6. ケルト兄様、頑張ったみたいです。
6話目です。
ウォルンタス男爵家家族会議が終わった後、家令と共にシャーロックを通した客間に向かって歩いているのは、三男ケルト・マイ・ル・ウォルンタス。
父親の美しい金髪と母親の鮮やかな翠の瞳を引き継いでいて、中々の美男子だ。
表情を崩さずに黙っていれば。
シャーロックが案内された部屋に着きノックをするが返事がない。
しばし待ってもう一度にノックをするが、やはり返事はない。
ケルトは少し考えて、そのまま静かにドアを開けて入る事にした。
「失礼致します。シャーロック様?ケルトです。」
無表情に椅子に座るシャーロックがそこにいた。
もしかしたら、案内された時からそのままの状態かもしれない。
動かない。
目が死んでる。
その様子を少しの間見ていたが、ツカツカと歩み寄って思いっきり頭を殴った。
グーで。
「?!」
衝撃で我に返ったシャーロックは、ハッとして顔を上げてケルトを見た。
「・・・!」
(シャーロック様、痛くないんですね?俺の方は、殴った手が痛いですよ!比喩じゃなくマジ痛い!ジンジンするわ!)
でも、顔には出さない。
出したら負けなのだ。
シャーロック様、何でそんな縋るような目で俺を見るんですか?
やめてください。
母上じゃないけど、蹴りたくなるじゃないですか。
やべ、俺は変態か?
戻ってこーい!俺!
「シャーロック様、我が男爵家の家族会議で決まった事をお伝えします。」
俺を見ながら、ビクッってするなよ。
・・・・・・・・・・っ。
ダメだ!蹴っちゃダメ!それはやっちゃダメだ!ケルト!
「・・・・ヴィヴィが家を出て行った事は、もうご存知ですよね?私たちは、ヴィヴィの意思に反して連れ戻したりすることはありません。」
「・・・・・」
「ですが、ヴィヴィが自分から帰って来てくれるなら、喜んで迎えます。」
「・・・!」
シャーロック様の目を見据えて問う。
「ヴィヴィの心を開くのは、かなり難しいでしょう。時間もかかるでしょう、ものすごく面倒ですよ?それでも?・・・・・相応の覚悟を持ってのことと我々は認識してもよろしいですか?」
こちらの言いたい事の意味を察したのか、頬に赤みが刺し、瞳が輝き出している。
「ケルト・・・それは・・もしかして・・・。」
「お答えください、シャーロック様。」
曖昧にはさせない。
はっきりとした言葉を要求する。
「いい加減な気持ちではないと、我々に示して下さい。面倒事とお切りになるなら・・・このままお帰り下さい。ヴィヴィアンナのことは放っておいて下さい。今後一切あの子に関わらないでください。あの子は、あの子の望んだ道を行き、我々はそれを応援するのみ。平民との婚姻を望むのであれば、それも許容するつもりです。貴族でなくなっても、ヴィヴィは我々の家族である事に変わりはないのです。」
「ケルト・・・」
「私の事を見るとヴィヴィを思い出して嫌な思いをするというのでしたら、転属願いを出してシャーロック様の前から消えましょう。転属が叶わなければ、騎士団をやめます。社交界にも、あなたが出席する会にはウォルンタス男爵家の人間は出ないように尽力致します。我々ウォルンタス男爵家は、覚悟を決めています。」
三男とはいえ、シャーロックはファーガス公爵家の人間だ。
ウォルンタス男爵家を潰そうと思えば潰せてしまえる爵位の差も力もある。
それでも。
「もう一度、言わせていただきます。シャーロック様がヴィヴィに覚悟のない、軽いお気持ちしかないのなら。ヴィヴィをあなたから隠します。ファーガス公爵家からしてみれば取るに足らないウォルンタス男爵家ですが、我々は全力で抗います。それこそ持てる全て、使える全てで、です。それとも?ヴィヴィとの和解のみをご希望でしたら、それも私たちは許容し、手もお貸しします。」
