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5.Fourth Night & First Morning

 いつものように深夜の病院を移動している途中、違和感に気づいた。今日は妙に騒がしい。

 耳を澄まし会話を拾うと、どこか高速道路で事故があり急患が大量に搬入されているということのようだ。


 逆に言えば、こちらの特別病棟は手薄になるという訳だ。僕はいつもよりのんびりとジェシカの部屋へ向かった。


 ジェシカのいる病棟はいつも静まっているが、今日は特に寒気を感じるほど静かだった。扉に近寄り、彼女の声が聞こえないことに首をかしげる。いつもなら「スリープね?」と呼びかけるあの声はどうした?


 静かに扉を開けると、たくさんの機械に繋がれたジェシカが天井の方をむいた姿て横たわっていた。


「……ジェシカ?」


 彼女は気付かない。眠っている? いや、ちがう。

 傍によると、瞳は僕を捕えないものの開いているのが分かった。


「ジェ……」

「スリープなの?」


 彼女はたくさんのチューブを繋げられた体を動かずことも出来ず、鼻をヒクヒクと少し動かして悲しそうに顔をゆがめた。


「私、匂いもよく分からなくなってしまった」

「ジェシカ」


 それまで、いつも笑っていた彼女が泣いている。


「あなたが来たのが分からなかった。私にはもう何にも無くなってしまったわ? 悪い子だったのね、きっと。だから神様は私から全てを奪ってしまうんだわ」


 話すのも辛そうに顔をゆがめて君は嘆く。


 君が敬愛してやまない神様とやらは、とんだサディストだ。どれだけ君を苦しめれば気が済むというのだろう。


「悪い子なんかじゃないよ、ジェシカ、君は」


 天使みたいな可愛いいい子だ。誰よりも幸せになる資格があると思えるほど。


 ……ずっと躊躇していた。君は、神を敬愛しているから。

 吸血鬼なんて存在は大嫌いだろうって、そう思っていた。


 だけど神様が君を助けないと言うならば、僕はもう我慢なんかしない。

 僕が君を救うよ。



 白くやせ衰えた首筋に、唇で触れる。ビクリと震えた彼女は、驚いたように息を飲み目を見開く。けれどもその瞳は俺を映さずに、暗闇の中で独自の暗闇に囚われたまま。


 そのまま牙を立てると、彼女はハッとしたように呟いた。



「あ、香る。また香ったわ。あなたの匂い」

「……ヴァンパイアの香り(Vampire's scent)だよ」


 喉を通る、生温かい鮮血。

 

「Good Sleep」


 最後の言葉を、彼女は聞いただろうか。


 そのまま、彼女は意識を失った。青白い顔にはもう生気はない。

 僕は逃げるようにその部屋をでて、珍しく外にまで出た。建物の屋根を飛び回り、陶然と佇む月を見つめる。



 きっと彼女は僕達の世界へ来る。

 死の恐怖とは無縁の世界へ。


 そう仕向けたのは他ならぬ僕自身だ。この世界の無益さも無情さも理解していての暴挙だ。



 ジェシカ。僕は罪を犯したよ。

 君を神の申し子から、神に見捨てられた存在へと変化させてしまった。


 憎むかい? 嫌うかい?

 でも僕は君を生かしたかった。どんなことをしてでも。


 ねえ、ジェシカ。僕を許してくれるかい?


 人里離れた山までやって来て、体いっぱいで咆哮する。長く生きてきたがこんなに感情が爆発する夜は初めてだった。

 


 翌朝。彼女を見つけた看護婦は、持っていた体温計を落として悲鳴を上げたのだと言う。


 やせ衰えた体からは血の気が失われていて、何かがあったのだろうと言うことは一目で予測できたらしい。

 医師が駆けつけ、死亡を確認。

 首元の咬み痕に気付いた院長は、すぐに僕のところにやって来た。


「スリープ!」


 その時僕は深い眠りについていて、彼の言葉に対して反応する気分にはなれなかった。


 騒ぎ立てる彼を薄眼を開けて睨み、首根っこを掴んで牙をむけた。すると彼は僕を突き飛ばして、腰を抜かしながら逃げていく。


 うるさいんだよ。血を吸われる覚悟もないなら、僕に文句を言うなど百年早い。


 再び夢の中へ行くと、ジェシカが夜の闇の中で笑っていた。


 ジェシカ。見えるかい空が。

 ごめんね。僕の力ではこれしかできないんだ。君の望んだ朝日はもう一生見せることはかなわないだろう。


 だけどほら、夜空だって捨てたものじゃないだろう?


 夢の中のジェシカは笑って頷く。


 願望だな、と自分に苦笑する。


 彼女は吸血鬼となる自分を受け入れられるのだろうか。



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