「だ、大丈夫ですっ! 私はまだ処女ですからっ!」
◇
……呈の姉が帰ってきて。彼らは益田家のリビングで、向かい合って座っていた。
「じゃあ、改めまして。私は益田誠。呈の姉よ」
改まったためか、先程よりも丁寧な口調で、呈の姉―――誠が契に自己紹介した。
「犬飼契です。ご主人様には、いつもお世話になっております」
対面に座る契も、改めて自己紹介する。後半がちょっとあれだが、今更なので放っておくか。
「……で? やっぱり、そういうプレイなの? 夜とかどんな感じなのよ? 首輪つけたりするの?」
「いきなり何の話だよ?」
挨拶が終わり、下品な表情を浮かべた姉に、呈は契の隣から声を挟んだ。弟としては、姉にそういうことを勘繰られたくないのか。
「あら、そんなマニアックなプレイをしてるなら、「そういうこと」だってしてるでしょ?」
「言っておくが、これはこいつの趣味だ。こいつがしつこいから、適当に相手してるだけだぜ?」
「ふ~ん? あんたが女を知るだなんて、まだ早いと思うんだけど?」
「だ、大丈夫ですっ! 私はまだ処女ですからっ!」
「お前は何を口走ってるんだよ!?」
姉弟の口論に耐えかねたのか、契が爆弾を投下した。……やっぱ、自分の主が家族と揉めているのは、落ち着かないのか? 契は家族と仲が良いから、余計になのかもしれないが。
「プッ……! あんた、そんな可愛くて従順な女の子がいるのに、まだ手を出してないの?」
「悪いか?」
「悪くないわよ。ただ、へたれだなって」
「あ、あの……」
更には、折角契が話の流れを変えようとしたのに、結局口喧嘩は止まらなかった。……というか、ただ仲が悪いだけなのか。それとも、誠がこういう性格なだけか。
「大体、あんたは臆病なのよ。前にもあの子―――虚露ちゃんだっけ? あの子だって、助けた恩に付け込めば、簡単にものに出来たでしょ? それをみすみす逃すなんて……あんた、ひょっとしてついてないの?」
「余計なお世話だ」
「あら、図星? 知らなかったわ。自分の弟が、実は妹だったなんて」
「寝言は寝て言え。それとも、とうとう頭が壊れたか?」
「壊れているのはあんたのホルモンバランスでしょ?」
「そうだな、頭は元々壊れていたか」
お互い、契のことなど完全に置き去りにして、そのまま罵り合いを続けていく姉弟二人。面倒だし、暫く放っておくか。
「あんたねぇ! あんたのオネショを誰が片付けたと思ってんの!? ちょっとは感謝しなさいよ!」
「母さんだろ! お前は何もしてないだろうが! 大体、俺が漏らしたのは、小さい頃に一度だけだ!」
「都合の悪い記憶を改竄してるのね!?」
「それはこっちの台詞だ!」
「幼稚園児の頃、私の後ろを「おねぇちゃ~ん」って言いながらついて来たのはどこのどいつよ!?」
「俺はそんなことしてねぇ! それは―――っ!」
「あっ……」
そんな感じで姉弟喧嘩を続けていたのだが、二人は急に黙りこくってしまった。今の会話のどこに、沈黙する要素があったのか?
「……ちょっと休んでくる」
「……ええ、いってらっしゃい」
居心地が悪くなったのか、呈は自室に引っ込んでいく。残されたのは、契と誠の二人。……っていうか、契に断りもなしかよ。主失格だな、おい。
「あ、あの、えっと……」
「ああ、うん。なんか、ごめんなさいね」
突然の出来事に戸惑う契に、誠は苦笑しながら謝罪した。
「い、いえ……」
「いいのよ。悪いのは私。私があの子の地雷を踏んじゃったの」
「地雷、ですか?」
誠の言葉に、契は首を傾げる。はて? 今の会話のどこに地雷が?
「さっき言ってた、「私のことを「おねぇちゃ~ん」って言いながらついて来た子」っていうのがね、あの子の幼馴染なのよ」
なるほど、それは呈ではなく、幼馴染のほうだったのか。……ということは、呈とその幼馴染の間に、何かがあったのか?
「あの子のことは、呈にはご法度っていうか……ともかく、デリケートな話題なのよ。あの子があんな性格になった原因でもあるし」
「その幼馴染さんと、喧嘩でもなさったんですか?」
「う~ん……喧嘩だったら良かったんだけどね」
今まではずけずけと物を言っていた誠だが、この話に関してはしどろもどろというか、どう説明するか悩んでいるようだ。それほどまでに、この問題は厄介なのだろうか?
「多分、あなたにもその内話すと思うわ。呈とはかなり親しいみたいだし。……けど、今はまだ待って。あの子達だって、無闇に言い触らされたくないだろうし」
「分かりました」
先程までとは打って変わって、弟のことを案じている誠。そんな彼女に、契は素直を頷いた。……それは、誠が呈の姉だからか。或いは、純粋に主のことを想ってなのか。ともあれ、この場で事情を聞きだすつもりはないようだ。
「……さてと。あの馬鹿な弟の機嫌を取ってくるから、あなたは帰るなり自由にして頂戴」
「分かりました。それでは、お暇させて頂きますね」
「はーい」
誠にそう言われて、契はすんなり益田家を後にした。気を利かせたのだろうか?
「……全く、ほんとにいい子ね。あの子には勿体無いくらい」
契がいなくなって。誠は無意識のうちに、そう呟いていた。そんなに彼女のことが気に入ったのだろうか?
「……でも、このままだと、彼女はピンチかもね」
その「彼女」というのが契なのか、それとも別の誰かなのか。それは、誠だけが知ることだった。
……その頃、呈は。
「……」
彼は例の如く、自室のベッドでごろごろしていた。……精神的に弱っているとき、呈はいつもベッドの上に転がる。契について悩んだときも、こうすることが多かった。
「呈? いるの? 生きてる?」
「……姉貴か」
すると、部屋の外から誠の声が。呈は正直無視したかったが、扉を蹴破られても困るので、渋々起き上がって、ドアの手前まで行く。
「何だ?」
しかしながら、姿を見せるつもりはないらしい。ドアを開けることなく、姉との会話に応じる。
「契ちゃん、帰っちゃったわよ? あなた、あの子の「飼い主」なんでしょ? 放っておいていいの?」
「……お前には、関係ないだろ」
諭すような姉の言葉に、呈は逃げの常套句を放った。―――「関係ない」。これを言われてしまうと、それ以上踏み込みづらくなってしまう。
「関係あるわよ」
しかし、誠はいとも簡単に、そう答えた。そうさせたのは、血の繋がりか、それとも長い付き合いか。
「私はあんたの姉なの。あんたが周りに迷惑掛けたら、私が尻拭いしないといけないのよ。だから少なくとも、女の子をペットにするなら、私も干渉させてもらうわ」
ある意味、とても傲慢で。それ故に、とても自分勝手で。しかしそれは、呈のことを案じているからこそ出た言葉であった。
「……勝手にやってろ」
それが伝わったのか、呈はそれだけ言うと、すぐベッドに引き返す。……それから、契に向けて、フォローのメールを送るのだった。




