7. 私、今日から独り立ちです。
7話目です。
私はヴィヴィアンナ・ウォルンタス、訳あって16歳になる直前で、自分の家を出てきました。
でも、家出ではありませんよ?家族みんなが承知のことです。
家族を捨てた訳でもありません。
捨てたのは、貴族としての身分です。
少し前に貴族から、平民なったのです。
それに、現在は16歳にもなりました。
私は、成人した平民なのですわ。
冒険者ギルドにも登録を済ませ、この街の治癒術院で薬師として雇っていただきまして、そこそこやれています。
今まで雇い主の所で間借りさせて頂いていましたが、成人もしましたし、そろそろ1人で部屋を借りてはどうかと勧められました。
なので、雇い主の伝手で冒険者ギルドに家を紹介していただきました。
うふふふ、今日から一人暮らしなのです。
住まいは、集合住宅の1室で、大家さんを合わせて7世帯分。
1階に大家さん、2階に3室、3階に3室のところです。
前に中を見せて頂いた時は、何だか狭苦しく感じたものですが、今は意外と広く感じるのです。
私の感覚が平民に近づいてきた証でしょうか?喜ばしいことです。
私の部屋は、2階の右端です。
反対の左端には、ロガリア学院の生徒が1人で住んでいるそうです。
成人前に一人暮らしなんて余程しっかりした子なのね・・・・何科の子なのかしら?
真ん中は空き室。
完全なるお隣さんではありませんが、ロガリア学院は私の母校でもあるのです、先輩としてアドバイスなどをして差し上げたら・・・・仲良くできるかしら?
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ひと部屋間に挟んだお隣さんとは、ご挨拶も出来ないまま数日がたった頃、一人の少年が治癒術院を訪れました。
髪は黒、瞳も黒のとても珍しい色合いの子です。
多少汚れて、疲れていてもわかるほど、目元の凛々しい割と格好良い少年です。
その少年は、顔を始め体中に傷と打撲を負い、骨まで傷めているようでした。
痛みに堪える顔と伏し目がちな瞳などは、傷の様子と相まって、ゾクッとして・・・何だか色っぽかったです・・・・・きゃっ!
はっ!ああ!いけません、いけません!
そんなことが言いたいのではないのです。
治癒術院の院長であるイル医師が診ているようですが、第1診療室から話し声がずっとしています。
「何をやってるんですの・・・!もう!」
話しの内容までは聞き取れませんが、酷い怪我をしている子にいつまで話しをさせるおつもりなんでしょうか?
話しなら、治療をしてからにすればよろしいのに・・・・!
決して、決して、傷ついた少年を診ているイル医師がズルい!私ももうちょっと見ていたかったとかではありませんわよ?
この治癒術院のもう一人の治癒術師で、奥様であるベルナ医師にお願いしてしまおうかしら。
「そうね、それがいいですわ!」
ベルナ医師のいらっしゃる第2診療室に行き、私は先ほど来院した少年の容姿と様子をお伝えしました。
そして、今だに話しをしているようだと続けてお伝えしようとした時、ベルナ医師はカッと目を見開いて立ち上がったかと思うと、すぐ様カッカッカッカッと靴音を響かせ第1診療室の方に行かれてしまいました。
慌てて後に続こうかと思いましたら、バンっ!と乱暴に扉が開く音がしたのです。
「ヴィーが治療に来たら、私が診ると言っておいただろう!!イル!!」
「イル!!患者の状態も見ないで何をしている!」
「あ?・・・あ、おい!ヴィー!!」
ガンっ!
ガシャガシャガシャン!!!
扉の音とベルナ医師の怒鳴り声にビックリしていると、第1診療室から再びものすごい音がしたので、私は慌てて第2診療室を飛び出して行きました。
ああ!なんてことでしょう!
