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女の子(ペット)を飼います  作者: 恵/.
第二話 専属エンジニアです
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「わうっ!」


 ……そして、残された虚露は。


「……」

 空になったグラスを片付けながら、虚露は呈の言っていたことを考えていた。……過去の忌まわしい記憶。そこから脱却し、決別したはずなのに、自分は何も変わらなくて。しかも、また同じことが起こるかもしれない。そう考えただけで、彼女の心は軋みを上げた。

「……っ」

 グラスを片付けると、虚露は壁の襖を開けて、押入れの中に潜り込んだ。狭いこの部屋で唯一の収納スペースであるが、それと同時に虚露の寝室でもある。嫌なことがあった日は、ここに篭るのが常となっている。

「……」

 虚露は決して多弁ではない。寧ろ、相当無口だ。独り言もあまり言わない。それ故に、色々と抱え込んでしまい、心が押し潰されることも少なくない。……男たちの行為から逃れられなかったのも、こんな狭いアパートで一人暮らしをしているのも、その性格が原因だと自覚している。しかし、分かっていても改善は出来ない。最早、それが彼女自身のアイデンティティにすらなっているのだから。

「……」

 故に、虚露は眠る。深い眠りで、心を落ち着かせるしかないのだ。



 ……さて、呈たちは。


「ご主人様。さっきの荷物は何だったんですか?」

 帰り道。契は、主が受け取った物が気になるらしく、呈にそう尋ねていた。

「ん? ああ、ノートパソコンだ」

「パソコンですか?」

「あいつに作ってもらったんだ。出来合いのだと、最新のOSしか入ってないからな。あれは使い勝手が悪いと評判だから、極力使いたくない。そういう我侭も実現してくれるから、あいつに頼むのが一番さ」

 説明されるが、パソコンに疎い契はあまり理解できなかった。とりあえず、新しいパソコンを用意してもらったことだけは分かったので、それで納得することにしたが。

「さてと……帰るか」

「はい」

 契を引き連れ、いつもの道を行く呈。彼らの一日は、まだまだこれからだ。



  ◇



「わんっ!」

 呈が帰宅し、ついて来た契の調教に入った。本日のプレイは、契の希望で飼い犬ごっこ。……まあ、大抵、調教の内容は契の希望なのだが。

「はっ、はっ、はっ……」

 犬耳と犬のしっぽを着用した契は、首輪(前にプレゼントされたネックレスではなく、本物の首輪)をつけて、鎖で繋がれていた。ばっちり飼い犬扱いで、ご満悦のようだ。……実は、より飼い犬らしくするために服を脱ごうとしていたのだが、最近の飼い犬は服を着ているという呈の説得で思い留まったという一幕もあったのだが。

「ほら、餌だ。食え」

「わうっ!」

 契の前に差し出されたのは、餌皿に入った、ドッグフード―――に見えるクッキーだ。態々このために買ってきた。食べ物で遊んでいるようにしか見えないが。

「待て」

「わんっ!」

 しかし、ただ犬の格好でお菓子を食べるだけではない。ちゃんと躾けもしなくては、調教らしくない。そのため、呈は契にも躾けをしていた。……うん、契にとってはご褒美そのものだな。

「よし、食え」

「わうっ!」

 許しが出て、契は何の躊躇もなく、餌皿に顔を突っ込んだ。つけている耳やしっぽが、嬉しそうに動いている……ように見える。無論、ただのおもちゃなので、そんな機能はない。ただの幻覚だ。

「わうっ!」

「うまかったか?」

「わんっ!」

 餌を食べ終わり、契が「お座り」のポーズで、何かを待っている。それを察して、呈は彼女の頭を撫でてやった。

「くぅ~ん!」

 主に撫でてもらい、契は気持ち良さそうに目を細めた。……これはこれで、当初の愛玩動物というポジション通りだな。当人たちもすっかり忘れていそうだが。

「さて、次はどうするか」

 契の犬っぷりがあまりにも凄くて、呈はどことなく癒されてきた。アニマルセラピーという奴か。

「お手」

「わうっ!」

 とりあえず、契に芸を仕込むことにした。……最近になって、この関係もようやくウィンウィンになってきたな。契だけが喜ぶのではなく、呈もこの関係をそれなりに楽しんでいるみたいだ。

「お座り」

「わうっ!」

 ……暫く、二人っきりにしておくか。



  ◇



「今日の調教、一段と気持ち良かったです」

 犬ごっこを終えて。契は満面の笑みを主に向けた。今日のプレイは彼女のドM心を十分に満たすものであったため、契もこの上なく喜んでいるのだろう。

「出来れば動物虐待プレイも欲しいところだったのですが―――」

「止めろ。動物を屠るのは趣味じゃない」

「ということなので、我慢します」

 暴行、陵辱、猟奇的な傷害、何でもござれな契の要求は、さすがの呈も応えきれない。彼女もそれを理解しているのか、本気でしてもらおうとは思っていないようだ。

「それではご主人様。また明日です」

「ああ。気をつけて帰れよ」

 そういうわけで、帰宅する契を見送る呈。もう少し暗くなっていたら送っていくのだが、今はまだ明るいのでそこまでしない。先日のようなことがあったとはいえ、あまり過保護なことはしたくないのだ。幸い、契の帰宅ルートは人通りがそれなりに多い。そうそう危ない目には遭わないだろう。



「……ふぅ」

 契が帰り、呈は一人溜息を吐いていた。……どうにもあの事件以来、呈は契に対して甘くなっていた。彼女を失ってしまいそうで、前よりも契の要求に応えている。それほどまでに、彼女が呈の心を占有している―――などということは、絶対にないのだが。

「どうにも、捨てられない性分は変えられないな」

 呈はキッチンに行くと、冷蔵庫の扉を開く。そこには、麦茶の入ったペットボトルが沢山並んでいた。その数、およそ七本。

「……どうするか、これ」

 実はこれ、冷蔵庫に入れたのは二週間前である。しかし、彼は中身を捨てられずにいる。「捨てる」という行為自体を忌避しているのだ。

「もうさすがに腐ってそうだし、そうでなくても口をつける勇気はない……」

 因みに、容器となっているペットボトルは、前に購入した飲料のものだ。ペットボトル飲料を買うと、中身を飲み干しても、容器を捨てられずに家で使ってしまうのだ。―――このように、呈は物を捨てられない。捨てることが出来ないのだ。それはつまり、何かを失いたくないという意味でもある。

「……契に毒見させるか?」

 麦茶の処理方法を考えながら、呈は扉を閉めた。……それにしても、彼は何故、ここまで失うことを恐れているのか? 何かトラウマでもあるのだろうか?

「……契。お前は、絶対に」

 呈は呟きかけて、途中で首を振り、独り言を中断した。それ以上を口にしてしまえば、彼にとって面白くないことになる。自分でも、それが分かっているのだ。

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