ザ ヴェンディングマシーン
この作品の内容と似てるCMがあるそうですが、知りませんでした。先にお詫び申し上げます。
「なに買おっかなー。コーラか? 普通のサイダーも中々アツいな…」
言いながら僕は、取りあえず硬貨の投入口に金を入れた。
ゴオオオオオオ。
投入口から聞こえる凄まじい轟音で、みんな目を覚ました。
薄い暗闇の中いち早く反応したのが、硬貨の種類を仕分ける係りの、ジェイク。
ジェイクは、投入口から繋がっている一本のレールの上に寝ていて、いつもそこを転がる硬貨の音で目を覚ます。だから彼は最初に目を覚まし、どの住人よりも先に仕事をするのだ。
音を聞いたジェイクは大儀そうに立ち上がり、ゆらりとファイティングポーズをとった。次に彼はその場で、右に捻りを加えながらジャンプした。そして、転がってきた百円玉の側面を右足の踵で蹴りぬいた。百円玉はものすごいスピードで飛んで行き、壁に強打され力なく落ちていった。すると、すぐに「キン」という音をたてて着地した。本当ならば底まで落ちていく筈なのだが、ジェイクの類まれなる蹴り技のテクニックのお陰で、今までの分の百円玉が一列にこれでもかというぐらいに積みあがっているのだ。
続いて転がってきたのは一枚の五十円玉、ジェイクは再び体勢を整える。すると今度は、ジャンプせずその場で左に回転しその勢いのまま、五十円玉の美しい銀のボディに左手で裏拳を食らわした。刹那、壁に何かが当たりものすごい音をたてた。が、それは弱々しく落ちていき、すぐに儚い金属音を奏でた。
「……」
ジェイクは顔を顰めつつまた寝転がり、眠り始めた。彼にとっては満足のいく結果ではなかったらしい。
辺りはドッと、騒ぎだした。周りに指示を出すオバちゃんの甲高い声や、泣き叫ぶ赤子の悲鳴。いろんな声色が混ざり、まるで戦場のようだ。
そんな中、冷静に対応するのは、受注兼ボタン係の五十嵐。
彼は、ジェイクの次に目を覚まし、ジェイクが硬貨を捌いている時には、すでに持場についていた。彼の仕事は、外の押ボタンのランプを点灯させることと、外界からの注文を受け取ることだ。
五十嵐の持場は電気室で、それは硬貨投入口より下方の壁にくっついており、正方形の形をした部屋だ。床は金属だが壁や天井はガラス張りのため、部屋から出なくても硬貨が入ってきたのが分かるようになっている。ちなみに、その部屋の床は壁より広く、少し外にはみ出している。それがベランダ代わりとなり、五十嵐も外に出られるようになっている。
彼はコインが二つ入ってきたのを見ると、電気室の壁にあるでかいレバーを思いっきり引いた。これで、外にあるボタンを点灯させるのだ。
次に、彼はそのレバーの隣りに無数に並んでいるランプを見た。注文が入ると、その品に応じてランプが光る仕組みになっている。
しかし、中々その注文が来ない。これは時々あることだが、ラッキーだ。みんなゆとりを持って自分の仕事をこなせるからだ。きっと、何を注文しようか外の客が悩んでいるのだろう。
ふと、緑のランプが点灯した。五十嵐はいつも冷静だが、ぼーっとしていた自分を攻めた。反応が少し遅れたのだ。彼はすぐに、近くにある箱の中から手のひらサイズの札を取り出した。札は木製で、表面には大きく「コーラ」と書いてある。それを持って、五十嵐は電気室の外に出た。そして、その出た勢いのまま思いっきり札を、電気室がある反対側の壁に向かってぶん投げた。
アリサは待っていた。バットを構え、ただ、平然と。
彼女は華奢な体をしており、力もそんなにない。しかし、球を打つのに力というのはさほど必要なことではない。自分の出せる全エネルギーを、バットに効率良くもれなく伝え、更にバットから打撃の対象物へ完璧にその力を伝えることができれば、筋肉や力など関係なく、最低限バットを振る力があれば十分球や物を飛ばすことができる。
アリサは今、何も考えていない。バッターボックスに入る時は、どこにどんな球が来るだろうとか、どこに打とうだとかそんなことを考えてしまうものだ。しかし、それは全くの無駄。なぜなら、打つ瞬間、否、球なんかが飛んできたのを確認した時、人はすでに無心であるからだ。つまり、余計なことを考えて迷った挙句、スイングが遅れては何の意味もないということだ。
アリサはそれを知っている。
彼女はずっとこの仕事を任されてきたのだ。その仕事は、ただ五十嵐からの札を打ち返し、向かい側の下方にいる品出し係りにパスすればいいだけの話。実に単純、だが、素人には確実に不可能。最早彼女は熟練されている。失敗などはありえないことだ。
