「……この人、ご主人様みたいで、かっこいいです」
◇
……その頃、帰宅した契は。
「ただいまー」
「あ、お姉ちゃん。おかえり」
帰宅した姉を、妹の結が出迎える。言っておくが、別に待ち伏せしてたわけではないからな。ただ、偶然通りかかっただけだ。
「……もしかして、あいつのところ?」
「うん? ご主人様のところにいただけだよ?」
「……はぁ」
契と呈の関係について、結はあまり口出ししなくなってきた。自分の浅墓さを思い知ったこと、呈が契をちゃんと守っていることが絡んでいるのだろうか?
「あ、もしかして、結もご主人様に調教してもらいたいの?」
「違うってばっ!」
しかし、契のほうは相変わらずだった。いや、結の態度が軟化しているから、余計に積極的になっている気がする。
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮じゃないってばっ!」
そんなこんなで、最近ではこのやり取りが姉妹の間で恒例と化している。契が帰宅するたびに、このコントが発生するのだ。
「あ、そういえば。結、鹿山さんって知ってる?」
お約束の儀式も終わったところで、契は今日会った少女のことを思い出していた。虚露は呈の後輩、つまり自分よりも年下のはずだ。学年は聞いていなかったが、自分が二年生なので、もしかしたら同じ学校の一年生、つまり結の同級生かもしれなかった。そう思って、妹に尋ねてみたのだった。
「鹿山さん? 席が隣だけど、どうして?」
「ご主人様の専属エンジニアなんだって」
「専属エンジニア?」
契は結に、虚露のことを話した。呈のパソコンや家電の面倒を見ていることなどを一通り。ただし、呈に助けられたという事実は伏せて。彼女もさすがに、軽々しく口にしていい事情ではないと理解していたのだ。
「……あいつ、お姉ちゃんだけじゃなくて、他の女の子にもそんなことしてるの?」
そのため、結が妙な勘違いをしたとしても、致し方ないことだろう。そもそも、彼女が呈のことを認めたのは、彼が契を守ったからだ。彼の人間性を認めたわけではないし、姉との関係を容認したわけでもない。新たに問題が発覚すれば、不信感は一気に増すのだ。
「私みたいに調教して頂いてるわけじゃないみたいだけど、きっとご主人様から頼りにされてるんだと思うよ」
契の言葉も、結には届いていない。無言で何かを考えているのだ。……これは、また暴走しそうだな。
「……よし、いけるかも」
「え?」
そして、そんな確信めいた呟きに、契はぽかんとしながら声を上げた。しかし、結は姉の様子には気づかず、そのままどこかへと行ってしまった。
「変な結」
契は、妹の異変に対して、特に疑問を抱かなかったようだ。……何もないといいが。
◇
……翌朝。
「ねえ、鹿山さん」
「な、何……?」
一年生の教室にて。結は、隣の席に座る虚露へ声を掛けた。一方の虚露は、突然コンタクトしてきた級友に戸惑っているようだ。席が近くとも話す機会は殆どなかったわけだし、当然の反応か。
「ちょっと、話があるんだけど。放課後、暇?」
「う、うん……」
やや高圧的な(これでも本人は柔和なつもり)態度で、放課後にアポイントメントを取り付ける結。さて、どうするのやら。
◇
……放課後。
「あ、このドーナツおいしい」
「……」
二人は話をするため、近所にあるドーナツ屋に来ていた。代金は結持ちだが、虚露は全然口をつけていない。食欲がないのか、好みじゃないのか、それとも気が乗らないのか。
「あのさ」
「う、うん……」
それでも手を伸ばそうとした矢先、結の話が始まった。なんて間の悪い……。
「鹿山さん、益田って二年生に脅迫されてるの?」
「……え?」
結の問い掛けに、虚露は頭の上に疑問符を浮かべる他なかった。虚露が呈の専属エンジニアをしているのは彼女のほうに恩義があるからで、別に脅されているわけではないのだが。彼女の脳内では、呈に従う人間全てが脅迫されていることになっているのか。
「うちのお姉ちゃんもね、あのゴミ男に脅迫……じゃないと思うけど、とにかく色々とあれな目に遭ってるの」
「……」
そこで虚露は、ようやく、昨日やって来た客人の名前を思い出していた。犬飼―――つまり、目の前にいる級友と同じ名字。
「だからね」
「……!」
すると結は、ぐいっと身を乗り出して、虚露に顔を近づける。
「あのゴミ男から逃れたいでしょ? 私も出来るだけ協力するから。何か困ったことがあったら、遠慮なく言って」
「う、うん……」
結の言葉は、純粋に虚露のことを思って出たもの。虚露もそれに気づいたので、余計なお世話ではあるものの、そう頷くしかないのだった。
……その頃、呈は。
「はわわ……!」
呈の自宅にて。彼はリビングで、契と一緒にアニメを見ていた。録り溜めした深夜アニメを消化しているのだ。……今見ているのは、中世を舞台とした戦記物。賊が町に侵入し、人々を襲ったり略奪を繰り返しているシーンだ。
「はぁ……! はぁ……!」
そんなシーンを見て、契は興奮していた。ハラハラドキドキしているのか、それとも町人たちを自分に重ね合せているのか。……まあ、実際に襲われるのは嫌みたいだから、多分前者だろう。そう思いたい。
「毎度毎度、ゴミ野朗ばかりが潰す側ってのが気に入らないな」
対して呈は、悪者が弱者から奪い続ける展開に嫌気が差している模様。彼の場合、これとは真逆のことをしているのだからな。屑共を容赦なく叩きのめしている。……ある意味、呈も悪者じゃないのか? などという突っ込みは受け付けないので悪しからず。
「あっ……!」
すると今度は、主人公の登場シーン。賊共を剣で切り伏せ、あっという間に全滅させてしまう。
「……この人、ご主人様みたいで、かっこいいです」
「俺か?」
「はい。ご主人様も、私を助けて下さいました」
「……」
契の言葉に、呈は目線を逸らした。……彼女の気持ちが純粋すぎて、正面から受け止められないのだ。
「これからも、よろしくお願いしますね、ご主人様」
「……ああ」
だから、そう返すのがやっとであった。
◇
……一時間後。
「それでは、また明日」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「はい、ご主人様」
アニメ鑑賞を終えて。帰宅する契を見送って、呈は玄関の扉を閉めた。そしてそのまま、自室へと引き篭もる。
「……ふぅ」
ベッドに寝転がり、溜息を吐く。そうして、全身の力を抜くのだ。
「……契の奴、変なこと言いやがって」
すると必然、独り言も多くなる。特に今日は、契の言動で気を乱されたのだ。……尤も、それはいつものことかもしれないが。
「……俺がお前を助けるのは、お前が俺の「物」だからだぞ? 分かっているのか?」
意味のない自問自答。答えの出た設問を、何度も繰り返す。……彼女は、呈の所有物であることを望んでいる。それ故に、「所有物に対する執着」は、彼女を喜ばせる要因にしかならないのだ。
「……ったく」
だから、呈は独り言を打ち切って、惰眠を貪ることにしたのだった。問題は何一つ解決していない。それどころか、問題自体が何なのかも良く分からないままに。




