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2.Second Night

 夜が深まれば深まるほど、この体には活力がみなぎる。

 一日中、僕に与えられた部屋には厳重な鍵がかけられているが、深夜は更に錠がひとつ増える。とはいえそんなもの、僕にとっては何の意味もない。

 格子で覆われた窓を外し、その縁にまたがって足先に力を入れる。そうして近くのベランダまでひとっ飛び。ドアだけが入り口だなどと思うのは浅はかな考えだ。


 僕を良いように飼い慣らしていると思っている、あの間抜けな医師たちは気付いていないだろう。僕が毎日、病院内の散歩を楽しんでいるだなんて。


「スリープ! 来てくれたのね?」


 僕が扉を開ける直前に、小さな声が名前を呼ぶ。


「良く分かるね。ジェシカ、君の鼻は凄いな」

「だってスリープの香りは他の人には無い香りだもの。私は好きよ。この香り」


 あの翌日からも、ジェシカは僕の来訪を待っていた。僕がいつものように散歩していると、病室の中からジェシカが呼びかけてきたのだ。

 夢だと疑ったりはしなかったらしい。彼女には本当に、僕の“匂い”が分かるそうなのだ。


 彼女は僕のことを、本当に眠りの精だと思ったらしい。

 人に言ってしまったら消えてしまうかも知れないから、誰にも言わなかったと得意気に言う。それは僕にとっては都合が良かったので、否定しなかった。


 それから毎晩のように、僕はジェシカの元を訪れる。

 目の見えない彼女は、話し相手になる僕を心待ちにしていた。誰もが聞いたことのあるような昔話も知らない彼女は、僕が紡ぐ物語を純真な感動を持って受け入れる。それは、長らく人とマトモに話す機会を持たなかった僕にとっても癒やしとなった。


 時間にすれば三十分程度の逢瀬だ。けれど、シンと静まった他に誰もいない薄暗い部屋での三十分は、日中の三時間よりも濃密で有ると言えよう。


「スリープは何歳? 何の病気?」

「質問は一日一つだけだよ。そうだな。僕の歳は十四歳だよ」


 外見上はね。

 その言葉は口には出さない。僕の体が時を紡がなくなったのが、その年齢の時だ。

 実際にはもう何年生きてるだろう。百年まではいかないだろうが、五十年は経っている気がする。ここに来るまでに随分彷徨ったから。


「十四歳なの。じゃあ私のほうが上ね。私は十五歳なのよ」

「え?」


 驚いた。ジェシカの外見年齢はどう見ても十二歳以下だ。やせ細った体は育つべきところが育っておらず、栄養失調の子供のようにお腹だけがつきでている。


「僕よりお姉さんなんだ?」

「そうね。私の方がお姉さんね」


 その言い方が気に入ったのか、彼女は得意気に胸をそらした。けれど、スッと息を吸い込んだ途端に彼女はむせて背中を丸める。虚弱体質というのは大変だ。


「ゴホッ、ゴホッ。ごめんね。スリープ」

「何で謝ってるか分からないよ」


 涙目になっている彼女の背中をさすりながらそう言うと、彼女は僕の腕をギュッと握る。


「だって、折角お話ししてくれるのに。私とお話してくれる人はあんまりいないの。看護師さんと先生くらい。

でも先生とは一杯お話するわ? 私の体の事知りたいんですって」

「体の事?」

「うん。病気の事。なんか良く分からないけど、難しい病気なんですって。だから色々調べるんだって。痛いけど我慢するわ。だって褒めてもらえるんですもの」

「そうか……」


 君もサンプルなのか。

 そう思ったら、彼女に親近感が湧いてきた。


「早く治るといいね」

「うん。本当は目が治って欲しい。色んなものが見たいの。私ね、光だけはなんとなくわかるのよ。だから明るさを感じると朝なんだなぁって思うの。ねぇ、朝日ってどんな風に見えるの? このベッドはどんな色? あなたの髪や瞳は何色? 見たいもの、たくさんあるのよ」


 彼女は手を伸ばして、僕の顔を触っていく。

 誰かに触れられるのは好まない。普段ならばすぐに振り払ってしまうだろうに、じっと受け入れたのは彼女に同情でもしたからだろうか。


「うふふ。……ふう」


 彼女は伸ばしていた手を疲れたようにベッドに戻した。気がつけば三十分以上が過ぎている。彼女の体力を奪うには十分な時間だ。


「疲れただろう。お休み」

「行っちゃうの、スリープ」


 寂しそうな声には後ろ髪をひかれる。しかし、これ以上ここにいても彼女の為にはならない。


「うん。またね」

「また明日来てね、絶対よ?」

「もちろん」

 

 額にかかる前髪をかき分けてそっとキスをする。


「Good Sleep」


 お決まりの挨拶を残して、僕は彼女の病室を出た。


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