性格の悪さは特権などではないのよ?
わたくしの妹は性格が悪い。
「ローラお姉さまのドレスのほうが可愛いっ! 交換してっ」
妹のマーガレットは、白く滑らかな頬をぷくんと膨らめて怒っています。
あけ放たれた窓から、花々の香りや新緑の香りを含んださわやかな風が流れ込んでくる、穏やかな午後。
わたくしとマーガレットは我が家の応接間で、新しいドレスの試着をしています。
マーガレットの黄色のドレスも充分に可愛らしいものですが、わたくしの着ているのはピンク色の夜会用ドレスなのでかなり華やかです。
「ふふふ。無理よ、マーガレット。サイズが違いすぎるわ」
わたくしはローラ。伯爵家の娘です。
王立学園の卒業を控えた18歳。
まだ婚約者はいません。
「もうっ。ローラお姉さまは年上だからって、ずるいのよっ」
妹のマーガレットは13歳。
見た目は可愛いですけど、わがまま言い放題の困った子です。
季節は春。
春といえば始まりの季節。
令嬢にとってドレスは必需品です。
性格の悪い妹ですが、そろそろ社交界デビューを迎えます。
少し大人っぽいドレスを着られるようになって、浮かれているのです。
とはいえ13歳は、貴族女性であってもかなり子ども。
ふわふわしていて可愛らしいデザインの黄色のドレスはマーガレットによく似合っているのですが、本人は不満なようです。
わたくしは大人の仲間入りをする年頃ですから、ドレスのデザインもそれなりになっています。
ピンク色のドレスはフリルや刺しゅうもたっぷりで華やか。
若々しい可愛らしい印象ではありますが、背中はぱっくりと大胆に開いています。
こんな背中が大きく開いたドレスなんて、13歳の妹には着せられません。
なのにマーガレットは「お姉さまはずるい」とぶつぶつ言っています。
いずれ背中が大きく開いたドレスもヒールの高い靴も必須になるから、今のうちに可愛いドレスを楽しんでおけばいいのに、とわたくしは思いますけれど。
それを言ったところで、性格の悪い妹には伝わらないのでしょう。
マーガレットは、庭先をブンブン飛ぶハチのように、不満を賑やかに並べ立てています。
窓の外では、春の花が賑やかに咲いています。
不満があるのなら、あそこにいるハチと一緒に、ブンブン飛んでいたらいいのに!
マーガレットに直接言えば喧嘩になるし、そうなると両親は妹の味方をします。
だからわたくしは、不満の言葉を呑みこみます。
なるべくゆったりとした口調で優しく、マーガレットでも分かるように説明します。
「ずるくはないわ、マーガレット。わたくしのドレスは王立学園の卒業式典と卒業イベントである舞踏会用のものなの。華やかであるのは当然だわ。あなたのドレスは王立学園の入学式のためのものよ。華やかすぎるドレスや大人っぽいドレスは新入生に不釣り合いよ」
わたくしの説明に、マーガレットが納得している様子はありません。
マーガレットは菫色の瞳をした大きな目を吊り上げて荒々しくも甲高い声で言いました。
「わたしが可愛いからって、お姉さまは嫉妬してるのよっ! 年増の嫉妬は見苦しいわっ!」
「あらあらマーガレット? わたくしの年を忘れてしまったの? 18歳は年増ではなくてよ」
心外です。
わたくしは王立学園の卒業を控えた身で、これから新たな旅立ちを迎えるはずですが。
年増にされてしまいました。
びっくりです。
マーガレットが鼻の孔を膨らませながら、フンッと鼻息も荒く言いました。
「婚約者がいない18歳は欠陥品で、20歳を迎えたら行き遅れでしょ?」
あら大変。
マーガレットがとんでもないことを言い出しました。
誰の入れ知恵でしょうか。
わたくしはサッと使用人たちへ視線を向けました。
あら、若い侍従が視線を背けました。
あの使用人には注意が必要です。
わたくしは妹を諭すように話しかけます。
「あらあら、マーガレット? 貴族の生活は、そんな単純なものではなくてよ? 王立学園でそんなことを言ったら、ご令嬢たちから酷い目にあわされるわ」
「いいわよ。わたし、そんな意地悪や嫉妬に負けないからっ!」
その心意気はあっぱれですが、貴族の令嬢たるもの、張り合えば物事が解決するというものでもありません。
駆け引き大事。
ここは重要なポイントなのでテストに出ます。
本当にテストにでたのよ? 本当よ?