意識を失って椅子から落ちたのか、あの黒髪の少年が床に苦悶の表情を浮かべて倒れていたのです。
「患者さんをほっといて何やってるんですの!?医師方!!」
はしたないことに、私も怒鳴ってしまいました。
でも、無理ないことだと思いますわ。
倒れて気を失うほど状態が悪かったのに、治療もしないで話しをさせ続けるなんて!
イル医師が慌てて黒髪の少年を抱き抱えて、病室に運びました。
あら、意外と力持ちさんですわねイル医師。
寝台に寝かせると、治癒はベルナ医師がするというので、イル医師と私は病室を出ました。
私も私のお仕事がありますものね。
でも、私に手伝える事があれば言ってくださいとは伝えておきました。
ベルナ医師ならイル医師に任せておくより安心ですわ。
先ほどのことがありますからね!
薬の調合のお仕事が一息ついた時、ベルナ医師からお声がかかりました。
手が空いたら、時々黒髪の少年の様子を見てやってくれと言われたのです。
もちろん了承いたしました。
治癒はできませんが、様子を見るくらいならお安い御用ですわ。
黒髪の少年が寝かされている病室に静かに入ると、夕陽が窓から差しています。
時刻はもう夕方のようですね。
ベルナ医師の話しによると肩の傷とひびの入った骨、打撲した箇所などを治癒したそうです。
でも、顔の傷とか細かい裂傷は治してないとか。
それは治癒術費の関係で、余計な代金がかかるのを少年が嫌がるから敢えてしていないのだそうです。
少し時間が経てば治るものには、お金をかけたくないのですね。
顔の傷は・・・・治るのでしょうか?
結構深い傷なのに・・・・・と、つい見つめてしまっていました。
良くみても、整って凛々しい少年の寝顔に見とれていたのかもしれません・・・やん。
などと、思っていたら少年が目を覚ましていました。
「・・・?あれ?知らない天じょ・・・!!」
突然知らないところで寝かされていることに、驚いてしまったのでしょう。
ここが病室である事を伝えて安心してもらおうと近づいたとき、彼がこちらを見ました。
「あ、気づかれましたか?」
「・・・え・・・」
まだ少しぼんやりとしていたのか、私の方に手を伸ばして来ました。
ここで、手を取ったほうがいいのでしょうか?
はっ!手を取る!?私が?!
ええ~?!どうしましょう!どきどきしてしまいます!
「・・・天使・・?」
「・・・えっ?」
そんなことを言われ、驚いて咄嗟に身を引いてしまいました。
少年の指先がほんの少しだけ私の髪が触れていきました。
離れた髪を惜しむように切なげな表情に、私は自分の顔に熱が集まって来てるのを感じます。
私の胸まで苦しくなってきてしまいそうですわ。
「ごめんなさい・・・驚かしてしまって。薬師の人・・だよね?」
少し辛そうに、微笑んでいます。
何だかその表情にもあらぬ色気が滲んでいて、直視が難しいですわ!
「あ!はい!そうですの・・・!こちらこそ・・・すみません、勝手に驚いたのは私です。あ、謝らないで下さいな。」
つい、つい!
私ったら、後ろを向いてしまいました!
だって、掠れた声とか、私を見る切なげな顔とか、髪に触れた指先とか!
顔が真っ赤になっているのを見られたくないし、悶えてしまいそうで!恥ずかしいですわ!!
「・・・はい・・あの、イル医師と・・・ベルナ医師は・・」
「い、今、連れて・・いえ、気がつかれたとお伝えしてきますわ。あなたは、ゆっくりしていて下さいませ。」
「はい、お願いします・・・」
もう、もう!不自然にならないように、病室を出るのが精一杯でしたわ。
だって、私の事を”天使?”だなんて!
あんな風にさらっと!さらっと言われてしまって、顔から火が出そうだったんですもの!
貴族の社交辞令ではないんですのもの!
はっ!私ってやっぱり、貴族の中では地味でも、平民では普通にイケてますの?そうなの?
もしかして、恋とか出来てしまいますの?
例えば・・・・・・・きゃあ!言えないですわ!
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