彼女は左のバッターボックスに入り、バットを構える。そのヘッド、つまりバットの先は、地面に垂直に立てた状態から自分の背中側に45度、更に前にも45度。このままバットを振りおろすだけで、強く、速いスイングができるというわけだ。体重は両足のつま先、正確には親指の付け根、拇指球に均等に乗せることで重心が中央により、スムーズに体重移動ができる。また、膝は軽く曲げ腿の内側に力を込める。背筋は伸ばし肘はゆったりとしめる。そして顎を引き、全身の力を抜いてリラックスさせる。
これで準備は整った。あとは、札が来るのを待つだけだ。
やがて、何かが風を切る音がしてきた。それはものすごい速さでこっちに近づいてくる。
アリサはバットを握る手を少し緩めた。力というものは、連続していれるより、瞬間的にいれた方が強いものとなるのだ。そして、彼女は神経を集中した。
「…………フッ」
瞬間、アリサの目に高速の物体が飛び込んできた。
彼女はまず重心を後ろ足、つまり左足にずらし、ほぼ全体重をそこに乗っける。次に、軽めのテイクバック。テイクバックとは、球を打つタイミングを取るため、背骨を軸にし、腰と上体をひねることである。普通、これはタイミングを取るのと同時にパワーも溜めることができるので、大きく上体を捻った方が良い。しかし、彼女は元からバットを引いたような構えなので、それほどテイクバックは必要ないのだ。
そして、踏み込み。彼女が打つものは凄まじい速さなので、足はほぼ上げない。だが、打ち返すパワーはすでに、その腕に込められている。彼女が踏み込むと同時に、重心が前へ移動する。そして、その勢いのままバットはヘッドを残したまましなやかにスイングされる。はずだった。
札は、外角高め若干ボールのコースだった。五十嵐のコントロールは良い。今までに、こんな暴投はなかった。ただ、アリサも思い込んでいたのだ。札は真ん中に来るものだと。
アリサは、五十嵐のコントロールの良さ上、真ん中付近の札しか打ったことがなかった。
外角高め、それを下方向の決められた角度に打たなければならない。初めてのコースにしては、難易度が高すぎる。しかも、飛んでくるのは剛速球。当てるだけでは到底打ち返すことはできない。
しかし、彼女は冷静だった。アリサは、テイクバック時にコースを見極めた。驚いている暇はない。長年の勘と、経験がこういう時に物をいうのだ。
だが、彼女はコースを見極めた後、踏み込んでしまったのだ。バッティングとは、すなわち、瞬間の世界。一度動き出した体を止めるのは、正に神業。
踏み込んで、重心が前にある状態で、尚且つ少女の非力な力では、このコースの速球を打てば、間違いなくフライになってしまう。真芯に当たり、打ち返せたとしても、踏み込んでいる分ボールを前で捕らえなければいけなく、更に体からボールが離れているため、腕が伸びきった状態で打たなくてはならない。つまり、力負けしてしまうのだ。
アリサに考える余裕などない。ただ、感じることはできる。第六感を。刹那、アリサは前にある重心を、右足で地面を思いっきり押し返し、ほぼ体の中心に戻した。しかし、スイングはそのまま、札を打ちにいく。彼女の右足は、完全に伸びきりつっかえ棒のように体を支えている。逆に軸の左足はほぼ直角に曲がっており、こちらも地面を思いっきり蹴っている。今、彼女の下半身の力は内側に凝縮されており、安定している。完全に彼女の足は、地面に固定されている状態だ。そして上半身、アリサは思いっきり腰を斜めに捻った。ここで初めて背骨が曲がった。右肩が下がり左肩が上がる。しかし、ヘッドはまだ残しておく。タイミングが合うまで、まだ。
札が近づいてくる。ものすごいスピードだ。だが、ぎりぎりまでヘッドは残す。手首は返さない。パワーを最大限まで溜めるのだ。そうしなければ、札を打ち返すことができない。足が悲鳴を上げている。が、まだヘッドは残す。背骨も痛い。お尻がもう攣りそうだ。まだ、ヘッドを残す。ギリギリまで。腰が折れてしまいそうだ。首ももう限界だ。そして、その時が来た。札が、バットのスイングの軌道と重なり、体が反応する。札がゆっくりとスローモーションに見える。
「今だっ!」
彼女は思いっきり手首を返し、スイングする。それは、数多の打撃理論を覆す、斧のように縦に振り下ろすかのような、スイング。一見、貧弱そうに見えるその振りは、彼女の全体重がかかっており、底知れないパワーを持っている。
バットは芯より少し先で札をとらえた。アリサの手に痺れが走る。しかし、彼女はスイングを続ける。やがて、痺れは体全体に伝わった。しかし、彼女はスイングを止めない。
そしてアリサは、バットを力いっぱい振りぬいた。
ゴオオオオオオ。
ドオォォォン!
