「よろしくお願いします、ゴミ姉上」
……さて、その少年たちは。
「……なんだったんだろうな?」
「……さあな」
虚露が走り去って、残された少年たちは途方に暮れていた。彼女の性格を考えると、突然走り去るのは意外だったのだ。
「……ま、いっか。元気みたいだし」
「……そうだな」
しかし、それを気に留めている様子はない。そのまま踵を返し、帰ろうとした。
「……ほう? それは良かったな」
「「……!」」
……のだが、後ろから聞こえてきた声に、二人はゆっくりと振り返る。そこにいたのは―――
「どうやら、うちの後輩が世話になったみたいで……たっぷりとお礼をしないとな」
「ま、益田……!」
「な、何でお前がここに……!?」
現れたのは、呈だった。結の電話を受けて、ここまで駆けつけたのだろうか。
「学習能力のないゴミに、生きる権利はないからな」
「ま、待てって……!」
「お、俺たち、別に何もしてな―――」
「問答無用」
それから二人は、強引に路地裏に連れ込まれて―――徹底的に「私刑」された(面倒なので描写は割愛)。……ご愁傷様。
「……ふん」
少年二人を始末して、呈は鼻を鳴らしながら去っていく。残されたのは、ボロ布のようになった少年二人のみ。
「り、理不尽だ……」
「鬼だ……、悪魔だ……」
実のところ、彼らは別に、虚露に何かをするつもりはなかった。ただ、純粋に虚露のことが心配だっただけだ。しかしながら、余計なことをしたために、こんな目に遭ったのだとさ。めでたしめでたし。
……その頃、結と虚露は。
「結」
「あ、お姉ちゃん」
結たちと契が合流。これにより、契、結、虚露の三人が同時に集まりました。
「虚露ちゃん。多分もう知ってると思うけど、私のお姉ちゃんだよ」
「う、うん……」
ちゃんと紹介を受けて、やはりこの二人は姉妹であったかと思う虚露。ちゃんと顔を合わせて確認したのはこれが初めてだからな。
「鹿山さん、大丈夫? 男の人たちに絡まれたって聞いたけど」
「は、はい……大丈夫、です」
虚露のことを案じる契に、彼女は控え目にそう答えた。……結が相手だと普通に話せるが、姉のほうではまだ無理か。会ったの一回だけだし。
「それで、あいつは?」
「ご主人様のこと? 私より先に向かわれたから、多分今頃、ヒーローになられてるんじゃないかな?」
「ヒーロー?」
主のことをヒーローと呼ぶ姉に、結は首を傾げる。……もしかすると、呈が少年たちを屠る場面を、アニメの主人公に重ねているのだろうか?
「契」
「あ、ご主人様」
そうこうしているうちに、呈も合流した。仕事が速いな、おい。
「……虚露」
「は、はい……」
すると呈は虚露のほうを向き、彼女に声を掛けた。そして、虚露に対してこんな台詞を放つ。
「大丈夫だったか?」
なんと、呈が虚露のことを心配していた。……やっぱり、内心では心配で仕方なかったのだろうか?
「は、はい……!」
返事をする虚露も、どことなく嬉しそうだった。呈に気に掛けてもらえたのが、そんなに良かったのか?