だというのに、マーガレットは納得してくれません。
「わたしはっ。可愛いからっ。平気っ。地味なお姉さまと違って、みんな言うことを聞いてくれるわ!」
マーガレットは納得できないと全身で表現するように、両手をこぶしにしてブンブン振り回しています。
仕立て屋さんが、マーガレットの動きにもびくともしないドレスの出来を見て、満足そうにうなずいています。
仕立て屋さんの腕がよいのは知っていますし、マーガレットの派手な動きでそれが確認できたのはよかったですが。
落ち着きのない妹を持って、わたくしは恥ずかしいです。
わたくしは、マーガレットの菫色の瞳を覗き込みながら諭します。
「貴族にとっては、令嬢同士のお付き合いも大切よ? 貴族社会なんて狭い社会なのだから、悪評が立たないように……」
「でもマーガレットは可愛いものっ! 可愛いは正義でしょ⁉ マーガレットが正義なのっ!」
マーガレットは、真っ赤な顔でぷんっと膨れてしまいました。
つり合いのとれる良い殿方と、マーガレットとの婚約を整えるには、少々……というか、かなり教育的な配慮を必要とするような気がします。
わたくしが王立学園へ通っている間に、妹は化け物のように育ってしまったようです。
困りましたね。
「まぁ、ローラ。妹に意地悪を言ってはダメよ」
「そうだぞ、ローラ。いくらマーガレットが可愛いからって、嫉妬は見苦しい」
お母さまも、お父さまも、末っ子のマーガレットに甘々です。
お兄さまが2人いて我が家は安泰ですが、安心しすぎて娘を甘やかしすぎれば、いつまでも家にいる役立たずのごく潰しが出来上がってしまいますよ。
それでいいのでしょうか?
躾に少々しょっぱさや苦さを加えてくれればいいのですが、甘いだけの環境で育った令嬢なんて食べられたものではありません。
わたくしは溜息を吐き、左手を腰に当て、右手を額に当てながら嘆きます。
「お父さまも、お母さまも、マーガレットに甘すぎです。いくら我が家が裕福な伯爵家だといっても、わがままな令嬢は貴族社会では嫌われますよ? 少し厳しくしたほうが、マーガレットのためになります」
「ふんっ。心配いらないわよ、お姉さま。年増で婚約者もいない欠陥品のお姉さまと違って、わたしは可愛いもの。王立学園に上がったら、すぐに婚約者ができるわ」
マーガレットは両手を腰に当てて自信満々に胸を張っています。
頭のほうの出来もイマイチで、礼儀作法も中途半端、特別な能力もなくて性格の悪いマーガレットに良いお相手などできるかしら?
わたくしは疑問に思いましたが、両親の意見は違うようです。
「そうだぞ、ローラ。マーガレットが王立学園に上がったら、モテモテで婚約者なんてすぐできる」
「ええ、そうですわね、あなた。マーガレットは可愛いもの。殿方が放っておかないわ」
両親は妹が特別に可愛いと思っているようです。
しかし実際に王立学園に通っているわたくしには分かります。
マーガレットは、せいぜい中の上です。
茶色の髪に茶色の瞳の何の変哲もないわたくしを見て育っているマーガレットは、世の中を舐めているようなところがあります。
ですが貴族なんてものは、デフォルトで顔がいいものなのです。
容姿なんて整っていて普通です。
マーガレットは、少しピンクががったつやつやの金髪に菫色の瞳、整った顔立ちの小さな顔、細身で小柄な体と、単体でみたら充分に可愛いですが。
王立学園に行ったら普通に埋もれる程度の容姿をしています。
王立学園。
あそこは甘く見たら怪我をする魔窟です。
「ローラは婚約者がいないまま王立学園を卒業するからな。それは悪いと思っているが、マーガレットに強く当たるのは話が違うぞ」
「そうよ、ローラ。マーガレットに嫉妬して意地悪なことをいうのは見苦しいわ」
お父さまも、お母さまも、わたくしのことを少々勘違いしているようです。
そんなだからマーガレットの性格は悪くなってしまいました。
