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4.Third Night & Daytime


 それから何ヶ月と時が経った。昔は何の変化があるわけでもない時間の経過など気にしたことはなかったが、今は違う。


 僕は毎晩のようにジェシカに会いに行く。いつの間にこの時間が一番の楽しみになったのかは自分でも分からない。ただ、この時間の為に夜を待つようになったのは事実だ。


 しかし、彼女の病状は良くなるどころか悪化していた。


 以前は目が見えなくとも体は動かせていたのに、日に日に動かせる箇所が少なくなっていく。


 正式な病名を彼女は院長から聞かされてはいないらしい。ただ、『筋肉が壊れていく病気だよ』とだけ伝えられたのだと言う。元々弱かった視力が一番に失われた。院長の言葉から考えれば、目の筋肉が壊れてしまったのだろうか。体も徐々に動かせなくなっていく。


「辛いかい?」


 問いかけると、「元々上手には歩けなかったからよく分からない」と彼女は語る。


 ああだから。

 体を動かせない彼女は成長出来ず、今も小さい子供のような姿をしているのか。


 同じように考えれば、嗅覚も徐々に失われてもいいはずだった。しかし、いつまでたってもそれだけは損なわれなかった。彼女の言葉を借りれば、それは神様からの贈り物だからなんだそうだ。


「苦しい?」


 彼女が眉を潜めるたびに僕が尋ねると、「神様が守ってくださるから大丈夫よ?」と引きつった笑みを浮かべる。


 病に倒れ、家族に捨てられ、どうして笑えるのか分からない。

 どうしてジェシカはそんなに神を信じられる? 

 神様なんて、何にもしてはくれないじゃないか。



「もう疲れたろう? またね、ジェシカ」

「行ってしまうの? スリープ」

「ああ。話すだけでも疲れてしまいそうだからね」

「そう。残念。また明日来て?」

「分かってるよ。Good Sleep」


 額にかかる前髪を払って、顔を寄せてキスをする。

 良い夢を見て欲しい。せめて夢の中でだけでも、自由に動いて欲しい。


 僕は神なんか信じてない。だって吸血鬼は、人間では有らざるもの。神の意に反した生き物だから。

 それでも願わずに居られない。


 あんなにアンタを信じてる娘を、どうして不幸にするんだ。


 せめて、彼女に光を見せて。

 動けないならば景色だけでも見せてあげて。


 信じるものを救えないようなら、神様なんて辞めちまえよ、と。



 僕の個室を蛍光灯が照らす。室内を歩き回る院長の靴音も舌打ちも耳障りだった。


「また失敗か」

「また?」


 実験のために脱がされた上着を羽織る途中で思わず呟いた僕に、院長は不愉快そうな視線を投げてきた。


「どうして最近そんなに協力的なんだ?」

「いけない? 興味が出てきたんだよ。特効薬ってものに」

「ふん。だったら、もっとなんか意見を出してくれ。どうすればいい」


 院長のギラギラした瞳が僕を射抜く。仮にも医者なんだからそんなこと自分で考えなよ、といつもなら言うところだけれど。僕もジェシカの弱り具合が気になっていた。


「……僕の腕を切り裂いてみれば? 治っていく時の血液なり何なりを採取してみればいい。平常時には分泌しない何かがあるかもしれない」

「なるほど!」


 院長はにやりと笑うと、他に医師にメスをとるよう言いつける。自分から言い出したものの、こうも嬉々としてやられるのは気分が悪い。アンタ、本当に医者かよ、なんて言いたくなる。


「麻酔はいるか?」

「混ぜない方が良いんじゃない。いいよ。多少の痛みなら我慢する」

「良し、ならやるぞ」


 メスは切れ味がいいせいか、刃が肌を滑った瞬間は何の痛みも無かった。やがて開いた傷口に空気が触れ、血が溢れだす頃痛みを感じ始める。


 院長は嬉しそうに僕の血液を採取し、溢れだしたその先から固まりだす血液を見ていた。僕の腕に広がった血は赤いペンキを塗ったかのように固まり、皮膚が再生するのと同時にひび割れていく。パラパラと血液の破片が床に落ちる頃には、綺麗に再生した皮膚がそこにあった。


 同時に院長が感嘆の溜息をもらす。


「吸血鬼の再生力の凄さは素晴らしい。どうしてこれをヒトのモノにできないのか」


 そう唸りながら、新しい血の検査の為に部屋から出ていった。


 人間は貪欲だね。どんな不思議も解明し、自分のものにしないと気が済まないんだ。


 でも今はそれでもいい。それでジェシカが治るなら。

 彼女の為の特効薬を早く作ってくれるなら。





 日々は無情に過ぎていった。


「またラットが死んだ。何故なんだ、何故!」


 院長は批難を込めて血走った目を僕に向ける。成功しないのは僕のせいじゃないと思うのだが。

 僕は支給された血液をジュースを飲むように口に含みながら、上目づかいに彼を見た。


「さあ。僕には分からない。専門家じゃないんだから。研究する専門家はあんたらでしょ。八つ当たりはやめて欲しいな」

「吸血鬼にしか知らない何かがあるんじゃないのか」

「ないよ、そんなもの。行きずりの吸血鬼に血を吸われて、気が付いたら吸血鬼として蘇っていたんだ。あんた達と違って、そのメカニズムとかルーツとかを解明する趣味は無いんだ。ただ血を求めて生きていくだけ」


 呆れたように言うと、憎々しげに睨まれる。

 僕がこんなに協力的になっているのに、何の成果も出せないのはアンタの方だろう。

 苛立って牙を見せると、院長は小さな悲鳴を上げて後ずさる。


「わ、わかった。責め立てて悪かった。また新しい方法を考えてみよう」


 僕をなだめるようにして足早に部屋を出ていく。ふん、弱虫め。プライドばかり高い役立たずだ。


 特効薬だってこのままじゃいつできるかわからない。

 失敗、失敗、また、失敗の繰り返し。


 ……もう、ダメかな。


 ゆっくりと瞳を閉じる。

 そういくつも夜を待てる時間は、多分ジェシカには無い。




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