我がウォルンタス男爵家から伝えるべき言葉は、伝えた。
後は、シャーロック様の返答を待つのみ。
こちら側の意図がわかったのか、シャーロック様はすぐには返事を返さない。
だが、沈黙していた時間もそれほど長いわけでもなかった。
「ヴィヴィアンナに会うことを、ヴィヴィアンナと話しをすることを、ヴィヴィアンナに思いを告げることを許して貰えるというのなら。私は、いい加減な気持ちではないと、軽い気持ちなど持ち合わせていない、本気なのだと伝えたい。分かって欲しいのだ、彼女に。そのためには、まずは謝罪を、許しを請いたい。全ては、私の醜い嫉妬からの言葉で、彼女には全然当てはまらないのだと・・・!」
「本気なのですね?」
シャーロック様が、ケルトの目を真っ直ぐ見て、決意を込めた言葉を紡ぐ。
「本気だ。シャーロック・サイ・ル・ファーガスの名にかけて。」
ケルトがにっこりと微笑み、ウォルンタス男爵家の意向を伝える。
ヴィヴィアンナに対して、再度の機会を与えられたことを。
「シャーロック様、お聞きします。あなたは私たちの末の妹を、”ヴィヴィアンナ”を望まれますか?それとも諦めますか?」
「望む!諦めたくなどない!出来ない!諦めることなど!」
「我がウォルンタス男爵家は、最終判断をシャーロック様とヴィヴィアンナに委ねます。」
「ケルト・・・!ありがとう!!感謝する!」
感極まって泣きそうに顔を歪めるシャーロックに、ケルトは。
「ところでシャーロック様、”チャーリー”のことなんですけどね?」
「ケルト!それは、もう・・」
聞きたくないとばかりに、ケルトの言葉を遮る。
「いや、ちゃんと聞けって!シャーリー!そこが!そこが原因なんだ!諸悪の根源だぞ!」
「な・・?!」
突然ケルトの口調が変わった事に戸惑うが、今は友人としての言葉をかけてくれているのだと、出しかけた言葉を飲み込み、改めて気持ちが高揚してくる。
「いいかぁ?ちゃあんと聞け!昔のヴィヴィは少し舌足らずで、焦ったりすると良く言葉を噛んでたらしいんだ。」
「・・え?それで?」
「シャーリーってば、その時ヴィヴィに急に言葉をかけてびっくりさせたんじゃないのか?」
「う・・・・・そう・・だな、我慢できなくなって・・・そういえばびっくりしていたな・・」
「じゃあ、決定だ!」
「何がだ?」
「だからな?突然話しかけられて、びっくりして、”シャーリー”と呼ぼうとしたけど焦って言葉を噛んで、”チャーリー”って言ったんだ!ヴィヴィは。」
「・・・・・・・・っ」
「”チャーリー”は、君だよ。シャーリー?」
「!!!」
見る見る見る、怜悧な美貌を持つシャーロックの顔が真っ赤に染まっていく。
目は充血し、顔が歪んでいく。
「あ~・・・・・シャーリー・・・」
シャーロックは目を見開いたまま、年甲斐もなくボロボロと大粒の涙を零していた。
8年間も、嫉妬をし続けていた。
それも自分にだ。
しなくても良い嫉妬に、苛まれ、胸が苦しくて苦しくてどうしようもなかった。
それが、悔しくて悔しくて・・・・あまりにも、シャーロックは自分が滑稽だった。
泣きたくなる気持ちはわからないでもないけど、そろそろ泣き止んでくれないだろうか?
ケルトにはどうすることも出来ないまま、この怜悧な美貌を誇る公爵家三男で、同僚で、友人の涙が止まるのを待っていた。
しかし、いつまでたっても、泣き止まない。
「え~?これ、俺が泣かしたことになんの?」