第9話 「転入生の微笑み」
その日は、朝から学園が妙にざわついていた。
「ねえねえ、知ってる?」
「今日、転入生来るんだって!」
「しかも、すごくかっこいいらしいよ!」
女子たちの声が、あちこちから聞こえてくる。
私は、自分の席に座りながら、ふうん、と心の中で呟いた。
(……転入生)
正直、あまり興味はない。
……つもりだった。
「――では、紹介しよう」
担任の先生が、教卓に立つ。
教室が静まった。
「本日から、このクラスに加わることになった」
「アルト・フォン・レイヴァンだ」
扉が開く。
一人の男子生徒が入ってきた。
銀に近い淡い金髪。
穏やかな瞳。
柔らかい微笑み。
第一印象――
(……爽やか)
まさに、好青年。
「はじめまして。アルトです」
「よろしくお願いします」
にこっと微笑む。
瞬間。
教室が、ざわっと色めいた。
「やば……かっこいい……」
「王子様系……」
「レオン様タイプ……?」
ひそひそ声が飛び交う。
私は、無意識に隣を見た。
――レオン。
……無表情。
いや。
正確には。
(……ちょっと、怖い)
目が、完全に笑っていない。
「では、席は……」
先生が名簿を見る。
「……リリアの隣が空いているな」
「そこに座りなさい」
「え?」
私の声と、周囲のどよめきが重なった。
「ええええ!?」
「リリア様の隣!?」
「うそでしょ……」
(ちょ、ちょっと待ってください!?)
心の準備がない。
でも。
「よろしくね、リリアさん」
アルトは、自然に隣へ来て、微笑んだ。
「……よろしくお願いします」
ぎこちなく頭を下げる。
……と。
視線を感じる。
ものすごく強い視線。
レオンだ。
完全に、こっちを見ている。
(や、やめてください……)
胃が痛い。
昼休み。
私は、お弁当を持って中庭へ向かおうとしていた。
すると。
「リリアさん」
後ろから、声。
振り向くと――アルト。
「あ、はい?」
「よかったら、一緒にお昼どうかな?」
にこっ。
爽やかスマイル。
周囲の女子、ざわっ。
(え!? え!?)
「えっと……その……」
断ろうとした、その瞬間。
「何してんの?」
低い声。
背後から、冷気。
振り向くと――レオン。
無表情。
でも、圧がすごい。
「……昼だろ」
「一緒に食べる約束してたよな?」
……してたっけ?
いや、してない。
けど。
「え、ええと……」
私が迷っていると。
アルトが、穏やかに言った。
「あ、そうだったんだね」
「じゃあ、また今度にしよう」
にこっと笑って去っていく。
……いい人すぎる。
でも。
「……ふーん」
隣から、低い声。
レオンが、私の手首を掴んだ。
「行くぞ」
「ちょっ……!」
半ば引きずられる。
(ちょっと強引すぎません!?)
中庭のベンチ。
二人きり。
……いや。
レオンが、異様に近い。
「……近いです」
「離れない」
即答。
「……どうして不機嫌なんですか」
恐る恐る聞く。
すると。
レオンは、しばらく黙ってから言った。
「……あいつ」
「距離、近すぎ」
「は?」
「初日から誘うとか、意味わかんない」
……そこ?
「普通じゃないですか」
「普通じゃない」
即否定。
「俺が嫌」
ストレートすぎる。
(……子どもですか)
でも。
ちょっと嬉しい自分がいて、困る。
その日の放課後。
私は、図書室で資料を探していた。
すると。
「また会ったね、リリアさん」
振り向くと、アルト。
「あ……はい」
「勉強熱心なんだね」
「いえ、そんな……」
自然な会話。
普通。
本当に、普通。
「リリアさんってさ」
アルトが、少し声を落とす。
「すごく、優しいよね」
「え?」
「話してると、落ち着く」
どき。
(な、なにこの人……)
まっすぐすぎる。
すると。
「……楽しそうだな」
聞き覚えのある声。
振り向くと。
――レオン。
完全に不機嫌。
「レ、レオン……」
アルトは、状況を察したように微笑んだ。
「もしかして、彼氏?」
「……っ!!」
「ち、違います!!」
即否定。
反射。
……しまった。
レオンの表情が、一瞬だけ曇る。
アルトは、少し驚いたあと。
優しく笑った。
「そっか」
「じゃあ――」
一歩、私に近づいて。
「僕にも、チャンスあるってことだね」
――爆弾発言。
「……は?」
頭が真っ白。
次の瞬間。
ぐい。
腕を引かれた。
「あるわけないだろ」
低く、冷たい声。
レオンだった。
私を、自分の後ろに庇う。
「こいつは」
真っ直ぐ、アルトを見る。
「俺のだから」
……え?
「……え!?」
私の声が、図書室に響いた。
アルトは、目を見開いて。
そして、くすっと笑った。
「なるほど」
「……独占欲、強いね」
「悪いか」
「いや」
アルトは、楽しそうに言った。
「ますます、面白そうだ」
意味深すぎる。
嫌な予感しかしない。
私は、レオンの背中を見つめながら、思った。
(……これ、絶対、波乱の始まりですよね)
――転入生の微笑みは。
静かに、恋の火種を落としていた。




