8. 私、気になってます。
8話目です。
1部屋間に置いたお隣さんに今日も挨拶できません。
このままでは、挨拶出来ずに間が空きすぎてしまいそうです。
昨日は、早くに休まれてしまったのか、ご不在だったのか判りませんが、お仕事から帰ってすぐにお部屋の扉を叩いてみたのですが、物音一つしてませんでした。
でも、学生なのです。
前者なら仕方がないのですが、夜があまり遅いのは感心しませんわ。
昨日といえば、あの黒髪の少年・・私の方が先にお仕事が終わってしまって・・・お名前を聞くのを失念してました。
具合はどうなのでしょうか?
いえ、ベルナ医師の治癒術師としてのお力を疑っている訳ではないのです。
ですが、気になってしまうのですわ・・・・・はう。
まさか、治癒を施したとはいえ、裂傷の類はそのままなのですもの・・・無茶や無理をしていなければ良いのですが。
今日、お仕事に行ったら聞いてみようかしら?・・・でも、なんて?
”昨日の黒髪の少年は大丈夫でしょうか?”
”何だい?私の腕を信用していないのかい?”
ダメダメダメ!これでは、ベルナ医師が気を悪くしてしまうわ!
”昨日の黒髪の少年は、お名前何ていうのですか?”
”おや?ヴィヴィアンナ嬢は、ああいうのが好みかい?”
ああ!ダメ!感づいて・・・・いいえ!勘繰られてしまいますわ!
もしかして・・・ベルナ医師に怪我の経過を診せに来たり・・・・!急がなくっちゃ!!
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そうですわよね。
私の期待通りになど、なりはしませんわよね・・・。
患者さんが途切れた時間に、イル医師が受付を変わって下さって休憩をくださいました。
3人で役割分担はしているものの、休憩は治癒術院の状態次第ですもの、取れる時休憩しておかないと、お仕事に支障をきたしては一大事です。
椅子に座っている時間の長い私にとって、散歩は良い気分転換になりますもの。
半刻ほどの散歩から治癒術院に帰ってきた時には、イル医師が受付にいて下さいました。
待合室を見渡してみても、今は患者さんは・・・いませんわね。
「イル医師、休憩を頂きありがとうございます。いい気分転換ができましたわ。」
「おお、お帰り、ヴィヴィアンナ。じゃあ、準備が出来たら変わって貰っていいかな?」
「はい、分かりました。」
外から帰って来たので、うがいと手洗いを済ませイル医師と交代するために受付に行きました。
「お待たせしました。急いでお薬を調合する仕事はありますか?」
「いや、今のところはないよ。今、一人ベルナのところに患者が来ているが、俺もそちらを少し見てくるから受付に居てくれるか?」
「あ、はい。患者さん診療中なんですか?」
「ああ、それで悪いんだが、俺が第2診療室に入ったら、急患とか急用でない限り誰も通さないでくれ。」
「あ・・・・はい、分かりました。」
まるで人払いのようですわね・・・・。
一体どなたがベルナ医師のところへ診療にみえているのかしら?
聞いてみてもいいかしら?
第2診療室に向かって行こうとしたイル医師に尋ねる。
「イル医師?どなたがお見えなんですか?」
「え?ああ、昨日の黒髪の子だよ。では、よろしくな。」
”昨日の黒髪の子”?!
えっ?!今?今、来てるんですの?!
あ!イル医師ったら、ノックもせずに開けてしまったわ!
ベルナ医師に叱られてしまいますわよ?
扉が開いたために、診療室の中の会話が聞こえてきました。
「恋でもしちゃったら、いつでも私に話においで?」
えっ?!
「・・・相談にでも乗ってくれるつもりですか?」
ええっ?!
「いや?聞くだけ。」
あらっ?
「おおう・・・!」
「はははははは・・・・その時は、是非。」
「楽しみだねぇ!ヴィーのこ・い・ば・な!!」
き、きゃあきゃあきゃあ!!
「こやつの恋ばなだとぉっっっ!!?」
わ、私も参加したいです!!
診療終わっているみたいじゃないですか!
「イル医師、中に入って扉を閉めてください。」
えっ?
「遮音。」
”遮音”?!
その後からは、第2診療室から音が全然聞こえなくなりました。
扉を閉めた音さえも。
今、低めの、少し怒って・・・?いえ、真剣な感じの声がしました。
あれは、ベルナ医師ではありませんよね?
