蒼の森の魔女
あの火災で多くの公爵家の人間が死亡したが、当主と騎士団の一部は生き残ったらしい。
ギルベールがクレセント王国に戻ると、彼らは本拠地を別荘の一つに移していた。
そして今、ギルベールは拘束されてキールの前に引き立てられていた。
「ギルベール、よく戻った。よくも・・・裏切ってくれた」
「公爵の情報網も捨てたものではありませんね」
「否定しないのか?」
キールは懇願するような声音でギルベールに問いかけた。
ギルベールはキールに微笑んだ。
「事実ですから」
「・・・そうか」
ふたりがやり取りを交わしている間、キールの背後に控えているサイラスとソルから絶えず殺気が飛んできていたが、その表情は戸惑い交じりだった。
相変わらず王国の人間は甘くて優しいらしい。
「キール様こそ、よくご無事で」
本当に彼が生きているとは思わなかった。
元侍女に棍棒で殴り倒されるところまでしか覚えていないギルベールには、キールに生きていてほしいと思いながらも絶望的だと考えていたのだ。
「かどかわされた先で色々あったが・・・まぁ、生きている」
どこか苦い面持ちでキールは答えた。
ギルベールはおそらくキールをさらったのは、例の元侍女だろうと推測した。
彼女の悪癖は組織内で有名だった。
年端もいかないものばかりを拷問し、なぶり殺す。
彼女もまた諜報部によって精神を病んだ一人なのだろうが、キールが対象とされたことで同情する気は起きなかった。
「ギルベール。しばらく私は領内を見回り、ここへ戻ることができない。先の火災で亡くなったものの補填もある。その作業のあいだ牢にいてもらうことになるが、異論はあるか?」
「いいえ、すべてキール様の望むように」
ギルベールは拘束された体を出来る限り前に倒して、礼をとった。
牢にいるあいだ、サイラスとソルが代わる代わるやってきた。
「なんでだ!なんで裏切った!なあ!?」
ソルは牢の格子越しに吠えた。
「妹さんのことは聞き及んでいる。だが、我々は若様を直接ではなくとも殺したあなたを赦すことなど・・・」
サイラスは苦悩に満ちた声を出した。
食事は粗末だが、3食きちんと出された。
しかしそれらを摂取しても、ギルベールは飢えを感じていた。そして徐々に弱っていくのを止められなかった。
そのうち医者がやってきて診療したが、異常はないという判断をされた。
もしかしたら合成獣の栄養は人間とは違うのかもしれない。
内心その結論に達したとき、ギルベールは自嘲をおさえられなかった。
「私は化け物になってしまった・・・」
そんなギルベールを牢から出したのはソルだった。
「どんなに腕のいい医者がさじを投げても助かる方法をひとつ知ってる。『蒼の森の魔女』だ」
「魔女ですって?」
ギルベールは眉間にしわを寄せた。
魔女と言えば、魔法使いくずれや、あやしげな技を使う連中のことではないのか。
「その魔女はキール様を救ったらしいぞ。実際会ったことはねぇが、公爵領の端にある蒼の森に魔女がいるのは噂で聞いたことがある。今、領内の見回りをしているキール様はおそらくそこに立ち寄られているだろうな」
キール様を救った魔女。
ギルベールは興味がわいた。己が助かるとは信じていなかったが、その魔女に会ってみたい。
「来いよ。お前を生かせるのは、そいつ以外俺は知らねぇ」
「・・・わかりました、ソル」
同行することになったサイラスはしぶっていたが、衰弱していくギルベールを見ていられなかったのか、最後には同意した。
「道中は拘束する。そして不審な行動をすれば切り捨てる」
「構いませんよ」
むしろ当然の処置だと思った。
そしてギルベールは蒼の森でエレオノーラに出会った