「それより、ちゃんと締めてきたんでしょうね?」
「ああ。きっちりとな」
一方、結の問い掛けに、呈はそう頷いた。……うん、確かに「きっちりと」だったな。
「あんたなんて、それくらいしか役に立たないんだから、ちゃんとやってもらわないとね」
彼の返答に満足したのか、結はそんな風に言いながら胸を張っていた。……なんか偉そう。何もしてないのに。
「……ほう」
しかし呈は、彼女の変化に気づいた。……結の態度が以前よりも、姉である契りですら分からないくらいだが、軟化しているのだ。偉そうなことを言いながらも、呈に対する嫌悪感が減っていた。
「……うちの後輩を、頼んだぞ」
「え?」
そんな彼女に、呈は呟くようにそう言った。結はそれを聞き取れていなかったが、呈は気にしなかった。
「契、行くぞ」
「はい、ご主人様。じゃあ、行くね。結」
そして彼はそのまま、契を引き連れて立ち去る。……去り際、呈は少しだけ虚露のほうを見やった。
「……」
彼女は僅かに―――ほんの僅かではあったが、確かに笑っていたのだった。
◇
……呈が帰宅して。
「……ふぅ」
「お疲れ様です、ご主人様」
家に着くなり溜息を漏らした呈を、契が労った。少年たちをフルボッコにしたから、それなりに疲れたのだろう。
「……これで、もう虚露は大丈夫だな」
「はい?」
呈が零した呟きに、契は首を傾げた。別に説明する必要はないのだが、呈は彼女に話してやることにした。
「虚露はもう、一人じゃない。最早、俺が中途半端に構ってやる必要はないんだ。……まあ、後輩の世話は、俺の柄じゃないってことだな」
そう語る呈は、どことなく寂しそうで。確かに、そういうのは、彼のキャラではないだろうが。それでも、数少ない他者との繋がりだからなのか、寂寥感は拭えないのだろう。
「まあ、そういうことだ。……これからは、面倒なことをしなくて済むから楽だな」
「ご主人様……」
そんな主に、契は何ともいえない気持ちになった。優しい言葉を掛けるべきなのか、それとも何も言わないべきなのか。見当もつかない。
「……私は、一生ご主人様に服従しますから」
結局、彼女が言えたのはそれだけだった。契らしいといえばらしいが。
「……そうか」
しかし、呈はそれでも、どこか安堵しているようだった。……まあ、現状では一番大きな繋がりだからな。何だかんだ言って、呈も一人は寂しい生き物なのだろうさ。
「……何? あんたたち、そういう関係なの?」
「「……!?」」
と思ったのも束の間。何故か第三者の声が割り込んできた。呈と契は、驚きながら声のしたほうへ振り返る。
「はろ~」
そこにいたのは、女性だった。年齢は二十代前半くらいで、癖毛が特徴的な彼女は、軽薄そうな空気を纏いながら、ひらひらと右手を振っていた。
「あの、えっと……」
「っていうか、なかなか可愛い子じゃない。何よ、愚弟の癖に、私より先に「恋人いない暦=実年齢」を卒業する気? 童貞のうちに死になさいよ」
「黙れ糞姉。お前の男日照りはお前自身のせいだろ」
「なっ……! あんた、言ってはならないことを―――」
事情が飲み込めない契を放置して、呈と女性は口論を始めた。……っていうか、二人の口振りからすると、彼らは姉弟なのか?
「っていうか、ほんとにその子、誰なの? 性奴隷か何か?」
「はいっ! 私はご主人様のペットですっ!」
女性が口にした単語に、契がここぞとばかりに声を上げた。……うん。そんな単語出したら、こうなるよな。
「……こいつは犬飼契。見ての通り変態だ。で、こっちは俺の姉。軽蔑の気持ちを込めて「ゴミ姉上」と呼んでやれ」
「よろしくお願いします、ゴミ姉上」
そんな彼女たちをフォローするように、呈が契と女性を互いに紹介する。しかし何故か、契に自分の姉を侮辱させていた。……もしかして、こいつら、仲悪い?
「あら? いい加減にしないと本気で怒るわよ?」
「契、訂正する。親愛を込めて「お姉様」と呼んでやれ」
「よろしくお願いします、お姉様」
だが、姉に睨まれて、呈はすぐさま前言撤回する羽目になった。結局、姉には勝てないのね。
「……で? 今日は何だ? 俺の様子でも見に来たのか?」
「そうね。ついでに言うと、もう夏休みの時期だし、帰省も兼ねてね」
その言葉に、呈は頭を押さえて呻いている。……そんなに、姉がいると嫌なのか?
「それで……契ちゃん、でいいのよね? これからよろしくね」
「はいっ!」
そんな主など気にも留めず、契は彼の姉と握手を交わすのだった。……さて、これからどうなるのやら。




