準備は万端だった(Side.ユーイン)
読んでいただきありがとうございます。
※ユーイン視点です。
あの日以来、僕は彼女……アイリスのことが気になって仕方がない。
フェザーストン伯爵家の長女で、僕の一つ歳下の王立学園騎士科の二年生で、婚約者はいなくて、それからそれから……。
恨みつらみの呪詛の言葉で埋め尽くされていたノートが、今ではアイリスの情報で埋まっていく。
しかし、彼女と直接会話をすることはなかった。
(いいんだ。僕は見ているだけで……)
そう。フェザーストン伯爵家の跡継ぎでもあるアイリスは、孤児出身の僕がどうこうできる相手じゃない。
そんなある日のこと、学園から帰宅した僕を金髪碧眼の美少女が腕を組んで待ち構えていた。
「オリビア?」
「おかえりなさいませ、お義兄様。ちょっと面を貸していただけます?」
「えっ?」
僕をお義兄様と呼ぶが、僕とオリビアに血の繋がりはない。
彼女こそがオールディス侯爵家の一人娘であり、正当な後継者であった。
そのまま問答無用でオリビアの自室に連れ込まれる。
そして、椅子に座られされた僕は、再び腕組みをしたオリビアと向かい合う。
「単刀直入に申し上げます。どうしてお義兄様はアイリス様を口説こうとなさらないの?」
「は……?」
オリビアが何を言っているのか理解ができず、僕はぱくぱくと口を動かす。
「な、な、なんで……?」
そして、ようやく絞り出した僕の言葉をオリビアは鼻で笑う。
「そんなのお義兄様が書いたノートを盗み見したからに決まっているでしょう?」
「あーーーーっ!!!」
思わず叫んだ僕を見て、オリビアは煩わしそうに顔を顰めた。
「どうして僕のノートを勝手に! 酷いじゃないか!!」
「あら? 次期当主としてお義兄様がオールディスを名乗るに相応しいかどうかを見極めるためですわ」
「はあ? なんだよそれ?」
「虐めてきた連中にお義兄様がどのような対応をなさるのかを見させていただくつもりでした」
「…………」
どうやら僕の秘密のノートは随分前からオリビアに閲覧されていたらしい。
「養子で継承権がなくとも、お義兄様はオールディスの名を背負っているのです。やられっぱなしだなんて冗談じゃありませんわ!」
「…………」
「それは恋愛も同じです。意中の相手が目の前にいるのに指をくわえて見ているだけだなんて、あり得ません。お義兄様にはアイリス様が惚れるような魅力的な男になっていただかないと。まずは……見た目からでしょうね。その肥え太った身体を引き締めなければ!」
「ま、待ってよ! いくら見た目を変えても僕が孤児出身なのはどうにもならないし……」
「孤児出身? それが諦める理由になるとでも? 必要なら周囲が納得する成果を上げて爵位をぶん取ればいいのです。それくらいの能力はお持ちでしょう?」
「いや、でも……」
「いやでもだっては必要ありません。全ては努力と行動あるのみ! 努力は報われるのではなく、努力で報わせるのです!」
「…………はい」
そう。オリビアはオールディスの血を引く正当なる後継者。
つまりは彼女も脳筋なのである。
こうなってしまった以上、僕に拒否権はない。
「そうそう。お義兄様に危害を加えた者たちへの制裁もお忘れなく」
「わかってるよ」
こうしてオリビア監修の元、僕は猛烈なダイエットに励むことになった。
孤児院で暮らしていた頃の僕は貧しい食事のせいかガリガリに痩せていて、その反動なのかオールディス侯爵家に引き取られてからは必要以上に食べるようになってしまった。
特に孤児院でほとんど口にすることのなかった甘いお菓子に夢中になり、今でも過剰に食べてしまう。
その辺りをオリビアに指摘され、まずは食事制限から始まり次に適度な運動。
始めたばかりの頃は食事が足りずにイライラすることも多かったが、一ヶ月……二ヶ月……と続けているうちに適正な食事量に身体が慣れ、実際に体重が落ちていくことがモチベーションにも繋がっていく。
もちろんダイエット中だからといって学業を疎かにすることは許されず、僕は王立学園の魔術師科を首席で卒業し、そのまま第三魔術師団への入団が決まる。
その頃には僕の身体は随分と引き締まり、肌の吹き出物もいつの間にかなくなり、顔を隠すように伸ばしていた前髪を短くすっきりさせると……なぜか女性にモテるようになった。
