第5話 「からかうか、からかわれるか」
――最近の私は、完全におかしい。
理由は、はっきりしている。
(……レオンのせいです)
朝、鏡の前で身だしなみを整えながら、私は小さくため息をついた。
髪よし。
制服よし。
……顔、赤くない。
たぶん、大丈夫。
(よし)
そう思って部屋を出た瞬間。
「おはよ、リリア」
門の前に立っていた人物を見て、心臓が跳ねた。
「……っ!」
レオン・フォン・クラウゼル。
今日も爽やか。
今日も完璧。
今日も無駄にかっこいい。
「……おはようございます」
声が、少し裏返った。
「?」
レオンは首をかしげた。
「なんか、緊張してない?」
「してません」
即答。
大嘘。
「ふーん?」
疑いの目。
やめてほしい。
そんなふうに見つめられると、余計に落ち着かなくなる。
最近。
レオンは、明らかに私をからかう頻度が増えていた。
「リリア、今日も可愛いな」
「やめてください」
「照れてる?」
「照れてません!」
「顔赤いけど?」
「……っ!!」
こういうやつ。
確信犯。
しかも、楽しんでいる。
(昔は、もっと無口だったのに……)
どうしてこうなった。
午前の授業。
私はノートに必死に向かっていた。
集中しないと。
考え事をしたら、すぐレオンの顔が浮かぶから。
「――次、リリア。答えなさい」
「は、はい!」
慌てて立ち上がる。
……けど。
(な、なに聞かれてたんだっけ……!?)
頭、真っ白。
教室が静まり返る。
すると。
隣の席から、小さな声。
「……三番目」
レオン。
口だけ動かして、答えを教えてくれる。
「……三番目です」
「正解」
先生の声。
助かった。
ほっとして座る。
その瞬間。
耳元で、囁かれた。
「可愛い失敗」
「……っ!」
私は思いきり睨んだ。
「からかわないでください!」
「からかってない」
「絶対うそです!」
彼は、楽しそうに笑った。
……悔しい。
昼休み。
中庭のベンチ。
私は親友のミリアとお弁当を広げていた。
「ねえ、リリア」
「なんですか?」
「最近さ、レオン様と雰囲気変わったよね」
「……そ、そうですか?」
「うん。前より距離近い」
「そ、そんなこと……」
否定したいのに、できない。
事実だから。
「ねえねえ、もしかして――」
ミリアがにやりと笑う。
「意識してる?」
「してません!!」
即答。
声、大きすぎた。
周囲の視線が集まる。
(終わった……)
ミリアは確信した顔になった。
「はいはい」
「信じてください!」
「何を信じるの?」
突然、後ろから声。
「!?」
振り向くと、レオン。
いつからいたの。
「……なにも」
「怪しい」
そう言いながら、当然のように隣に座る。
距離、ゼロ。
近い。
「レオン様、相変わらず独占欲強いですね〜」
ミリアがわざとらしく言う。
「当たり前だろ」
即答。
「え?」
私とミリア、同時に固まった。
「……冗談」
少し遅れて付け足す。
でも。
目が、笑ってない。
(今の、冗談……?)
心臓が、変な音を立てた。
放課後。
私は図書室で資料を探していた。
すると。
「リリア」
背後から、声。
「またですか……」
振り向くと、やっぱりレオン。
「なんで毎回来るんですか」
「会いたいから」
さらっと言う。
「……からかわないでください」
「本気だけど?」
真顔。
「……っ!!」
私は完全にフリーズした。
「……冗談」
くすっと笑う。
遅い。
心臓、もう持たない。
(この人、絶対わざとやってる……)
帰り道。
夕暮れの並木道。
並んで歩きながら、私は意を決した。
「……レオン」
「ん?」
「からかいすぎです」
「え?」
「私のこと、からかうの、楽しいんですか」
少し、むっとしながら言う。
彼は、しばらく黙ったあと。
「……楽しいよ」
「!」
「だって、可愛い反応するから」
にっこり。
悪魔。
「でもさ」
ふっと、声が柔らかくなる。
「嫌なら、やめる」
真剣な目。
私は、言葉に詰まった。
(……嫌じゃない)
むしろ。
嬉しい。
でも、それを認めるのは――悔しい。
「……別に、嫌じゃないです」
小声で答える。
レオンの目が、少し見開かれた。
「へぇ?」
そして。
満足そうに微笑む。
「じゃあ、もっとからかう」
「なっ!?」
「逃げられると思うなよ?」
手を、ぎゅっと握られる。
「……ばか」
そう言いながら。
私は、そっと握り返していた。
――からかうか、からかわれるか。
この勝負。
たぶん。
もう、最初から負けている。




