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アラン

結局、私は王立騎士団を休職ではなく退団することに決める。


騎士団を辞めたくなくてユーインを頼ったはずだったのに、お腹の子のためならば自分でも驚くほどあっさり諦めることができたのだ。


そして、父にはフェザーストン伯爵家から私の籍を抜くよう手紙を書き、私は逃げるようにサマナラザ王国へ向かった。


もちろん誰にも理由と行き先は告げずに。


ちょうどコンラッドとの婚約が解消されたばかりなので、周囲はそれが原因で私が姿を消したと思ってくれるだろう。

純潔を失ったと知っている父だって、まさか私が妊娠までしているとは気付かないはず……。


こうして、ディンブルビー侯爵夫人の取り計らいもあり、お腹が目立つ前にサマナラザ王国へ移り住むことに成功する。


それからしばらくして私は元気な赤ちゃんを出産した。

名前はアラン。

青銀髪に紫の瞳を持つ、愛らしい男の子だ。


時を同じくして、ナズラーヤの森で発生した魔物の暴走(スタンピード)が収束したという話を聞いた。

第三魔術師団の副団長であるユーインも無事だったらしい。


(よかった……)


きっと、ユーインに会うことはもうないだろう。

私との一夜なんて、数多の女性と浮き名を流すユーインにとって取るに足らないもののはず。


(私にとっては特別な一夜だったな)


おかげで、こんなにも愛しい我が子を腕に抱くことができたのだから……。


それからは目まぐるしく日々が過ぎていく。

産後はディンブルビー侯爵夫人の庇護下でお世話になりながら、初めての育児に奮闘する。

だが、いつまでも夫人の好意に甘えるわけにはいかない。


アランが一歳になると、夫人に住み込みの仕事を紹介してもらい、私は自立への道を歩み始めた。

と言っても、幼いアランを一人で育てながら働くのは無理があるので、周りに助けてもらい何とか暮らしている状況だ。


「次の方、どうぞ」


受付カウンターの中から私が声をかけると、筋骨隆々なスキンヘッドの男が前に進み出る。


「討伐依頼された魔物の納品だ」


スキンヘッドの男がカウンターの上に麻袋を載せ、ぶっきらぼうに言い放つ。


ここはサマナラザ王国の王都にある冒険者ギルド。

私はその受付嬢として働いている。


「これはムラサキオオコウモリだな。もう討伐できたのか?」

「まあな。俺にかかれば楽勝だよ」


私の言葉にスキンヘッドの男が誇らしげに胸を張る。


「頼もしいな。さっそく解体と鑑定に回そう。悪いが明日の朝にもう一度来てくれないか?」

「ああ。わかってるよ」


冒険者が討伐した魔物は解体され、その素材のランクを鑑定し、冒険者ギルドで買い取るシステムだ。

もちろん素材そのものが欲しければ買い取りを拒否することもできる。


私はスキンヘッドの男に渡した番号札と同じ数字が書かれた札を麻袋の口にしっかりと巻き付ける。

そして解体室に運ぼうとした時、男の怒鳴り声がフロア中に響いた。

呼応するように別の怒鳴り声が響き、そんな怒鳴り合う二人を周囲が煽り、あっという間に乱闘騒ぎへと発展してしまう。


(またか……)


