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女の子(ペット)を飼います  作者: 恵/.
第一話 ペット飼いました
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「―――私の、ご主人様になってください」

「―――私の、ご主人様になってください」



 それは突然だった。放課後の学校、体育館の裏。滅多に人が寄り付かないここは、アニメか漫画なら告白の定番スポットになっているだろう。少なくとも彼―――益田ますだていはそう思っていた。そんなことを考えていた矢先に、今の台詞だ。

「……とりあえず、お前は誰だ?」

 この学校の制服を着込み、学校指定の運動靴を履いた彼は、寝癖だらけの髪を掻き毟り、世界の全てを見下したかのような失望の眼差しを、眼前の少女に向けている。告白されて、何故そんな態度が取れるのか、甚だ疑問である。

「申し遅れました。私は二年C組、犬飼いぬかいちぎりと申します。本日は突然のお呼び出しと、不躾なお願いをしてしまいましたこと、何卒ご容赦下さい」

 少女―――契は、呈と同じくこの学校の制服(勿論、こちらは女子のものだが)を身につけ、艶やかな黒髪を揺らしながら、深々と頭を下げた。柔和で穏やかな物腰に、礼儀正しい立ち振る舞い。それだけを見れば、今時珍しい大和撫子と言えるだろう。

「いや、それはいいんだが……」

 呈がそう言うと、契はゆっくりと顔を上げる。すると呈は、彼女の姿を―――というか体を、舐め回す様に観察した。……手入れの行き届いた美しい黒髪は、腰よりも下に届くほど長い。身長はやや低いが、女子の平均とはあまり変わらないだろう。全体的にたおやかな体つきで、慎ましく控え目な胸といい、引き締まったウェストといい、スカートから覗くか細い脚といい、本当に日本人らしい。着物がよく似合いそうだ、と思った。黒髪と言動にも、和服はぴったりだろう。呈はそういう感想を抱いた。

「―――で? さっきはなんて言った?」

「はい。益田呈様、私のご主人様になってください」

 同年代の子に比べれば幾分端正な顔で、それもとびきりの笑顔で、契はそうのたまった。先程と同じ言葉を。

「……」

 自分の耳が正常だと―――さっきの台詞が聞き間違いでないと確認した呈は、無言で頭を抱えた。当然だ。美少女というほどでもないとはいえ、それなりに見目麗しい女の子から突然そんなことを頼まれて、はいそうですかと頷ける奴はそういまい。

「……一応聞いておくが、どうして俺なんだ?」

 だからといって、このまま放置という選択は出来ない。それはそれで怖いのだ。だからこそ、とにかく事情を聞くことにした呈。もしかしたら、何か重大な齟齬、或いは致し方のない理由があるのかもしれないし。仲間内での罰ゲームとかか一番あり得るか。

「はい。―――そう、あれはつい先日。私たちが二年生に上がってすぐの頃でした。移動教室のために廊下を移動していると、背筋に何かが奔りました。それはまるで電流のようで、体の芯を焼かれるような、強烈な何か……そう、快感が、全身を支配したのです。それが一体何だったのか、そのときはまだ分かりませんでした。ですが、そのようなことが何度も続いたのです。そしてその度に、私の体は疼き、更なる刺激を求めていきます。そうしてようやく、私は辿り着きました―――益田呈様、貴方様に」

「……おい」

 その話を聞いて、呈は合点がいった。心当たりがあったのだ。彼の所属するA組と、彼女の所属するC組は、水曜日の一コマだけ、それぞれ移動教室がある。移動先が違うため、擦れ違うことはないのだが……移動するC組の生徒を、呈は度々、遠目に「見ていた」のだ。理由は特にない。強いて言うなら、視界に入ったからだ。方向は違えど、教室は近くにあるので、目を向ければ十分に相手を認識できる距離だ。そして、他人の気配に人一倍敏感な呈は、「特殊」な視線を彼女―――契に、無意識の内に向けてしまっていたのだ。

「実を言うと、それ以前にも、一年生のときも何度か感じていたのですが……そのときはまだ、それほどはっきりと意識していませんでした。それが二年生になってからは、明確に感知できました。移動のときだけではありません。極稀にですが、登下校のときにも感じたのです。そして、その度に私は周囲を見回し、何が原因なのかを確かめました。最初は何も分かりませんでしたが、やがて、ある共通点に気づいたのです。……そう。毎回、必ず同じ顔がその場にいること。それが貴方様だったのです」

 同じ学校なので、「目にする」機会はそれなりにあった。一年生のときは教室が離れていたので頻度は低かったが、互いの教室が近い今ではそうでもない。校内で「見かける」ことも多いだろう。……故に、彼女はこうなってしまったのだ。

「そして今、この場に立って確信しました。―――この視線。人を見下したようなこの視線こそ、私が求めていたものですっ! あぁっ! なんて冷酷で無慈悲な視線なんでしょうかっ! こんなに濃密で苛烈な悪意を孕んだ視線を浴びていれば、このまま体が蕩けてしまいますぅ~!」