貴族の令嬢は、馬鹿や根性悪で乗り切れるほど甘いものではありません。
なんでこんな事態になっているのでしょうか、困りましたね。
わたくしの戸惑いを感じ取ったのか、マーガレットが声を張って言いました。
「ふんっ。でも心配いらないわ、お姉さま。わたしが素敵な婚約者を見つけて、行き遅れで欠陥品のお姉さまを養ってあげるから」
あらあら。わたくしの妹にも、ちょっとは可愛いところがあるみたいです。
「ふふふ。心配要らないわよ、マーガレット。わたくしは、わたくしの力で幸せを手に入れるわ」
わたくしの言葉に、マーガレットは眉間に皺をよせて眉毛を跳ね上げて顔をしかめています。
納得しかねているようです。
そんなときです。
エルスター侯爵家からの先触れが来たのは。
時ならぬ侯爵家からの先触れに、わたくしの両親は目で見て分かるほど動揺しています。
「エルスター侯爵家が我が家に何の用ですの?」
お母さまが心配そうにお父さまの手元を覗いています。
顔をしかめながら先触れが持ってきた手紙を確認したお父さまは、首をかしげながらいいました。
「ローラのことらしいよ」
あら、わたくしに用があるようです。
エルスター侯爵家というと……あの方ですね。
「お姉さま、誰に喧嘩を売ったの⁉」
マーガレットが胡乱な目でわたくしを見ています。
あらあら、とんだ濡れ衣です。
「いったい何をしでかしたんだ、ローラ⁉」
「そうよ、ローラは時々、相手かまわずきついことを言うから……」
お父さまが雷を落とすがごとくの勢いで拳を握って言えば、お母さまも躊躇いがちに本音をぶちまけています。
お父さまも、お母さまも酷いですね。
わたくしはマーガレットほど性格が悪くないから、誰にも喧嘩なんて売っていませんよ。
……売ってないわよね?
家族の疑いの眼に囲まれて、わたくし、ちょっと不安になってきました。
◇◇◇
我が家の応接間にエルスター侯爵家の令息、シャルルが到着したのは、それから間もなくのことでした。
シャルルに椅子を勧めた両親は彼の向かいの席へと腰を下ろしました。
わたくしたち姉妹はテーブルの脇に立っています。
せっかくなのでわたくしも、マーガレットも、試着した新しいドレス姿のままです。
まるで置物のように立ちながら、わたくしはシャルルのほうへと視線を向けました。
シャルルは、わたくしの王立学園の同級生です。
ですがこの訪問は、事前に教えられていたものではありません。
わたくしはシャルルに問うような視線を向けましたが、彼は応接間の椅子に座って曖昧ながらも魅力的な笑みを浮かべるだけです。
本当に性格が悪い。
わたくしはシャルルを軽く睨みましたが、彼は平然としています。
本当に性格が悪い。
我が家は伯爵家といっても、それなりに手広く商売をしているので、屋敷もそれなりに立派です。
応接間の調度品も高価なものが揃えられています。
金のアクセントが効いた真っ赤な絨毯。
上質な重たい木材の使われたテーブルと椅子。
濃紺のカーテンは開かれていて、水晶の飾りのついた金色のカーテンで留められています。
開かれた窓辺で揺れる白い薄手のレースのカーテンも、このあたりではあまり見かけない上質なものが使われています。
ですが豪華な調度品に囲まれた広い応接間で椅子に腰かけているだけのシャルルの存在が、負けて霞むということはありません。
シャルルは見た目も麗しく魅力的ですが、なんといっても中身がよいのです。
女性というものは、素直で気持ちのよい青年よりも、ちょっと意地悪な性格の悪い男性に魅力を感じがちですよね。
シャルルは後者です。
しかもたちが悪いタイプの殿方です。
まぁその分……魅力的なのですけど。
目の前のテーブルには、我が家で一番よいティーセットが置かれていて、高級茶葉のよい香りが室内を漂っています。
我が家のメイドの紅茶を淹れる腕前はいかがかしら、シャルル?
