「ゴ、ゴミのようだなんてっ……! はぁはぁ……!」
◇
……翌日。
「ご主人様。どうしたのですか?」
「ん? ああ……いや、なんでもない」
「そうですか」
昼休み。いつものように昼食を取っていた二人。契は、主の様子がいつもと違うことに気づいた。だが、呈はそれを適当に誤魔化す。
「……契」
「んっぐ……はい、何でしょうか、ご主人様」
名前を呼ばれ、契は口の中にある食べ物を一気に咀嚼して返事する。所要時間、コンマ一秒。……そんなに早く飲み込んだら、体に悪くないか?
「お前、昨日言ったよな? 俺が、アニメの主人公みたいだって」
「はい。ご主人様は私にとって、アニメの主人公よりもかっこ良くて、誰よりも忠誠を誓った相手です」
「……」
いつも通りの、純真で、盲目的な契の言葉。しかし、それに照れるほど、呈は可愛らしい性格をしていなかった。
「だが、俺は今でも、お前をゴミのように思っているぞ。それでも構わないのか?」
「ゴ、ゴミのようだなんてっ……! はぁはぁ……!」
「……悪い、俺が馬鹿だった」
ペットの変態性を再確認して、呈は安堵と後悔と疲労が入り混じった声を漏らしたのだった。
……その頃、一年生の教室では。
「とにかくねっ! お姉ちゃんはお人好しなのよっ! だから、あんなゴミ虫にホイホイついていくのっ!」
「う、うん……」
昼休みの教室にて。結は虚露と机を合わせ、一緒に昼食を取っていた。尤も、結は食事中にも関わらず愚痴を零しまくり、虚露はそれに付き合わされていたのだが。
「そりゃ、ちゃんとお姉ちゃんを助けたりとか、認めるべきところはあるかもしれないけど……でも、それにしたって気を許しすぎなのよっ! 本質はただの汚らわしい害虫なんだからっ!」
結の話を聞いて、虚露は一つだけ確信した。彼女の姉―――契が、自分と似たような目に遭っていたのだと。それがどの程度のものかは分からないが、彼女の様子だと、然程酷いことにはなっていないだろう、とも。
「……それで、鹿山さんはどんな仕打ちを受けてるの? あ、勿論、差し支えなければ、だけど」
しかし、急に向けられたその問いに、虚露は相槌を打つことさえ躊躇った。……そもそも結は、虚露が呈に虐げられていると思っているのだ。しかし実際は、虚露は呈に助けてもらって、今はそのお礼も兼ねて自分の特技を生かしているに過ぎない。とはいえ、それを説明するには、自分の過去も話さなければならない。それは、虚露にとってハードルが高すぎるのだ。
「……そっか。そうだよね。あのゴキブリ男だもんね。人には言えないようなことをしてるに決まってるよね」
その沈黙を、結は都合のいいように解釈したようだ。これ以上入り込まれないのは虚露にとっても好都合だったので、間違いを訂正するつもりもなかった。……誤解されたままなのは心苦しかったが。
「でも安心してっ! 私が絶対、鹿山さんを助け出してみせるからっ!」
「う、うん……」
それでも、この勘違いは早めに解くべきではないかと思う虚露であった。
◇
……放課後。
「というわけで、「打倒☆益田呈ぷろじぇくと! 第一回作戦会議~女の敵は地獄行き お姉ちゃんは私のもの~」スタートッ!」
学校の食堂にて。人気がなく閑散としたこの場所で、結と虚露は(ネーミングが壊滅的な)作戦会議を始めた。……まあ、余所で騒ぐよりかはいいか。
「え、えっと……」
そろそろ結の強引さに慣れてきた虚露だが、さすがにこの展開(というかネーミング)にはついていけてない様子。
「早速だけど、鹿山さん。あいつの情報を頂戴。敵を知り己を知れば、百戦危うからずって言うし」
要するに、虚露から呈の情報を聞き出すだけか。それだけのために、態々放課後の時間を潰すとは……存外暇なんだな。
「え、えっと……」
とはいえ、虚露に話せることはあまりない。大きな恩があって、その後も接点があるとはいえ、彼個人のことは殆ど知っていないのだ。
「何でもいいの。趣味とか、癖とか、些細なことでもいいから」
「え、えっと……」
それでも、必死な形相で食い下がってくる結に、そんなことは言えない。となれば、虚露は記憶を掘り起こして、彼に冠する情報を思い出すしかなかった。
「……す」
「す?」
「好きな、アニメのタイトルなら……」
「それだぁ!」
ようやく思い出した内容に、結は思いの他食いついた。……それを知って、どうするのだろうか?
「えっと……「ドキどきっ!」と」
「うんうん」
虚露が挙げていくタイトルを、結は真面目にメモっていく。因みに今のはラブコメアニメだ。
「「世紀末物語」と」
「ふむふむ」
「「隣の妹はよく人食う妹だ」と」
「……え?」
「「日本崩壊トリ・モロス」と」
「……」
「「俺の妹が記憶喪失で俺のことが分からなくなった。誰か至急理由を教えてくれ」と」
「……なんで、そんなタイトルばっかりなの?」
次々と挙げられるタイトルに、結はげんなりとした。……確かに、昨今のアニメタイトルには、突っ込み所満載なものも多々あるが。
「……まあ、貴重な情報だから、選り好みは出来ないか」
軽いカルチャーショックをどうにか抑え込み、結はタイトルを全部記録した。……役に立つのか? 無駄になるだけだと思うんだが。
「となれば、その作品の関連グッズを使って罠に掛けて……」
しかし、結は諦めない。一見無意味な情報でも、それを生かして目的を達成する。その情熱を別のところに生かせよ、という突っ込みは止めてあげよう。可哀想だから。
「え、えっと……」
そして虚露は、用が済んだならもう帰りたいと思った。
……その頃、呈たちは。
「……」
「ご主人様? どうしたんですか?」
「……いや、なんでもない。どこかで噂されていそうだなと思っただけだ」
「はぁ……」
いつもの如く、呈の自宅にて。呈が急に呆けたのを、契が不思議そうに眺めていた。理由は気のせい……ではないのだが、彼らにそれを知る由はなかった。
「それで、だ。前々から言わなければと思っていたんだがな」
「はい」
とりあえず復帰したので、話を再開する二人。何か、大切なことを話していたのか。
「自分の妹を巻き込もうとするな」
「はい?」
呈の言葉に、契は首を傾げた。呈はそれも予測していたので、更に言葉を重ねる。
「自分の性癖に妹を巻き込むな。俺はもう、お前一人で手一杯なんだ。妹の面倒までは見切れない」
それは、ことあるごとに結を巻き込もうとする契に対しての、苦情交じりの命令だった。呈に絶対服従を誓っている契であれば、この命令には逆らえないはず。……今までにも逆らってきたような気もするけど、ここまでちゃんと命じれば無視できないはずだ。
「……分かりました。非常に残念ですが、ご主人様のご命令であれば、従います」
契は案の定、呈に逆らえなかった。……しかし、いつもなら嬉々として命令を受け入れている彼女にしては珍しく、本気で残念がっていた。どんだけ妹を巻き込みたいんだよ?
「……ふぅ」
ともかく、これで厄介ごとが一つ減ったと、安堵する呈であった。