 そして自らの身を抱き、恍惚とした笑みを浮かべて、くねくねと身悶える契。そこには、先程までの大和撫子はいなかった。っていうかちょっと気色悪い。いや、かなり気持ち悪い。

「……」

「あぁっ! これですっ! この視線ですっ! もっと蔑んで下さいっ! ゴミを見る様に、害虫を見る様に、徹底的に見下して下さいぃ~!」

 目の前にいる少女に対して当然の感情を向けた呈だったが、それが逆効果だと分かり、彼は静かに目を伏せた。

「はぁ……、はぁ……、はぁ……。あ、危うく、視線だけで絶頂するところでした……」

 呈の視線が消えた途端、契は息も絶え絶えといった風でそう漏らした。……やばい、この子。思った以上の変態だ。

「……俺が選ばれた理由は分かった。お前の特殊性癖もな。だが、その申し出は受け入れられない」

 契が落ち着いてから、呈は彼女にそう告げた。それは常識的な対応であったが、生憎相手は非常識な少女、それで引き下がることはなかった。

「そうですか……その冷たさには少々興奮してしまいましたが、仕方ありません。それでは、今日から貴方様のストーカーになります」

「は……?」

 契の切り返しに、呈は初めて、「フリーズ」というのを体験した。それも、パソコンではなく、自身の頭で。

「貴方様に、学校だけでなく私生活でも付き纏い、その憎悪に満ちた視線を向けて頂くのです。或いは無視しても良し。放置プレイもいけちゃいます。最悪通報されて一生刑務所でも、それだけ貴方様に憎んで頂けたと思えば、残りの人生はさぞかし華やかになることでしょうっ!」

「……」

 彼女の意図を理解し、呈は顔を顰めた。つまり契は、呈に構って貰いたいのだ。いや、正確には構ってちゃんですらない。呈から向けられるものが何であれ、例えそれが無関心であれ、彼女はそれだけで満足してしまう。彼から負の感情を浴びることが、契の目的なのだ。……変態だけでなく、ちょっぴりヤンデレ入ってる気がする。ほんと、救いようのない変態だ。

「あぁっ! 想像しただけでまた興奮してしまいましたっ! はぁ……、はぁ……」

 おまけに契は、自分の妄想で勝手に盛り上がってるし。……救いようのない変態、という称号でも与えるべきか?

「……分かった。そこまで言うのなら、お前の提案を受け入れてやる」

「本当ですかっ!?」

「あ、ああ……」

「ありがとうございますっ! これからはご主人様ためだけに生きていきますねっ!」

 さすがにストーカーは勘弁して欲しいと、呈は渋々契の要求を受容した。すると契は、まるで神を崇拝するかのように、呈の前に跪いて、手を合わせ始めた。……その必死さに、呈は前言を撤回したくなった。

「それで、私はご主人様の何になれば宜しいのでしょうか? 従者ですか? 奴隷ですか? 下僕ですか? 手下ですか? パシリですか? 犬ですか? 物ですか? ご主人様のためなら何でもしますっ! 喜んで踏まれますっ! 殴られますっ! 貢ぎますっ! 排泄物も喜んで食べますっ! 勿論死ねますっ! あ、靴を舐めてもいいですか?」

「ちょっと落ち着け」

 暴走を始めた契を、呈はそう遮る。……どうやら彼女は、過度の被虐趣味、服従癖があるらしい。呈を主と認めたことで、彼のために全てを捧げ、彼のために生きる存在へと成り果てたのだ。彼女にとって、主への隷属は生きる意義そのものであり、主から齎されるものは全てが褒美なのだろう。……救いようのない変態から、次元の違う変態にランクアップするべきでは?

「……とりあえず、お前の身分を決めてやる」

 暴走気味な契を抑えるためにも、まずは彼女の立場をはっきりさせようとする呈。彼が主なのは確定だとしても、契の身分によって、彼女が起こす行動も大きく変わってくるのだ。その意味では、これが最優先事項かもしれない。

「……よし。お前は今日から、俺のペットだ」

「ペット、ですか?」

 そうして、呈が選んだのは「ペット」。契が「ペット」で、呈は「飼い主」というわけか。

「いいか? 今日からお前は、俺のペットだ。つまり愛玩動物だ。俺に可愛がられていればそれでいい。故に奉仕の類は一切しなくていい。基本的には、今まで通りの日常生活を送れ。ただし、俺には絶対服従。普段通りに過ごしつつも、俺に命令されれば必ずそれに従え。日常生活の意味は分かるな? 校内では学業や委員会、部活を、放課後や休日は家の都合を優先しろということだ。……ここまで、理解したか?」

「はい。普段は「人間 犬飼契」として生活しつつも、ご主人様の御前では「畜生 契」として振舞えとのご命令ですね?」

「ああ」

 呈の命令を即座に飲み込み理解する契。元々頭がよく回るほうなのだろうか。その割に、頭の螺子が緩んでるとしか思えない行動を取ってるが。

「畏まりました、ご主人様」

「……はぁ」

 とりあえず、出来る限りの対処はした。しかしながら、先が思いやられる呈であった。

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