王立学園内であれば気軽に聞けるようなことも、いまこの場では口にするのがはばかれます。
わたくしは自宅にいるはずですのに、不思議ですね。
王立学園にいる時よりも、シャルルが遠く思えます。
マーガレットはといえば。
ポウッとほほを赤くそめながら、話しかけるかどうか迷うような表情を浮かべてシャルルを眺めています。
考えなしに動くマーガレットとしては珍しい現象です。
美しく魅力的な男性が我が家に来たのだから、無遠慮に話しかけても不思議ではありません。
ですがシャルルは侯爵家の令息ですからね。
失礼なことをしたら困るという計算が働いたのでしょう。
それでも話しかけたくなるのが、魅力的な殿方の難点ですね。
可愛い妹は何を言うべきか、何を言わないでおくべきか、損得勘定しながら揺れる気持ちに戸惑っているようです。
分かりますよ、マーガレット。
シャルルは金髪碧眼で色も白く、王子さまのような容貌をしていますからね。
キャッキャッとじゃれつこうか、貴婦人のように大人しくしているべきか、悩むわよね。
シャルルは顔がよくて身分が高いだけではありません。
背もすらりと高く、均整のとれたスタイルのよい体をしています。
それに……おそらく、おそらくですよ?
想像ですけれど、筋肉もしっかりついた逞しい体をしていると思うのです。
シャルルが勉学はもちろん、鍛錬も欠かさない姿を、わたくしは王立学園で見てきましたからね。
見た目はもちろん、心身ともに健やかな良い殿方なのです。
ちょっと性格は悪いですが。
魅力的な男性なのですよ、シャルルは。
紅茶を一口飲んだシャルルは両親と軽く世間話をしたあと、彼は改まった口調で話し始めました。
「突然の訪問にもかかわらず、私のために時間をとっていただいてありがとうございます」
「いえいえ。侯爵家のご令息がいらしたのですから、当たり前のことです。それで……本日はどのようなご用件で?」
お父さまは時折、上下の唇をギュッと合わせて言葉を選びながら、恐る恐るといった感じでシャルルに話しかけます。
かなり緊張しているようです。
シャルルは侯爵家の人間といっても次男ですよ?
わたくしは王立学園で気軽に話していたので、お父さまの反応が少々おおげさに思えます。
シャルルのほうはといえば、お得意の愛想はよいけど有無を言わせぬ圧を含んだ上位貴族らしい笑みを正面に座るお父さまへと向けると、本日の用件を切り出しました。
「恥ずかしながら私には、婚約者というものがありません。それというのも我が家は王家とのつながりが深く、私個人の都合で婚約を決められなかったのです」
あら。そうだったのね。
わたくしと同じ婚約者ナシといっても、事情が違ったようです。
「私の結婚には、他国との政略結婚も考慮に入っていたのです。そのため、なかなか婚約者を決めることができませんでした。ですがわたしも18歳。今年で王立学園の卒業を迎えます。政略結婚の必要も特にない今、ひとりの男性貴族として、やはり婚約をという話になりまして……」
「はぁ。そうなのですね。それが当家とどのような関係が?」
お父さまはシャルルの向かい側の椅子に座って汗をだらだら流しています。
戸惑っているようです。
そうよね。
我が家とシャルルの婚約の間には、どのような関係があるのでしょうか。
「年頃の合う令嬢のほとんどは、既に婚約者がいます。できれば、私とローラ嬢との結婚を許してくださるとうれしいのですが……どうでしょうか?」
あら。わたくしと?
あらあら、まぁまぁ、どうしましょう。
えーと……うん。わたくしはオッケーで~す。
「えっ、ローラを、ですか?」
お父さまがひどく驚いています。
お母さまも「マーガレットではない?」とつぶやいています。
当のマーガレットも心外だったようで、顔を真っ赤にして叫びました。
「なぜお姉さまなのです⁉ お姉さまは、18歳なのに婚約者がいない欠陥品なのですよっ!」
マーガレット、いまそれを言うの?
失礼よ。
シャルルは、笑みを浮かべた顔をマーガレットへ向けながら、落ち着き払って口を開いた。
「それなら私も欠陥品です。私には婚約者がいないから、結婚の申し込みができるのですよ。マーガレット嬢」
不躾な態度のマーガレットに、シャルルは表情1つ崩すことなく冷静に突っ込みました。
まぁ、そんなところがわたくし、大好きなのですけども。
マーガレットは納得しかねる様子で、地団駄踏みながら「お姉さまは欠陥品なのにっ! 欠陥品なのにっ!」と騒いでいます。
まったくもって失礼ですね。
年頃が合うといえば、マーガレットよりもわたくしですのに。
礼儀がなっておりません。
本当に子どもで、困ったものです。
「ふふふ。ごめんなさいね、シャルル。妹は、まだ礼儀作法も習得できていない子どもで」
「いいよ。気にしないでローラ。おサルさんは慣れているよ」
「おサルさんっ⁉」
キッと目をむいてシャルルを睨むマーガレットは驚きに口元もガッと開いていますから、歯をむいて怒っているサルに似ています。
赤ちゃんがサルに似ているのは可愛いですが、13歳では微妙です。
両親も何かに気付いたようで、口を開きかけたあと、真横に口元を引き締めました。
現実が理解できたようです。
まだ淑女でもない13歳の子どもである妹は、貴族女性なのに感情が丸わかりの表情を浮かべて悶絶しています。
発作でも起こされたら困るので、感情のコントロールは覚えて欲しいのですが。
まだ13歳では難しいですかね?
