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彼女の実力の一端

エレオノーラが失踪してからのギルベールの日常は忙殺の一言に尽きる。

キールがエレオノーラを探して飛び出していったために、本来公爵がすべき仕事がすべて滞ってしまったのだ。

前公爵は火災の際に負った怪我の後遺症で、利き手がマヒしていたので文字の代理遂行や領地経営などが一気にギルベールのもとに押し寄せた。


本来なら裏切り者で罪人のギルベールがそのような仕事をおこなうことはできない。

しかしエレオノーラ捜索隊に―――キールは騎士団の一部から捜索隊を結成していた―――団長のサイラスと副団長のソルまで加わっていたので、公爵の仕事を代行できる人間がギルベールしか残らなかったのである。


消去法でまわってきた仕事とはいえ、屋敷の人間のギルベールへの不信感はぬぐえるものではない。

針の筵のような空間だったが、それでもギルベールはひとつひとつの作業を丁寧かつ迅速にこなした。


最初は執務中に暖かい茶が出るようになった。

ろくに休まず働くギルベールの姿に、何かを思ったのか一人の侍女が持ってきたのだ。


次に茶の横に、軽食がつくようになった。

仕事優先で、めったに食事の時間に姿を現さないギルベールに、厨房の人間が差し入れしたらしい。


そうして徐々にギルベールは公爵家に戻っていった。

心情はどうであれ、公爵当主の代理人としてふるまえるようになるくらいには受け入れられたのだ。




2ヶ月半がすぎたころ、伝書鳥がエレオノーラ発見の報を知らせた。

さらに半月がすぎたときには、エレオノーラは屋敷の奥にある一等良質な部屋の主になっていた。


「何故こうなったし」


遠い目をしてうつろに呟くエレオノーラに、ギルベールは苦笑した。


「エレオノーラさん。あなたがどう思っていらっしゃるかはわかりませんが、ようこそクレセント公爵家へ」

「ああ・・・うん。悪い気分じゃないのよ?ただ思い切って流された先が、ものっそい濁流だったっていうか。急流すべりだったっていうか。とりあえずこの目の前にある婚姻届って何かなっていうね」


