「い、嫌……来ないでっ!」
……さて、契はまだ無事なのか。
「い、嫌……来ないでっ!」
契の声が神社に響き渡る。まだ無事のようだが、彼女は少年たちに囲まれ、本格的に危ない状況だ。
「へへっ。あの益田の女だって思うと、余計に燃えてくるぜ」
「全くだ。あのときの恨みを存分に晴らさないとな」
少年たちは、契を取り囲んでテンションが上がっていた。どうやら、彼女が呈の関係者(彼らは恋人か何かと勘違いしていた模様)だと知って、益々舞い上がっているらしい。……呈が懲らしめた下衆共だからだろうか。
「おい、どうするよ?」
「とりあえずひん剥いちまえよ」
日頃持て余した性欲と、ある男への恨み。それを一挙に解消できるとあって、少年たちは鼻息荒く、契へと手を伸ばした。
「嫌っ……! 来ないでっ……!」
必死の抵抗も虚しく、契は両腕を少年たちに掴まれてしまう。……万事休すか? っていうか、契のドMって、こういう場面では発揮されないんだな。
「……ほぅ」
だが、そこで時間が停止した。否、時間が停止したような、錯覚に陥ったのだ。場の空気が凍りつき、皆動きを止めた。……ただ一人の例外を除いて。
「……ご主人様?」
契は、声のした方向に顔を向ける。そこには少年たちが立ちはだかっていたが、その隙間から見えた。―――彼女の主である、呈の姿が。
「なるほどな……やはり、殺しておくべきだったか」
「……っ!?」
ぞくり。背筋に奔った悪寒に、契は言い知れぬ快楽を、少年たちは恐怖を、それぞれ感じていた。……呈から放たれた殺気に、人間の本能が反応しているのだ。
「そいつが俺の「物」だってことを理解した上での所業というのなら―――お前ら、この世を去る覚悟は出来てるんだろうな?」
この場にいる、呈以外の全員が、強烈な殺気に当てられて失禁しそうになっていた。契は快感故に、残りは死を予感して。……この殺気は、言うまでもなく少年たちに向けたもので、契はその対象ではない。だが、そんな彼女ですら、これは「最高だった」。もしも契が異常性癖者でなければ、再起不能なほどの精神的ダメージを受けていただろう。
「安心しろ。覚悟してるなら殺す。してないなら、存在を消す。最低でも、生きてることを悔やませてやる」
そして、呈は一歩、前へ踏み出した。ゆっくりと、一歩ずつ、少年たちに近づいていく。……まるで、死神が魂を狩るために、緩やかに接近しているかのように。
「……ひ」
最初に声を上げたのは、呈に最も近い位置にいた少年。情けない悲鳴を上げようとして、しかしそれは最後まで紡げなかった。
「がっ……!」
まるでそれを防ぐかの如く、呈がその少年の前に急接近。そのまま彼の頭を掴み、地面に倒した。
「ぐはっ……!」
更にその頭を、呈は全力で踏みつけた。比較的軟らかい地面に、少年の頭が、僅かにのめり込む。
「……」
「……う、うわぁーーー!」
呈の瞳が、次なる獲物を求めて彷徨う。そんな彼に対して、少年たちが取った行動は二つ。恐怖で足が竦んで何も出来ないか、パニックになって呈に襲い掛かるか。
「ごふっ……!」
「がはっ……!」
だが、それはどちらも無意味だった。後者は速攻で地面に捻じ伏せられ、前者もすぐに同じ運命を辿るのだから。
「や、止めろ、止めてくれっ……!」
仲間が次々と断罪されていく様を目の当たりにして、リーダーの少年は、命乞いをするように、そう叫びだした。
「……お前か」
「ひぃっ……!」
リーダーは呈と顔見知りらしい。呈の顔を見て、尻餅をついて怯えている。
「確か、お前に言ったと思うんだが。次は本気でぶっ殺すと」
「ち、違うんだ……! 俺はただ、こいつに命じられて―――」
「何か勘違いしてるだろ」
リーダーが谷口に責任転嫁しようとするが、それは呈に封じられてしまう。
「お前はゴミだ。ゴミに生きる権利などない。それを態々生かしてやったのに、また俺の前に現れて、しかも俺の物に手を出したんだ。殺されても文句は言えまい」
呈の一方的な言い分に、リーダーは抗議することは出来なかった。そんな暇もなく、胸倉を掴まれ、そのまま地面に頭を縫い付けられてしまったのだ。
「……」
「な、何なんだよっ……!?」
そして、呈が最後に目を向けたのは、今回の首謀者―――谷口だった。
「ぼ、僕にもこんなことをするつもりか……? そ、そんなことしたら、僕の両親が黙ってないぞ……! 親は弁護士なんだ……! お前なんか、殺人罪で訴えてやるっ……!」
この状況で虚勢が張れるだけ、谷口の精神はそこそこ強い―――鈍感とも言う―――のだろう。因みに、少年たちはまだ死んでないから、殺人罪は適用されない。後、自分が殺されたとすれば、その後で弁護士が出てきても手遅れだ。
「お前、馬鹿だろ?」
だが、呈がこの言葉を口にしたのは、もっと違う理由からだ。
「殺人がどういう字を書くのか知らないのか? 「人を殺す」、故に殺人だ」
しかし、これだけでは、呈の言い分は分からない。本人もそれに気づいているのか、すぐに補足説明をする。
「お前は、ゴミだ。害虫だ。害虫を殺しても殺人にはならない。それともお前は、ゴキブリを殺したら罪になるとでも思っているのか?」
奇しくも、谷口が呈を非難する際に遣った言葉で。呈は、谷口に対する処刑宣言を行った。
「そもそも、お前に生きる権利などない。俺はお前の生存を許していない。だから死ね。俺の許可なく、勝手にこの世に存在するな」
それは理不尽な暴言で。それと同時に、呈の怒りがどれほどのものか、よく分かる。自分のものを他人に触られたくない。独占欲とも、支配欲とも違う。マニアが自分のコレクションをガラスケースに仕舞い込むのとも違う、何か。それが、今の彼を駆り立てていた。
「生まれてきたことを、そして今まで生きてきたことを後悔して、死ね」
谷口は、悲鳴を上げるこも出来なかった。呈は彼の頭を掴み、地面に勢いよく叩きつける。そして彼の頭を、力強く踏みつけた。
「呻くな」
しかも、それだけでは飽き足らず、足を更に押し付けていく。つまり、谷口の顔面が地面に沈んでいくのだ。彼は眼鏡を掛けているのだが、レンズが割れて目を傷つけてしまっても構わないという風に。それ以前に、言葉の通り、死んでしまってもいい。寧ろ死んでくれという感じだ。
「……もう二度と、生まれてくるんじゃねぇぞ」
ついでに来世すらも否定して、呈は、動かなくなった谷口に背を向ける。そして契の傍に来ると、彼女のほうをちらりと見て、行為が未遂であることを確認した。
「……行くぞ」
「はぁ……はぁ……。はい、ご主人様ぁ~……」
その契といえば。呈の暴力的な行動に興奮(恐怖、ではない)しながらも、彼の後について行く。襲われかけたことによって、心に傷を受けた様子もない。……どうやら、この惨状を目の当たりにして興奮したため、精神が安定したようだ。恐らく、暴行されていた少年たちを自分に重ねて喜んでいたのだろう。さすがはドM。