だから王立学園で学ぶのだからよいですけれど。
わたくしは妹に話しかけました。
「ふふふ。王立学園では、お勉強はもちろん、礼儀作法も学ぶからね。性格の悪さは特権などではないことを思い知らされるわよ、マーガレット」
「うぐぐっ」
「卒業までに立派な婚約者が見つかるといいわね」
わたくしの言葉に、マーガレットは悔しそうに顔をゆがめています。
シャルルも追い打ちをかけるように口を開きました。
「13歳なら、まだ取り返しはつくよ。マーガレット嬢。きちんとした淑女になれば、年頃の合う令息を私が紹介することもできる。なんといっても私は、王家とのつながりが深い侯爵家の人間だ。人脈はそれなりにあるからね」
シャルルがにっこりと笑って魅力的な提案をしました。
両親の表情がみるみるうちに変わっていきます。
本当に現金ですね、わたくしの両親は。
それを承知で話を持ち掛けるシャルルも性格が悪いこと。
マーガレットも「ぐぬぬ」と唸りながら何かを耐えています。
小さな脳みそで、どうするのが一番得なのかを必死に考えているのでしょう。
損得勘定ができることは、貴族令嬢として大切よ、マーガレット。
その点では、我が妹は将来有望なのです。
わたくしは扇を広げて、思わず笑ってしまいそうになる口元を隠しました。
◇◇◇
わたくしとシャルルの婚約は認められました。
わたくしは仮婚約者であるシャルルを見送りに玄関ホールまで出てきました。
シャルルは晴れ晴れとした表情で玄関ホールに立っています。
ほれぼれとするような美丈夫ではありますが、ちょっと憎たらしいです。
「正式な婚約は条件をつめて……」
「はい。それは書簡のやりとりで進めていきましょう。エルスター侯爵家としては……」
お父さまとシャルルは軽く話をした後、固く握手をしました。
こうなることは織り込み済みです。
玄関ホールには、お母さまとマーガレットも見送りに出てきています。
「では、わたしたちはこれで……」
お父さまが言うと、お母さまがハッとしたように「お邪魔になるので、お先に失礼しますわね。ほほっ」とか言いながらマーガレットを回収していきました。
マーガレットは何か言いたげなのが表情に出てしまっていたので、顔芸しながら去っていくというありさまです。
「ごめんなさいね、子どもで」
「ふふふ。分かっているよ。私たちが初めて会ったときも、まだお互いに子どもだったじゃないか」
「そうね」
懐かしい思い出が頭をよぎっていって、わたくしは思わず笑ってしまいました。
堅苦しく大変な王立学園生活でしたが、シャルルがいたから退屈知らずです。
シャルルが少し遠い目をして言いました。
「もうすぐ卒業かと思うと、ちょっと寂しいよ」
「そうね」
まったく同意見よ、シャルル。
わたくしはうなずきました。
お金はあるといっても、我が家は高位貴族ぎりぎりの伯爵家。
上は王女、下は男爵令嬢と、上にはもちろん下にも気を使う立場にありました。
王立学園には他国の姫も留学に来たりしますので、とても気を使います。
勉強も大変。行儀作法を覚えるのも大変。
そのうえ生徒会の仕事も引き受けさせられて、とっても大変でした。
「大変だったけど、あそこに居場所がなくなるかと思うと寂しいわ」
シャルルには婚約者がいなかったから、恋の駆け引きもありました。
我が国では禁止されている魅了の魔法が使われる事件もありましたし、婚約者のいる令嬢がシャルルに片思いをして決闘騒ぎになるなどゴタゴタには事欠かない学園生活だったのです。
「私はみんなで討伐訓練に行った時の、ドラゴンの味が忘れられない」
「ふふふ。その話は、あなたの騎竜の側では言わないほうがいいわよ」
「ん?」
わたくしの言葉に、シャルルが奇妙な表情で顔をしかめました。
「ふふふ。だって自分の仲間が食べられる話なんて聞きたくないでしょ?」
