「ご主人様? うん、一緒だよ」
……その頃、結は。
「……あっ」
帰宅する途中、結は重大なことに気がついた。
「虚露ちゃんのメアド、聞いてなかった……」
どうやらこちらも、メールアドレスのことに気づいたようだ。……うっかりにもほどがあるだろ、お前ら。
「今すぐ戻れば、まだいるよね? いなくても、直接家に行けばいいし」
しかし、こういうときの行動力は結のほうが上だった。すぐさま来た道を引き返し、虚露の元へと向かう。
「……あれ?」
すぐに引き返したのが幸いして、虚露はまだ先程の場所にいた。だが、一人ではない。男が二人、一緒にいた。
「……あれ、誰だろ?」
それだけなら、さすがの結も不審に思わなかっただろう。しかし彼らは、虚露と必要以上に距離を詰め、更には彼女の肩に手を置いたりした。しかも、虚露はそれを嫌がっている様子だ。
「……よし」
それだけ分かれば、遠慮は要らなかった。男嫌いで気の強い結は、こういう男が一番許せなかった。それが例え知らない人であっても、そんな男に絡まれていたら、割って入ることも少なくない。まして、絡まれているのが大切な友達であれば、黙って見ている理由はない。
「虚露ちゃん」
「あ……む、結ちゃん」
とりあえず、虚露に声を掛ける結。それから、傍らの少年たちに目を向けた。
「あんたたち、何なの?」
「何、って……そいつの知り合いだって」
「知り合い……? 虚露ちゃん、本当なの?」
突如闖入してきた結に戸惑いながらも、少年の一人がそう答えた。その真偽を確かめるため、結は虚露のほうを見る。
「う、うん……」
そんな彼女に驚きながらも、虚露は小さく頷いた。それを見て、少年は得意げに声を上げる。
「ほらな? 俺たち、そいつの知り合いなんだって。邪魔しないでくれる? あ、それか、お前も一緒に来るか?」
「……! だ、駄目っ……!」
すると、虚露が突然大声を出した。そして結を庇うように、彼女の前に出る。
「う、虚露ちゃん……? ちょ、ちょっと……!?」
彼女の行動に驚く暇もなく、結は虚露に腕を掴まれ、そのまま引っ張られてしまう。普段の立ち振る舞いからは想像もつかないような腕力で、抵抗することもままならない。
「……何だあれ?」
「……さあ」
残された少年たちは、去っていく少女たちを、呆然と見送るのだった。
「う、虚露ちゃん……! どうしたの……?」
少年たちが見えなくなって。虚露はようやく足を止め、結の腕を放した。
「……はぁ、……はぁ、……はぁ」
息を切らせ、胸に手を当てて体を落ち着かせる虚露。呼吸を整えてから、結と向き直る。
「……結、ちゃん」
幸い、今は人通りが全くない。今ならば、話してもいいかもしれないと思った。……自分の過去を、結に話しても。
「……あの人たち、中学のときの先輩なの」
「そうなんだ……」
「うん……そして、私に―――酷いことをした人たち、だよ」
「……!?」
彼女の告白に、結は驚いた様子だった。それでも虚露は、話を続ける。自分の過去を、淡々と語った。―――通ってた中学は風紀が良くなくて、一部の男子や教師が、女子生徒に酷いことをしていたこと。自分もある日、その標的になったこと。教師も加担していたので、誰も助けてはくれなかったこと。先程の少年たちも、その一部であったこと。……そんな中で、最後の貞操すら奪われかねない状態で、ようやく助けてくれた人がいたこと。
「それが……先輩なの。先輩が、酷いことしてた人たちを懲らしめてくれて―――それでどうにか、私は無事に卒業できたの」
話を聞いて、結は、前に呈が言っていたことを思い出した。―――中学時代に、後輩の女子を助けた。それが、虚露なのだと気づいたのだ。
「それに、それが原因で、パパとママが離婚して……パパに引き取られたけど、パパが再婚して、家を出て―――だから」
そこで虚露は、一旦言葉を切った。……この言葉を口にするのは、彼女にとってもかなり―――自分の過去を打ち明けるよりも、ずっと、勇気が必要だった。
「だから、嬉しかったの……結ちゃんが、一緒にいてくれて」
「え……?」
その台詞を告げたとき、虚露は涙を流していた。崩壊したダムの如く流れる雫と一緒に、言葉も続いていく。
「親も、友達も、誰もいなくて……先輩は助けてくれたけど、一緒にはいてくれなくて―――だから、結ちゃんが一緒にいてくれて、本当に嬉しかったの」
それが彼女の、虚露の想い。どんなときも常に一人だった少女の、大切な気持ちだった。こんなことを思ったのは初めてで、だからこそ、伝えるのには相当の勇気を必要とした。
「虚露ちゃん……」
そんな彼女に、結はそっと近づいていく。そしてその肩に手を添えて、優しく抱き締めた。
「……大丈夫。私たち、親友だから。ね?」
「しん、ゆう……?」
「うん。親友」
ここまでの秘密を知れば、最早、ただの友達ではいられない。彼女たちの関係が前進するのは、当然のことだった。
「……それじゃあ、親友の証ってわけじゃないけど」
「……?」
結はゆっくりと虚露から離れると、ポケットから携帯を取り出した。
「大嫌いなゴミ男に頼んで、ちょっと手伝ってもらうね」
……その頃、呈と契は。
「あっ」
「ん? どうした?」
下校途中の二人。この光景自体はいつものことだが、いつもと違うのは、契が突然声を上げたことか。
「電話みたいです。出てよろしいでしょうか?」
「好きにしろ」
どうやら携帯に着信があった様子。主の許可を得て、契はその電話に出た。
「もしもし?」
《あっ、お姉ちゃん?》
電話の相手は結だった。妹からの電話に、契は驚く。普段、妹からの電話はあまりない。一緒に住んでいるのだから、そうそう電話が必要になる状況もないのだ。
「どうかしたの?」
《あいつ、一緒にいる?》
「ご主人様? うん、一緒だよ」
呈のことを聞かれて、契は益々不思議に思った。普段、彼に対して嫌悪感を示している彼女が、どうして呈のことを? と思っているのだ。
《虚露ちゃんのことなんだけど》
もしかしたら、気が変わって調教されたいと思い直したのかも? と考えていたら、出てきたのは後輩の名前。
「鹿山さん? 鹿山さんがどうかしたの?」
《虚露ちゃんが……男の人に絡まれたの》
「え……?」
「おい、虚露の名前が出なかったか?」
通話の内容が聞こえたのか、呈が口を挟んできた。しかし、そんなことはお構いなく、結は続ける。
《その男たち、前にも虚露ちゃんに酷いことしてたみたいなの。まだ近くにいると思うから―――あいつに、とっちめさせて》
「うん、ちょっと待ってね」
契は通話を一時中断すると、主のほうに向き直った。そして、妹から聞いたことを伝える。
「あの、ご主人様。結からでした。なんでも、鹿山さんが男の人に絡まれたらしいです」
「何?」
「しかも、その……その人たち、前にも鹿山さんに酷いことをしていたらしくて。これって―――」
「場所は分かるか?」
「は、はいっ……」
契が、結から聞いた場所を告げると、呈は彼女に背を向けてこう言った。
「今はそいつらから離れているんだな?」
「はい、そうらしいです」
「なら、お前は後から来い。そして妹たちと合流しろ。俺はそっちを締めてくる」
「畏まりました、ご主人様」
指示を出した後、呈は駆け出した。理由は勿論、屑共を叩き潰すためだ。