その言葉通りエレオノーラの前には、公爵当主キール=フォント=クレセント=デュークとの正式な婚姻届の書類があった。

あとはエレオノーラが記名すれば成立する。


エレオノーラの隣に座っていたキールが不満げに彼女の顔を覗き込んだ。


「エル?嫌なの?」

「いいえ滅相もございません」


せき髄反射のごとく素早い拒否だった。

エレオノーラが小声で「ヤンデレこわい」と言っていたが、やんでれとは何だろうか。

ギルベールが不思議に思っていると、キールが真面目な顔をしてエレオノーラを見つめて言った。


「言ったよね?エルがいないと私は死んでしまうんだって」


その声は狂気的なまでに真剣だった。

ギルベールはキールの様子にぞっとしながら、少しだけ二人から距離を取る。

その行動を視界にとらえたエレオノーラから恨みがましい目を向けられたが、今のキールを止められる気はしなかった。


やがてエレオノーラはふっと息をついた。


「どっかの人形な妖精さんが言ってたよ。女は行動力だって。うん・・・わかったよ、キール。書くもの貸して」


その言葉に目に見えて嬉しそうなキールが、エレオノーラに羽ペンを手渡した。


その日、後世に名を残すクレセント公爵夫人が生まれた。




キールとエレオノーラの結婚式を見届けたあと、ギルベールは国境の紛争地帯に潜り込んでいた。

帝国の諜報部で培った技術で、その帝国をかく乱。王国軍に殲滅させるのが主な任務だ。

ときには帝国軍側から「裏切り者!!」と怒号が飛ぶこともあったが、先に裏切ったのは帝国だと言いたい。


合成獣の能力を完全に支配下に置いたギルベールは、常人なら数週間かかる距離を数日で踏破し。

攻撃魔法の弾丸飛び交う戦場をおそるべき素早さで潜り抜け。

情報操作と話術と交渉で、確実に帝国を瓦解させていった。


その後方支援として、サイラスとソルを筆頭に公爵騎士の活躍も重要な役割を果たしていた。

今まで戦場に出ず、温存されていた公爵騎士たちの戦力で盛り返した王国軍は、着実に戦果をあげていった。


一度ギルベールがキールに王都の守りが薄くなってもいいのか、と尋ねたことがある。

キールはなんでもないことのようにエレオノーラのほうを振り向いて確認した。


「大丈夫なんだろう?エル」

「うん平気平気。この王都で血が流れたらすぐにわかるように結界はってあるからねぇ」


安心してね、と笑う彼女にギルベールは初めて戦慄した。

奇跡を起こす魔女だと認識してはいたが、こんな大規模な結界を詳細に条件設定して展開する魔力と、完全に制御する技術。

『蒼の森の魔女』は絶対強者だった。




それを再認識したのは、部下のミスを補うために出向いた先で敵に追い詰められたときだ。

場所は忘れられて久しいような、長い間だれも使っていない地下通路。

目の前には武装した帝国兵が十数名と、杖をかかげる魔法使いが数名。

自分の武器は短剣ひとつと、合成獣の身体能力だけだった。


さすがに切り抜けられるか不安になった瞬間、目の前に闇が現れた。

そうとしか表現できない方法で、その闇の中からエレオノーラが出てきた。

片手にはその闇が具現化したような大ぶりの剣のようなものを持っている。


「よっこいしょ。あ、ギルベール生きてた!よかったぁ」


場違いににこりと微笑みかけられて、ギルベールも思わずへらりと笑い返してしまった。

どうも彼女には自分のペースが保てないようだ。


「どこから来た女!」

「バカな!?ここは転移の魔術を封じてあるんだぞ!」


帝国側が動揺の声をあげている。

エレオノーラはそちらをちらりと見やって、やれやれと言いたげに肩をすくめた。


「魔術封じなんて解除すれば問題ないしー。っていうか、それも面倒だったから空間ごと切らせてもらったけどねぇ」

「そんな魔法は存在しない!」

「いや、ここにあるし。んでもって、いつまでうちのギルベールいじめてんの?」


さりげなくエレオノーラの背後にかばわれて、ギルベールは情けなくなった。

諜報部で鳴らした自分が・・・いや、大の男が女性にかばわれるとは、なんということだろう。

地味に精神的にダメージを受けているギルベールに気づかず、エレオノーラは対峙する帝国軍に宣言した。


「死にたくない人は今すぐ逃げてねぇ。それ以外の人は辞世の句でも詠むといいよ」


そして一度闇の剣を消滅させたあと、両手を天にかかげた。


「黄昏より昏きもの。血の流れより赫きもの・・・以下省略。ドラグスレイブ!」


なんともいい加減な呪文の効果は絶大だった。

地下空間を赤い光が貫き、地上まで大穴を開け、その場にいた帝国軍を飲みこみ、さらに遠くに見えていた山の端を削り取った。


言葉も出ないギルベールを振り返って、エレオノーラは笑った。


「何かあれば私の役にたってくれるんでしょう?こんなとこで死んじゃやーよ。私がこうして前線に出れば全部一瞬で終わる気がするけどさ。でも私ってあんまし頭よくないから、ギルベールみたいに騙されずに王国側に利益を~、なんてできないのよねぇ。きっといいように帝国に利用されちゃうわ」


エレオノーラはギルベールに手をかざして、治癒魔法を発動させた。


「だから生きてよ」


それまでに負っていた怪我がきれいに治療されていくのを見ながら、ギルベールはエレオノーラから目を離せなかった。


「しかし・・・私は裏切り者です。エレオノーラ様はキール様の奥方様です。私が危険な任務につくのは当然で・・・」

「はいカット!」

「か、かっと?」

「ストップ、やめなさいってこと!」


エレオノーラは憤慨したように腰に手を当てて、ギルベールをにらんでいる。


「度のすぎた自戒自嘲は嫌いよ。自分を見てるみたいで腹がたつ。でもだからこそ見捨てられないわ。これは私のエゴ。私の勝手。私の我が侭よ」


そして泣きそうな顔でギルベールに願った。


「お願い。敵がどれだけ死んでも関係ないって思えるくらい薄情な人間だけど、身内が死ぬのだけは耐えられないの。生きてよ。お願い、生きて」


ギルベールはエレオノーラの頭を無意識のうちに撫でていた。

さらさらと黒髪が指の間をとおっていく。


「妹に頼まれて断れる兄はいません。エレオノーラ様が望まれる限り生きましょう」


その言葉を聞いたエレオノーラは、今まで泣きそうだった人間とは思えない表情でギルベールに詰め寄った。


「前言撤回しない?」

「しませんよ」

「ほんとにほんとにほんと?」

「偽りは申しません」


エレオノーラはほうっと安堵のため息をついた。


「兄とか様付けで呼ばれることとか、気になることはあるけど。とりあえず言質とったぁあああああああ!これでギルベールは永遠に私の契約下につくことになったからねぇ」


うっふっふっふ~、とあやしげな鼻歌を口ずさむエレオノーラの発言に聞き捨てならないものが混じっていた。


「あの・・・それはどういう?」

「えーとね。キールは知ってるんだけどね。私ってば不老不死なの。そんでもってチート・・・ええと、こっち風に言うと反則的な強さ?うん、それ。だから私の寿命とギルベールの寿命を連結させる契約をしたのよ。ちなみに発動条件はさっきの言質ねぇ」

「ふ、不老不死・・・」

「うん、そうなの~。あ、この間キールもそれしてくれって詰め寄られたから、あの子も不老不死よ?永遠に一緒にいましょうねぇ」


理解の限界と、肉体的疲労からギルベールは意識を失った。


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