家族になりたい
読んでいただきありがとうございます。
※アイリス視点に戻ります。
※最終話です。長くなっちゃいました。
(寝ちゃったかぁ)
しばらく愚図っていたアランだったが、冒険者ギルドに到着するより先に私の腕の中で眠ってしまった。
いつもなら、夕方に眠ると夜寝る時間が遅くなってしまうと焦るが、今日ばかりはこのまま眠っていてもらったほうがいいのかもしれない。
「冒険者ギルド……?」
「ああ。今はここに住み込みで働いているんだ」
そう言って、私は眠るアランを抱いたままギルドの裏口の鍵を開け、中に入って階段を登る。
そんな私の後ろをユーインもついてくる。
(まさかまたユーインに会うことになるなんて)
突然現れたユーインに驚く私。
アランと同じ髪と瞳の色を持つユーインの姿に何かを察したのか、ハドリーは肩車をしていたアランを下ろすと「また明日な」と言って立ち去った。
だが、肩車を中断されたことでアランの機嫌が一気に悪くなり、癇癪を起こして立ち話ができる状況ではなくなってしまう。
仕方なく私たちが暮らす部屋へユーインを案内することにし、その道中にアランは泣き疲れて眠ってしまったというわけだった。
部屋に入るとユーインに椅子を勧め、私はアランをベッドに寝かせにいく。
そして、スヤスヤと眠る我が子の顔を見つめながら、これからのことを考えた。
ユーインが私の前に現れたのは、さすがに偶然とは言えないだろう。
(どうしてユーインが? 目的は……まさか、アラン?)
他国に逃げた私の居場所がバレているのならば、妊娠していたことを把握されていてもおかしくはない。
そこまで考えた私はぎゅっと拳を握る。
(アランだけは渡せない……!)
そう強く決意し、私はテーブルを挟んでユーインの向かいの椅子に座った。
「アイリス……突然すまない。……元気だった?」
「ああ。周りの人たちに助けてもらいながら何とかやってるよ」
「そう……。てっきりこの国でも騎士として働いているのかと思ってた」
「さすがにアランを一人で育てながら騎士として働くのは無理があるからな」
「一人で……」
そう呟いたあとユーインは黙り込む。
久しぶりの会話はどうにもぎこちなく、何をどう喋ればいいのかわからない。
しばらくの沈黙のあと、意を決したようにユーインが口を開く。
「どうして僕に何も言わずにこの国へ……? あの子は……アラン君は僕の子だろう?」
「…………」
ユーインと同じ髪と瞳の色を持つアランを見られて否定をするのは難しい。
そんな私の無言を肯定と受け取ったらしいユーインは言葉を続ける。
「僕の帰りを待っていてくれなかったのは、やっぱり僕が君の夫として相応しくないから?」
「え?」
「さっきの若草色の髪の男……あいつが君の夫になるの?」
若草色の髪の男とはハドリーのことだろう。
「ちょっと待ってくれ! どうしてハドリーが私の夫になるんだ!?」
「アラン君が「とーしゃま」と呼んでいたじゃないか!」
「いや、それには理由があって……」
「わかってる! アイリスが僕の前から姿を消した時点で答えはわかっているんだ! だけど、どうしても君の口から直接聞きたくて……」
ユーインの声と表情は悲壮感を増していくが、私は彼の言葉の意味がわからず混乱してしまう。
「聞きたいって何を……?」
「手紙の返事を聞きたい。そうすれば君のことを諦められると思うから……」
「手紙?」
だが、ユーインから手紙を貰った記憶はない。
そんな私の反応に気づいたのか、ユーインが言葉を付け加える。
「ほら、僕が魔物の暴走のせいで緊急招集された日だよ。サイドテーブルの上に手紙が置いてあっただろう?」
「いや、そんなものはなかったと思うが……」
「え……?」
そのまま無言でユーインとしばし見つめ合う。
「あの手紙を読んでいなかった……?」
「ああ。すまないがユーインが言っている手紙に心当たりはない」
呆然とするユーインに、今度は私から話を切り出す。
「妊娠を告げずに勝手に出産したことは悪いと思っている。その……一夜だけでいいと自分から言った手前「妊娠したから責任を取ってほしい」だなんて言えなかったんだ。でも、お腹の子をどうしても産みたくて……」