黒髪の少年の声・・・ですわよね?
それに、”無詠唱”で遮音結界を張ってしましたわ・・・・。
「・・・いやですわ・・・・どうしましょう・・・格好良い・・・!」
声を聞いただけで、ゾクゾクしてしまうなんて初めてですわ!
もしかして、少し無表情気味に、あの凛々しい黒い瞳を眇めて更に流してあの台詞を言ったのかしら?
「・・・・・・・」
いや――――!想像したたけで、顔に熱が集まってきてしまいます!そんなお顔でおっさんを・・ごほごほごほ!イル医師を見ないで!私を見て・・・・・・だめ!腰砕けになってしまいそう!!
はあはあはあ・・・!危ないところでしたわ・・!悶え死んでしまうところでした!勿体無い!!
す、少し落ち着きましょう。
すーはーすーはーすーはーすーはー・・・・・・・・ふう。
でも、イル医師の様子からだと、お体の加減は心配ないようで安心いたしまた。
診療などは終わってるみたいなんですもの!
お話が終われば出てくるのですもの!
この目で確認も出来ますわよね?
まさか、診療時間が終わっても、院を閉めて私が帰るまで出て来ないなんて意地悪しないですよね?
そんな事になったら・・・・・いえいえいえ!大丈夫ですわ、きっと!多分・・・!
ああ!誰か大丈夫と言ってください!
「そう言えば・・・先ほど”恋ばな”と聞こえましたわ。」
気になる。
気になりますわ。
でも、ベルナ医師は”恋でもしちゃったら、いつでも私に話においで?”って仰ってましたもの!
黒髪の少年には、まだ恋人がいないのですはずですわ!
まだいないような返答をしてましたものね!
世の中の女の子は見る目がないのかしら・・・?
いえ、人それぞれ好みは違いますもの、一概には言えませんね。
今日こそは、お名前を知りたいわ!
私の名前も知って欲しいの。
なんて思考の渦の中にいるうちに、第2診療室からイル医師たちが出てきました。
ベルナ医師が奥の居住している所から、大きな器を持ってきました。
何をするのでしょう?
と思ったら、黒髪の少年が自分のバッグから鳥を取り出して器に乗せています。
ああ、あのバッグは魔道具だったのですね。
拡張魔道具って買うととても高い筈ですのに・・・。
って!鳥!し、死んでるんですのよね?!あれ!!
「きゃあ―――――――!!」
あ、一斉に注目されてしまいました!
黒髪の少年もこちらを見てます!
嫌だ!しゃがみ込んでしまった情けない姿を見られてしまいました!
こちらに彼が近づいてきます。
嫌です!見ないで!
「ごめんなさい、鳥が怖かったんですね?配慮できず申し訳ありませんでした。」
しゃがみこんだ私を労わるように、膝をついて心配気に見ています。
昨日と打って変わって、疲れていたり汚れていたりしてませんし、何だか爽やかな香りがします。
傾けた拍子にサラサラと艶やかな黒髪が動き、黒曜石のような瞳が気遣わしげに揺らめいて・・・綺麗です・・・・・・ああん。
「す、すみません・・・私ったら。」
「あなたが謝ることはないですよ?昨日から何かと失礼してしまっているのは、私の方ですから。」
「そんな事は・・・」
ああ、彼は自分の事を”私”というのですね。
「立てますか?」
そう言って、手を差し伸べ私を立たせてくれました。
「挨拶がまだでしたね、私は”ヴィー”といいます。ロガリア学院の魔道具科1年に籍を置いてます。こちらの治癒術院には少し縁がありまして。でも、治療を受けたのは昨日が初めてなんですけどね?」
「まあ、ロガリア学院?私はそこの卒業生ですの。”ヴィヴィアンナ”と申します。16歳になったばかりです。」
ああ、先輩なんですね?と微笑んでくれました。
「また、こちらに顔を出すかもしれません、よろしくお願いします。先輩?」
「まあ!こちらこそ・・・・ヴィー?」
魔道具科1年・・・ということは、13歳?
3つも年下なんですの?お、大人っぽいですわね。
ヴィー?年上のお姉さんは好きかしら?
