「でしたら、海で水着調教などは如何でしょうか?」
◇
……翌日。
「ご主人様、おはようございます」
「ああ」
朝。登校途中の呈は、同じく登校途中の契と出くわした。まあ、いつものことだが。
「もうすぐ夏休みですね」
「そうだな」
学校までの道すがら、二人は何気ない会話を交わす。これも、今の彼らにとってはいつもの日常だった。
「ご主人様は、何かご予定があるんですか?」
「夏休みか? 特にはないが……」
契に問われて、呈は言い淀んだ。彼は基本、どこかへ遊びに行くということがない。用事があれば外出もするが、夏休みだからといって遠出するようなことはないのだ。かといって、家に篭って何か特別なことをする、というわけでもない。普段の休日と同じように、ダラダラと過ごすのだろう。
「でしたら、海で水着調教などは如何でしょうか?」
「思いっきり性癖丸出しだな」
それを確信して、契はここぞとばかりに欲望をぶちまけた。……そういえば、前にそんなことを言っていたな。露出厳禁と言われたから、「水着調教」なのか? っていうか、どんな調教だよ? 露出がないなら、奇抜なカラーリングの水着でも着るってことか?
「勿論、調教なしでも、ご主人様がよろしければご一緒したいです」
「ふむ?」
しかしそこまで言われては、さすがの呈も軽くあしらうことが出来なかった。正直なところ、折角の夏休みに引き篭もるのはどうかと思っていたし、少し遊びに行くのも悪くないと考えていたのだ。
「そうだな。都合がつけば、そういうのも悪くないだろう。考えておく」
「ありがとうございます」
検討してもらっただけなのに、契は嬉しそうに微笑んだ。よっぽど行きたいのか。
「……とはいえ。夏休みは、余計な奴が帰ってくるかもだからな」
「はい?」
「独り言だ」
呈の懸念は、夏の暑さを攫う微風に流されて消えてしまう……と、良いのだが。
◇
……昼休み。
「ご主人様」
「何だ?」
中庭での昼食中。契がふと、呟くように主を呼んだ。
「最近、結が鹿山さんのことをよく話すんです」
「虚露のことを?」
彼女の話は、結と虚露のこと。何か、気になることでもあるのだろうか?
「はい。どうやら、相当仲良くしているみたいなんですが……ただ、結は、鹿山さんの過去を知らないんです」
「だろうな」
虚露の過去―――中学で男たちから慰み者にされて、それを呈が助けたことは、当事者以外は一部の人間しか知らない。契は結に対してその事実を伏せていたので、彼女が知るはずもない。虚露本人が打ち明けていれば別だが、それもなかった。
「……結に、彼女のことを話してもよろしいでしょうか?」
契が言いたかったのは、虚露の過去を結に伝えてもいいかということ。……虚露と親密な関係を築いているからこそ、彼女の過去について知っておくべきだと考えたのだろうか。
「……いや、それは止めておけ。虚露本人の意思に任せたほうがいい」
しかし呈は、彼女の申し出を跳ね除けた。彼はどちらかと言えば、結よりも虚露のことを優先して、その決断を下した。彼女が余計な傷を負わないように配慮したのだ。
「……分かりました。では、結には伏せたままにしておきます」
「ああ、それでいい」
しかしながら、呈の虚露に対する態度は、他の者とは大分違う。前々から思っていたことだが、どうして彼は、虚露に対して「優しい」のだろうか? 過去に彼女を助けたことといい、何か理由でもあるのか?
◇
……放課後。
「虚露ちゃん、帰ろっ」
「う、うん」
一年生の教室にて。結と虚露はいつものように、揃って教室を出た。
「今日はどうしよう……? お金ないし、寄り道しないで真っ直ぐ帰るかな」
「うん、そうだね……」
普段はどこかへ寄ったりするのだが、連日の出費はさすがにきついので我慢するようだ。虚露の家にも行かないのか?
「それでね、虚露ちゃん」
とはいえ、華の女子高生がその程度で黙ったりはしない。折角仲良しの友達と一緒なのだから、雑談をするのは当然の流れである。
「明日ね、水着を見に行きたいの」
「水着?」
「うん。虚露ちゃんは一緒に海に行くか分からないみたいだけど……どっちにしろ、私、スクール水着しかないから。新しいの買おうと思って。っていうか、そのためにお金溜めてたから金欠なんだけどね」
なんと。お金を溜めていたのか。っていうか、連日の飲食といい、どっからお金を捻出しているんだ? お小遣いが多すぎないか?
「だからね、虚露ちゃんも一緒に来て、選ぶの手伝って欲しいの」
「私が……?」
結の頼みは、水着選びを手伝って欲しいというもの。確かに、一人で選ぶよりはずっといいだろう。彼女は極度の男嫌いで男友達はいない。親しい友達もそんなに多くないから、協力してくれそうなのは、虚露以外には姉くらいだろう。そしてその姉は、呈を伴ってくる可能性が高い。……そう考えると、虚露に頼むのは妥当だな。適当かは知らんが。
「駄目?」
「い、いいけど……」
頼まれれば断れないが、正直な話、虚露は自信がなかった。彼女は結と同じで、水着など、生まれてこの方スクール水着しか着たことがないのだ。水着選びの基準なんて、分かるはずもない。
「ほんと!? ありがと!」
しかし、そんなことに結が気づくはずもない。彼女はただ、虚露が頷いてくれたことを喜ぶだけだった。
「じゃあ、明日ね。後でメールするから」
「う、うん……」
そこまで話が進んで、二人は別れた。そして、虚露は気づく。とても重大なことに。
「あ……アドレス、教えてない」
なんと、虚露は結にメールアドレスを教えてなかったのだ。これでは、いくら待っても連絡は来ないだろう。
「どうしよう……?」
今すぐ追いかけるべきなのだが、結の姿は既になく、また彼女の家も知らないので、追いかけようがない。走るのは得意じゃないし、全力で走っても追いつけないだろう。それ故に、虚露は硬直してしまった。
「鹿山、おっひさー」
「……!?」
すると、後方から声を掛けられた。やたらと馴れ馴れしい口調で、同年代の少年が話しかけてきたのだ。
「よっ、久しぶり。元気にしてたか?」
「っ……!」
虚露は少年たち―――少年は二人組みだった―――の顔を見て、息を呑んだ。……何せ、彼は虚露にとって、とても因縁の深い人物たちだったのだから。
「ははっ、相変わらず地味なカッコしてるなぁ~。折角のJKだってのによぉ~」
最初に話しかけてきた少年が、軽薄そうな態度で虚露の肩に触れる。が、彼女の体が大きく震えて、その手を払ってしまう。
「……なあに、まだ俺たちのこと怒ってんの? そりゃさあ、あんときは色々あったけどさぁ、もうずっと前のことじゃん? いい加減、仲良くしようぜ?」
虚露の緊張を分かった上で、少年はなおも彼女の体に触れてくる。こいつ、一体何なんだ? セクハラの常習犯か?
「……」
そんな少年に、虚露はただ、縮こまっていることしか出来なかった。