私はかつての両親の不和や、父から愛されていないこと、ローズとの確執などをユーインに説明していく。
「だから、アランは私の唯一の家族なんだ。頼む、アランを連れていかないでくれ!」
「僕はアラン君だけを連れていこうだなんて考えていないよ」
「そうか……」
ホッと安堵の息を吐く私を見て、ユーインは「オリビアの言うとおりだったな」と小さく呟いた。
そして、アランと同じ紫の瞳が真っ直ぐに私を見つめる。
「僕もアイリスの家族になりたいんだ」
「え……?」
「君のことがずっと好きだった。君がいなくなってからもどうしても諦めることができなくて……」
「な、何を言って……? あ……ああ、そうか。アランのことは責任を感じなくていい」
きっとユーインはアランの存在を知って責任を取るつもりなのだろう。
すると、ユーインは鞄の中から一冊のノートを取出し、私に手渡してきた。
「読んでみて」
ユーインに渡されたノートは王立学園時代に使っていたものと同じで、見るからに使い込まれている。
そっとノートの表紙を捲ると、びっしりと書き込まれた文字が飛び込んできた。
そこには日時と場所、人物名などと共にユーインに向けられた悪意の数々が詳細に書かれており、読んだ私は困惑してしまう。
(これをユーインが……?)
だが、そのまま読み進めていくと、ある日を境にノートに書かれている内容ががらりと変わった。
(私……?)
そう。全部が全部『私』について書かれているのだ。
剣の手入れをする私の姿を健気だと評し、食堂で二人前のランチを頬張る私を可愛いと述べ、筋トレに励む私を抱きしめたいと……。
内容的にこれは学生時代のもの。
しかし、私は学園でユーインと交流をした記憶はない。
そのことを不思議に思っていると、ユーインが同級生に虐められている現場に私が割り込んだのが初対面だったと説明してくれた。
言われてみると、そんな出来事があったような気もするが……。
「その時のアイリスがとても可愛くて」
恥ずかしそうに笑うユーイン。
(可愛い……?)
男子生徒に間違われることが日常茶飯事だったのに……。
そして、私はこのタイミングでユーインとの一夜を思い出してしまう。
(何度も私に「かわいい」と言っていたのは、まさか本心だったのか……?)
てっきり、場を盛り上げるリップサービスだと思っていた。
(じゃあ、学生時代から今日までずっとユーインは私のことを……?)
あまりの衝撃に今度は私が呆然としてしまう。
「こんなもの見せられて気持ち悪いよね……。でも、ずっと君のことを好きだったって証明するにはこれしかないと思って」
「いや、でも、ユーインには他にも相手がいるって……」
「僕が女誑しだって噂のことだったら、あれは全部デマだよ」
「え?」
「女性を弄ぶどころかお付き合いだってしたことはないし……。性交渉もアイリスが初めてだし……」
「ええっ!?」
だが、あの時のユーインは手慣れた様子で高級宿の部屋を押さえ、行為そのものだって……。
どれも初めてだとは思えなかったと告げると、ユーインは照れた表情で口を開く。
「アイリスとの初めてを最高のものにしたくて。本当は部屋のベッドに花びらを撒きたかったんだけど、用意が間に合わなかったのは心残りかな……。あとは何年もイメトレを続けた賜物だと思う」
「…………」
イメトレって何だろう……と、色々気になるところはあるものの、ユーインが嘘でも冗談でもなく私のことを好きだったことは理解した。
それに、自分の些細な行動が記録されていたことには驚いたが意外と不快感はなかった。
(まあ、部屋の中まで覗かれたわけじゃないし……)
その辺りは個人の感覚によるのかもしれない。
ユーインの言葉通り「気持ち悪い」と感じる人もいるだろう。
だけど私は、そんなにも想ってくれていたのかと……あの夜、私を求めるユーインの甘い言葉の数々が本心だったのだと、そのことを嬉しいと思ってしまったのだ。
父親にすら愛されない、元婚約者にも女として見れない言われた私のことを、この人はこんなにも愛してくれている。