どうにも冒険者は血の気が多く、ギルド内での喧嘩は日常茶飯事。

そのせいでギルドの受付を担当する女性がすぐに辞めてしまうのだ。


だったら男にすればいいのに『受付は女の子がいい』というギルド長の謎のこだわりがあるらしい。


私の性別は女だが、腕っぷしには自身があるし多少の恫喝や喧嘩にも物怖じしない。

そのため、このような乱闘の仲裁役として即採用となり、ギルドの二階の一部屋を間借りさせてもらい、住み込みで働いているのだ。


私はカウンターからフロアに出て事態の収拾に向かう。


「こら! 喧嘩なら外でやってくれ!」

「アイリスちゃん! 聞いてくれよ、こいつが俺の依頼を横取りしやがったんだ」

「ちげーよ! 俺が先に目を付けたんだって!」


依頼内容と報酬が書かれたカードがフロアのボードに貼り付けてあり、希望者がカードを剥がして受付に持ってくるシステムなのだが、依頼は早いもの勝ち。

そのせいでこのような小競り合いが頻繁に発生する。


「わかったわかった。それじゃあ公平にじゃんけんで決めよう。ほら、じゃーんけーん……」


私の掛け声に合わせて二人の冒険者が素直にポイっとそれぞれ手を出した。

勝ったほうの冒険者はグーの手を掲げ、負けたほうの冒険者はチョキの手のまま崩れ落ちる。


「よし、これで文句はないな?」

「負けたあ! アイリスちゃーん、慰めてくれよぉ!」


すると、チョキを出した冒険者が泣き真似をしながら絡んできた。


「ははっ! よしよし、じゃんけんの腕も磨かないとな!」


私は笑いながら地べたに座り込む冒険者の頭を撫でてやる。


「そういう意味の慰めじゃ……いや、これはこれでアリかもしれない」

「おい、お前ずりぃぞ!」

「俺、じゃんけんに勝って勝負に負けた気がする……」


何やら再び盛り上がり始めた冒険者たちを放置し、私はカウンターの中に戻った。

すると、私の隣で仕事をしていた先輩受付嬢のエミリーがすーっと椅子ごと私に近寄ってくる。


「アイリス、今日も仲裁ご苦労さま」

「全く……あいつらは毎日毎日飽きもせずに喧嘩ばかりだな」

「ふふっ。きっとアイリスの気を引きたいのよ」


騒げば必ずアイリスが仲裁に現れる。

それをわかってやっている者もいるのだとエミリーは言う。


「こんな私の気を引いてどうするんだ?」

「乱暴者っていうイメージがあるから冒険者ってだけで女性に敬遠されるの。だからアイリスみたいに相手をしてくれる美人は貴重なのよ」

「はあ……?」


たしかに、騎士だった頃は短く刈っていた髪も今では肩までの長さになり、すっぴんで受付カウンターに座るのはダメだと化粧の仕方をエミリーに教わった。

おかげで以前よりは多少女性らしくなったのかもしれないが、それでも異母妹(ローズ)の可愛いらしさには敵わない。


きっと冗談混じりの軽口なのだと、私はエミリーの言葉を受け流す。


そのまま業務は滞りなく進み、午後三時になると終業の鐘が鳴った。

フロアにたむろする冒険者たちをギルドの外へ追い出し、清掃を終えた私はダッシュで着替えると、そのままギルドを飛び出て目的地へ急いだ。


「メイジーさん。ありがとうございました!」

「いえいえ。今日もアラン君はお利口でしたよ」


ギルドから歩いて十五分。走れば十分の距離にある民家を訪ねると、老婦人が笑顔で私を出迎えてくれる。


メイジーさんはディンブルビー侯爵家で乳母を務めた経験があり、私が働いている間のアランの面倒をみてくれている人だ。

もちろん給金は払っている。


「かーしゃま!」

「ただいま、アラン」


私の姿を見るなり駆け寄ってきたアランを抱き締める。

すると、アランは満面の笑みを浮かべ「きゃー!」と楽しそうに声を上げた。


二歳になったアランは(つたな)いながらも言葉を発するようになり、その愛らしさに磨きがかかりまくっている。


私はもう一度メイジーさんに礼を告げ、アランはバイバイと小さな手を振って別れの挨拶をした。

そして、今度はアランと手を繋ぎ、ゆっくりと来た道を歩いて戻っていく。


(ふふっ、可愛いな)


短い手足を動かしてテクテク歩く息子を眺める。

それだけで仕事の疲れは吹き飛び、幸せな気持ちでいっぱいになった。


もちろん楽しいことばかりの毎日じゃない。

子育てに悩み迷って振り回されることだってたくさんある。


「アイリス!」


その時、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえ、振り返ると若草色の髪に深緑の瞳を持つ青年が手を振っていた。


彼は冒険者のハドリー。

元は冒険者ギルドで何度か顔を合わせたことがある程度の関係だった。

しかし二ヶ月前、街中で突然アランが嘔吐し、偶然通りがかったハドリーがパニックになる私に声をかけ、迅速に対応することができたのだ。


そのことがきっかけで、ギルド外で会った時は気軽に会話ができる友人関係へ変化し、今に至っている。


「アランのお迎えか?」

「ああ、ハドリーは?」

「俺は……散歩だ」

「ははっ! 相変わらず散歩が好きなんだな」


そして、私がアランを迎えに行くタイミングとハドリーの散歩がよく被り、こうして道端で会話をすることも増えた。


「とーしゃま!」


ハドリーを指差しながらアランが大きな声で叫ぶ。


「おっ! アランも元気そうだな」

「とーしゃま、抱っこ!」

「はいはい」


ハドリーは慣れた様子でアランを抱き上げる。


「アラン。とーしゃまじゃなくてハドリーだぞ」

「まあまあ。アランはまだ小さいんだし、いいじゃないか」


そう言いながら、ハドリーはアランを肩車した。


アランが「とーしゃま」と呼ぶのは、ハドリーを父親だと認識しているからじゃない。

若い男性であれば誰かれ構わず「とーしゃま」と呼んでいるのだ。


おそらく周りの子供たちの言葉と行動を真似ているのだろう。


ハドリーはアランを肩車したまま私と並んで歩き出す。

端から見ればまるで家族のようだ。


「なあ、再婚は考えていないのか?」


突然、ハドリーが妙な質問をしてきた。

アランのとーしゃま発言に影響されたのだろうか。


「んー……私がアランを授かれたことが奇跡みたいなものだから……これ以上を望むつもりはないかな」


そもそも離婚どころか結婚すらせずにアランを産んだとは流石に言えず……。

だが、私の中にある本音をハドリーに伝えた。


婚約者にすら閨を拒否される私が母親になれたのは、どう考えても奇跡としか言いようがないのだから。


「まあ、あれだ。意外といい縁ってのは近くにあるのかもしれないぞ」

「え?」

「だから……その、よかったら今度三人で一緒に……」

「あーっ! いっちょ!」


その時、ハドリーに肩車されているアランが大きな声を出しながら指を差す。


(一緒?)


その方向に目を向けると、アランと同じ青銀髪に紫の瞳を持つ美しい顔の男が呆然とこちらを見つめていた。


「ユーイン……?」


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