第1話 「幼なじみ公爵令息様は、今日も距離が近いです」
――正直に言おう。
私、リリア・フォン・アルヴェーンは、最近とても困っている。
「おはよう、リリア。今日も可愛いね」
「……朝から何言ってるんですか」
目の前で爽やかに微笑むのは、レオン・フォン・クラウゼル。
この国でも指折りの名門・クラウゼル公爵家の跡取りにして、王立貴族学園の“王子様”。
そして――私の幼なじみ。
……というより、問題児。
「ひどいなぁ。素直に喜べばいいのに」
「喜びません」
私はきっぱり言い切って、彼から半歩距離を取った。
なのに。
「はいはい、逃げない逃げない」
当然のように、距離を詰められる。
近い。近すぎる。
吐息がかかる距離は、普通じゃない。
(なんでこの人、平然とこんなことできるの……)
昔は、こんなじゃなかった。
小さい頃のレオンは、もっと静かで、無口で、私の後ろにくっついてくるタイプだった。
泣き虫だった私を、黙って守るような子。
それが今では――
「ほら、行くよ。遅刻する」
私の手を、当たり前のように取る。
「ちょっ……! 離してください!」
「やだ」
即答。
しかも爽やか。
(意味がわからない!!)
学園に着けば、視線が痛い。
「また一緒……」
「仲良すぎじゃない?」
「婚約者みたい……」
ひそひそ声が、耳に刺さる。
私は慌てて手を振った。
「ち、違いますから! 幼なじみなだけです!」
「へぇ?」
横で、レオンが意味深に笑う。
「俺は、そう思ってないけど?」
「はぁ!?」
私は勢いよく振り向いた。
「な、何を勝手なことを……!」
「冗談」
そう言って、彼は軽くウインクする。
――ずるい。
こういうところが。
誰にでも優しくて、誰にでも距離が近くて。
なのに、私には特別みたいな顔をする。
(……期待しちゃうじゃない)
私は小さく唇を噛んだ。
昼休み。
中庭のベンチで、一人で本を読んでいると。
「はい、差し入れ」
いつの間にか、隣にレオン。
私の好きな苺タルト。
「……どうして」
「昨日、食べたいって言ってた」
「小声でしたよね!?」
「俺、リリア専用レーダー搭載してるから」
「要りませんそんな機能!」
でも――
嬉しいのが悔しい。
私は小さく「……ありがとう」と呟いた。
レオンは、満足そうに微笑む。
「可愛い」
「言わないでください!」
放課後。
帰り道。
「なあ、リリア」
珍しく、真面目な声。
「……何ですか」
「俺さ」
一瞬、言葉に詰まる。
そして――
「やっぱ、他の男と仲良くすんなよ」
「……は?」
「冗談じゃない」
その目は、冗談じゃなかった。
独占欲。
本気。
執着。
全部が混じった視線。
私は、なぜか胸が苦しくなる。
「……意味わかりません」
「そのうち、わかる」
そう言って、彼は私の頭を優しく撫でた。
「逃げんなよ?」
その言葉に、なぜか背中がぞくりとした。
――この時の私は、まだ知らなかった。
この幼なじみの“本気”が、
これからどれほど私の人生を振り回すかを。




