6.First Night
次に目覚めた時は夜だった。室内は静かで誰もいない。今日は実験にも来なかったのだろう。
僕はすぐ部屋を抜け出して、彼女の元へと向かう。
彼女がいた病室にはもう何も無かった。すっかり片づけられ、白いシーツがピンと張っている。以前にまして無機質でぞっとした。
遺体が安置されるならば、霊安室か。
そう思い、僕は地下に向かった。階段を飛び降りる途中で鋭い悲鳴が聞こえた。
「いやぁぁぁぁぁ」
悲鳴は二つの声が重なっていた。一つが誰のものかは知らないが、もう一つはジェシカの声だ。
僕は速度をあげて地下一階にある霊安室の重苦しい扉を空ける。そして、立ちあがっている彼女の姿を初めて見た。
震える足で、それでもしっかり床に足をつけて、小刻みに震えた指先をじっと見つめている。
「ジェシカ」
声をかけると、ゆっくりと顔がこちらを向いた。
「あなた、スリープ?」
「そうだよ」
その蒼白さには、もう人間としての温かみはない。やたらに赤く浮き出る唇が、こわばったように口ずさむ。
「どうして? スリープ。私目が見えるの。足も動く」
「うん」
それが、吸血鬼の治癒能力。人智を超えた異質な力。
僕は全てを理解して受け入れる……つもりが、続けられた言葉に頭が真っ白になった。
「なのに。……あなたの匂いが分からない」
「なんだって?」
互いに、驚愕の表情で見つめ合う。俺を見つけ出してくれたあの嗅覚は、彼女から失われてしまっていた。
僕は震える自分を止められなかった。ガチガチと歯の根が合わず、憤りが全身を支配する。
神様。これはアンタの復讐か?
贖罪を負わせるなら、アンタの申し子を堕落させた俺にすればいいのに、彼女に代償を負わせるのか。
「私、どうなってしまったの?」
ジェシカは戸惑いを隠しきれずに僕ににじり寄る。
「僕の仲間になったんだよ。これからは、体が動かない不自由さを味わうことはない。目も見える。自由に動けるんだ」
「本当?」
彼女の頬が緩んだ。僕はそれを見ていられずに目をそらす。
「だけどもう、君の愛する神様を拝むことは出来ない」
きっと彼女の表情は変わっただろう。僕を異質なものとして見ているかもしれない。その視線を受け入れるのが僕にはひどく辛い。
「……どういうこと? スリープ」
「ごめんね、ジェシカ。ずっと教えられなかったことがある」
彼女にしたことを、僕は後悔はしていない。
なのに、胸が千切れそうに苦しい。
「僕は、吸血鬼なんだ」
「嘘っ」
「嘘じゃない。そして僕は昨夜、死にかけていた君の血を吸った」
僕の腕を掴んでいた彼女の指から力が抜ける。
「君はもう、僕の仲間だ」
崩れ落ちるように、ジェシカがしゃがみこむ。泣きはしない、言葉も発しない。俺に向けられる眼差しも、険しいものではない。
ただ、彼女は魂でも抜き取られたかのように呆然としていた。
それでも、僕はこう言う。もう一度同じ状況になったとしても、同じ結論を選ぶ。
――君を生かすためになら、僕はどんなことでもする。




