心当たりはございます
「ご懐妊おめでとうございます」
「へ?」
微笑む女性医師から告げられたのはあまりに予想外な言葉。
魔物の暴走が発生してから二ヶ月が経つも未だに収束したとの報告はなく、第三魔術師団を中心に多くの魔術師や魔法剣士、冒険者たちが辺境の地で魔物との戦いを続けている。
彼らの無事を願いながら王都で過ごす日々の中、私は原因不明の体調不良に見舞われていた。
そして訪れた医務室で問診や検査やらを受けたあと、衝撃の一言を告げられたのだ。
「ゴカイニン……」
「ええ。連日の吐き気は二日酔いではなく悪阻です。こちらに妊娠中の注意事項を記載してありますのできちんと守って生活をなさってくださいね」
「あ、あの……本当に……?」
「妊娠されております」
「どうして私が……?」
「あら、心当たりはございませんか?」
微笑みを全く崩さずに医師が小首を傾げる。
「…………………ございます」
「なら、そういうことです」
絞り出した私の言葉に、やはり医師は微笑みながら頷いた。
(いや、そんな……本当に……?)
医務室を出てからも私は混乱の最中にいた。
しかし、医師の指摘通り私には心当たりがある。
(ユーイン……)
まさか、あの一夜で子供ができるだなんて思ってもみなかった。
自室に戻り、ベッドに腰掛けて自身のお腹をそっと撫でてみる。
鍛えられた腹筋の感触だけで、妊娠を実感するような身体の変化があったわけじゃない。
だけど、じわじわと喜びの感情が湧き上がる。
──私の赤ちゃんがここにいる。
──私の新しい家族がここにいるんだ。
亡くなった母からは全力で愛を注いでもらった。
だから私もこの子を全力で愛して幸せにしてあげたい。
(だけど……)
頭に浮かんだのはお腹の子の父親であるユーインの顔。
(父親かぁ……)
私の両親は政略結婚で、父は母のことを愛していなかった。
だから、父は私のことも愛していない。
母が亡くなってすぐに父が愛人と隠し子であるローズを屋敷に招き入れたことで、子供ながらに薄っすら勘づいていたことが確信に変わる。
それは、いくら血の繋がりがあっても、父親は無条件に我が子を愛するわけじゃないと学んだ瞬間でもあった。
──お腹の子に私と同じ想いはさせたくない。
ユーインはお腹の子の父親ではあるが、彼は父親になりたくてなったわけじゃない。
私が一夜だけの関係を懇願し、彼はその願いを叶えてくれただけなのだ。
わかっているはずなのに、なぜだか胸がじくじくと痛む。
(いや、ただでさえユーインは魔物たちと命懸けで戦っているのに……)
これ以上の迷惑をかけるべきじゃないと、私は自身に言い聞かせる。
(ユーインには頼れない)
それにこの子を産むとなると、王立騎士団を休職し、寮を出て行かなければならない。
「どうしよう……」
私が騎士団の寮に住み、フェザーストン伯爵家と距離を取っているのには理由がある。
愛人が正式に父の後妻となったのは私が十二歳の頃。
それからずっとローズは私を敵視し、様々な嫌がらせを繰り返してきたのだ。
私の食事にだけ異物を混入したり、ドレスやアクセサリーを勝手に持ち出したり、ベッドの中に大量の虫を放たれたこともあった。
それを父と継母に訴えてもローズが叱られることはなく、むしろ私が嘘をついているとまで言われ、逆に責められてしまう始末。
まあ、私は強靭な胃腸の持ち主なので食事に多少の異物が混入していても身体に影響はなく、そもそもドレスやアクセサリーに興味はないし、虫が特別苦手なわけでもなかった。
ただ、そんな家を居心地がいいとは思えず、騎士団の訓練を理由に入寮してからは、さらに足が遠のいてしまっていたのだ。
(もし、この状況で家に戻ったら……)
今度はお腹の赤ちゃんに影響が出てしまう程の嫌がらせをされるかもしれない。
無事に産まれたとしても、私ではなく私の子供がターゲットにされてしまうかもしれない。
いや、ローズだけじゃない。身籠った私に使い道はないからと父から堕胎を強要される可能性だってある。
(家には帰れないな)
あの家に私の味方は誰もいない。
私は秒で決断を下す。
母の実家は叔父が跡を継いでいるが、母との仲はあまりよくなかったようで、母の葬式で挨拶をして以来没交渉である。
こちらも頼れそうにない。
(あ……!)
そこでディンブルビー侯爵夫人の存在を思い出す。
数代前の王家から降嫁した公爵家の元令嬢で、サマナラザ王国のディンブルビー侯爵に見初められ嫁いだ人物。
彼女が里帰りをしていた際、護衛任務に就いたのが私の母だった。
そして、その護衛任務中に、発生したばかりの魔物の暴走に巻き込まれ、母はディンブルビー侯爵夫人を逃がすための囮となって、そのまま帰らぬ人となったのだ。
母の葬式に参列してくれたディンブルビー侯爵夫人は、困ったことがあったら頼ってほしいと私に告げ、それからずっと定期的に手紙でやり取りをしている。
まあ、手紙といっても年に数回の季節の挨拶みたいなものだが、それでも彼女は私のことをずっと気にかけてくれていた。
母が亡くなった途端に愛人を家に招き入れ、母の思い出の品も何もかもを捨ててしまった父より、よっぽど信頼できる相手だ。
(よしっ!)
お腹の子を幸せにするために形振りなんて構っていられない。
こうして私はディンブルビー侯爵夫人へ手紙を書き始めるのだった。