「ユーイン。今まで君の気持ちに気づかなくてすまない」
「いや、僕がちゃんと自分の言葉で伝えればよかったんだ。それで……僕はやっぱりアイリスを諦めきれそうにないんだけど……」
そう言って、ユーインが私を見つめる。
その時だった。
「かーしゃま? どこー?」
目を覚ましたアランが半泣きで現れる。
「アラン、起きたのか」
私の姿を見つけたアランはへにゃりと笑い、次にユーインを見て不思議そうな表情になる。
「とーしゃま?」
「え?」
アランに「とーしゃま」と呼ばれたユーインが驚いたように目を見開く。
「アランはまだ父親というものがよくわかっていなくて、周りの子供の真似をして若い男をとりあえず「とーしゃま」と呼ぶんだ」
「そう……。そうだったんだ……」
これでようやくハドリーとの誤解も完全に解けたようだ。
私は両手を伸ばしたアランを抱き上げる。
「ユーイン。君の気持ちはとても嬉しい。だけど、私にはアランがいるから……。すぐに返事はできない」
好きと言われて嬉しかったから……。
そんな理由で簡単にユーインを受け入れるわけにはいかない。
何よりも大切なのはアランのこと。
これまで恋人ですらなかった私とユーインが、いきなりアランと三人の家族になれるとは思わない。
だけど私の返事を聞いたユーインは嬉しそうに微笑む。
「うん! アイリスが僕との未来を少しでも考えてくれるだけで嬉しいよ」
そんなユーインの言葉に、私の胸に温かいものが溢れる。
それからユーインは冒険者ギルドの近くに家を借りて暮らし始めた。
朝、アランを連れてメイジーさんの家に向かう時、仕事を終えた私がメイジーさんの家からアランを連れ帰る時、ユーインは必ず姿を現し、三人で過ごす時間を持つようになる。
アランがユーインの存在に慣れてくると、休日も三人で過ごすようになった。
副団長の仕事は大丈夫なのかと心配したが、魔物の暴走の収束に貢献した功労者として長期休暇をぶん取ってきたのだという。
「半年後の叙爵式には一応顔を出すつもりだけどね」
なんと長期休暇だけでなく爵位まで。
だけど、ユーインは副団長の地位にも爵位にも今はあまり執着していないのだという。
「だって、どれもアイリスの隣に立つために手に入れたものだから……」
今は必要なくなったと言って、ユーインは穏やかに笑う。
どうやら、このままこの国に移住することもユーインは視野に入れているようだ。
「そうそう、爵位で思い出したけれど、フェザーストン伯爵家は大変みたいだよ」
「え?」
私がフェザーストン伯爵家を除籍されてから、もちろん父とは没交渉で、ローズとコンラッドのその後を知ることはなかった。
ユーインの話によると、ローズとコンラッドは婚姻を結んだが、ローズが子供を出産してすぐにコンラッドの浮気が発覚したそうだ。
コンラッドが浮気をした理由は、妊娠と出産によってローズの体型が変わってしまったから。
「容姿を理由に浮気をする馬鹿が改心するはずはないし、君の異母妹は自分が浮気をされる側になるとは考えもしなかったんだろうね」
しかも、彼ら二人は私という婚約者を蹴落として結ばれたこともあり、社交界でフェザーストン伯爵家は嘲笑の的になっているらしい。
その話を聞いた私は、籍を抜いて正解だったと改めて思った。
「とーしゃまー! 抱っこ!」
ユーインの姿を見るなり、手を伸ばして甘えるアラン。
そんなアランにユーインは柔らかな眼差しを向け、そっと抱き上げる。
ユーインの目標は、自分だけが「とーしゃま」と呼ばれるようになることだそうだ。
まだまだ私たち三人がどうなるかはわからない。
だけど……。
「アイリス!」
右腕にアランを抱きながら、左手を私に差し出すユーイン。
そんな彼と手を繋いで、私たち三人は明るい未来を作るべく歩き出すのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
ブクマやイイネ、感想も励みになりました。
よろしければ評価の☆も押していただけると嬉しいです。




