引率役になるわ。それなら問題ないでしょ? というわけで決定ね」
「おいこら、勝手に決めるな」
「やーよ。……あんたたち若人ばっかりがいい思いして、私だけ寂しい夏を過ごすなんて御免だわ。何が悲しくて、この歳で、折角の夏を弟の世話に費やさないといけないのよ」
そうやって、強引に自分も参加した誠。……海での出会いに期待しているか。やっぱ、彼氏とかいないんだな。
「日程はどうするの? そっちが都合のいい日でいいわよ」
「はい」
契が希望の日時を伝えると、誠は手帳を取り出して、スケジュールを確認した。
「うんと……その日は大丈夫ね。分かったわ。じゃあ、その日の七時に、ここに集合ね」
「分かりました。二人には私から伝えておきます」
「お願いね。……さてと、そうと決まれば、水着を新調しないと」
「私も、ご主人様が喜んでくださる水着を吟味しなくては」
「あら、それならね―――」
そんなこんなで、とんとん拍子に話が進み、呈は最早置き去りになっていた。
「……はぁ」
ただでさえ女子比率の高いメンバーに、厄介な姉まで加わって、呈は嘆息するしかなかった。