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家族からの情報を頼りに王都中央まで来てみたものの、どこから探せば良いのか。
妹のヴィヴィアンナを探すのに国中を回っていてはいくら時間があっても足りないし、騎士団に所属している身としては、自力で動くために割ける時間が限られているから闇雲に探すわけにもいかない。
住んでいる地域を教えてくれたのだって、多分四男の自分のためだ。
取り敢えず、だめ元で年の近そうな者に聞いてみることにした。
「そこの君達、ちょっと聞いてもいいかな?」
街をブラブラしている風の4人組に声をかけた。
どうやら学生のようだ。
声をかけて足を止めた4人を見て、驚いたと同時に失敗したと思った。
ロガリア学院のマントを羽織った4人組、それはいいんだ。
問題は容姿。
4人とも方向性は違うが、整った顔立ちをしているのだ。
1人は他と比べると地味だが、整っている。
1人は少し強面だが、体格が良い精悍な美形。
1人は見るからに貴族らしい目の鋭い美形。
1人は中性的な綺麗系の美形。
彼らに聞いて、もしヴィヴィアンナの知り合いだったりしたら、シャーリーの機嫌急降下間違いなし!うわぁ、面倒くさい。
でも、なぜか精悍君と地味君が一歩さがった。
「何故返事をしないのだ。」
きゃあ~!待って!ちょっと余所事を考えているうちに、シャーリーが既に喧嘩腰?!
彼らの顔見ただけで、不機嫌になっちゃたの?
もしかして同じ街に住んでるだけで嫉妬しちゃってる?
いやいやいや、さすがにそれはないか。
向こうは向こうで、こちらを値踏み?いや、疑ってる?
こっちのシャーリーが、威嚇してるのに。
度胸があるのか、場馴れしているのか・・・?
「申し訳ありません。自分たちの事だとは思わなかったものですから・・・何か御用ですか?」
少し4人で顔を見合ったあとに、すぐ様返答してきたのは、すごいな。
1歩前に出て答えた、彼がリーダー格なのかな。
って、あ!だめじゃん!!シャーリー!これから、教えてもらうのはこっちなのに!
「ちょっと、シャーロック様!それは人に物を尋ねる態度じゃありません!」
ちょっと物を尋ねるだけで、一触即発状態は勘弁してくれよ!
ほら、彼らも目なんか眇めちゃって、困るよ俺が!
「ごめんよ?少し尋ねたいのだけど・・・・君たち”ヴィヴィアンナ”っていう15,6歳の女の子を知らないかな??探してるんだよ、俺の妹なんだけど。」
聞いた途端、え?というキョトンと顔をした。
あれ?案外若いのか?一瞬幼くなく見えたけど。
聞いたことにも、ちゃんと答えようと考えてくれてるよ!
なんだ、いい子たちじゃん。
「すみません、心当たりがないのですが・・・その方はロガリア学院の生徒ですか?」
「え?あ、いや・・昨年卒業したから、今は違うのだけど。」
「そうですか・・・・申し訳ないのですが、僕たちは専門科1年生なので、昨年卒業された方はわかりかねますし、学院外でも”ヴィヴィアンナ”というお名前のご令嬢は記憶にありません。」
1年生じゃあ、在学中に会ったってことはないかな?去年は基礎科だったんだろうし。
「他の皆もそうなのかな?」
他の3人も頷いてリーダーらしき彼の言い分を肯定した。
「そうか・・・」
まあ、着いて早々に最初に聞いた人が知ってるなんて都合良くはいかないよなぁ・・・。
あ、なんでシャーリーはちょっと嬉しそうなの?
警戒していたのか?3つ年下とはいえ、女の子にモテそうだもんなこの子たち。
「闇雲に人に聞いてみても始まらないな・・・・そうだ、薬を扱っているところを回ってみてはどうだろうか?彼女は、ロガリアで薬学を修めたはずだろう?」
「ああ、そうだった!そうですね・・・・そちらの方が堅いですね。」
「あの、すみませんが、僕たちはこれで失礼しても良いですか?」
「あ!声を掛けておきながら済まない。ありがとう、すまなかったね。」
「いえ、では。失礼します。」
これからの事を相談していたら、4人から声をかけられた。
しまった、子供とはいえ失礼をしてしまった。
それでも、4人は俺たちに一礼していってくれた。
礼儀正しい子たちだったな。
さて、薬を扱っている場所って具体的にどこがあるだろうか?
この8話目は、拙作「理不尽な!?」79話目とリンクしてます。
そちらもどうぞ宜しく。