カイトは降ってくる札を素手で受け止めた。キャッチャーがボールを捕るように、両手
で、ガッチリと。
彼の名はカイト。品出し兼製造係を担当している。
カイトはきっちりとした性格で、いつも真面目だ。行動は早く、キビキビとしている。無駄のない動きも特徴的だ。体格は小柄だが、力には自信がありいつもアリサからの札を受け止めている。
彼は、アリサから札を受け取ると、近くに山積みになっている空き缶の中から、コーラの缶を取り出した。そして、急いである場所へと向かった。
「はあ~。また来るのか…」
今僕はとても鬱だ。なぜって? それは注文が入ったからさ。注文が入ると、僕らは飲み物を提供しなければならない。すると、僕は飲み物を出さなきゃいけない。…口からね。そう、僕は保管係のダニエル。あらゆる飲み物を、この巨大なお腹に保管し、守っている。
だから、僕はすごいデブなわけで、身長もかなりある。そして、立ち歩くことができない。これにはかなり気が滅入る。しかし、さらに僕にはもう一つできないことがある。それは、飲み物を自分から外に排出することだ。さて、ここで話を戻そう。僕は今なぜ鬱なのか?
それは、彼が来るからだ。彼が、僕から無理やり飲み物を出させる。それが鬱なのだ。
「あ~あ、来ちゃった」
彼がきた。
カイトには、やらねばならないことが二つある。注文の品を客に提供することと、缶に注文通りの液を入れ、商品を完成させることだ。カイトは常に、任務を成功させることしか考えていない。今も、そう。彼はダニエルを前にして、何も思うことなどない。
カイトは、ダニエルの真正面に立った。
「……」
沈黙が走った、その瞬間、カイトはダニエルの膨れすぎた腹に正拳突きをくらわせた。
ドゴォォォォォォンン
「ヴォゲエエエ」
ダニエルは口から夥しい量のコーラを吐き出した。カイトは降ってくるコーラを見事に缶で受け取った。しかし、缶に入りきらない分が地面に嫌な音を立てて落ちていった。
「…片しておけよ…」
カイトはそう言い残すと、さっさとどこかに行ってしまった。
ダニエルは嗚咽しながら震えていた。
カツ、カツ。靴が地面を蹴る音が辺りに散らばる。今、カイトは自販機の中央に向かっているところだ。高度も、すでにかなり低いところまで来ている。彼は、壁から壁まである長い一本の鉄骨の上を歩いているのだ。
もう作業も最終段階。カイトが今抱えている缶を、指定の場所から落とせば良いだけ。
極々簡単なことだ。
そして、指定の場所に着く。もう、終わりなのだ。何もかも…
今まで、幾数の兄弟がこの仕事を全うしてきた。そして、今日がたまたま自分の番だっただけなのだ。自分は不幸なんかではない。名誉ある、死なのだ。
カイトは、そう思うと、缶を抱えたまま、静かに穴へ落ちていった。
風がすごい、ものすごい勢いで顔面を打つ。だが、最後の仕事をしなければならない。
最後の仕事は、缶のふたをしめることだ。
風が吹き付ける中、カイトはゆっくりと缶の上部へ移動する。途中、何度か飛ばされそうになったが、必死でしがみついた。
やっとのことで、飲み口の縁にたどり着いた。ああ、もう直ぐだ。カイトはあっけない方が良かった。何も考えずに死にたかった。未練を、作らないように。
ふふ、カイトは一瞬笑った。次の瞬間、勢いをつけ一気に飲み口へ飛び込んだ。そして、内側からしっかりとふたを閉め、缶ごと、闇に落ちていった。
「なに買おっかなー。コーラか? 普通のサイダーも中々アツいな…」
言いながら僕は、取りあえず硬貨の投入口に金を入れた。
う~む。少し迷ったあげく結局コーラにしてしまった。
「あ、やっぱサイダーにしときゃよかった。」
ガタン
遅かった。しょうがない、それを飲むしかない。
プシュウウウウ。
「ウオオォ!」
吹き零れてしまった。そういえば、出てきてすぐに開けるとそうなることが多い。
最悪だ。選択を誤まった挙句、こんなことになるなんて…
俺は、そのコーラを、ゴミ箱に捨てた。
缶
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