「いや、あいつもドラゴンは食べるよ? 騎竜は肉食だからね。人間が狩ることのできる程度の小型ドラゴンはエサだ」
「あら、そうだったのね」
わたくしも乗せてもらったことがありますが、シャルルは騎竜に乗ることができます。
わたくしが「戦になったら勇ましく戦えるわね」というとシャルルは「まさか! 私は戦わないよ。騎竜に乗って逃げるんだ」と言って笑っていましたが。
シャルルの立場を考えると、戦うのも、逃げるのも、状況によってどちらもあり得そうな気がします。
「まぁ確かに、あの時のドラゴンは美味しかったわね」
わたくしは後方支援として訓練に参加しました。
「ふふふ。君の治療はいい加減だったけど」
「あら? あの程度はかすり傷なのでしょう? 消毒したとき、涙目になっていたのは誰だったかしらね」
「涙目になってなんか……あぁもうっ。君は本当に意地悪だ。性格が悪い」
シャルルは赤くなってプイッとそっぽを向いてしまいました。
いじめすぎてしまったのでしょうか。
少々気まずい沈黙が訪れました。
その沈黙を先に破ったのは、シャルルです。
「さっきのドレス……着替えちゃったんだね」
「はい。あのドレスは卒業式典用のものですから」
わたくしは、いつも着ている茶色のドレスに着替えましたから、いつもの地味なローラです。
シャルルとは、この状態で王立学園にて出会い、普通に交流を深めて意気投合したので、あまり気を使うつもりはありません。
そういえば、初めてのキスは、あの討伐訓練の時だったような気がします。
わたくしとシャルルの関係は、王立学園在校中限定のものになるかと思っていたのですが、違ったようです。
婚約。
婚約者。
そして結婚。
わたくしは改めてシャルルをまじまじと眺めてみました。
特に今までと変わったところはありません。
彼はいつものシャルルです。
仮とはいえ婚約したという実感はありませんけれど、これからジワジワとくるものがあるのでしょうか?
視線を感じたシャルルは、わたくしのほうへと視線を向けて、ドレスの裾のほうをチラチラと見ています。
そんなにいつもの茶色のドレスが気にくわないのでしょうか?
わたくしは首をかしげて問うようにシャルルを見ました。
シャルルは照れたように頭を右手の人差し指の先でかきながら、つぶやきます。
「婚約者になれば……正式に婚約すれば、ドレスも胸を張って贈ることができるな」
「ふふふ。そうですね」
そうでした。
令嬢たちは婚約者にドレスを贈られていましたね。
わたくしは、いつもお父さまに仕立ててもらっていましたから、シャルルが贈ってくれるなら新鮮です。
シャルルはわたくしから視線をそらしながら口を開きました。
「婚約のお披露目は、夏の夜会くらいかな」
「そうですね。そうなるといいですね」
なんとなく沈黙が訪れて、わたくしはシャルルを見上げるようにして見つめます。
するとなぜかシャルルの白い頬が赤く染まっていきました。
「君は少し……性格が悪いね」
わたくしはにっこりと笑うと首を少し傾げてコクリとうなずきました。
自覚はあります。
わたくし、性格が少々悪いのです。
貴族女性の特権に性格の悪さは含まれないと分かっていますが、楽しいことは止めようと思ってもなかなか難しいですよね。
そういうことです。
視線はシャルルから離さないまま首をかしげましたから、わたくしは少々上目遣いになりました。
上目遣いは視界が少し悪くなりますが、シャルルの頬が更に赤く染まったことくらいは見逃しません。
性格の悪さは特権などではないけれど、使い方次第では武器になることを、わたくしは知っています。
わたくしはふふふと笑うと扇を広げ、わたくしの口元と婚約者の頬を隠しながら、そっと唇を彼の頬に近付けました。
頬への軽いキスくらい、婚約者同士なら普通のことだと思うのですが。
純情なわたくしの婚約者は熟れて落ちる直前の果物のように真っ赤になってしまいました。
可愛いですね。