これまでオリビア以外の女性とまともに会話すらしたことのない僕はひどく戸惑い、女性からの誘いは丁重に断り、告白をされた時も正直に他に好きな女性がいるからと説明をした。
そして、ついにアイリスが王立騎士団へ入団する日を迎える。
僕の準備は万端だった。
あの時の虐められていたデブの面影はなく、魔術師団に所属する頼れる先輩としてまずは彼女を食事へ誘い、親密な関係への一歩を……。
「すまない。私には婚約者がいるんだ」
「え……?」
「だから二人きりで食事に行くわけにはいかない」
「そ、そっか……」
僕が食事に誘う数日前にアイリスとコンラッドの婚約が結ばれたのだという。
それから物事は悪いほうへと転がっていく。
僕が告白を断った女性の一人が、まるで僕と恋人であるかのような噂を流し、それに対抗するように別の女性が自分が本当の恋人だと主張した。
おかげで僕は何人もの女性を誑かす遊び人だと認識されるようになり、その話はアイリスにまで伝わってしまう。
(虚しい……)
だけど、どうしてもアイリスを諦めきれなくって、学園時代に逆戻りしたかのように彼女をずっと見守り続けた。
(だから、アイリスから「抱いてくれ!」と言われた時は本当に嬉しかったんだ……)
例え彼女に僕への恋情がなかったとしても、騎士団を辞めたくない一心だったとしても、数多の男の中から僕を選んでくれた。
それにフェザーストン伯爵家の後継者でなくなった彼女なら爵位の無い僕とでも……。
そんな未来を夢見て、隣で眠る彼女を見つめながら僕の心は満たされていく。
(アイリスが目覚めたら婚約を申し込もう。いや、まずは恋人として始めたほうが……)
なんてことを考えていたら、タイミング悪く魔導具から緊急招集命令の呼び出し音が鳴る。
要件はナズラーヤの森での魔物の暴走の発生。
危険な任務だか、逆にこれはチャンスでもあった。
ここで活躍をしてみせれば褒賞……つまり、爵位を与えられる可能性があるということ。
隣で眠るアイリスを何度か揺さぶってみるも、熟睡しているのか一向に起きる気配はない。
時間がなかった僕は、事情と自身の胸の内を紙に記すことにした。
緊急招集命令が出たこと、僕の帰りを待っていてほしいこと、アイリスをとても大切に想っていること、アイリスとの関係を一夜だけでは終わらせたくないということ。
もともと喋るよりも書くほうが得意なこともあり、僕の素直な気持ちを書き記すことができた。
その手紙をサイドテーブルの上に置き、眠るアイリスの額にそっと口付けを落とす。
そうして僕を含めた第三魔術師団総員はナズラーヤの森へ向かい、魔物の暴走の対処に取り掛かる。
次から次へと湧き出る魔物に神経を擦り減らしながらも戦い続け、全ての魔物を狩り尽くすのに一年近くも掛かってしまった。
(ようやく王都に帰れる……)
だけど、そこにアイリスの姿はなかった。
周囲はコンラッドとの婚約解消が原因だろうと噂をしていたけれど、そんな理由で騎士団を退団するとは到底思えない。
(アイリス……何があった? 一体どこへ?)
僕はオールディス侯爵家の力も借りて、アイリスの行方と事情を探る。
そして、わかったことは……。
(妊娠……!?)
時期的におそらく僕との子供……だと思う。
だけど、どうしてアイリスが王都から姿を消す必要があったのかがわからない。
(僕の帰りを待てなかった? あの手紙じゃ僕の気持ちは伝わらなかった? それとも……子供の父親に僕は相応しくないってこと?)
わからない。わからない。
ただ、ネガティブな感情に襲われ、僕は自室に閉じこもってしまう。
そんな僕の背中に蹴りを入れ、部屋から引き摺り出したのがオリビアだった。
「いい加減になさい! 大事な言葉を紙に書いてばかりいるからこんなことになるんでしょう!? さっさと会いにいって面と向かって気持ちを伝えてらっしゃい!」
そうして、僕の手に捩じ込まれた紙にはサマナラザ王国の名が書いてあった。
次回で最終話です。
明日朝8時頃に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




