第3話 「幼なじみ公爵令息様を、急に直視できません」
――おかしい。
絶対に、おかしい。
朝。
自室の鏡の前で、私は何度目かわからないため息をついた。
(……顔、赤くない?)
昨日のことが、頭から離れない。
「好きな人いるから」
「取られたくない」
あの声。
あの距離。
あの手の温度。
(思い出すな私!!)
布団に顔を埋めたくなる。
今まで、レオンは「からかってくる幼なじみ」だった。
それだけだったのに。
最近は――違う。
明らかに、距離がおかしい。
言動も、おかしい。
視線も、重い。
(……もしかして)
考えそうになって、ぶんぶん首を振った。
「ないないない!」
そんなわけない。
……はず。
登校。
いつものように、門の前で待っているレオン。
……が。
(直視できない……!!)
「おはよ、リリア」
「お、おはようございます……」
声、裏返った。
やばい。
不審者。
「……どうした?」
レオンが、不思議そうに覗き込む。
顔が近い。
近すぎる。
「ち、近いです!」
ばっと後ずさる。
彼は目を瞬かせた。
「……逃げるなよ」
少し、傷ついた声。
胸が、ちくっとする。
「……逃げてません」
小声で言い訳。
授業中。
まったく集中できない。
ノートには――
『レオン』
って三回も書いてある。
(終わってる……)
慌てて消す。
隣の席のミリア(親友)が覗き込んできた。
「ねえ、リリア」
「な、なんですか」
「最近さ、レオン様と何かあった?」
「な、なにも!」
即答。
怪しすぎる。
ミリアはにやにやした。
「へぇ〜?」
「信じてください!」
昼休み。
中庭。
私は一人で逃げるようにベンチに座った。
(落ち着こう……)
すると。
「ここ、いい?」
聞き慣れた声。
レオン。
(神様、意地悪すぎません?)
「……どうぞ」
距離を空けて座る。
……のに。
彼が詰めてくる。
結果:密着。
「な、なんで近づくんですか」
「リリアが遠いから」
即答(二回目)。
「最近、避けてるだろ」
低い声。
責めてない。
でも、不安そう。
私は言葉に詰まった。
「……その……」
言えない。
“意識してます”なんて。
絶対言えない。
放課後。
廊下で、女子たちの会話が聞こえた。
「レオン様って、誰と結婚するんだろ」
「絶対いいとこの令嬢よね〜」
「リリア様かな?」
……え?
足が止まる。
「でも、本人たち否定してるよね」
「まあ、幼なじみだし?」
胸が、ざわつく。
(……結婚)
そんなの、考えたことなかったのに。
なのに――
なぜか、嫌じゃない。
むしろ。
(……いや、何考えてるの私!!)
帰り道。
並んで歩く二人。
沈黙。
耐えきれず、私が言った。
「……レオン」
「ん?」
「……もし」
言いかけて、止まる。
聞きたい。
でも、怖い。
「……やっぱり、何でもないです」
彼は足を止めた。
「リリア」
振り向くと、真剣な目。
「俺は」
一瞬、迷って。
「……逃げないから」
意味深すぎる。
「だから、ちゃんと見て」
そっと、額を合わせてくる。
近い。
近すぎる。
「……っ!!」
私は真っ赤になって固まった。
レオンは、小さく笑う。
「可愛い」
「言わないでください!!」
でも、心臓は暴走。
完全に。
――恋の入口に立っていた。




