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奇跡の行使者

ギルベールは次第に馬に乗っていることが辛くなってきた。

化け物となった体は絶えず痛みを訴えるようになってきている上に、昔の古傷が思い出したように浮かび上がり鮮血をほとばしらせるのだ。

まるで戦場帰りの敗戦の兵のような有様だった。


何度かサイラスとソルが休憩を入れてくれたが、それでも次第にギルベールは意識がもうろうとしていくのを止められなかった。




「気が付いた?」

ギルベールが目覚めると、絨毯に座って編み物をしていた黒髪の女が顔を上げた。


「アニエス?」

「え?」

「あ、いいえ。何でもありません」


一瞬彼女と妹と姿が重なった。

同じ黒髪と黒い瞳。年のころは彼女の方が上だろうが、おっとりした雰囲気がよく似ている。


女は首をかしげていたが、編んでいたものを絨毯の上に置くと、こちらに近寄ってきた。


「どこか痛む?熱は傷からきてるから諦めてねぇ。毒はもう解毒してあるけど、しばらく安静にしてちょうだいよ」

「毒・・・ですか?」

「そうよ?気づいてなかったの?」


きょとんとした瞳を向けられた。

ギルベールは寝かされていた大きなクッションから起き上がり、からだのあちこちを眺めた。

傷はすべて元からなかったようにふさがっている。

驚いたことに、接合された別の人間の足と思わしき部分は己の肉体にとって代わっていた。

いや、最初から己のものだったように完璧になじんでいた。

そして驚くことに合成獣となって以来ずっと感じていた飢えも、すっかり消えている。


奇跡かと思った。


「あなたは・・・」

「ん?私はエレオノーラ。キールたちがあなたを治してくれってー。あ、でもちょっと今はいないのよねぇ」


女は何故かばつが悪そうに顔をそらした。


そうか。

彼女が『蒼の森の魔女』。

合成獣の呪いとも言える魔法さえものともしない。


「エレオノーラさん。私はあなたに返しきれない恩ができたようです」


エレオノーラはからからと笑った。


「やめてよぉ。普通に“ポーション”と“解毒剤”使っただけだってば」

「あなたはご自身が成した価値をご存じでない。ここにいる間、できることがあれば何なりとおっしゃってください」


ギルベールは力強くうなずいた。




その後、すっかり容体が落ち着いたギルベールがエレオノーラに聞いた話によれば、ソルの不注意な発言によってキールたちと喧嘩していることがわかった。


―――喧嘩だ。ギルベールから見れば子どものように純粋な。


己が傷つけられることに怯え、ただ拒絶する。

そこにどんな真実があるか見ようとしない。

癇癪を起して泣いている子どもと同じだった。


ギルベールはエレオノーラの治療を受けながら、翌日からサイラスたちが置いて行った馬の世話をし出した。

エレオノーラは病人にそんなことはさせられないと言って止めたが、彼女のおぼつかない手つきでは馬の世話をするだけで日が暮れそうだった。


それに妹に似ている彼女を甘やかしたい気持ちがギルベールにはあった。

だからソルの『蒼の森の魔女』という呼称に蔑みが含まれていないことを知っていながら、エレオノーラとおだやかに療養生活を送るためなら口をつぐむことを選んだ。




2日目にはエレオノーラと共に厨房にたてるようになった。


「エレオノーラさん、この薬草を鍋へ?」

「うん。あ、この野菜もよろしく~」


見たこともない草だが、エレオノーラはためらいなく鍋へ放り込んでいく。

ギルベールもこれまでエレオノーラが出した食事に不満はなかったので、問題はないだろうと手伝いの手を止めなかった。


3日目にはともに家の掃除をした。


「ほんとに大丈夫?病人働かせるなんて、ああ、良心がうずく!」

「心配性ですね。問題ありませんよ」


苦笑しながらギルベールは本棚のほこりを払った。

見たこともない記号にしか見えない文字で書かれた書籍。

訊けば、エレオノーラ自らが書いたのだという。


「この辺の薬草とか食べられるものとか、書き留めて言ってたらそんなんなっちゃった。え?文字?あ~、うん。ほら、暗号とかあれよあれ!」


大げさに両手をせわしなく動かしながら、何かをごまかしているようだったが悪意は感じなかった。

妹もよくいたずらをしては、言い訳をするときに同じような動作をしていた。

エレオノーラとアニエス。

ふたりの兄になったような気分だった。


4日目。

ギルベールの治療が終わる日が来た。


ギルベールは己のからだを改めて検分したが、どこにも異常は見られなかった。

洗面所で鏡を見たときに、目に埋め込まれた術まで解除されていることを気づいたときは笑いさえこみ上げた。


そして町へ戻る前に、エレオノーラと最後のお茶の時間を楽しんでいる。


「ギルベールってほんと話し上手ねぇ。こんなにいっぱいしゃべったのって久しぶり」


エレオノーラは上機嫌で笑っている。

ギルベールも微笑を浮かべて、お茶を飲みほした。


「私もこんなに楽しい時間は久しぶりでした。治療もしていただいて、どうお礼したものか」

「あぁ、それは馬の世話とか任せちゃったし。病人なのに働いてくれたからいいわ」


あっさりとエレオノーラは断った。

エレオノーラにとってはたいしたことをしているとは思っていない様子だが、ギルベールにとっては本当に一生かけても返しきれない恩だと感じていた。


深く頭を下げる。


「それでも感謝を。そして何かあればいつでもなんなんりとおっしゃってください」


困惑したような気配がしたが、ギルベールは前言撤回するつもりはなかった。

やがて諦めたような顔をしたエレオノーラが、ティーカップを片付けながら言った。


「じゃあ、そろそろ町へ転移させるけど。忘れ物はない?馬以外に」

「ええ、荷物らしい荷物もありませんし。どうぞこのまま」


ギルベールの周囲に魔法陣が展開されていく。

恐ろしい速度と正確さで組み上げられていくが、目の前のエレオノーラは特に負担には感じていないようだ。


「じゃあ、元気でね」

手を振ってくる彼女にギルベールは同じように手を振り返した。




エレオノーラが失踪したとわかったのは、町でキールたちと合流した数時間後である。


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